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10.第一王子から見た男爵令嬢への嘘

side 第一王子 アドルフ


その日、俺は暇を持て余して取り巻き達を撒く遊びをしていた。やり方は簡単。

最初はクラスで普段通り周りがわーわー言うのに耳を傾けるフリをする。そして、ここぞという時に盛り上がる話題をひとつ差し挟む。話に熱中し始めたところで気配を薄くし、教室から離脱する。

近くに潜み、俺がいない事に気付いた奴らが慌てて探し始めてある程度離れた時に隠れ場所から出て帰る。

幼稚な遊びだが、いつもうざったいくらい擦り寄ってくる同級生達が焦るのが面白くて、時々やっていた。

ただ、いかんせん簡単すぎる。隠れ場所から出ながら、全く見付からない歯応えのなさに溜め息をついた。

この前の休養日に、森の中でピコとやったかくれんぼはとても良かった。気配をギリギリまで隠す俺と、覚えた探索(サーチ)で探すピコ。2勝1敗という結果ではあったが、かなり白熱した。

今度の休養日には何をしようか。そんな事を考えながら、人がほとんどいない校舎内を歩く。


ふと、中庭の方で何か騒いでいる声が聞こえた。

耳を澄ませば、誰かがヤジを飛ばすような声と魔法が弾ける音が聞こえる。

この高位貴族が集まる校舎でそんな事をする奴らには大体の目星が付いたが、先程までピコの事を考えていたからか、妙な胸騒ぎを覚えて足を早めた。



それを見た時、怒りと悔しさと悲しみと同時に、尊敬の念を覚えた。

半年程前まで圧倒的な存在に恐怖で震え腰を抜かしていた少女が、今は魔法を繰り出す輩達と相対しながら防御魔法を展開し、時折反撃まで行っている。

彼女の涙を流す瞳は、怯えよりも怒りを宿していた。


魔法を唱える。大きめの石つぶてを少し遅めの速度で飛ばし、攻撃している男子学生3人の鳩尾にめり込ませる。

少し強めに押したからか、3人とも後ろに倒れ込み、2人はピクピクしながら気を失った。

意識の残った1人は、俺が近付くとこちらに視線を向ける。痛みで意識が朦朧としているようで、焦点が中々合わないようだが、やっとこちらを見ると、

「ひっ…だ、第一王子…。」

と怯えたように呟いた。


「だいいちおうじ?」

後ろから声が聞こえる。

その声に振り返ると、ピコの両目は驚きに見開かれていた。


「アドルフ…さん?なんで、その格好…第一王子って、何?」


そういえば平民に見せかけていたな、なんて。他人事のように思った。

途端に、軽い気持ちでついた嘘がとんでもない重みでのしかかってきた。


俺は、ピコが平民の出だと知って、あの厨房の様な温かさに安心して過ごしていた。

だが、平民だと言う事に安心感を覚えていたのは俺だけではなかった筈だ。ピコだって同じだっただろう。そして、俺もそれを感じていたからこそ、平民のように振る舞っていたのだと思う。


じゃあ、その安心を。信頼を、俺が根本から裏切っていると知られたら。


「お、王子って…王子様、なんですか?平民だって…。貴族に見えないだろって…平民にも魔力持ちが生まれるって…あれ?あれ?」


混乱しつつも、ピコは正解に気付こうとしている。

俺が、平民のように振る舞いながら、卑怯にも決して『平民だ』とは口にしていない事を。


「…からかってたんですか?」

その声は、怒りを孕んでいた。


「違う…違う、ピコ、俺は」

何を言おうとしているのか分からないが、とりあえず否定をする。でも、ピコは俺を方を見ない。


「騙してたんですね。」

声が微かに震える。堪えようとしても堪えきれなかった涙が、彼女の目から溢れた。それを俺が流させてしまったという事実が俺を締め付ける。


「俺は、お前と過ごすあの森での時間が」

ーーとてもたいせつで。


「もう喋らないで!!!」


ピコがこちらを睨みつける。

俺の裏切りに対して怒り、失望したその目が、俺の心臓を握り込んで動かなくした。

ピコは静かに後ろを向いて、校舎の中へと歩いて行った。

俺は追いかける事もできた筈なのに、一歩も動けないままいつまでもそこに立ち尽くす事しかできなかった。


その週の休養日。出会ってから初めて、ピコは森に来なかった。



ーーーーーーーーーー


自己嫌悪と罪悪感で鬱々とした日々を送ってひと月程経った頃、一通の手紙が届いた。

中身はお茶会への招待状。差出人は、形だけの婚約者である隣国の王女だった。今までお互い不干渉を保って来たにも関わらず、何故今更お茶会など開くのか。

心当たりは、ある。

俺がピコを助けて感情的に話していたところを、あの不良達が周りに面白おかしく吹聴したらしい。俺とピコが恋仲であるという根も葉もない噂が飛び交う様になっていたのだ。

俺が背後に居る可能性を知り、ピコに対するイジメが無くなったとご親切な取り巻きが教えてくれた。それだけが不幸中の幸いだった。


招待状にはやはり『貴方の気になっている少女についてお話ししたい事があります。』と書かれていた。俺は、王女の茶会に参加する事を決めた。



お茶会は、その週の休養日に王女のゲストハウスで行われた。執事に案内されて庭に行くと、待っていたのは王女だけではなかった。

ピンクブロンドの髪に、白い肌、大きな瞳。気まずげに視線を泳がせるピコの姿がある。

しかも、何故かその右手はしっかりと女王の左手と指を組んで繋がれていた。…何故だ。


「王女殿下。彼女とは何もやましい事はない。もしも、誤解を招くような言動をしたというのであれば、責任は全て俺にある。彼女を糾弾する気だと言うのなら、それは的外れだ。」

「そのお言葉、客観的には浮気男が浮気相手を必死に庇っているようにしか聞こえない事分かっていますか?」

「…っ!では、どうすれば彼女を解放する?」

「まあ、冗談です。取り敢えず座って下さい。悪いようには致しません。」


ペースが崩されるのを感じる。

肉体的な強さではない何かを感じて、取り敢えず勧められるまま着席した。

ピコも王女にエスコートされ椅子に座る。

…手は繋いだままだ。本当に何なんだ!


「わたくしから提案があるのです。」

王女は優雅にひと口紅茶を飲むと、一言

「おふたりとも、わたくしの為に平民に落ちてくれませんか?」


「…は?」

「…え?」


その時の俺は、まるで空の彼方に放り出された猫のような顔をしていただろう。

思わず、同時に声を出したピコと顔を見合わせて。

もう一度、王女の顔を見つめた。

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