11.グシオン
……その頃、一哉は。
「……どうして俺は、こんなことをしてるんだ?」
俺は書庫の中で、溜息混じりに呟いていた。……生徒会長の命で、俺は古書の整理を手伝わされていた。この古書というのが厄介で、かび臭い上にボロボロで、下手をすれば破れてしまう。仕事をサボって読んでみようとも思ったが、古い字体で、しかも古い日本語なため、俺の国語力では解読できなかった。
「あ、あの、えっと……ご、ごめんなさい」
そんな俺に怯えているのか、隣にいる斉藤が謝ってくる。……こいつは、いつぞやの実技訓練で戦った女子だ。俺に勝ったため、学年最弱の汚名だけは免れたが、それでも大分下のほうにいるらしい。俺の次に弱いとさえ言われている。何故こいつがいるのかといえば、こいつが図書委員だからだ。自分から志願したらしい。
「別にいいんだがな。本を読む時間がなくなるだけで」
「ご、ごめんなさい……」
彼女を責めているわけではないのだが、斉藤はまたもや謝ってくる。……こいつ、こういう性格なのか?
「まあいい。さっさと片付けるぞ」
「は、はい……」
そんな斉藤が正直鬱陶しいので、全力で作業を片付けることにした。
◇
……作業が終わり、俺は生徒会室に戻ってきた。
「ご苦労様。初日にしては上出来だ」
俺とほぼ同時に雛山が戻ってきて、生徒会長が俺たちを労う。……雛山はどこか冷めた様子だったが、元々あまり感情豊かな奴ではないし、気のせいだろうか?
「雛山さんは、あの相良を圧倒したらしいじゃないか。あいつは私でも手を焼くんだが……さすがだな」
「……」
生徒会長は雛山を褒めるが、当の本人は興味なさ気だ。……つーか、その口振りだと、この生徒会長様は、その相良とかいう奴を見下してないか?
「それと織部君。君も大分活躍したようじゃないか」
「あれを活躍というなら、世界は英雄で溢れてるな」
生徒会長は俺に対してもそう言うが、俺がやったのはただの古本整理だ。思っていたよりは早く終わったが、それは意外にも、斉藤のお陰だった。彼女は古書をざっと見ただけで、修繕が必要かどうかを的確に見抜いていた。俺はそれを仕分けしたに過ぎない。
「じゃあ、雑務も終わったし、そろそろ本番に入ろうじゃないか」
「本番……?」
仕事も終わってやっと帰れると思っていたのだが、生徒会長はそんなことを言い出した。……何か、不吉な予感がするんだが。
「ああ。今日は天気もいいし、新人が二人もいるんだ。折角だから、屋外訓練場に行こうじゃないか」
案の定―――いや、想像以上に、生徒会長の案は厄介だった。……俺、さっさと帰りたいんだが。
◇
……そういうわけで、俺は生徒会メンバーに連れられて、屋外訓練場にやって来た。
「ふーむ。ここは相変わらず散らかっているな」
先頭を歩くのは、生徒会長の刀屋史絵菜。辺りに散らばる瓦礫を蹴飛ばしながら、ずんずん進んでいく。
「まあ、バアル被害を被ってから、ずっとこのままだからね」
その隣には、副会長の長崎レナ。生徒会長と喋りながら、大人しくついて行く。
「そうね。ちょっとずぼらな気もするけど。ねぇ? 真理亜」
「そうね。いくら私たちの訓練場にするとは言っても。ねぇ? 安奈」
二人の後ろを行くのは、書記と会計の女川姉妹。いつもの口調で突っ込みながら、互いの顔を見合っていた。
「た、確かに、この足場はちょっときついかも……」
双子姉妹に賛同するのは、庶務の大村里奈。瓦礫に足を取られながら、どうにか一行について行く。
「……」
「……」
そしてそこに、俺と雛山を加えた七人が、現在の生徒会メンバー。……という風にメンバーを再確認していたのも、別に深い意味はない。今行っているのは、屋外訓練場にバアルが出現していないかを確かめる、パトロールらしい。前に雛山が襲われたように、たまに生徒が襲われるから、こうして巡回しているのだとか。つまり、ぶっちゃけ暇なのだ。ただ歩き回っているだけなのだから、当然だな。
「それにしても、二人とも。まだ一年生とはいえ、自分の得物も持ってないのか?」
そこで突然、生徒会長が俺達に話を振ってきた。……その生徒会長は、自前のボーガンを装備していた。ここはバアルが出没しやすいから、武器の装備が推奨されているのだ。
「僕みたいな方術ありきの人間ならともかく、最低限の武器は用意したいよね。ま、相良みたいな格闘タイプなら別だろうけど」
そういうのは副会長。こいつは方術メインらしく、武器は使わないのだとか。因みに、庶務の大村も同じ理由で武器を持っていない。
「まあ、私たちも学校から支給された武器ですけど。ねぇ、真理亜?」
「そうね。そもそも、学校経由じゃないと武器なんて手に入らないし。ねぇ、安奈?」
そう言う女川姉妹の得物は片手剣。それほど大型でもないのだが、二人は雛山の次くらいに小柄なためか、バスタードソードに見えてくる。武器のデザインも同じなのだが、利き手だけは違うらしく、二人が並ぶと鏡合わせだった。
「正直、武器なんて物干し竿だけで十分だ」
そういう俺は、学校の備品である槍を借りていた。雛山の持つ木刀も同じく備品だ。俺のほうは別に物干し竿でも竹竿でもいいのだが、体裁があるからと、槍を持たされた。授業で使ってるものとは違い、ちゃんと刃もついている。
「おいおい、それはさすがに酷くないか? いくら方術を使っていても、武器の使いやすさは結構重要なんだぞ?」
「……」
俺の発言に生徒会長がそう言うが、俺は何も答えなかった。あまり俺の能力について知られたくもないし、何より生徒会長と話すのは疲れる。会話に乗っかってしまい、少々後悔しているくらいだ。
「ふぅ……そんなに嫌われてしまったか。―――ん?」
俺の反応がなくて悲しそうな生徒会長だったが、何かの気配を察知して表情を変えた。……俺のほうでも捉えた。同族嫌悪にも似た、忌避感を催す悪意。これは恐らく、バアルの気配だ。
「……全員、警戒態勢!」
「……!」
「なるほど、来たか」
「あらあら、ほんとに無粋よね。ねぇ? 真理亜」
「そうね。そもそもそんな気遣いを要求するのもおかしいけれど。ねぇ? 安奈」
生徒会長の言葉に、生徒会メンバーが全員臨戦態勢となった。会長、女川姉妹は武器を構え、副会長と大村は周囲を見回している。
「……」
そして雛山は、木刀を握る手に力を込めていた。……前に一度、バアルに殺されかけているからな。もしかしたら、若干トラウマなのかもしれない。
「どうやら、気配からして大した相手ではないようだが……油断は出来ないな。レナ、安奈と真理亜は、里奈と雛山さんの護衛だ。ここに残ってくれ。織部君は私と一緒に来い」
生徒会長が、各メンバーにそんな指示を出す。……雛山はまだ戦力に数えられないだろうし、大村が見るからに弱そうなのも分かる。そいつらに護衛が必要なのも。だが、どうして俺が、生徒会長と共に打って出なければならないのか?
「……なんで俺だけ?」
「決まっているだろう? 君は一人でバアルを倒したらしいじゃないか。だったら、その実力を見せてもらおうと思ってね」
不満を交えた疑問をぶつけると、生徒会長はそんな風に答えた。……全く。面倒なことこの上ない。何で俺が生徒会に入って、こんなことをしなければならないのか。
「さ、行くぞ」
「……はぁ」
自分勝手な生徒会長に、俺はこれ見よがしに溜息を吐くのだった。




