9.男爵令嬢から見た青年と恋
side 男爵令嬢 ピコリス
私を助けてくれた青年は、アドルフと名乗った。
週末はいつもその森で狩りを行っていると言う。出会った日は平日だったが偶然居合わせたらしい。
私は、情けない所を見られた羞恥心を覚えたが、久々に話す出自が同じ平民という相手に親近感を覚えた。
「お前さえ良ければ、毎週末、息抜きに一緒に狩りに来ないか?」
「それは…行きたいのはやまやまですけど、私がいると足手まといになりますし…。」
「山での過ごし方や魔法の使い方、何だったら武器とか格闘も教えてやれるけど?」
「あ、あの。そういえば、貴方は魔法が使えるんですね?私の故郷では、平民で魔法を使える人はいなかったので…。」
「あー…まあ、平民でもたまに魔力持ちが生まれるんだ。俺はガキの頃から狩りをして生きてたから、自然と操り方も覚えたしな。」
「わ、私も…。」
「ん?」
「私も、使えるようになりたいです。せめて、自分の身は自分で守れるようになりたい。強く、なりたいです。」
「…確かに、お前に必要なのは強さかもな。…よし、来週からビシバシ鍛えてやる!覚悟しろ!!」
「は、はい!」
「あ。お前、名前は?」
「ピコリス。ピコリス=ローナリアです。」
「よろしく、ピコ。俺の事も名前で呼べよ!」
「よ、よろしくお願いします!アドルフさん!」
故郷で呼ばれていたように、自然とピコと呼んでもらえるのが嬉しくて、また少し涙が滲んだ。
きっと彼も気付いた筈なのに、彼は何も言わなかった。
大人びた顔をしているのに、屈託のない笑顔がとても眩しかった。
それからは高低差の激しい日々を送った。
次の日登校すると、前日お茶会から逃げ出した噂が広まったのか、クラスメイト達はヒソヒソ話してこちらを遠巻きに見ている。
仲の良い友人などできる訳もなく、孤独に過ごす内に、学園で私物が壊されるようになった。
全ての人が私を笑っていて、全ての人が私の敵だった。
何もやり返す事ができずにいると、行為はエスカレートしていった。時には階段から突き落とされそうになったり、使われていない用具倉庫に閉じ込められたりもした。
地獄のような平日を過ごした後に来る週末は、まるで天国のようだった。
動きやすい格好に着替え学園の裏山に集合する。
いつも同じ場所、入り口から程近い木陰の広場で待っていてくれるアドルフさんと合流すると、森の歩き方や武器の扱い方、簡単な狩りの方法や解体、体の動かし方など様々な事を朝から晩まで教わった。
中でも私がハマったのは、魔法だった。
私は攻撃系の魔法にはあまり適性がなかったが、その反面、防御と回復、後方支援系の魔法適性が他の人に比べて高いようだった。
アドルフさんは攻撃魔法や移動魔法が得意なようで、
「ふたり合わせたら最強だな!」
なんて言って笑ってくれた。
休みの間、ふたりでずっと一緒に過ごして体を動かし、狩りをする。
お昼には狩った動物を調理して一緒に食べる。
アドルフさんの作る料理は男爵家で食べるものより美味しくて、それを他愛のない話をして食べるのが何より楽しかった。
たまに私が辛い事を話して泣いてしまうとアドルフさんは決まって、
「じゃあ、強くなるか。」
そう言って手合わせを仕掛けてくる。
当たり前にアドルフさんは強くて、手加減してくれてても全然歯が立たないのに、必死になって体を動かしてると全てどうでも良くなって、最後には笑っていた。
まるで師匠と弟子の様な関係なのに、私は、アドルフさんの事を男性として好きになっていた。
私は今は貴族だけれど出自は平民で。今は身分差があるけれど、私が社交も碌にできない出来損ないだと分かれば勘当されて平民に戻れる。そうしたら、アドルフさんと共に歩む未来もあるかもしれないと。この時は本当に思っていた。
学園に入学してから半年近くが経ち、春の手前の少し肌寒い日。
珍しく放課後に図書館へと向かっていた。
アドルフさんから、回復魔法でも上位のものがあり、学園の図書館なら詳しく調べられるんじゃないかと教えてもらったからだった。
しかし、広い学園で慣れない場所に向かっていた私は、間違って高位貴族の校舎に迷い込んでしまった。
早く出なければ。そう焦っても、元の校舎に繋がる道さえもう分からない。
しばらく迷った後、数人の男子学生が集まって話しているのを見つけた。意を決して話し掛ける。
「あ、あの…!すみません、道に迷ってしまって…。図書館に行きたいのですが、どちらに行けばいいでしょうか?」
「んー?どちら様かな?」
「あ、すみません…。ピコリス=ローナリア男爵令嬢と申します。」
「男爵令嬢?なんで低位貴族がこんなところに…」
「あー!ローナリアって、あれだろ?平民の出自の癖に王立学園に入学した身の程知らず!母親が平民にも関わらず貴族をたぶらかして産まれたっていう!」
「ああ!あの、ねぇ…。」
途端に、嫌な笑いを浮かべる相手に悪寒がする。こんな所まで噂が広がっているなんて。
吐きそうになったのを必死に堪えて、踵を返した。
「え?何勝手に居なくなろうとしてんの?」
パンッと軽い音がして、すぐ隣の石畳みに何か当たったのが分かった。
後ろを見ると、ひとりの学生がこちらに向けて攻撃魔法を放とうとしているのが見えた。
「大体さ、平民の癖に貴族に話し掛けるなんて何様のつもりだよ。知ってる?侮辱罪って。平民が貴族の行動を妨げたらなんちゃらかんちゃらってやつ。あいつ、今僕たちの会話っていう行動妨げたよね?これ、侮辱罪に当たるんじゃないの?」
「うーわ、本当だ!え、どうする?ちょっと痛い目みてもらう?」
「いいね。運良く入学できて調子乗ってる劣等種を、ちょっと分からせてやるか。」
歯がガタガタ鳴る。
何を言っているのか分からない。
男子生徒達が目の前で次々に魔法を展開していく。
頭の中で文字がぐるぐる回る。
侮辱罪って、何?劣等種って?
何で…なんで私がこんな目に遭わないといけないの?
こんな所、私が望んで来た訳じゃない。
それなのになんでそんな酷い事言えるの?しようとするの?
わたしが、なにをしたの?




