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17.ボティス


「先生」

「ん? なあに?」

 私の声に、先生は箸を止める。……織部君は先生に聞けって言ってたし、多分分かるよね?

「バアルって、悪魔なんですよね?」

「そうね。確かにそういうことが多いかな」

「じゃあ、悪魔以外のバアルっているんですか?」

 そう、私が気になったのは、織部君が(先生もだけど)バアルは悪魔「だけ」とは言わなかった点だ。悪魔にも色々な種類があるらしいけど、悪魔以外のバアルもいるのだろうか?

「そうね……ちょっと授業の先取りになるけど、教えてあげるね」

 長くなるからなのか、先生はそう言って箸を置いた。先生が食べているのに教えを乞うている私が食べ続けるわけにも行かないので、私も箸を置いた。

「まず、バアルっていうのは、正教の教義だけで説明できるものじゃないの。当然、他の宗教や神話に関連したバアルもいるの。そういう神話の中には、正教での悪魔に相当するものがない場合もあるから、一概に悪魔とは言えないの」

「そうなんですか」

 他の宗教や神話……仏教とか神道とか、日本神話くらいしか知らないけど、そういうのにもバアルがいるんだろうか?

「まあ、ここは正教の学校だから。他の宗教や神話に関しては、異教殺しの方術で倒せとしか教えないし。詳しく知りたいなら、系列の大学を目指すのも手だよ」

「大学……?」

「そ。エクソシスト専用のね。私もそこの出身だから。雛山さんは優秀だし、このまま頑張れば推薦状を出せると思うよ」

 思いがけないところで、進学の話にまで発展した。……私はまだ、卒業後の進路は決めていない。そのままエクソシストになるのか、それとも進学するのか、或いは全く別の道を歩むのか。今はまだ、全然想像できない。

「ま、それは追々考えていけばいいから。ね?」

 先生はそう言うと、食事を再開した。……最近、考えないといけないことが増えた。バアルのことも、織部君のことも。それは、私自身の成長と呼べるのだろうか? それとも、ただ迷っているだけなのか。



  ◇



 ……翌日。


「―――そういうわけで、日本は自衛隊を国防軍に昇格させ、徴兵制を限定的に復活させました。その過程で多くの批判を浴びながらも、バアルへの対策という大義名分を盾に強引に推し進めてきた日本政府ですが、結局はバアルに対抗できず、多くの戦死者を出す結果になりました。そのため、エクソシストが日本に介入し、バアルを撃退しました。かの有名な、「恵那山事変」のときの話ですね」

 近代史の授業中。担当教師の如月が、日本とエクソシストの関係について説明している。……この辺の話は日本人にとって常識らしいが、俺は普通の生徒じゃないから、ちゃんと勉強しておかないとな。変なところでボロを出して、学校生活が終わってしまうのは困る。それでは、雛山の脅しに屈した意味がない。

「国民の反対を押し切って軍の再編成、徴兵制の復活をしたにも拘らず、肝心のバアルを倒せず、挙句エクソシストに多くの便宜を図らなくてはならなくなったため、当時の総理大臣である袴田甚平はまるで戦犯のように扱われました。彼の名前と、その経済政策の名前を取って、「バカダナゴミクズ」と揶揄されるようになりました」

 過去の人とはいえ、自分とこの総理大臣をゴミクズ呼ばわりする如月。……そういえば、望月も似たようなことを言っていたが、ここの教師連中はその袴田って奴が嫌いなのか? そりゃ、エクソシスト側からすれば、滑稽な道化に見えるのだろうが。

「こほん……話が逸れました」

 しかも、授業とは直接関係ない話題だったらしい。……どうやら、予想通りっぽいな。

「その「恵那山事変」で壊滅した恵那地域は、未だに立ち入り禁止となっています。バアルの出現が多く確認されていて、とても人が住める環境ではなくなっていますから」

 バアルに襲われた地域は、バアルの再出現が多くなる。そのため、一度バアルに襲撃されると、その土地は永久に使えなくなるということでもあった。無論、この学校のような利用方法もあるのだが、それは例外だろう。

「そして―――あら」

 如月がその続きを説明しようとしたところで、授業終了を告げるチャイムが鳴った。……授業はここまでか。

「チャイムが鳴りましたけど、ちょっとだけ延長しますね」

 しかし、如月は授業を延長すると言い出した。……この女教師は、時々こうやって授業を延長する。それで最初はブーイングの嵐だったのだが、如月の笑顔を見た生徒たちは、その気迫に圧されて何も言えなくなってしまった。それ以来、授業延長程度では誰も騒がなくなった。一応、それなりの実力を備えたエクソシストだからな。気圧されるのも無理ない。つーか俺も怖い。

「さて、その後の日本ですが―――」

 延長はいいとしても、次の授業は実技訓練なのだが……移動時間も考えると、少々きついような。



  ◇



 ……結局、授業が終わったのは、次の授業開始のチャイムが鳴ってからだった。そのため、俺たちは大急ぎで体育館に移動し、しかし望月には大目玉を食らったのだった。世の中理不尽だな。


「時間もあまりないから、手早くペアになって、始めてね」

 最近の実技訓練は、二人一組で模擬戦をする、という内容が多い。とはいえ、俺は大抵変な奴と組まされ、一方的にボコボコにされて、ストレス解消用のサンドバッグになるのだが。

「織部君、一緒に組もう?」

「……雛山」

 しかし今日は、何故か雛山が誘ってきた。……もしかして、昨日の続きか?

「……俺とお前とでは、大分実力差があると思うんだが」

「大丈夫。私が教えてあげるから」

「は……?」

 面倒に思って断ろうとしたら、雛山がそんな意味不明なことを言ってきた。……教えるって、何をだ?

「私が、織部君を鍛えてあげるから」

「……結構だ」

 続く彼女の言葉で全てを理解した俺は、速攻で断った。……恐らく、俺に稽古をつけてもらっているお礼も兼ねて、俺を鍛えようというつもりなのだろう。だが、そんなものは俺の役に立たない。はっきり言って迷惑だ。

「ほらそこ! 組んだならさっさと始めて!」

「ほら、先生もああ言ってるし」

 しかしながら、生徒たちが遅刻したせいなのか不機嫌な望月が、雛山の援護をする。……まずい。雛山は俺の秘密を知らない。俺をただのひ弱な男だと思ってるんだ。

「大丈夫。優しくするから」

「……はぁ」

 だが、逃げる方法など持ち合わせていなかった。溜息交じりの俺は、雛山にフルボッコにされるのだった。……だから断ったのに。

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