6.第二王子から見た過去の事件
side 第二王子トーマス
王女と斜向かいに座ると、王城へ向けて馬車が静かに動き出した。
何をしに行くんだ?と私が聞く前に、彼女は侍女から魔道具を受け取り起動させる。
それは、通信の魔道具だった。
彼女が細い人差し指の先でそれに触れると、高いリィン…リィン…という鈴のような音が鳴る。
「一体誰に…」
そう呟くと同時に、相手の声が聞こえた。
「ルナたぁぁぁん!!!ルナたんから通信してくれるなんてパパ感激だよぉぉぉ!!!どうした?遂にクソ無礼な婚約者を殺す気になったか!?」
「パパ、昨日ぶりですね。アドルフ殿下の事は殺しません。昨日相談した事について、もう一度確認をと思い連絡致しました。」
「ちぇっ。まあいいや、うちの大事な大事な可愛い一人娘と婚約関係を結んだにも関わらず、浮気してるゴキブリ野郎とその父親に責任を取らせるって話だったな?」
「パパ、言葉遣いが従伯父様に似てきましたね?」
「あそこまでではない!!だが、酷い目に遭っているルナたんのことを思うと憎しみ溢るる言動になってしまうのは致し方ない!」
「時間が惜しいので本題に入りますけど、国王としてこちらの問題に介入して頂けるという事でよろしいかしら?」
「ルナたんが冷たい!まあ、いいけどさ…本題については、こちらも国として対応する事になった。元々そっちが仕掛けた事件で成り立った婚約だ。そっちが蔑ろにするというのなら、婚約時にかけた誓約を守ってもらうだけの事だ。」
ポンポンと進む会話に頭がついていかない。
父親の事をパパって呼ぶタイプなのかとか、本当に娘が連絡すればすぐ応えるタイプの国王なんだなとか、兄はとんでもない憎しみを受けているのだなとか、娘に対する愛が重いなとか、それに対して結構塩対応なんだなとか、めげない父親すごいなとか、どうでもいい事がついつい気になってしまったが、それよりも。
「誓約って、何の事だ?」
ポロッと言葉がこぼれた。
「あ"?なんだお前。…あぁ、あのゴキブリ王子の弟か。そっちの王家ではまだマシな。だがルナたんと結婚するから万死に値する。」
「パパ、話がややこしくなるから黙っていて下さる?…ロバート殿下、こちらの国では公にされていないようなので一から説明させていただきますね。」
王女が改めて居住まいを正す。
「わたくしとアドルフ殿下の婚約は、そもそもマラーナ王国優位で結ばれたものなのです。
発端は10年前。我が国の貴族が、王太子…わたくしの長兄に禁術をかけようとした事でした。
お兄様の婚約者が発動直前に防いだ事で大事には至りませんでした。しかし、王太子が狙われた大事件に総力を上げて犯人の尋問と捜査が行われました。
その結果、その貴族がチエルノフ王国に唆されて犯行に及んでいた事が判明したのです。
禁術をかけたチエルノフ王国所属の魔道士も捕獲されました。
その後、屋敷の捜索で犯行の詳細や失敗した際の逃走経路に関する指示と成功後にチエルノフ王国での高位貴族としての地位を保証する書面が発見されました。
そこにはチエルノフ王家の家紋が押されていて…チエルノフ王家は、言い逃れできる状況では無かった。
お父様は、事実の公表によるチエルノフ王国の信用の失墜を考えていました。」
「一国の王太子に禁術…『隷属』と『血の盟約』なんてかけようとしてたんだ。実質、国の乗っ取りにもなりうる。下手したらうちの王太子は盟約違反で死んでた。王太子暗殺未遂だ。
俺は、容赦する気は無かった。まあ、あとアイツを溺愛してる婚約者殿がそっちを更地にしようとしてたからな。そうなる前に公表という、そっちの印象だだ下がりだが直接的に死人は出ない方法で攻めようとしてた訳だ。」
一連の話で血の気が引く。
王家の印を使える者は限られる。その当時であれば、国王か、王妃か。愚かすぎる過ちを犯した自らの血縁者に吐き気がする。
でも、なら、何故?
「そこからどうやってルナリアント王女と兄が結婚する事になったんですか?」
疑問を口にすると、大きくて長いため息が魔道具の向かうから聞こえてきた。王女が続ける。
「公表前に、その件に関する申し開きをチエルノフ王国に尋ねると『証拠がある以上認めざるをえないが、公表は待って欲しい。こちらから賠償金を出し、今後の保険として王子を人質としてそちらに出す』という返答が来ました。賠償金で収めるには事件が事件でしたし、王子を人質に取るにはスパイになる可能性などを考えるとこちらにほぼメリットがありません。あちらからの提案は無視して公表に向けて話が進んでいたのですが…」
「ルナたんが…ルナたんが、急にお嫁に行くって言い出したんだ!!!」
「はい、そうなのです。」
急に変わった流れに、目を白黒させる。
「なんでそんな事を?」
「まったくだ!!全くもって意味が分からない!!」
「え。国王殿下も理由を知らないのですか?」
「表向きの理由は聞いた。公表してあちらの信用を落としても、直接的な利はないだろうと。それよりもここを好機と捉えてこちらに有利な条件で婚約を結ばせ、将来裏からマラーナ王国の属国にしてしまえばいいのでは?と。我が娘ながら恐ろしくも理に適った提案だった。しかし、本心はそこではない気がしている。俺は父親だからな、それくらいは分かる。ルナたんは…ルナたんは、あのゴキブリ王子に一目惚れしたのだろう!?」
「はぁ…それは違うと何回も言っています。」
「だがそうでないとあれ程までに熱望していた説明がつかない!!」
コントのようなやり取りを尻目に、先程マラーナ国王が言った"一目惚れ"という言葉が私の心の中で引っかかった。
最初、彼女は確かに恋愛感情はないと言った。しかしそれが本心ではないとしたら?危険な敵国とも呼べる地に恋心から飛び込み、その果てが今の結果なのだとしたら?
それは、あまりに報われない。
彼女に対する同情心と共に、何に起因するか分からないモヤモヤした気持ちが渦巻いた。




