10.ブエル
◇
……そして翌日。一哉とウルスラの生徒会入りは、クラス中に知れ渡っていた。学年最強であるウルスラは薄々予想されていたのだが、最弱である一哉のほうは完全に想定外であり、生徒たちの間で衝撃が走った。
「……だから、どうしてこの学校は情報管理が弱いんだ?」
「君はいきなり何を言ってるんだ?」
放課後の生徒会室にて。俺は生徒会長に呼び出されていた。隣には雛山もいる。
「それより、今日から君たちには生徒会で働いてもらう。二人は見習いとして、雑用その他をこなしてくれ」
「……」
生徒会で、俺の役目はただ働き。正直、さっさと帰りたい。だが、そういうわけにもいかないのが人間社会というものだ。俺の保身のためにもな。
「さて、里奈。生徒会に来ている仕事はないか?」
「えっと……あ、三年生から訓練要請が一件です。実技訓練の相手として、強い生徒を募集しているみたいですね」
生徒会長の問い掛けに答えるのは、二年で庶務の大村里奈。手にしたタブレット端末で、生徒から寄せられた要望や依頼を確認しているらしい。……この学校では、生徒会が生徒のフォローをするらしい。実技座学の成績や、バアル討伐に関する依頼であれば、生徒会が解決するのだとか。実技訓練のために対戦相手をマッチングしたり、補習のために家庭教師をしたり、武器の整備や調達のために学校側と話をつけたりと、本来なら専門の委員会でも立ち上げたほうがいいようなことも全て引き受けている。
「対戦相手の希望はあるのか?」
「近接型としかありません」
「よし、ならそれは雛山さんに任せよう。レナ、案内を頼む」
「了解」
依頼の詳細を聞いて、生徒会長はそう指示を出す。確かに、その手の依頼は雛山のほうが適任だろうな。俺は人間には勝てないし。
「他には何かないのか?」
「後は……あ、図書館で古書の整理が一件です」
「よし、織部君にはそれをやってもらおう」
「げっ……」
そして俺は、図書館でかび臭い本と戯れることとなった。
◇
……さて、ウルスラはどうなったのか。
「……ふーん。この子が今年の新人で一番強いのか」
私がやって来たのは、第二体育館。授業で使っている第一体育館よりも狭いけれど、生徒が使うときに許可が出やすいので、こちらを利用する生徒が多いらしい。
「そして、得物は木刀……確かに、要望通りの相手だな」
私の相手は、三年の相良先輩。大柄で、まるで熊か岩のような体の人だ。……この人から見れば、私は赤子のようだろう。
「では、早速始めさせてもらおう」
相良先輩はそう言うと、グローブを嵌めた拳を構えた。……相良先輩は格闘技が得意なのだろうか。
「じゃあ、雛山さん―――お願いするね」
「はい」
私は訓練用の木刀を携えて、リングの上で相良先輩と対峙する。……相良先輩の構えは、隙がなかった。私がどの角度から攻めても対応できるように、視野を広く取っている。足を浮かせることで、先制攻撃されても回避しやすいようにしていた。最初は回避に専念するつもりだ。
「―――始め!」
「……っ!」
副会長さんの掛け声と同時、私は目一杯踏み込んで、木刀を振るった。右からの一閃を、相良先輩は案の定、後方に引いて躱す。そしてそのまま反撃しようとしてくるが―――
「えいっ……!」
「ぐっ……!」
その前に、私は更に踏み込んで、相良先輩の腹に木刀を叩き込んだ。……私のリーチではまず届かないような回避の仕方だったけど、強引に踏み込んで距離を詰めた。私はこの手の、「普通の人には出来ない動き」を駆使する武術を編み出した。高い身体能力と柔軟性、そしてバランス感覚を存分に使って、相手にレンジを誤認させる戦いが得意だ。この方法だと、大抵の人は何をされたのかも分からずに負ける。
「ちっ……!」
けれど、相良先輩は更に大きく距離を取り、体勢を立て直してくる。……決して甘い入り方はしていなかったけど、さすがにこの程度ではやられないらしい。
「はっ……!」
だけど私は、攻撃の手を緩めない。相手の目測を大きく超える距離から、木刀の突きを繰り出していく。そうなれば必然、相手も必要以上に大きく回避するしかない。故に、攻め入る隙が中々生じない。
「やっ……!」
「……っ!?」
そこで私は、フェイントを交えつつ、相良先輩の喉元に突きを放った。当然、回避してもぎりぎり当たるくらいで止めておいたけど。
「……参った。降参だ」
それが有効打だと理解したのか、相良先輩は両手を挙げてそう言った。……三年の先輩だからそれなりだとは思っていたけど、同学年よりはマシというだけで、あまり強くなかった。勿論、バアルと戦うときは方術が重要になるから、単なる戦闘技術だけではないんだろうけど。それでも、エクソシストの未来が不安になってきた。
「さすが、学年最強というだけはあるね。相良は三年でも上位なのに」
「止せよ。俺なんて、お前らに比べたらまだまだだ。方術がなかったら、一瞬でバアルに殺されているさ」
「それは僕も同じだけどね。方術なしでバアルに勝てる人間がいたら見てみたいかな」
実技訓練が終わって。副会長と相良先輩はそんなことを話していた。……確かに、あの織部君だって、能力なしにはバアルを倒せない。一度自分で対峙してみて分かったけど、方術って凄いものなんだな。
「そういえば、雛山さんは方術ってどこまで使えるの?」
「えっと……授業で習ったところ、です」
そこで突然話を振られ、私はやや詰まりながらもそう返した。……私が授業で習った方術は、本当に基礎の基礎でしかない。祈りを込めることで、武器を強化する方術。けれど、それだけでは実戦で使えない。武器を強化しても、バアルの攻撃から身を守る術がなくては、すぐに死んでしまう。
「へぇー。それなりに出来る子なんだ。相良が一年のときは、方術の習得が一番遅かったし」
「おいこら。勝手に人の昔話を後輩にするな」
「いいじゃないか。そこから今の成績になったのは、相良の努力が実を結んだからなんだし」
「……最初から学年二位のお前に言われると、皮肉にしか聞こえないな」
「僕なんてまだまださ。史絵菜には一度も勝てたことないし」
「会長に勝てる奴なんて、この学校にいないっての」
けれど、話を聞いていると、副会長や会長さんのほうが強いらしい。……どうせなら、そっちと戦ってみたかった。現状の私ではバアルに勝てないと分かったけど、私より強い人間には未だに出会えていない。だからこそ、一度手合わせしてみたかった。
「さ、一度戻ろうか。雛山さん」
「……はい」
このまま生徒会にいれば、その機会もあるだろうか。そんなことを考えながら、私は生徒会室に戻るのだった。




