27.ロノウェ
◇
……なんだかんだで時間は過ぎ、合宿の少し前になって。
「織部君」
「何だよ?」
例の如く、特訓中の体育館にて。今日は合宿直前ということもあり、俺は雛山の方術の実験台にされていた。……俺、そろそろ死ぬんじゃないか?
「一つ、聞きたいことがあるの」
「……ろくなことじゃないだろうが、聞いてやる」
雛山がまた何か尋ねてきた。……正直、こいつの質問は聞きたくない。また面倒な事態になりそうだからな。
「「バアルの因子」って、何か分かる?」
「……お前、どこでそれを聞いた?」
「望月先生」
「望月か……あのアホ担任」
雛山の発した言葉に、俺は思わず望月を罵った。……その単語は、エクソシストの中でも一部の者しか知らない特別なものだ。許された者以外が知ってしまえば、最悪異端審問に掛けられ、「知ることを許された立場」になるか、二度と娑婆に出られないかの二択を迫られる。そんな単語を生徒の前で軽々しく口にするなど、どうかしている。
「いいか、その単語は二度と口にするな。もしその場合、お前の命は保障できない」
「……分かった」
俺がそう言うと、俺の口調で何かを察したのか、雛山は素直に頷いた。……それでいい。正直、雛山などどうなっても構わないが、俺の人間生活を脅かしそうな要素は極力排除したい。
「それから、今後は望月に質問するのは止めろ。押し付けたのは俺だが、あいつは教えるだけでその責任を取らないからな」
「分かった」
俺の忠告に、雛山が頷く。……これで、こいつの質問は俺が受けなくてはいけなくなったが、望月に俺の私生活を荒らされるよりはマシだろう。守秘義務のなってないエクソシストは異端審問送りにしてもいいが、面倒なので本人を直接注意してやるか。
「織部君」
「何だよ?」
「心配してくれて、ありがと」
「……そう思うなら、俺に関わらないでくれ」
「それは無理」
どこまでも自分勝手で強引、礼は言っても妥協はしない。そんな雛山に、俺は相変わらず辟易するのだった。……因みに、俺はその日のうちに、望月を直接罵っておいた。久々に気持ちが晴れて、この点だけは雛山に感謝してもいい。
◇
……そして、合宿当日。
「……さてと。全員揃ったな」
朝の学校。校門前に集合した、私服姿の生徒会メンバー。本来ならここに如月も来るのだが、今は車を取りにいっていて、ここにはいない。
「それにしても、ここを離れるのは久しぶりだな。学校に入ってからは滅多に外に出ないし」
「それもそうだね。僕も史絵菜も、滅多に里帰りしなかったし、実家へ帰るとき以外で出ることはあまりないからね」
生徒会長たちの話を聞いて、俺は外のことを考えていた。……俺は、この学校に来てから、外に出たことはない。そもそも、ここへ来るときは窓がない護送車に乗って来たし、その前にいたところは人間の住める場所ではなかったので、外界に関するイメージがない。そう考えると、割と楽しみかもしれない。なるほど、合宿に強引に参加させられたのも、考えようによっては良かったのかもしれない。
「ふふ。生徒会長ったら、はしゃぎ過ぎじゃないかしら? ねえ、真理亜?」
「そうね。副会長も、なんだかんだでお外が楽しみみたいだし。ねえ、安奈?」
女川双子姉妹は、私服も同じ黒のゴスロリドレスで、普段以上に瓜二つだった。……例え双子でも、長い時間一緒にいれば見分けがつくと聞いたことがある。だが、この二人に関しては未だに見分けがつかない。
「うぅ……頑張らないと」
一方、庶務の大村はどこか不安げだ。生徒会長には辞退を勧められていたし、自信がないのだろう。今までにバアルと戦っている姿は見たことがないし、そもそも戦闘向きじゃないらしいからな。
「……」
そして雛山は、前に買った白ワンピを着ながら、相変わらずの無言で立ち尽くしていた。……一年生は俺とこいつの二人だけだからなのか、それとも単に性格の問題なのか、雛山は生徒会に馴染めていないみたいだ。他のメンバーとは事務的な会話しかしないし、精々生徒会長が突っかかるくらいだ。それ自体はいいのだが、その皺寄せが俺に向かってくるので、それだけが不満だ。
「織部君」
「ん?」
と思った途端、雛山が話し掛けてきた。……こいつ、意外と寂しがり屋なのか?
「移動中のバス、隣、座ってもいい?」
……訂正。こいつ、寂しがり屋どころか、構ってちゃんだ。俺に付き纏ったのも、方術を習うとかじゃなくて、単に誰かに構って欲しいんじゃないか?
「断る」
「……なんで?」
「寧ろ承諾する理由がない」
こいつの隣とか、生徒会長の隣と同じくらい嫌だ。とはいえ、他に誰がいいというのがないんだが。
「お、来たみたいだな」
すると、校門にマイクロバスがやって来た。如月が運転しているのだろう。
「皆さん、お待たせしました。ささ、乗ってください」
バスが止まると、中から如月が出てきてそう言う。そして、指示された通り、生徒会メンバーがマイクロバスに乗り込む。
「さてと。移動は長いからな。レナ、例のものは持ってきたか?」
「ばっちりさ」
生徒会長と副会長は、座った途端に携帯ゲームで遊び始めた。……こいつら、自分の役職忘れてないか? ついでに、今回の目的も。率先してゲームするなよ。
「ふぅ……私たちは、ポッケーゲームでもしていましょう。真理亜」
「そうね。二人で熱い口づけを交わすのも一興かしらね。安奈」
女川姉妹は何故か唐突にポッケーゲームをし始めた。……ポッケーという棒状の菓子を互いに両側から咥えて、少しずつ齧っていき、ぎりぎりまで食べるという意味不明なゲーム。しかし、台詞から察するに、ぎりぎりで止めずにそのまま接吻する気らしい。……この姉妹は正気なんだろうか? つーか、絶賛関わりたくない奴ら筆頭なんだが。
「ふぁ~……うぅ、眠いぃ」
そして大村は、席に着くなり寝入ってしまう。……寝不足なのか? どうでもいいが。
「……」
俺は一番後ろ、左側の座席に腰を下ろした。一応、俺も移動中に時間を潰すものは持ってきている。まあ、当然の如くラノベなんだが。今回のは「日本崩壊トリモロス」。これから行く恵那山で起こった「恵那山事変」。その経緯をモデルにした風刺小説だ。案外如月辺りが好みそうだな。当時の袴田政権が行った政策も、その結果が散々に終わったことを反映してか、敵の雑魚キャラの名前に使われているしな。
「……うんしょっと」
「……おいこら、何平然と隣に座ってるんだ」
しかし、俺の隣に雛山が座ってしまう。……こいつ、意地でも俺の隣を確保する気か?
「さ、皆さん出発しますよ」
車の構造上、今から場所は変えられないし、如月が出発宣言してしまったので、これで我慢するしかない。……全く、初っ端から先が思いやられるな。




