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12.シトリー


 ……そうして、生徒会長と一哉はバアルの元へと向かった。


「……さてと。織部君。私が援護に回るから、君に前衛を任せる」

 バアルの元へと向かう途中、生徒会長は陣形について指示してきた。……どうやら、本当に俺の力量を測るつもりらしい。

「ほら、見えてきたぞ。お手並み拝見といこうじゃないか」

 生徒会長が言うように、前方に黒い塊―――バアルの姿が見えてきた。翼の生えた馬、ペガサスに乗る男の姿。これは恐らく、ソロモンの序列で七十番目の悪魔、セーレだろう。

「はぁ……ロンギヌス」

 俺は溜息混じりに、小声で、槍に名前を与えた。それは、先日使ったのと同じもの。ソロモンの悪魔であれば、一部の例外を除いて、この名前で対処できる。

「……ふん」

 幸い、向こうは油断していたのか、俺を見ても動こうとしない。俺はロンギヌスを一閃して、ペガサスの頭を吹き飛ばした。……バアルは真っ黒だからそうでもないが、色つきだったらかなりショッキングなシーンだな。そんなことを思いながら、戦闘を続ける俺。

「はっ……!」

 さすがにまずいと思ったのか、セーレのバアルも、ペガサスの翼を利用して距離を取ろうとする。だが、俺の槍のほうが早い。本体の左腕、ペガサスの左翼を切り裂き、そのまま奴に追い縋る。

「せいっ……!」

 片翼を失い、バランスを崩したところに、槍での突きを見舞う。それが致命傷になったのか、ペガサス部分が形を失い始めた。輪郭が周囲に溶け、まるで最初からそこにいなかったかのように、綺麗に消滅する。

「……本当に、哀れだな」

 ペガサス部分を失って、片腕も失くした本体が、無様に地面を転がる。……この状態では、放っておいてもすぐに消えるだろう。だが、それは見逃す理由にならない。

「忘れられたが故に、というのは、何とも哀れで物悲しい。せめて、安らかに消えるといい」

 俺は本体の首に槍を突き刺した。セーレのバアルは、呻き声を上げるでもなく、ペガサスと同じように消滅する。最初からそこにいなかったかのような、不自然な消え方。バアルは必ず、このような消え方らしい。

「……ふぅ」

 とりあえず、目の前の敵は倒した。今回も大した相手ではなかったが、それでも多少は疲れたな。

「……ふむ。お見事だな」

 そんな俺に、生徒会長が拍手を送ってくる。……だが、別に驚いている様子もなく、さも当然のようにそうしているということは、これも想定内ということか。援護する間もなく終わったのだが、最初から援護などするつもりもなかったようだし。

「やはり、君は普通の生徒ではないようだな。私の読みは外れていないということだ」

 要するに、俺が一般生徒でないことは分かっていたから、驚きもしなかったのか。案の定だな。

「君の力が何なのか、今は保留にしておく。だが是非とも、その力を生徒会で役立ててくれ」

「へいへい」

 正直断りたかったが、そんなことしても無駄なのは分かりきっている。なので、適当にそう言っておいた。……我ながら、順応するのが早いな。

「さてと。では戻るか」

 そういうわけで、本日の生徒会はようやく終わりを告げた。



  ◇



 ……生徒会が終わり、各々が帰宅の途に着いた頃。


「……はぁ」

 私―――雛山ウルスラは、寮へと歩いていた。今日は生徒会活動で先輩との手合わせをして、その後屋外演習場まで行ったのだ。さすがに疲労が溜まっている。

「……天草さん、今日の晩御飯は何にするって言ってたっけ?」

 こんなとき、晩御飯の内容はとても重要だ。それだけで帰宅の足取りが段違いである。だから私は、食事係の天草さんを思い出していた。……彼女の料理はどれもおいしいけど、やっぱりカレーが一番だと思う。とはいえ、カレーは暫くしないとも言っていたし、期待できないかな。

「……お腹空いた」

 ご飯のことを考えていたら、お腹が悲鳴を上げ始めた。私はそんなお腹を庇いながら、寮へと急ぐ。



  ◇



「……ただいま」

 空腹のせいでいつもより遅くなりながらも、私は寮に戻った。

「おかえり~。……って、雛山さん。どうしたの? そんなふらふらで」

 そんな私を出迎えてくれたのは、案の定、天草さんだった。エプロンを着用しているということは、食事の用意をしてくれたのか。

「お腹、空いた……」

「そっか。じゃあ、すぐにご飯にしないとね」

 私は天草さんの後に続いて、寮の食堂にやって来た。この寮が民家を改造したものなので、食堂もLDKだ。

「はい。今日のご飯はハンバーグだよ」

 待ちに待った晩御飯はハンバーグだった。……カレーではないけれど、これも割と好きな料理だ。

「ささ、召し上がれ」

「頂きます」

 デミグラスソースが輝かしいハンバーグに箸を入れ、口へと運ぶ。……柔らかな肉から溢れ出す肉汁と、ほんのり甘いデミグラスソースが混ざり合い、飢えた私の舌を刺激する。要するに、凄くおいしい。

「……おいしい」

「ほんと? ありがとう!」

 素直な感想が口から漏れだして、天草さんは笑顔でそう言ってくる。……そうして、私は夕食を平らげた。

「……やっぱり、生徒会って大変なの?」

「……?」

 食後のお茶を飲んでいると、天草さんがそんなことを尋ねてきた。……そういえば、私と織部君が生徒会入りしたことはみんなに知れ渡ってたっけ。

「雛山さん、大分疲れてるみたいだから、大変なのかなって」

「うん……ちょっとハードかも」

「そっか……」

 まだ一日目だけど、実技訓練と見回りはそれなりに体力を使うし、それに―――先日、バアルと対峙したときの恐怖が蘇って、精神が疲弊してしまったのだ。さすがに、そこまでは言えないけど。

「私、まだまだだな……雛山さんみたいに強くないし、織部君みたいにバアルを倒したり出来ないし」

 すると、天草さんはそんなことを呟いた。急に、どうしたのだろうか?

「私、家族をバアルに殺されてるの……だから、バアルを倒せるようになりたいの」

 彼女の話に、私は言葉を失った。……天草さんは、家族を失ったからこそ、エクソシストを目指している。けれど私は、ただ強い人と戦いたいからいう理由で入学した。なんということか。私の動機は、彼女に比べてとてもお粗末だった。

「だけど、私は方術も使えないし、武術も出来ないし……雛山さんや織部君みたいに、戦うのなんて無理だよね?」

「……ううん」

 力なく笑う彼女に、私は首を振った。そして、無意識のうちに、言葉が口から漏れ出していた。

「私だって、バアルには勝てないよ」

「そう、なの……?」

「うん……織部君がバアルを倒したとき、私、バアルに殺されかけてたから」

 望月先生には、織部君については他言しないように言われていたから、喋っていいのか迷った。けれど、彼の能力とは関係ない話題だし、問題ないだろう判断する。

「でも、私は負けたくない……だから、天草さんも、自分を卑下しないで」

「雛山さん……」

 私なんかが彼女を励ますなんて、おこがましいかもしれないけれど。でも、自分の台詞に嘘はない。そして、同時に理解した。私が、本当に成したかったことを。

「ありがとね……なんだか、元気出たかも」

 それに、天草さんの笑顔を見ていると、私の行為は間違ってないんだと確信できたのだった。

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