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21.モラクス


  ◇



 ……その後、俺たちはあちらこちらを回った後、そのまま解散となった。


「ふぅ……やっと帰れる」

 雛山の思いつきと望月の陰謀で始まった今回のデート(もう途中からデートとさえ呼べなくなったが)。それが終わって、俺はようやく一息吐けた。……今日は女共に振り回されて終わったな。折角、連休最終日だというのに。

「……にしても、気になることを言われたな」

 家路に着く俺だったが、生徒会長が言っていたことを思い出して、溜息が零れた。……生徒会メンバーでの合宿。何をやるのかは知らないが、あの生徒会長のことだから、ろくでもない企画なのは間違いないだろう。そうでなくても、この学校は修学旅行で余所のバアルを討伐しに行くという殺伐としたところだ。大方、合宿もその類だろう。

「そうなると、雛山がまた変なことを言い出しそうだな……」

 もしも合宿がバアル討伐なら、恐らくは生徒会メンバーで唯一バアル討伐経験のない雛山が、また稽古を頼んでくるかもしれない。そうなると面倒だな。

「ふぅ……ばっくれたい」

 まだ始まってもいない合宿に、俺は辟易とさせられるのだった。



  ◇



 ……そして翌日。


「……で、案の定かよ」

 昼休み。俺はまたもや雛山の訓練に付き合っていた。……昨日酷い目に遭わされたのに、今日もかよ。俺の人生ってずっとこうなのか?

「何が?」

「お前の傍若無人さがだよ」

「それほどでも」

「褒めてないからな念のため」

 こんなにもストレートになじっても、当の雛山は聞く耳持たず。……今度こいつがバアルに襲われても、絶対に助けないからな。寧ろ見殺しにするからな。俺が殺すのは物理的に不可能だが。

「さ、早くして。お昼休みも短いんだから」

「教わる立場で偉そうだな毎回毎回」

 もっと言ってやりたいのだが、それこそこいつの言うように、短い昼休みを無駄にしてしまう。俺は仕方なく、雛山に講義をしてやる。

「それで、昨日買った本はどこまで読んだ?」

「これのこと?」

 雛山が取り出したのは、昨日彼女が購入した「よく分かる神学入門」という本。この学園に来て初めて神学に触れた者も多いためか、こういう参考書が割と多いようだな。

「最初の十ページくらい」

「どれどれ……」

 雛山から本を受け取り、言われた箇所を読んでみた。書かれていたのは、正教の概要とその成り立ちについてだった。主に聖書の内容が多い。

「天地創造からノアの箱舟か……有名なところだな」

 神が世界を作り、人を作り、楽園を追われたアダムとイブが地上に降りて人が増え、洪水で全部流される。その辺りの話だな。

「なら、折角だから、この前の話に関係のあることを話してやるか」

「この前?」

「正教以外のバアルについてだ」

 この前雛山は、悪魔以外のバアルについて尋ねていた。望月がある程度説明してくれたとは思うが、一度神学について正しく理解してからのほうが分かりやすいこともあるだろう。だからこそ、そのことについて話してやろうと思う。

「ノアの箱舟には、ネフィリムの記述がある。これは神の子たちが人間との間に作った子供で、要するに巨人だ」

「巨人……?」

「ああ。こいつらが地上を荒らしたせいで、洪水が起こったとも言われている」

 正教神話の中でも特に有名なこの範囲で、何故俺がネフィリムを挙げたかといえば。それは、他の神話にも似たようなものが登場するからだ。

「そして、北欧神話やギリシャ神話にも巨人が登場する」

「北欧神話と、ギリシャ神話……?」

「ああ。前者だと原始の巨人ユミルや霜の巨人、後者だとヘカトンケイルやサイクロプスなどだな」

 巨人伝説は世界各地に残されている。他にも、日本にはでいだらぼっちという巨人の伝承もある。例を挙げたらきりがないな。

「そして、それら全ての特徴を持ったバアルもいる」

「あ……」

 そこで雛山はようやく、俺の言いたいことが分かったようだ。……そう、異教のバアルに対処する方法についてだ。

「もしも正教以外のバアルと遭遇しても、こういう共通点を利用して対抗する術もある。例えば、ネフィリムごと全てを滅ぼした大洪水を方術として用いて、霜の巨人のバアルを倒したり、とかな」

 方術は、信仰という曖昧なものに頼っている部分が多い。故に、こういう裏技が沢山ある。

「更には、北欧神話の神々は巨人の親戚みたいなものだからな。ネフィリムに有効な方術はそいつらにも纏めて有効だ」

 逆に言えば、北欧の神々に有効な方術はネフィリムにも有効。無論、多少の減衰はあるがな。

「更には、お前の主要武器である剣には属性親和性がある」

「属性親和性?」

「剣っていうのは、あらゆる伝説・伝承・神話で、様々な性質を与えられている。そのため、他の属性や性質を与えやすいんだよ。例えば、北欧神話だと炎の魔人スルトが持つレーヴァテインや、ヤドリギの名を持つミストルティン。ケルト神話だと、稲妻の名を持つカラドボルグ。日本神話では草を薙ぎ払ったとされる草薙の剣などだな」

 神話そのものには特徴がなくとも、使い手や使用場面、名前に応じた属性が結び付けられることも多い。また神話でなくとも、雷を切ったとされる雷切など、逸話が属性を与える場合もある。剣はその手の伝承が特に多い武器だ。

「大洪水を利用したい場合、さっきのミストルティンがいいか。剣としてのミストルティンは、一度海に沈められたという伝承があるからな」

 北欧神話のミストルティンはヤドリギのこととする場合が多いが、同名の剣が登場する伝説がある。そこでは上述のように、ミストルティンが海に沈められるという描写がある。それ故に、ミストルティンは木々と水の属性を利用しやすいのだ。

「まあ、正教の教えに反するルートだからな。聞きかじった知識で再現するのは無理だし、参考程度に留めておけ」

「うん」

 俺の言葉に、雛山は素直に頷いた。……まあ、注意するまでもなく、こいつにそんな知識はないだろうが。念のため。

「正教の正攻法は異教殺しの方術なんだが、正教への影響が大きい場合や、正教徒にも広く受け入れられているものから派生していると、あまり効かないからな」

「そうなんだ」

「まあ、方術も万能じゃないんだよ。少なくとも、正教の範囲に縛られているとな」

 方術は正教徒であるエクソシストが多用するが、別に彼らの専売特許というわけではない。だからこそ、大した信仰心のない雛山でも、初歩の初歩とはいえ方術が使えるのだ。彼女がそれ以上を使えないのは、単純に知識が不足しているからだろう。

「今日の講義はこの辺までだ。後は適当に素振りでもしてろ」

「分かった」

 そろそろ本気で飯にしたい俺は、役目は果たしたと言わんばかりにそう残して、食事を調達しに行った。……雛山はこの後、次の授業までずっと素振りをしていたらしい。律儀な奴。

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