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23.アイム


「……さてと。織部君は帰っちゃったけど、詳しい事情とか聞いてないから、教えてくれない?」

「はい」

 織部君がいなくなって。私は望月先生に事情を説明した。……生徒会での合宿と、それに向けた私の訓練について、一通り。

「……んもぅ、織部君が頼まれたことなのに、私に全部押し付けるなんて。まあ、彼らしいといえばそれまでだけど。……はぁ」

 事情を把握して、望月先生は不満げにそう言った。けれど、先生はそんな織部君に諦めているのだろう。溜息を吐いて、気持ちを切り替えたみたいだ。

「じゃあ、私が微力ながら手伝うけど……あんまり時間もないことだし、織部君から習ったことと授業でやったことをおさらいして、それからいくつか実践的な方術を教えるね」

「はい」

 先生もやる気になってくれたみたいだし、早速ご教授願おう。私は持ってきた木刀を手に、先生の指導を受ける。

「とりあえず、方術の授業で教えたのは、武器強化、身体強化、装甲強化の三つだったよね? それの復習からかな」

 現在、方術の授業で習っているのは、先生が挙げた三つだ。武器強化は武器に祈りを込めてその耐久を向上させ、バアルへの有効度を上げる。身体強化は体の機能を強化し、バアルへの耐性を強くする。装甲強化は、身に纏った衣服を対バアル装甲へと変える。どれも、バアルとの戦闘では必須だと教わった。

「三つとも、祈りを込めるっていう点では共通してるけど、細かいところが違うの。例えば、武器強化は武器を握っている間しか効果がない。他人の武器を代わりに強化したりは出来ないってこと。ただし、弓矢なんかの飛び道具だと、手元を離れても有効。つまり、どちらかと言えば、使用者が放った攻撃に対する方術とも捉えられるの。身体強化は自分の体に対して掛かる方術で、バアルへの耐性だけじゃなくて、筋力を高めたりと、とにかく肉体に作用するの。そして装甲強化は鎧、衣服への方術。それ自体の強度を高められるけど、あくまで防御目的にしか使えない。盾にも使えるけど、シールドバッシュみたいな攻撃には効果がないの」

 三つの方術は、それぞれの特性や強みがある。私は一応、その三つを習得したのだけど、実戦で使ったことはない。というのも、最近は屋外訓練場にもあまりバアルが出なくて、戦う機会がないのだ。たまに出没しても、織部君が倒しちゃったり、会長さんが倒してしまったりと、私に経験を積ませてくれない。……尤も、二人が意地悪をしているわけではなくて、そのときはたまたまその場に私がいなかっただけなのだけど。最近は見回りを二手に分かれてするんだけど、二人とは別のグループになってしまうのだ。

「それで、合宿の場所って恵那山だっけ? あそこは確か、ネフィリムタイプのバアルが多いって聞いたけど……雛山さん、織部君からネフィリムの対処法って習った?」

「あ、はい」

 先生に問われて、私は織部君から教わったことを話した。旧約聖書に書かれた大洪水の伝説を利用し、水の属性を用いた方術で攻撃すると有効だと。

「あー、なるほど。彼らしいっていえばそうだけど。でも、ネフィリムの対処法としては間違ってないよ」

 先生は言いながら、ポケットから何かを取り出した。小さなプラスチック製の管。何かの液体が入っているらしく、先生が手を動かすたびに、その動きに合わせて中身が揺れる。しかも、その液体は鮮やかな赤色だった。……もしかして、血?

「先生、それって……」

「これ? 先生の必須アイテム、赤ペンのインクだよ」

 けれど、その正体はただのインク。……よく見れば、ペンのインクカートリッジだった。無駄に緊張して損した気分。

「水の属性なら武器を濡らすだけでもいいんだけど、どうせなら赤い液体がお勧めだよ。このインクをワインに見立てることで、「神の血」としての属性も加えられるから。乾いても有効だし」

 その話に、私は会長さんの方術を思い出した。……後で織部君に聞いたけど、あのボーガンから放たれる不可視の矢は、「神の肉」や「神の血」と同じように、風を「神の爪」と対応させたものらしい。それ自体はオリジナルの解釈らしいけど、「神の血」は元々正教にあった考えだから、余計なルートを迂回しない分強力かもしれない。

「試しに、「神の血」を用いた方術、見せてあげるね」

 自分の意見に説得力を持たせるためなのか、先生はインクカートリッジを持ったまま、一際大きな残骸に目を向けた。……ここはかつて町で、残っているのは民家などの残骸。これもその一つだろう。

「えいっ」

 そして先生は、インクカートリッジを民家の残骸に投げつけた。インクカートリッジは放物線を描いて飛んでいき、残骸にぶつかる―――その瞬間、残骸が音を立てて崩れ始めた。

「ね? 「神の血」は神の一部にして生命の象徴。有機物への効果は薄いけど、生命を阻害しうる脅威には極端に強い。バアルによって破壊されたものはバアルの因子みたいなものが含まれているから、バアルと同じくらいにダメージを与えられるの」

「バアルの因子……?」

 すると、先生が気になるワードを口にした。……バアルの因子って、何のことだろう?

「あー、うん。多分、三年生くらいで習うと思うんだけど……バアルの攻撃を受けると、バアルの因子っていうか、痕跡みたいなのが残ると考えられているの。バアルが襲った土地ではまたバアルが現れるっていうのは知ってると思うけど、その現象を説明するための仮説、かな」

 先生の話を聞いて、私はなるほどと思った。……織部君がバアルについて詳しいし、もしかしたら知ってるかもしれないから、今度聞いてみよう。先生はあまり話したくないみたいだし。

「それで……雛山さんも試してみる? インクはまだあるし、その木刀は汚してもいいから。っていうか、その木刀は雛山さんが貰っていいよ? 支給品申請はしておいてあげるし」

 そう言って、先生は私にインクカートリッジを何本か渡した。……どうしよう? 会長さんにも自分の武器を持つように言われていたし、合宿にまで学校の備品を持っていっていいのかという疑問もある。この木刀はいつも使っている奴みたいだし、これをくれるというのなら正直ありがたい。学校の備品を私物化するのは問題だろうけど、その辺の処理も先生がやってくれるらしい。

「……お願いします」

「了解。じゃあ、私は書類作ってくるから、それまで適当に訓練してて。あ、万が一にもバアルが出たら、戦わないで逃げてね。雛山さんの方術は様になってきたけど、バックアップなしでの緒戦はさすがにきついと思うから」

「はい」

 出された指示に私が頷くと、先生は屋外訓練場から出て行った。……先生が戻ってくるまで、ちょっと練習してよう。

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