25.グラシャ=ラボラス
◇
……そして午後の授業が始まった。
「さてと。今日も楽しい方術の授業だよ」
第一体育館にて。今日は方術の実技授業がある。担当教官である望月は、意気揚々とそう言った。
「みんな武器強化、身体強化、装甲強化の方術はある程度マスターしたから、今日はその三つを使った模擬戦をしてみよっか」
望月が挙げた三つの方術は、基礎的かつ難易度が低く、信仰心が弱い者にも容易に扱える。今までの授業で俺以外のほぼ全員が習得していた。
「それぞれの方術は本来バアルの戦闘で使うものだけど、いきなり本番だとうまくいかないから、まずは練習がてらに人間相手に使ってみよう。あ、織部君は見学ね」
望月の指示を受け、生徒たちがそれぞれ組を作って模擬戦を始める。……いつもは人のことを屁ほどにも思いやらない望月だが、さすがに俺を方術戦に参加させるつもりはないようだ。それならば、雛山にも一定の配慮をして欲しかったんだが。
「それと、雛山さんは私とやろっか」
「はい」
すると、望月は雛山を対戦相手に指名した。……確かに、雛山はあまりにも強いから、いつも模擬戦は俺が(済し崩し的に)相手になっていた。その俺が方術戦には出られないのだから、望月が代わりに相手をするんだろう。
「さ、掛かってきて」
「……先生、素手でいいんですか?」
「大丈夫だよ。私が本気出したら、雛山さんでも無傷ではいられないだろうし」
例の赤インクが付着した木刀を構える雛山。そんな彼女に、武器も持たずに対峙する望月。……望月の実力は俺も知っている。彼女は性格にこそ問題があるが、エクソシストとしてはとても優秀だ。というか、この学校にいる教師は誰もが相当の手練れだと噂されている。特に、月に関係した名前を持つ者は月の戦士と呼ばれ、多数の強力なバアルを葬ったとか。
「……行きます」
それはそれとして。木刀を携えた雛山が飛び出し、望月に肉薄する。疾走から遅れる形で木刀を下方から振り上げ―――寧ろ、木刀が届く前に突進するくらいの勢いで突っ込んだ。
「うっわ、容赦ないなぁ」
望月はその速度に驚きながらも、冷静に雛山の肩を抑えて動きを封じる。……突進の速度を考えると、かなりの運動エネルギーが生じていたはずだが、それも難なく受け止めたのか。
「……!?」
その動きに驚愕しながらも、雛山は即座に後方へ退避。体勢を立て直す。
「はっ……!」
「怖い怖い」
そして後退様に木刀を振り上げ、望月の顔面を捉える。だが、望月は木刀を片手で受け止め、そのまま押し返した。
「くっ……!」
「雛山さん、思った以上に強いね。……これは、私も本気出さないとやばいかも」
言いながら、望月は一度後ろへ下がり、ポケットから手袋を取り出した。何の変哲もない、普通の皮手袋だ。それを手に嵌めて、両手をぶら下げる。
「月よ、満ちよ。―――フルムーン・クライシス」
望月の呟きに呼応するように、彼女の両手が仄かに光った―――ような気がした。恐らくは、方術を使ったのだろう。
「雛山さん、行くよ」
「……っ!?」
言った直後、望月は一瞬で雛山との距離を詰めた。……あまりに速くて目では追えなかったが、どうやら望月は手を突き出し、雛山は木刀で防いでいたようだ。あれを止められるんだな。
「はぁっ……!」
「ぐっ……!」
その後も望月は雛山を攻撃していくが、雛山は紙一重でそれを防御し続ける。……その迫力あるぶつかり合いに、他の生徒たちも手を止めて見入っていた。
「せいっ……!」
「はっ……!」
雛山を釘付けにしたからなのか、望月は大きく溜めを作って大きな一撃を繰り出そうとする。しかし、それによって生じた隙を突く形で、雛山もカウンター気味の反撃に出る。
「ぐぅっ……」
「……っ!」
望月の貫き手と雛山の木刀が衝突し、周囲へ衝撃が奔る。……方術同士のぶつかり合いで生じる、人間の精神的な部分でのみ感知できる衝撃。オーラとか気の類だが、それが生まれるほどに、二人のぶつかり合いは強烈だったということだろう。
「……はぁ。きっつい」
衝撃が止んで、望月は雛山から距離を取り、その場にへたり込んだ。見れば、彼女の手袋はボロボロに破れている。今の戦いで壊れたのだろうか。
「今の攻撃を止められたら、もう無理かな。手袋が壊れたら方術が維持できないし」
そして、両手を挙げて降参の意を示す。……正直、望月は言葉に反して、全然本気ではなかった。さっき使った方術も、正教の正統なものではなく、もっと別の系統だった。恐らくは、満月と狼男の関係から、自分の名字である「望月」を基に身体能力を強化する方術だ。赤インクがついて水の属性が備わった雛山の木刀とは相性がいいものの、彼女の本気とは到底思えなかった。
「……ありがとうございました」
試合を終え、雛山が頭を下げる。……望月は本気でなかったし、それは雛山自身も分かっているだろうが、それでもこの意味は大きい。この学校の教師が手加減をしては勝てない。それほどの実力者であることが、ここに証明されたのだから。
「うん、いい戦いだったね。ちょっと力押し過ぎるけど、教えた方術も使いこなせてるし、この分なら来月の合宿も問題ないかもね」
望月からのお墨付きを貰った雛山。……これで、俺もこいつの面倒を見なくて済むな。
「って、みんな手が止まってるよ。見学もいいけど、ちゃんと自分たちの訓練に集中して」
二人の模擬戦が生徒たちの注目を集めていたことに気づき、望月は手を叩いてそう促す。注意を受けて、生徒たちは素早く自身の訓練に戻った。
「それじゃあ、雛山は残りの時間、織部君とやってて。ただし、方術はなしで」
「はい」
「……げ」
更に、望月は理不尽な指示を雛山に出した。……方術なしにしても、雛山が俺を容赦なく攻撃するのは知ってるだろうに。どうしてこの担任は、俺をこんなにも嬲ろうとするのだろうか。
「さ、織部君。やろ?」
「……ノーサンキューだ」
「遠慮しなくていいから」
相変わらずの無表情で、雛山は木刀を叩きつけて来る。……望月は方術を使わないようにと言っていたが、こいつの木刀は赤インクが付着している。しかも、先程まで「神の血」を使用していた。例え今は意識していなくても、まだ「神の血」としての属性は残っているに違いない。この木刀で切り掛かられたら、俺は最悪死ぬかもしれない。
「ちょ、おい、それは洒落にならないぞ……!」
俺は手持ちの槍をロンギヌスにして防ぎながら、雛山の攻撃を逃れようとする。……結局。その日俺は今まで一番の回避率を叩き出したものの、直後に保健室の世話になったのだった。




