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第7話 施術

第七研究施設・中央医療棟。


 地下七層。


 無菌処置区画。


 そこは病院というより、

工場に近かった。


 白い壁。

 冷たい照明。

 金属音。


 自動搬送アームが絶えず動き、

薬剤ラインが床下を流れている。


 人を救う場所ではない。


 人を作り変える場所だった。


■ Case-07

神代朔真

神経接続適合処置


「同期率予測値、八十を超えています」


 技師が震える声で言った。


 モニタには脳神経マップ。


 赤く光る接続予測ライン。


 通常兵士なら四十台。


 六十で優秀。


 七十を超えると、

神経焼損リスクが急上昇する。


 だが。


「九十二……?」


 橘医師は顔を青くした。


「あり得ない……」


 白峰は静かに笑う。


「素晴らしい」


 手術室中央。


 朔真が固定されている。


 上半身裸。


 脊椎ラインへ無数の電極。


 首筋。

 鎖骨。

 肩。

 腰。


 人工神経接続端子が並んでいた。


「鎮静剤増やします」


「駄目だ」


 白峰が止める。


「反応を見る必要がある」


「でも痛覚が――」


「必要だ」


 即答。


「神経接続は感覚統合が重要だ。完全麻酔ではデータが取れない」


 橘は唇を噛む。


 朔真は拘束台の上で荒い呼吸をしていた。


「……何する気だ」


「安心しろ」


 白峰は穏やかに言った。


「君を壊すつもりはない」


 その言葉が、

一番信用できなかった。


「接続開始」


 機械音。


 アームが降りる。


 細い金属針。


 脊椎へ向かう。


 朔真の目が見開かれた。


「待――」


 刺入。


「ッッッッ!!」


 絶叫。


 背骨へ焼けた鉄を突き込まれたみたいな激痛。


 身体が跳ねる。


 拘束具が軋む。


「固定維持!」


「心拍急上昇!」


「脳波乱れます!」


 神経接続針が、

脊椎神経へ直接侵入していく。


 通常なら人体は拒絶反応を起こす。


 痙攣。

 失神。

 神経断裂。


 だが。


「……接続維持してる」


 技師が呆然と呟く。


 白峰の目が輝いた。


「見ろ」


 モニタへ神経マップが表示される。


 人工神経ラインと、

朔真の神経網が結合していく。


 まるで最初からそこにあるみたいに。


「美しい……」


 白峰は恍惚と呟いた。


「神経適合が自然発生している」


「主任!」


 橘が怒鳴る。


「脳負荷危険域です!」


 モニタの数値が赤い。


 脳温上昇。

 神経発火異常。

 痛覚暴走。


 朔真は叫び続けていた。


「が、ァぁあああ!!」


 視界の中へ、

知らない感覚が流れ込んでくる。


 金属。


 振動。


 駆動。


 熱。


 自分の身体じゃない。


 なのに、

身体だ。


「やめろ……!」


 涙と汗が混ざる。


 橘は顔を歪めた。


 これが医療か。


 子供相手に。


 脊髄へ人工神経を刺し込み、

人格が壊れる境界まで負荷をかける。


 なのに。


 白峰は歓喜していた。


「感覚統合が始まっている!」


「主任、同期率九十五超えます!」


「素晴らしい!」


 橘は悪寒が走る。


 この男は、

人間の悲鳴を聞いて興奮している。


 いや違う。


 悲鳴そのものじゃない。


 “進化”を見ている。


■ Case-09

御堂澪

灰域適応処置


 別室。


 澪の身体は既に開かれていた。


 腹部損傷。


 内臓壊死。


 通常なら助からない。


 だが白峰は、

“別の方法”を選んだ。


「代謝制御剤投与開始」


「骨格補強ライン接続」


「人工酵素注入」


 澪の身体へ、

黒い薬剤が流れ込む。


 橘は別モニタを見ていた。


 嫌な汗が止まらない。


 数値がおかしい。


「……細胞分裂速度が異常です」


「当然だ」


 白峰は平然としている。


「再生を優先している」


「こんなの癌化します!」


「生きればな」


 橘は息を呑んだ。


 白峰は本気だ。


 本当に。


 “助けるため”にやっている。


 だから余計に怖い。


「意識戻ります!」


 澪の目が開いた。


 次の瞬間。


「ぁ――ッ!!」


 悲鳴。


 身体が跳ねる。


 拘束ベルトが軋む。


 筋肉が異常収縮していた。


 薬剤反応。


「痛覚遮断を!」


「駄目だ」


 白峰がまた止める。


「神経反応を見る」


「主任!!」


「重要な工程だ」


 澪は泣き叫んでいた。


 体温急上昇。


 皮膚温四十二度。


 汗が蒸気みたいに立ち上る。


「熱い……!」


 血管が浮く。


 筋繊維が痙攣する。


 骨格補強剤が、

骨内部で硬化を始めている。


 橘は鳥肌が立った。


 想像してしまう。


 もしこの処置が定着したら。


 もし適応したら。


 人間は灰域で生きられる。


 毒に耐え、

熱に耐え、

戦場を走れる。


 だが。


 それはもう、

人間なのか。


「主任……」


 橘は低く呟く。


「副作用が未知数すぎます」


「当然だ」


「感情障害、代謝暴走、神経異常、寿命低下……最悪、人格崩壊も」


 白峰はモニタを見つめたまま答える。


「進化とはそういうものだ」


 橘は吐き気を覚えた。


 この男は、

人類の未来を語りながら、

目の前の子供を壊している。


 なのに。


 間違っていると言い切れない。


 数時間後。


 手術終了。


 朔真は昏睡。


 澪も昏睡。


 生体維持モニタだけが静かに点滅している。


 橘は壁へ寄りかかった。


 疲労で立っていられない。


「……私達は何をしてるんですか」


 白峰は静かに二人を見ていた。


「人類を延命している」


「……」


「環境はもう戻らない」


 白峰は淡々と言う。


「なら適応するしかない」


 その目は、

本気だった。


 狂気的なほどに。


 翌日。


 追加処置が始まる。


「記憶処理工程へ移行します」


 橘の顔が曇る。


「そこまで必要ですか」


「必要だ」


 白峰は即答。


「人格安定化のためだ」


 嘘ではない。


 だがそれだけでもない。


 政府に都合が悪い。


 だから消す。


 家族。

 街。

 過去。

 記憶。


 全部。


 朔真は眠ったまま、

脳へ薬剤を流し込まれる。


 澪も同じ。


 モニタ上で、

記憶領域がゆっくり沈静化していく。


 橘は目を逸らした。


 そして数日後。


 二人は目を覚ます。


 名前だけを残して。


 かつて誰だったのか、

ほとんど思い出せないまま。

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