28.ベリト
◇
……数時間後。
「……」
「……おい」
「何?」
移動中のバスの中。いい加減我慢の限界だった俺は、隣の雛山に声を掛けた。……車窓から見える風景は、田園、街中、高速道路と、あまり馴染みのないものが多く、思った以上に新鮮で楽しめた。しかし、雛山の視線が鬱陶しく、風景にもラノベにも集中できないでいた。
「こっち見るな」
「どうして?」
「視線がうざい」
「そう?」
俺の抗議に、雛山はちょこんと首を傾げた。この小動物のような仕草が、俺の感情を逆撫でする。
「……お前、どうしてそんなに俺に付き纏うんだよ?」
「織部君だから?」
「意味不明だ」
おまけに、返ってくるのは頓珍漢な言葉。正直ぶん殴りたいが、そんなことをすれば返り討ちに遭うのが目に見えているので、そういうわけにもいかない。
「全く……微笑ましいものだな、君たちは」
「本当だね。いっそ羨ましいくらいだよ」
「あらあら、まるで私たちくらいに仲睦まじいわね。ねぇ、真理亜」
「そうね、私たちには負けるけど。ねぇ、安奈」
「ふぁ~……織部君と雛山さん、またイチャいちゃしてるの~?」
「青春ですね~」
そんな俺たちのやり取りを、生徒会長以下メンバーたち+如月がそんな風に評してきた。そのどれもに突っ込んでやりたいのだが、特に寝ぼけ眼の大村の台詞は看過できない。俺とこいつがいつイチャイチャしたんだよ?
「ほれ、菓子やるから大人しくしてろ」
「ありがと」
ラノベを読みながら食べようと思っていたポッケーを箱ごとくれてやると、雛山はごそごそと取り出して咥え始めた。……のはいいのだが、何故かそのまま食べずに、先っぽをこちらに向けてきた。
「……何してんだ?」
「ポッケーゲーム」
そして何をトチ狂ったか、俺とポッケーゲームをしたいと言い出した。……こいつ、ほんとで頭大丈夫か? それとも、女川姉妹に何か吹き込まれたのか?
「悪ふざけも大概にしろよ」
「ふざけてないよ?」
俺の言葉にも、ちょこんと首を傾げてそう言う雛山。……やっぱり、この生徒会は駄目だな。主に女川姉妹の妙な言動が、諸に悪影響を与えている。
「……」
付き合っていられなくなった俺は、構わずラノベを読むことに。……つーか、最初からこうしていればよかったような気がする。
「駄目」
「……おい」
しかし、その態度が不満だったのか、雛山は強引に俺の顔を掴んで振り向かせた。……こうなると、もうどうにもならない。抵抗が無駄なのは普段から思い知らされているし。
「はい」
ポッケーの先を俺の口元に向けてくる雛山。そしてそのまま顔を近づけてくる。……仕方ない。少しだけ付き合うか。
「……」
俺はポッケーの先を咥えると、適当にがりがり食って、そのままポッケーを折った。
「……酷くない?」
「一応付き合ってやっただろ」
しかし、雛山は満足してない様子。尤も、満足するような事態はごめんだが。
「全く、織部君もへたれなのか、肝が据わっているのか……」
「案外、その両方かもね」
「折角のポッケーゲームなんだから、そのまま熱くて濃厚なキスを交わすべきじゃないかしら? ねぇ、真理亜」
「そうね。そのまま私たちを嫉妬させて欲しかったのだけれど。ねぇ、安奈」
「……Zzz」
「織部君、男は度胸、ですよ」
おまけに、外野からもブーイングの嵐。なんか約一名寝てるが。
「さ、もっかいやろ?」
「そろそろ勘弁してくれよ……」
結局俺は、ポッケーが尽きるまでポッケーゲームに付き合わされるのだった。……俺、何か選択肢を間違えたんだろうか?
◇
……更に数時間後。
「皆さん、もうすぐ到着ですよ」
如月のアナウンスが聞こえてくる頃。途中にSAでの休憩を挟んで、俺たちは恵那山付近まで来ていた。窓から見える恵那山はそれほど高くないが、木々が殆どなく、茶色の山肌を露出させていた。それだけでも、禍々しさは十分に伝わってくる。……ここはバアルに襲われた土地。それも、あまりの状況に、エクソシストたちの経験値稼ぎくらいしか利用方法がない場所だ。出没するバアルは強弱差が激しく、強いものはベテランでも手こずるというのだから、気を抜けばいつ死んでもおかしくない狩場らしいが。実際、バアル討伐のために、年間何名かの犠牲も出ている。
「織部君?」
すると、相変わらず俺の隣を確保していた雛山が、俺の名前を呼んできた。……どうやら、俺の緊張が伝わったらしい。まあ、バアルの頻出地帯となれば、緊張せずにいられる者は少ないだろう。今まで寝ていた大村も、今はすっかり目を覚ましているし。
「今日はこの後、旅館で休息を取って、ミーティングをするだけです。恵那山に入るのは明日からですからね」
合宿一日目は移動の疲れを取るために充てられている。前述したように、少しの油断や隙で生死を分かつ場所だ。疲労が残ったままでは、死んでしまってもなんら不思議はないだろう。
「お、見えてきたぞ」
生徒会長の言葉に、俺は再び窓へ目をやった。……山の麓に程近いところに、木造の建物があった。普通の住宅よりも二周りほど大きい二階建てで、「野沢」という巨大な看板が掛けられている。これが、俺たちが宿泊する旅館なのだろう。
「去年泊まったときは、女将さんが色々と良くしてくれたんだ。女将さん、元気だろうか?」
「まあ、お金には困ってないだろうけどね。今や恵那山周辺の宿泊施設はあそこだけだから」
恵那山は現在、バアル頻出地域だ。故に、バアル討伐のエクソシストが必ずやってくる。となれば必然、彼らが使う宿泊施設が必要になる。しかし、該当するのは「野沢」という旅館だけらしい。まあ、得体の知れない化け物が襲ってきた場所など、誰も寄り付かないだろうからな。「恵那山事変」以前はそれなりに観光客で賑わっていたようだが、今ではエクソシストだけがお客だった。まあ、エクソシストはほぼ年中常駐しているだろうし、それなりの規模のチームだろうから部屋もそこそこ埋まるはずだし、商売としては割がいいのかもしれないが。
「しかし、部屋割りが男女別なのは仕方ないとしても、どうして私が女川姉妹と同室なんだ?」
「仕方ないよ。部屋割り決めたのは如月先生なんだから」
「それは分かっているが、正直胸焼けする……」
「あら、随分と失礼なことを仰いますね。ねぇ、真理亜?」
「そうね。会長には私たちの愛がまだ早すぎたということでしょうけど。ねぇ、安奈?」
「皆さん、到着ですよ」
話題が部屋割りになったところで、バスが停車した。……部屋はあの副会長と同室だが、雛山がいない分、いくらかマシだな。暫く休むか。




