29.アスタロト
◇
……旅館に着いた生徒会メンバーは、それぞれの部屋に荷物を置くと、如月たちの部屋に集まった。
「さてと。それではミーティングを始めますね」
如月たちの部屋に集まった俺たちは、如月を中心にしてテーブルを囲んでいた。……畳が敷き詰められた和室は思いの外居心地が良かったが、やはりここでも雛山が俺の隣を確保してきて、正直辟易していた。
「まず、今回の予定ですが。基本的には昼間に恵那山に入り、夕方には下山します。昼食は現地でお弁当を頂きます。ただし、負傷者が出た場合や強大なバアルが出現した場合はこの限りではありません。この旅館まで戻るか、場合によってはそのまま学校まで戻ります」
合宿の概要については、事前に聞かされていたのとほぼ同じだった。精々、緊急時の対応が追加されたくらいだ。
「出現するバアルは主にネフィリム―――巨人型のバアルです。方術も対ネフィリム用のものが望ましいです。二年生以上の人たちは大丈夫でしょうけど、織部君と、特に雛山さんは、用意できていますか?」
「問題ない」
「大丈夫です」
バアル対策についても抜かりない。俺の能力はバアルに滅法強いし、必要な道具も揃えてきた。雛山についても、「神の血」の方術を習得しているので大丈夫だろう。この身で受けた俺が言うんだから間違いない。
「では、探索するポイントについてですが。まず、活動が昼間に限られる以上、入れる範囲は広くありません。麓に近いエリアを重点的に、バアルの密度が低い場所を選びます」
まだ学生で、実戦経験が少ないのだから、強いバアルと戦うのは無理だし、比較的弱くても数が多いと捌き切れない。これも無難な判断だな。
「それから、広くはない山ですが、場合によってははぐれてしまう可能性もあります。山の中は圏外ですから携帯も使えません。その場合は、可能であれば速やかに下山してください。それが無理な場合は、合図を出して救援を待ってください」
「合図?」
「事前に配布した発炎筒です」
如月に言われて、俺はあの赤い筒を思い出した。……そういえば、合宿の前日にサバイバルキットなるものを渡されていたな。そこには赤い筒も同封されていたのだが、今思えばあれが発炎筒だったのか。危うく置いてくるところだった。
「あれは狼煙を上げるために作られた特別製ですから、いざとなったら使ってください。山で火を起こすのは山火事の心配がありますが、あれなら然程気にしなくていいでしょう」
なるほど、ただのハイキングではなく命の危険が付き纏うからこそ、ここまで入念な準備をしているのか。普段はあの阿呆しか見てないから気づかなかったが、こいつら教師もちゃんと生徒のことを考えているんだな。
「それから―――」
その後も如月の説明は続き、終わったのは夕食の直前だった。……つーか、休息はどうしたんだよ? 寧ろ、どっと疲れたんだが。
◇
……夕食後。
「織部君」
「またお前かよ……」
食堂での食事を終え、部屋に戻ろうとした俺に、雛山が話しかけてきた。……っていうか、ここ最近のこいつの言動と、この前読んだラノベから、こいつの用事がなんとなく想像出来てしまったんだが。しかも、当たって欲しくない奴。
「一緒にお風呂入ろ」
「寝言は寝て言え」
自分でもまさか……と思っていた予想が的中し、俺は苛立ち混じりにそう返した。……このトンデモ展開が予測できるなんて、俺も雛山に相当毒されているのかもしれない。
「駄目?」
「これを駄目だと思わない時点で、お前は俺より社会不適合者だ。母親の腹の中からやり直せ」
「さすがに無理だと思う」
雛山は不服そうだが、こんな奴と一緒に入浴したらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。最悪、俺の存在が抹消されてもおかしくない事態になるかもしれない。……いや、雛山のほうが先かもしれないが。
「嫌なの?」
「嫌に決まってる」
「どうして?」
「んなもん、理由はいくらでもあるが、一番は―――お前が大嫌いだからだ」
正直な話、今までずっと付き纏われてきて、俺はいい加減に我慢の限界だった。だから俺は、今まで言わないでいた本音を吐き出した。
「……っ!?」
俺の言葉に、雛山は珍しく、驚愕したような表情を見せる。……っていうか、こいつ、自分が嫌われていないとでも思っていたのか?
「……っ」
そして、彼女はそのまま俺に背を向け、走り去ってしまった。……ふぅ。これでもう、こいつに付き纏われることもないだろう。
「織部君」
「……今度は如月かよ」
すると、俺の後ろから如月がやって来た。……さっきの一部始終を見ていて、教師らしく注意でもしに来たのだろうか?
「どうしてあんなこと言うんですか? 雛山さん、傷ついてますよ」
そして案の定、如月に説教される。だが、放っておいて欲しい。これはあくまで俺と雛山の問題。いくら教師でお目付け役でも、こればかりは口出しして欲しくない。
「それに、あんな美少女と一緒に合法的に入浴できるのに、どうしてそのチャンスを自ら棒に振るんですか!?」
「そっちかよ……!?」
だが、説教の続きが予想の斜め上を行っていた。……そうか、こいつも望月の同類、他の人間と同じように扱うべきではないな。ベクトルは大分違うが。
「いいですか? 織部君はもう立派な男子高校生なんです。であるならば、この手のイベントをみすみす逃すなんて、あるまじき行為です」
「いや、そういうのを推奨するのも、教師としてどうなんだよ?」
「私はそういう方面については寛容なので大丈夫です」
堅物で生真面目な優等生教師だと思っていたのだが、如月の実態は違ったようだ。……つーか、寛容になるならそっちじゃなくて、授業中の読書とかにして欲しいんだが。少なくとも俺のためにならない。
「織部君の出自が特殊なのは理解していますが、あなたには普通の人間として、そして優秀なエクソシストとして生きて欲しいんです。そのためには、恋愛や肉欲も人並みにこなしてもらわないと」
「いや、そっちのほうが問題だろ。っていうかもう教師以前に人として駄目なレベルだなおい」
「安心してください。私たち「A・ジェイク学園」では学生結婚が認められています。出産のための設備も充実していますから、万が一出来ちゃっても大丈夫ですよ」
「だからそういう方向に話を持っていくな……! それにそれは問題ありすぎだろ……!」
なんか変なスイッチを押してしまったのか、如月が次々と妄言を吐き出した。……そもそも、日本の男子は十八まで結婚できないんじゃないのか? 俺は戸籍上、まだ十六にもなっていないはずなんだが。
「とにかく、織部君は「楠木の湯」で待っててください。雛山さんを連れて行きますから。そこでちゃんと仲直りして、そのままイチャコラするんですよ。来ないと抹殺しますからね」
如月は一方的にそう言い残すと、雛山が行ったほうへ走っていった。……俺はもしかしたら、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。




