15.エリゴス
◇
……その後。
「……ふぅ」
あの後、紆余曲折を経て、俺は帰宅した。……結局、雛山の説得は失敗に終わり、またもや保留という形で解散した。彼女の頑固さには、さすがの望月も手を焼いていた。
「……ったく、どうすればいいんだよ?」
このまま雛山を説得できなければ、色々とまずいことになる。望月が把握している以上、最悪の事態にはならないはずだが……それでも、安心は出来ない。
「まあ、とりあえず読書でもするかな」
だからといって、ここで悩んでいても解決しないだろう。俺は気分を切り替えて、日課である読書をすることにした。今日読むのは、「彼女は頑固で正直者で」。偶然にも、今の俺にぴったりなタイトルだった。
「さてさて……」
そんなわけで、俺は就寝時間まで読書を続けた。……しかしながら、今回の本もあまり参考にはならなかった。ヒロインは確かに頑固なのだが、どちらかといえばツンデレなのだ。故に案外ちょろく、妥協案を提示することで折れてしまう。作品としてはまあまあの出来だったが、少なくとも雛山の件では役に立たないだろう。やはり、ラノベに解決方法を求めるのが間違いなのか。
……その頃、ウルスラは。
「……ふぅ」
「雛山さん、どうしたの? 生徒会で疲れた?」
帰宅して、寮での食事中。思わず出た溜息に、天草さんが私を気遣ってくる。
「ううん、違うの……ちょっと、色々あって」
「そうなんだ」
私がそう返すと、彼女はそれ以上深入りしてこない。……織部君のことは、あまり口外したくないので、ありがたい。尤も、彼の秘密をばらすと脅している身なので、それもおかしな話かもしれないけど。
「でも、悩み事とか、困ったことがあれば、遠慮なく言ってね」
「うん、ありがと」
天草さんは本当にいい人だ。料理はおいしいし、気遣いも出来る。それに、ちゃんと自分の目標を持っている。……彼女だったら、私みたいに、誰かを脅したりなんてしないんだろうな。
「どういたしまして」
天草さんの笑顔は眩しく、私とは程遠くて、まるで自分の醜さを見せ付けられているようだった。……そもそも、何故私が織部君を脅すような真似をしたかといえば。それは、私に焦りがあったからだ。彼は私より弱いのに、私に倒せないバアルを容易く倒す。―――彼に追いつきたい。そんな思いが、私の中に芽生えていた。要するに、織部君が、私の目標なのだ。今まで欲していた、目標になる人物。だからこそ、私は彼に師事したい。そうすることで、少しでも彼に近づきたいんだ。
「……おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
やり方は強引で、褒められるものではないけれど。それでも私は、やっと見つけた目標に向かって、ただ突き進むことしか出来なかった。
◇
……数日後。
「織部君」
「……」
あれからずっと、雛山は俺に弟子入りしようと付き纏っていた。出来ることなら避けたいのだが、共に生徒会所属なので、それにも限度がある。
「そろそろ、考えてくれた?」
「……ふぅ」
無表情で問い掛けてくる雛山に、俺は溜息しか出なかった。……こいつには、望月を含めた教師陣から何度も説得してもらっている。けれども、雛山は全く譲らなかった。そのため、教師たちもこいつを持て余しているのだ。
「何度も言うが、俺の力はお前では習得できないぞ?」
「うん、頑張る」
「だからな……」
まあ、何度説明しようと終始この調子では、望月たちもさすがにお手上げだろう。
「っていうか、どうして俺なんだよ……?」
このままでは埒が明かないので、俺は別の方向から攻めてみることにした。雛山ほどの強者が、俺の能力に拘る理由。それを聞けば、何か糸口が見つかるかもしれない。
「……」
だが、雛山は黙ってしまい、話が進まなくなる。……何か、地雷でも踏んだか?
「俺じゃなくても、方術なら得意な奴が沢山いるだろ? 会長だってそうだし、副会長なんてもっと得意そうだし、いっそ望月辺りに特別授業を頼めばいいだろ? そっちのほうがハードル低いだろ?」
「……駄目」
「駄目って……」
俺が代替案を挙げてみるが、雛山は首を横に振った。……俺の能力は方術みたいなものだから、普通に方術を習ったほうがいいと思うんだが。
「だって……織部君が、一番強いから」
「は……?」
雛山がようやく口を開いたと思えば、出てきたのはそんな意味不明な言葉。……普通に考えれば、今挙げた中で一番弱いのは俺なんだが。
「織部君が、バアル相手なら、一番強いから」
「……そういうことかよ」
続く台詞で、ようやくその意味が理解できる。確かに、バアルが相手なら、生徒会長たちよりも俺のほうが強いだろう。それは確実だ。
「要するに、その道に一番通じてる奴から習いたいのか?」
「……うん」
結局。蓋を開けてみれば、真実は意外と単純だった。……バアルを倒したいという目標があれば、それに最も精通した者から習うのが一番だろう。効率云々だけでなく、そいつからしか得られないものも多い。まさか、俺がその立場になるとは思っていなかったが。
「お前の意図は分かった。……けどな、あれはあくまで俺の力だ。お前が習得することは、例えどんなに努力しても、絶対に不可能だ」
「……」
「けどな」
となれば、ただ今までと同じことの繰り返しでは、無駄だろう。それで説得できないことは、既に実証済みだ。
「俺の能力を模倣して、お前の方術が強化される可能性はある」
「……ほんとに?」
俺の示した可能性に、雛山は食いついた。……よし、この方向なら問題ないようだな。俺に教わりたいのであって、俺の能力を欲しているわけではないらしい。
「無論、お前の努力次第だし、保障は出来ない。俺だってやったことないしな。けど、方術ってのは案外自由度があるらしい。俺みたいに、神話を利用したり、いくつかの伝承を迂回して有効打を与える方術は既にある。その辺を参考にすれば、何とかなると思うぜ」
「……」
俺の説明に、雛山は無表情のままだったが、僅かに目を輝かせている……ように見えた。無表情だから分かりにくいんだよな。
「それでも構わないのなら、別に協力してもいいが―――」
「是非お願い」
「お、おう……」
一度こちらが譲歩すれば、雛山は一瞬で決めてくる。……全く、どうして俺は、自分から読書の時間を減らすような真似をしているのか。
「……ったく」
しかしまあ、これも変な奴に目をつけられたせいだろう。生徒会のときと同じで諦めるしかないな。




