7.第一王子から見た自分の生い立ち
side 第一王子アドルフ
俺がチェンジリングされた子らしいと知ったのは、7つの頃だった。
通常、チェンジリングというのは妖精がやる悪戯だ。妖精の子供と人間の子供を入れ替える。しかし、俺を入れ替えたのは義理の母親だったし、入れ替えられたのは俺と彼女の実の息子だった。
俺は、身分の低い側室が産んだ第一王子だった。
王妃は自分の子が第一王子ではないという事が許せなかったらしい。母親から赤子を取り上げ、世間に公表し、自分の子として育て始めた。
初めはある程度の情を持って接していたと、後から聞いた。しかしその後、一月もしないうちに王妃の懐妊が発覚。つわりがなかった事等から妊娠発覚が遅れ、その時点で妊娠4ヶ月。早産でその4ヶ月後に義理の弟が生まれた。流石に5ヶ月で第二子が生まれたと発表する訳にも行かず、小さな体で生まれて来た弟を健康に育った5ヶ月の俺と交換する事もできず。弟は、俺の実の母の子として発表された。暗い茶髪の俺と金色の髪の弟はそれぞれの特徴を周囲に認知されていて、幼少期に入れ替える事もできなかったようだ。
誠しやかに城内で囁かれるその話を俺は、下働きの子供に扮して食べ物を取りに行った厨房で聞いた。そこで初めて、自分の生い立ちを知ったのだった。
とはいえ、6歳で国教の洗礼式を受けるまでは、一応王子として面倒を見られていた。
洗礼式が終わると王妃に呼び出され、国王から式で弓矢と剣を貰った筈なので、今後はそれを使って自分で食料を調達するよう命じられた。
親としての愛情を感じた事はなかったが、実の母と思っていた王妃から発せられる言葉が6歳の俺には理解できなかった。部屋に戻され、去って行く召使い達を茫然と見つめる事しかできなかった。
最後に部屋を出る、生まれた時から面倒を見てくれていた侯爵夫人の乳母が俺に平民の服を手渡した。彼女は俺が厨房で働く事で食事を手に入れられるよう、ひっそりと取り計らってくれた。
最初は勝手が分からなかった身の回りの世話も段々と慣れていき、昼は国王が手配した教育を受け、朝と夕は厨房で皿洗いや調理の下処理を手伝う事で食事を貰い、夜は泥のように眠る。
週に一度の休養日には例の弓矢と剣、習った魔法を使って王宮の背後にある山で狩りを行った。
厨房の人々は知ってか知らずか俺に気安く接し、危ない事をしたら叱り、頑張って仕事すると褒めてくれて、一緒にご飯を食べる。教育係の義務的な態度に接するより、厨房での繋がりの方が俺の心を温めてくれた。王妃に全て取り上げられてから暫くすると、国王に訴えるという考えも頭をよぎった。しかし、今度は厨房に気軽に行く事が出来なくなってしまうだろうと思い、それを実行に移す事はなかった。
…今思えば、国王は全てを知りながら王妃を見逃していたんだと思う。8歳の生誕パーティーに顔を出した国王は、俺を見て「まだ…」と呟いていた。
教育は、弟と一緒に行われていた。俺は魔法と剣技が得意で、弟は座学が得意だった。今の時代の国王として求められるのは、どちらかというと座学の方だった。弟は表向き側室の下で育てられていたが、王妃が多大な支援をしていた。一月に一度は親睦会と称して呼び出し一緒の時間を過ごしていた。
多くの金と愛情を与えられた弟ではあったが、しかし幸せそうには見えなかった。
曰く、『母とされている女は俺と王妃の顔色を伺い、血縁にない筈の女は自業自得の癖に会う度にさめざめと泣いて見せる。父は私達の全てに無関心だ。人と物には囲まれているが、その分しがらみも多い。』
環境は正反対だったが、親に対する諦念というところで俺達は仲間だった。いつしかそれぞれの得意不得意をお互いカバーし合って教育を受けるようになっていった。
9歳を過ぎた頃。厨房での調理も皮剥きだけでなく、狩ってきた肉の解体と料理に合わせた切り分けまでを任されるようになっていた。
夜、いつも通り厨房にいると通路が何故か騒がしい。料理人達と顔を見合わせていると、その声は厨房に近付いて来て、ついに中に入って来た。
「…なんでお前がここに来るんだよ。」
昼に毎日見ている顔がそこにある。清潔にしてても油の染みた空間に、煌びやかな格好をした王子様はとてつもなく浮いていた。
「こっちのセリフだよ、兄さん。ここで何してるんだ?そんな格好して、刃物なんて持って。…まるで料理人見習いみたいじゃないか。」
思いもよらない弟の登場に、言葉が浮かばない。今までの3年間、隠している訳ではないがわざわざ話す事でもないかと伝えていなかった為、気まずい気持ちを抱えて見つめる。料理人達がざわめき始めた。
弟は、手を強く握りしめていた。
「お前ら、この人が誰だか知ってるのか?誰に何をやらせているか知っているのか?」
戸惑いを含む静寂が空間に広がる中、料理長が前に進み出た。
「私だけでございます。やんごとなきお方。」
「料理長ともあろう者が何故そんな事を。」
「乳母であったミレー侯爵夫人様にお願いされました。何かあれば彼女が責任を取る為、他の者に紛れ込ませて食事を取れるようにしてくれと。」
俺はその時、初めてその事実を知った。見ず知らずの子供が王宮の厨房に入り込んでも働かせて貰っていた事にやっと合点がいったのだ。弟が目を伏せ、深いため息を吐く。
目を開けると、俺を鋭く睨みつけた。
「料理長にもまだ聞きたい事はあるけど、それよりも兄さんに色々聞かなきゃいけないだろうね。」
「…続けるなら、ここは迷惑だ。俺の部屋でどうだ?」
弟はもう一度深いため息を吐いてから、後ろを振り返る。俺に召使いも宛てがわれていないと知ったらこいつはもっと怒るかもしれないと思った。何故か、憂鬱さと同時に、むず痒い気持ちがないまぜになったような、そんな変な感覚が胸に渦巻いた。




