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34.フルフル


  ◇



 ……休憩が終わり、俺たちは探索を再開した。


「あれは……?」

 その直後、俺たちの前にまたもやバアルが現れた。ただしそれは、先程のような巨人ではなく、もっと小型で、人の形をしていた。どうやら女性型のようだな。

「北欧神話のバアルが現れているからな……あれはワルキューレか?」

「ええ。戦死者の魂を集めて神の元へと送る戦乙女みたいですね」

 目の前に現れたバアルを、俺と如月はそう結論付けた。……戦乙女ワルキューレ。戦場で死亡した戦士の魂を集めて、エインヘリアルとして主神オーディンの元へと導く存在だ。であるならば、対処方法も決まってくる。

「グングニール」

 俺は手持ちの槍に、ロンギヌスではなく、グングニールの名を与えた。前述したオーディンが振るった槍を使うことで、彼の性質も間接的に得られる。ワルキューレの主たるオーディンの槍ならば、致命的なダメージを与えられるはずだ。

「行くぞ」

 そして、グングニール片手にバアルへと突進する。

「うん」

「おいコラちょっと待て……!」

 ―――のつもりが、雛山の声が聞こえて、急ブレーキを強いられた。

「え……?」

 だが、当の雛山は疾走を止めない。ワルキューレのバアルへと突撃したままだ。―――まずい。雛山の使う「神の血」は対ネフィリム用だ。同じ巨人タイプのバアルには多少有効だが、ワルキューレには全く通用しない。このままでは、丸裸でバアルに勝負を挑むようなものだ。

「純潔を奪うは夢魔の如く《インキュバスエミッション》……!」

 だが、その心配は杞憂だった。如月がそう叫んだ直後、ワルキューレのバアルは一瞬で消滅したのだ。……今のは、男の夢魔であるインキュバスを利用した、処女喪失の方術だろうか? ワルキューレは戦乙女であり、戦士との恋愛沙汰で戦況を荒らして処罰されることがあったとか。他にも、ワルキューレは死んだ処女の魂に与えられた役割とする説もあり、「処女でなくなる=ワルキューレとしての死」という理屈で、あのバアルを倒したのか。どちらにしても、目の前の脅威はなくなり、一安心だな。

「ふぅ……雛山さん、考えなしに突撃しないでください。私が倒していなかったら、どうなっていたか……」

「ごめんなさい……」

 如月に説教されて、雛山は珍しく反省しているようだった。自分でも、今の行動は軽率だったと思ったのか。

「つーか、とんでもない方術ばかりだな」

「そうですか?」

 俺の言葉に如月は惚けるが、こいつが使っている方術は「淫」に絡んだものばかりだ。これは正教で特に嫌われる要素であり、こんなのばかり習得しててよくエクソシストになれたものだと感心すらしてしまう。……まあ、今の一瞬で方術を選択し組み上げ、しかも武器や飛び道具などの媒体もなく発動させる力量は、エクソシストに相応しいのかもしれないが。

「にしても、この調子だと、合宿を続けるのは難しくないか? 大体、ワルキューレなんて聞いてないんだが」

「去年は見かけませんでした。というか、ネフィリム以外のバアルはもっと頂上に近い地点にしか出没していないはずなんですが……」

 如月のことばかり責めても無駄なので、俺は今後の行動方針について話す。……如月によれば、ワルキューレが出現するのはもっと上のほうらしい。去年はいなかったのに今年は現れるなんて、不吉以外の何物でもない。

「なら、早々に下山してそのまま帰るのもありなんじゃないか?」

「それも一理あります……けれど、ここは異教のバアルが出没する場所です。卒業後はここ以外にも、似たような場所へ派遣される可能性が高いでしょう。今の内に経験を積んだほうが、今後のためになるはずです」

 俺の提案に、如月はそう言って渋った。……確かに、学校付近に出没するソロモンのバアルばかり相手にしていたのでは、エクソシストとしては不十分だ。卒業後にここや他の場所へ派遣される可能性がある以上、如月の主張は否定できない。

「雛山さんの「神の血」は、霜の巨人以外のバアルには効かないようですし……とりあえず、雛山さんは他のバアルとの戦闘には参加しないでください。今後出現するバアルは、刀屋さん以下他の生徒会メンバーで対処。いざというときは私や織部君で対処することにしましょう」

「それが無難か」

 如月の案に俺は頷いた。雛山は経験が浅いし、他のメンバーのほうが経験値を稼ぎやすいだろう。

「雛山さんは不満かもしれませんが、また霜の巨人が現れたときに参加してもらいますから。それまで我慢してくださいね」

「はい」

 今のワルキューレ戦がどれだけ危険だったか理解しているのか、雛山は如月の指示を大人しく受け入れている。……この状況で駄々を捏ねないだけの頭が、こいつにあって助かった。

「それでは、行きましょうか」

「「「「「「はい」」」」」」

 生徒会メンバー(俺を除く)が、息を揃えて如月にそう返す。……さて、どうなるのやら。



  ◇



「百五十日の洪水は、罪深きアダムとイブの子孫を滅ぼさん……!」

 副会長が聖書の一節を紡ぐと、目の前に立ち塞がる巨人は体勢を崩した。……またもや霜の巨人が現れたので、副会長が方術で攻撃している。先程の如月のように、自らの声のみを媒体とした方術だ。難易度は高いが、信仰心が強ければ強力な武器となる。

「行くわよ、真理亜」

「ええ、安奈」

 その一方、巨人の反対側では、女川姉妹がワルキューレの群れと戦っていた。数は五体ほどだが、北欧神話に有効な方術のない二人には、数の差もあってかなり不利なはず……なのだが、うまく連携することで互角に渡り合っている。汎用的な武器強化でも、ここまで戦えるものなんだな。

「悪魔よ、退け……!」

 更には、犬型のバアル―――死者の国ヘルヘイムにいる番犬ガルムのバアルだ―――に対してボーガンを放つ生徒会長。それ自体には矢がないものの、発生する風を媒体として、地獄の悪魔を祓う方術を放っている。地獄を死者の国と同一視し、ガルムを悪魔に見立てた攻撃方法だ。

「……はぁっ!」

 そして雛山は、巨人のバアルを攻撃していた。方術の効きは悪いが、副会長がうまくフォローしているので大丈夫そうだな。

「皆さん、思った以上にうまく連携できてますね」

「そうだな。去年も来ていたからだと思うんだが」

「きょ、去年はもっと苦戦していたような……」

 そして、そのど真ん中で待機しているのは、俺と如月、そして庶務の大村。俺と如月は万が一のときのフォローだし、大村は方術による治療を担当している。今のところは問題なさそうなので、こうして戦況を見守っているのだ。

「ん……?」

 しかしながら、生徒会長が追い込まれているのが視界の端に見えた。……ガルムに距離を詰められ、かなり苦戦しているようだ。ボーガンを使う以上、接近戦に持ち込まれるときついらしい。こういうときのために刃が仕込んであるのだが、相手も速いので対処が困難みたいだな。

「グレイプニル」

 仕方なく、俺はロープを取り出して、名前を与えた。五円玉を括りつけたビニール紐だが、長さも強度もあるし、問題ないだろう。

「はっ……!」

 俺は生徒会長のほうへ駆け出し、ロープを放った。五円玉が適度な重りとなって、ロープがガルムへと向かい、その体に巻きついていく。……グレイプニルは悪神ロキの子フェンリルを縛る魔法の紐だ。フェンリルとガルムは同一視されることがあるため、ガルムにも通用するはずだ。

「ぐっ……!」

 ガルムの拘束には成功したが、強い力で抵抗される。……だが、隙を作れれば何とかなる。

「悪魔よ、退け……!」

 思った通り、生徒会長は生まれた隙を使って、方術をガルムに叩き込んだ。ガルムは抵抗もむなしく、まるで最初からいなかったかのように消滅した。

「織部君、助かった。礼を言わせてくれ」

「……好きにすればいい」

 生徒会長が俺に礼を言ってくるが、正直どうでも良かった。それより、今の戦闘で右腕を痛めたことのほうが問題だな。

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