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26.ブネ


  ◇



 ……そんな感じで、合宿前の学園生活も相変わらずだった。


「織部君、ちょっといいかな?」

 相変わらず、今日も学校は平常運転。そう思っていた俺に、話しかけてくる奴が。

「……天草か」

 休み時間、教室で本を読んでいた俺に、天草は気軽に声を掛けてきた。……こいつ、先日の変則デート以来、俺のことを友達だと思っていないか?

「私とお話しない?」

「俺はしたくない。以上」

「……織部君、ほんとに性格悪いね」

 しかし俺は別に何とも思っていないので、適当な態度で流す。天草はそれが不満なようだが、知ったことではない。

「ね? 雛山さんのことで話したいんだけど―――」

「……」

「聞いてる?」

「……」

 もう反応するのも面倒なので、俺は無視して本の続きを読むことにした。今日のラノベは「シスコン兄貴奮闘記」。妹を守るため、人知れず魔術師になって戦う話だ。この作品に描かれている魔術師というのが、こちらの方術使いに似ていて、色々と勉強になる。

「……えいっ」

「……何の嫌がらせだ、これは?」

 そんな俺の態度に業を煮やしたのか、天草は俺に目隠しをしてきた。彼女の手のひらで俺の視界が塞がれ、本が読めなくなる。

「織部君が私のことを無視するからでしょ?」

「いいから離せ。本が読めない」

「じゃあ、私とお話してくれる?」

「嫌だ」

「じゃあ、このままね」

 俺から読書の自由を奪うという、とんでもなく理不尽で、自分勝手な仕打ち。……こいつのほうこそ、性格悪いんじゃないのか?

「……分かった。話してやるから手を退けろ」

「うんっ」

 俺が降参の意を示すと、天草はようやく両手を退けた。……雛山だけでなく、その友人にまで付き纏われるのか? 俺は。

「それでね、雛山さんのことなんだけど……雛山さん、今度の合宿に参加するんだって?」

「何で知ってるんだよ?」

 天草の台詞に、俺は当然の疑問をぶつけた。合宿は生徒会の行事であり、その存在自体は一般生徒にも知られていることだが、参加に関しては個人の自由であり(俺は例外だが)、他の生徒が知ることではないはずだ。

「そんなの、雛山さんから聞いたんだよ」

「……」

 しかし、真相は意外にも簡単で。……つーか、普通に考えたらそうだよな。そういえばその雛山の姿が見えないが、トイレか?

「それで雛山さん、調子はどうなの?」

「どうも何も、相変わらずだ」

 合宿の件と関係あるのかは分からないが、少なくとも雛山の調子はいい。先日も、授業で望月を下している。まあ、雛山らしいといえばそれまでだが。

「そうなんだ……雛山さん、バアルが倒せないのが不安だったみたいだから」

「あー……まあ、最近は方術も様になってきたし、大丈夫だろ」

 天草が懸念していたのは、雛山がバアルを討伐できていないことだった。しかし、雛山は異教殺しの方術を習得したし、前のようにあっさりやられることはないだろう。つーか、俺が殺されそうだ。

「そっか。やっぱり、織部君がちゃんと教えてるからかな?」

「というか、あいつの執念が異常なんだよ。俺にアホかってくらいに付き纏うし、粘着するし、人の話は聞かないし……そろそろお役御免なはずなんだが、未だに解放してくれないんだ」

 雛山は頑固で自分勝手な奴。それが俺の印象だ。俺の都合なんて考えないで、強引に俺から方術を習おうとした。しかも、無事に方術を習得した今も、それを試そうと突っかかってくる。特に、俺に対する方術は命に関わるから、本当に止めて欲しいんだが。

「多分、それは違うと思うなぁ」

「は……?」

 しかし天草は、微笑みながら、そんなことを言い出した。……こいつ、俺が方術で苦しめられているのがそんなに楽しいのか?

「雛山さんは、織部君のことが好きなんだよ、きっと」

「……そろそろ本当に精神科へ行ったほうがいいぞ。この学校には精神科医も常駐しているらしいから、霜月辺りに相談したほうがいい」

「……織部君って、ほんとに性格悪いよね。雛山さんが何で好きになったのか、不思議なんだけど」

「だから、その仮説が間違いなんだろ」

 どうして人間という生き物は、何でもかんでも恋愛に結び付けたがるのか。この疑問は、前にこいつと話したときにも感じたものだ。……人間という括りではなく、天草個人の傾向なのだろうか?

「それはないと思うよ。恋愛感情があるかは分からないけど、少なくとも雛山さんは織部君のこと、嫌いじゃないはずだから。もし嫌いだったら、そんな人から何かを習いたいなんて思わないから。それも、そんな無理をしてまで」

 だが、天草にもそれなりの根拠はあったようだ。……確かに、俺も雛山や望月から何かを習いたいとは思わないな。別にその必要もないのだが。

「なんだか話が逸れちゃったけど、それなら安心かな」

「誰のせいだよ誰の」

「まあまあ。それじゃあ、話はこれだけだから。読書の邪魔して御免ね」

「……全くだ」

 用件が済んで離れていく天草に、俺は呟くようにそんな言葉を返した。恐らくは彼女に届いていないだろうが、別に聞かせる目的で発したわけではないので、構わない。

「さてと、続きを読むか」

 邪魔者もいなくなったところで、俺は中断していた読書を再開した。……確か、妹が幼児退行してしまい、そのまま成り行きで一緒にお風呂、というところを読んでいたのだったな。ページ数的にもう中盤なので、ここから面白くなるはず―――

「……ちっ」

 と思っていたのだが、丁度そのタイミングで授業開始のチャイムが鳴ってしまった。……天草と話していたために、思った以上の時間を浪費してしまったらしい。

「……俺、女難の相でもあるんか?」

 俺の願いは、ただラノベを読んでまったり過ごすこと。無論、俺がバアルと戦うのは仕方ないことだと割り切れる。その使命があるからこそ、俺が生き長らえているのだと。だが、女に振り回されるのだけは勘弁願いたい。

「皆さん、席に着いてください。授業を始めますよ」

 チャイムの直後、次の授業担当である如月が教室に入ってきた。それとほぼ同時に、雛山も教室に戻ってくる。……間一髪だったな。如月の授業に遅れようものなら、後で厳しい罰が待っている。例えば、面倒なレポート二十枚とか。それでも、本人はかなり手加減しているらしいが。

「さてと、それでは授業を始めます」

 如月の授業では、隠れて読書は出来ない。俺は観念して、授業の準備をするのだった。

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