24.ナベリウス
◇
……翌日。
「織部君。ちょっといい?」
「……望月かよ。何の用だ?」
朝。登校直後に望月に捕まった俺。……朝から不幸だな。我ながら。今日は雨が降るだろう。
「何の用って……あなた、自分が昨日、私に何を頼んだか忘れたの?」
「ん? 何か頼んだか?」
「……雛山さんのこと、忘れたの?」
望月に言われて、そういえばそんなことも頼んだような気がしてきた。……昨日は帰ってから、ずっと本を読んでいたからな。他のことは忘れてしまった。
「あの後、雛山さんの指導をしたりして、結構大変だったんだよ? なのに、頼んだ本人がそんな調子だなんて……」
「けど、それも教師の仕事だろ? うだうだ文句言ってんじゃねぇよ」
「うぐっ……微妙に正論っぽいことを」
俺の言葉に、望月は反論に窮したらしい。唇を噛んで唸っている。
「と、とにかく、方術はそれなりに使えるようになってたけど、実戦はまだだから。織部君が責任持って経過をチェックすること。これ、担任命令ね」
「へいへい」
俺は望月の言葉に生返事をして、教室へ向かった。……さてと、今日も下らない学校生活の始まる。
◇
……そして昼休み。
「織部君、構えて」
例の如く、昼休みの第二体育館にて。雛山が木刀を構えて、俺にそう言ってきた。
「ったく、いくらなんでもそういう確かめ方はないだろ……」
望月には、雛山の方術を確認するように言われていた。だからって、態々戦うことないだろうに。俺を殺す気かよ?
「……行くよ」
言った直後、雛山が一気に距離を詰めてきた。俺は無駄と知りつつも、手にした槍でそれを受け止める。
「くっ……!」
そして案の定、受け止めきれずに体ごと吹き飛ばされてしまう。―――そのとき、木刀の一部が左腕を掠めた。
「がっ……!」
すると、左腕を中心に激痛が奔った。受身も取れず、俺は無様に床へ叩きつけられる。
「はぁ……!」
「ちっ……ロンギヌス」
無防備になった俺へ、雛山は追撃を繰り出してきた。俺は咄嗟に能力を使い、槍をロンギヌスに変える。
「ぐっ……!」
木刀を槍で受け止め、どうにか体を庇う。相変わらずアホみたいな力だが、ロンギヌスのお陰である程度は相殺できたらしい。……通常なら、例え能力を使っても防げなかっただろう。しかし、今は違う。それは、雛山が使っている方術が原因だ。
「……おい、「神の血」を使うなんて、酷くないか?」
「どうして?」
雛山の木刀が赤いインクで汚れていたので、俺はこの方術を「神の血」と断定。その上でそう問い掛けるが、雛山はこの方術の危険性を理解していない様子。……というか、そもそもこいつは俺の秘密を知らない。武器に名前を与える能力を持った、普通の人間だと思っている。故に、その危険性も認識できないのだろう。
「その方術は、生徒会長が使ってた「神の爪」と同じなんだよ。異教殺しの特性を持った方術で、異教徒に対して強力なダメージを与える。つまり、正教徒じゃない俺には猛毒も同じなんだよ」
仕方がないので、俺は重要な部分を隠した状態で説明を試みる。……今は同じ「神の血」の特性を持つロンギヌスが防いでいるが、そもそも身体能力で上回る雛山には持たないだろう。それに、不完全な雛山の方術では、ロンギヌスの特性で防ぐのも難しい。そして、例え不完全な「神の血」でも、俺にとっては致命傷だ。
「ん、分かった」
俺の説得に、雛山は素直に剣を収めた。……ふぅ。命拾いしたな。
「ったく……その方術、望月から習ったのか?」
「うん」
起き上がって尋ねる俺に、雛山は首肯した。……「神の血」の方術は赤ワインを使うのが正統なのだが、赤インクで代用するという方法もある。それを好んで使っているのは、俺の知り合いでは望月しかいなかった。
「その方術、さっきも言ったように、異教殺しの危険なものだ。この学校にだって、正教を信仰していない者は多い。今後は人相手に使うんじゃないぞ?」
「分かった。……でも、会長さんはいいの?」
「「神の爪」はそもそも正統な正教の伝承を利用してない裏技だからな。ダメージは大きいが、まあ、本気で殺すつもりじゃないと滅多に死なないだろう。あの生徒会長なら加減も出来るだろうからな。けれど、お前は違うだろ? それに、「神の血」は正教の正統な教えを利用している。破壊力が段違いだ」
「なるほど。そうする」
俺の説明に納得した雛山は、頷いてから第二体育館を出て行く。……全く、望月もちゃんと説明しろよ。まあ、対バアル用の方術を人間に使うだなんて、想像できなかったんだろうけどな。
「……っ」
俺もさっさと飯にしようと思ったのだが、今の戦いで負傷した左腕が痛む。……「神の血」は毒のように体中に広がってしまう。このままだとまずいな。
「……ったく、気が進まねぇな」
俺は痛む左腕を抱えながら、保健室へと向かうのだった。
◇
「……はい。これで大丈夫よ」
保健室にて。養護教諭の霜月に手当てをしてもらい、俺は立ち上がった。
「それにしても、「神の血」の方術だなんて、災難だったわね」
「全くだ。あんたからも、望月に言ってくれよ」
「それは無理ね。望月先生は私の先輩だし、私から言っても聞かないわよ」
フレームの細い眼鏡を掛けた霜月は、癖のある髪の毛をいじりながら、使用した薬品を棚に戻していく。……白衣の下は無駄に露出の多いワンピースという出で立ちの霜月だが、彼女は方術による治療ではかなりの実力者だ。特に、方術によって受けたダメージは通常の治療が出来ないので、嫌でも霜月を頼らなければならない。俺を治療できる方術なんて、他に使える奴はいないはずだし。
「まあ、また死に掛けたらいらっしゃい。死んでなければ助けてあげるから」
「死んでからでは遅いと思うんだが」
「もう死んでるようなものじゃない? 人間としての生活に、未練でもあるの?」
「……まあな。ラノベが案外面白いから、中々死ねないんだ」
「なるほどね。かの「一番様」でも、ラノベには嵌っちゃうものなのかしら?」
話しながら、俺は脱いでいた制服の上着を着直し、出口のほうへと歩いていく。
「邪魔したな」
「また来てもいいわよ」
「もう二度と来なくていいことを祈っている」
出て行こうとした俺に、霜月がまたも縁起でもないことを言い出した。……とはいえ、また世話になりそうな気がするんだよな。
「釣れないのね。遠慮しなくていいのに」
「あんたらに関わると大変だって、望月で十分に学んだからな」
「望月先生は特別あれなだけよ」
霜月の言葉に、それもそうだなと思いながら、俺は保健室を出た。




