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第3話 灰海崩落

最初に崩れたのは、通信だった。


 街中のスピーカーが突然ノイズを吐き、次の瞬間には完全に沈黙した。


 続いて照明。


 旧住宅区の街灯が一斉に明滅し、何本かは火花を散らして爆ぜる。


 空気が震えていた。


 見えない何かが街を掻き回しているような、不快な感覚。


「中へ入れ!」


 玄斎の怒鳴り声が飛ぶ。


 近所の住民達が慌てて建物へ駆け込んでいく。


 だが、既に遅かった。


 風向きが変わった。


 工場地帯側から、灰色の煙が街へ流れ込んでくる。


 煙というより霧だった。


 重く、低く、地面を這うように広がってくる。


「……まずい」


 朔真はマスクを引き上げた。


 喉が痛い。


 臭いだけで分かる。


 普通の火災じゃない。


 プラント事故だ。


 しかも複数。


「澪!」


「分かってる!」


 澪は窓を閉め、防塵フィルターを起動する。


 古い装置が低く唸り始めた。


 だが玄斎の顔は険しいままだ。


「駄目だな」


「え?」


「量が多すぎる」


 その瞬間だった。


 遠くで爆発。


 地面が跳ねた。


 道場の窓ガラスにヒビが入る。


 誰かの悲鳴。


 建物の外で、人々が逃げ惑う音がする。


 朔真は反射的に外へ飛び出した。


「おい!」


 玄斎が止める。


 だが朔真はもう通りへ出ていた。


 空が見えた。


 いや、“空だったもの”だ。


 黒煙。

 赤い炎。

 灰色の雲。


 工場地帯の一角が燃えている。


 巨大な配管群が火柱を上げ、崩れた精製塔が横倒しになっていた。


 そして。


 煙の中に、ぼんやりと巨大な影が見える。


 軍用シェル。


 複数。


 銃声。


 爆発。


 何かと戦っている。


「なんだよ……」


 朔真の背筋に冷たいものが走る。


 これは事故じゃない。


 戦闘だ。


 その時、街の向こう側から装甲車が現れた。


 政府軍。


 スピーカーから機械音声が流れる。


『住民は直ちに避難せよ。繰り返す。住民は――』


 ノイズ。


 通信が乱れる。


『――区域封鎖を開始する』


 装甲車の後方では、シェル兵達が展開していた。


 黒い装甲。


 第二世代軍用シェル。


 肩部には政府軍の白いマーク。


 だが様子がおかしい。


 全員、銃を構えたまま周囲を警戒している。


 まるで敵地だ。


「……避難だ」


 玄斎が後ろへ来ていた。


「地下鉄跡へ向かう」


「でも工場側にまだ人が」


「もう軍が入ってる」


「助けないと」


「朔真」


 玄斎の声は低かった。


「今は生き残れ」


 朔真は唇を噛んだ。


 その時だった。


 空気を裂く音。


 直後。


 道路の先で、シェル兵の一機が吹き飛んだ。


 爆発。


 装甲片が散る。


「接敵!」


「右上だ!」


 軍の怒号。


 朔真は反射的に視線を向けた。


 ビル屋上。


 煙の中。


 誰かいる。


 次の瞬間、銃声。


 別のシェル兵が膝をつく。


 狙撃。


 だが妙だった。


 距離が近すぎる。


 しかも撃った後、影が消えた。


「移動した!?」


 朔真が呟く。


 異常な速度だった。


 人間じゃない。


 その時。


 澪が外へ飛び出してきた。


「お父さん!」


「来るな!」


 玄斎が怒鳴る。


 だが既に遅い。


 空から何かが落ちてきた。


 轟音。


 道路が砕ける。


 シェル。


 だが政府軍ではない。


 黒い。


 企業軍機だ。


 肩部装甲には赤い逆三角。


 企業連合。


「企業軍だと……?」


 政府軍と企業軍。


 普通なら共同作戦はあり得る。


 だが今、互いに銃口を向け合っていた。


「撃て!!」


 銃声。


 爆炎。


 突然、街が戦場になった。


 住民達が悲鳴を上げて逃げる。


 シェル同士が至近距離で撃ち合う。


 12.7mm弾が壁を粉砕し、建物が崩れる。


 灰混じりの風が吹き荒れる。


 朔真は歯を食いしばった。


「なんなんだよ……!」


 その瞬間。


 世界が白く光った。


 耳が潰れる。


 衝撃波。


 熱風。


 朔真の身体が吹き飛ぶ。


 地面を転がる。


 視界が揺れる。


 耳鳴り。


 煙。


 炎。


 何も見えない。


「……っ」


 立ち上がろうとして、足がもつれる。


 咳き込む。


 熱い。


 喉が焼ける。


 その時。


「……朔真」


 か細い声。


 振り向く。


 澪が倒れていた。


 腹部から血が流れている。


 一瞬、理解できなかった。


「……え」


 時間が止まる。


 灰が降る。


 遠くで誰かが叫んでいる。


 でも聞こえない。


 澪が苦しそうに呼吸している。


 白い服が赤く染まっていく。


「澪」


 朔真は駆け寄った。


 手が震える。


「おい」


 傷口を押さえる。


 血が止まらない。


「しっかりしろ」


「……ごめ……」


「喋るな!」


 玄斎が瓦礫の向こうで動かない。


 血が見えた。


 頭が真っ白になる。


 周囲ではまだ戦闘が続いている。


 シェルの駆動音。


 銃声。


 爆発。


 誰もこちらを見ていない。


 この街はもう終わっていた。


 澪の呼吸が浅い。


 朔真は理解する。


 このままじゃ死ぬ。


 今すぐ医療設備が必要だ。


 だが避難所じゃ間に合わない。


 まともな設備がある場所は一つしかない。


 軍医療区画。


 工場地帯の向こう側。


 戦場の中だ。


「……待ってろ」


 朔真は立ち上がった。


 その目に、恐怖はなかった。


 代わりに、

何かが切れていた。


 すぐ近くで、撃破された政府軍シェルが煙を吹いている。


 片腕欠損。


 だがコクピットは生きている。


 朔真は澪を抱き上げた。


「絶対助ける」


 灰の街で、

一機の壊れかけたシェルが立ち上がる。


 そして少年は、

地獄の中心へ向かって歩き始めた。

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