第4話 鹵獲
世界が燃えていた。
工場地帯の向こうで、巨大な火柱が空を焦がしている。
黒煙。
薬品臭。
鳴り止まない警報。
川崎沿岸区画は、完全に戦場になっていた。
神代朔真は、崩れた高架下へ澪を寝かせた。
「澪、聞こえるか」
返事は弱い。
腹部を押さえた手は、もう血で真っ赤だった。
浅い呼吸。
焦点の合わない瞳。
朔真の背筋が冷える。
このままじゃ死ぬ。
「待ってろ」
朔真は立ち上がった。
周囲には撃ち捨てられた装備が散乱している。
薬莢。
砕けた装甲。
血痕。
その中に、一体のシェル兵が倒れていた。
政府軍。
第二世代軍用シェル《G-2》。
全高は二メートル少し。
重装甲防護服と外骨格を合わせたようなシルエット。
分厚い胸部装甲。
剥き出しの人工筋肉。
無骨な補助フレーム。
元は工業用外骨格。
その面影がまだ残っている。
兵士は既に死んでいた。
胸部へ大口径弾を受けている。
「……悪い」
朔真はしゃがみ込み、
シェルの固定ロックを解除した。
装甲が開く。
中から熱気と血の臭いが溢れた。
朔真は迷わず兵士を引きずり出す。
重い。
だが慣れていた。
シェル整備屋は、
機械だけじゃなく死体も見る。
軍の残骸漁りなんて珍しくもない。
朔真は装甲服へ身体を滑り込ませた。
背部フレーム固定。
腰部ロック。
脊椎支持接続。
首筋に冷たい端子が触れる。
《SYSTEM BOOT》
視界端へ文字が浮かぶ。
古いOS。
反応遅延あり。
駆動系統損傷。
「……起きろ」
朔真はヘルメットを閉じた。
顔の横でロック音。
次の瞬間。
全身へ重量が乗った。
人工筋肉が低く唸る。
視界情報が拡張され、
熱源表示と残弾情報が浮かび上がる。
工業用シェルとは比較にならない。
強い。
だが重い。
腕を動かすと、
半拍遅れて装甲が追従する。
これが第二世代。
鈍い。
だが硬い。
朔真は転がっていた12.7mm軽機関銃を拾った。
本来ならシェル用。
普通の人間には重すぎる。
だが今の朔真には持てる。
その時。
視界の警告表示。
《TARGET LOCK》
反射的に身体を捻る。
次の瞬間。
さっきまでいた場所へ大口径弾が突き刺さった。
コンクリが爆ぜる。
「っ!」
企業軍。
道路向こう。
黒装甲のシェル兵が二人。
第三世代寄り。
細い。
第二世代より人体追従性が高い。
片方が対装甲ライフルを構えている。
朔真は崩れた車両の陰へ滑り込んだ。
銃弾が装甲を削る。
火花。
警告音。
《LEFT ARMOR DAMAGE》
「最悪だな……!」
企業兵が接近してくる。
重い足音。
だが第二世代より速い。
朔真は周囲を見た。
道路。
崩れた配管。
転倒した輸送車。
逃げ道は少ない。
正面戦闘なら負ける。
だが。
「……遅い」
朔真は呟いた。
企業兵の動きが見える。
視線。
重心。
次の踏み込み。
なぜか分かる。
身体が先に動く。
企業兵が遮蔽物を回り込む瞬間、
朔真は逆側へ飛び出した。
発砲。
轟音。
12.7mm弾が企業兵の肩装甲を砕く。
敵がよろめく。
朔真は追撃せず走った。
医療区画へ向かう。
澪を助ける。
それだけだ。
だが。
《WARNING》
視界端に赤文字。
《MOTOR RESPONSE DELAY》
第二世代の限界だった。
動きが身体に追いついていない。
朔真は歯を食いしばる。
「クソ……!」
その時だった。
視界の隅に、
見覚えのある表示が現れる。
《NEURAL LINK : STANDBY》
朔真の呼吸が止まった。
「……なんで」
知っている。
この機能を。
神経接続。
元々は医療用。
義肢制御補助OS。
だが軍が転用し、
事故多発で封印された危険機能。
一般兵は存在すら知らない。
だが朔真は、
廃棄OS解析の中で知っていた。
「本当に積んでたのか……」
企業兵が再照準。
時間がない。
普通に戦えば死ぬ。
澪も死ぬ。
朔真は唇を噛んだ。
危険性は分かっている。
神経焼損。
人格崩壊。
接続事故。
でも。
澪が死ぬよりマシだった。
「……助けるって言っただろ」
朔真は封印コードへ触れる。
《NEURAL LINK》
《MANUAL AUTHORIZATION》
警告表示。
《使用禁止》
《危険》
《軍規違反》
「知るか」
起動。
次の瞬間。
全身へ激痛が走った。
「がッ……!?」
視界が白く弾ける。
心臓が跳ねる。
脳へ熱湯を流し込まれたみたいだった。
だが。
その次の瞬間。
世界が変わった。
シェルが重くない。
違う。
装甲服を“操縦”していない。
腕を動かそうと考える前に、
装甲腕が動く。
視線だけで姿勢制御される。
床の振動。
空気の流れ。
敵の重心。
全部が流れ込んでくる。
「……は……」
企業兵が撃つ。
だが。
見えた。
朔真は半歩だけ動く。
対装甲弾が頬横を通過。
避けた。
企業兵が止まる。
あり得ない、
という動きだった。
第二世代でできる反応速度じゃない。
朔真自身も理解していない。
ただ。
今なら戦える。
人工筋肉が唸る。
装甲が軋む。
朔真は駆けた。
人間離れした速度で。




