4.男爵令嬢から見た自分の父親
馬車での道中は、大変息の詰まるものだった。時折休憩を挟みながら来たが、男とはあまり話をしたくなかった。最初の休憩では、御者が水を渡してきたのですこしでも話をを聞こうとした。しかし、彼に話しかけた途端、男が怒鳴ってきた。
「年頃の娘が男の下働きと話すんじゃない!」
萎縮した気持ちのまま、そこからは無言で馬車に揺られ続けた。
朝食時に出発して、王都に着いたのは夕方だった。馬車の窓から外を見ていると、今まで見た事がないほど沢山の人が行き交っている。店も故郷よりも大きく賑わっていて、ウィンドウが綺麗に飾られていた。ちょうど店仕舞いが始まる頃のようで、ポツポツと灯りが消えてCLOSEの札が掛けられている店がある。
馬車は街中を暫く進み、教会の前で止まった。こちらも地元と比べて遥かに立派だ。正面の扉の上にある巨大なステンドグラスが、夕日を受けて眩しいくらいに光っている。
中に入ると、豪華な礼拝堂の奥に神父が立っていた。男が御者に指示し、薄い箱を持って来させる。神父の前でそれを開くと、ビロードの張られた中に硬貨が2枚入っていた。
それは、下町では見る機会がない金貨であった。スタンドグラスの光を受けてキラッと光るそれを見て、私は驚きを隠せなかった。
しかし、神父は中身を確認して片眉を上げた。腕を組んで少し考えるような仕草をする。彼の希望には添えなかったらしい。
男は愛想笑いを浮かべながら口を開く。
「いやはや最近は景気も芳しくなく、我が家の事業も滞っているのです。ご寄付できるのはそれが精一杯でして。」
「不景気はどこも変わりありますまい。それでも他の信徒様から比べて、1枚ほど少なく見受けられますが?これでは神々の御心も真の力を発揮できないやもしれぬ。」
男は口角をひくつかせる。
「わたくしはしがない男爵家でございまして、それ以上の金額となると…今回は見送るしかなさそうですな。」
「大丈夫なのですかな?そちらのお嬢さんが実の子かを調べる事は急務と聞いておりましたが。」
「それは…しかし…。」
「その娘が得体の知れないまま貴族家に出入りするのを良しとするのであれば、私からは何も申し上げる事はありません。出口はあちらになりますぞ。」
男は口をへの字に曲げ、懐から財布を取り出してのそのそと取り出した金貨を神父へと差し出す。
神父は恭しく、しかし素早く受け取り、男から渡された金貨は箱ではなく懐にしまった。
神事にそれほどのお金がかかる事を知らなかった私は目を白黒させながらその様子を見て、同時に神父の強欲さに呆れていた。普段からこのように神に仕えるという名目で私腹を肥やしているのだろう。
「それでは前へ。」
私達に視線を戻した神父から声が掛かり、男を見ると、顎で神父の所へ行けと示される。2,3歩神父に近付き、私だけ調べられるのかと思えば男も前に進み出てきた。
神父は、男と私にそれぞれ丸い石を渡した。男が持つのは曇った夜空のような鈍い黒色で、私が持つのは光沢がある白色の石。
神父が祝詞を口にする。
「我らが頭上に座す偉大なる神々の そのお力を我に授けたもう事を 大地が如き御心をもって許されたまえ 我は敬虔なる信徒 我が信心は御神々の為に」
私の手の中にある石が強い光を放つ。男の方を見ると、そちらも淡く光を放っているのが見えた。
「ふむ。ふたつとも光っておるな。間違いなかろう、おふたりは親子で相違ないと示された。」
神父は男と私から石を受け取り、壇上に準備されていた紙にサラサラと文字を書き込んで男に手渡した。
「神のご加護のあらんことを。」
神父の言葉を受け、男が引き攣った愛想笑いを浮かべながら紙を受け取ってまた顎で私に合図を出す。もう用件は済んだらしい。金額に対して内容があまりに呆気なくて驚いてしまう。金貨三枚も払ってやってもらう事だったのだろうか?
馬車に乗り込み扉が閉まると、男はダァン!と足を振り下ろした。
「くそ!あの守銭奴め!!こちらの足元を見おって!!」
大の大人がここまで声を荒げるのを間近で見たのが初めてで、怖くて体が固まってしまう。
男はこちらを睨み付けながら口を開いた。
「お前の母親が逃げ出したりするからこうなるのだ!
あの売女め!大人しくお前を渡しておけば、最初から貴族の子として育てる事ができたものを!」
頭の中で、血が煮立つような感覚がした。
この男は今、私の母を売女と言ったのだろうか?
私は足と拳に力を入れて腰を浮かす。
「撤回してください。」
「は?」
「母は、売女ではありません。貴方と母に何があったか知りませんが、私の前での母は」
パシンッ!
左頬に強い衝撃を感じた。追って、ジンジンとした痛みが来る。
一拍置いてから、叩かれたと分かった。
「お前は私の娘だ。子供が親に歯向かうなどあってはならない!今度そんな生意気な口を聞いたらこの手を握って同じ事をしてやる!」
顔を真っ赤にした男は、体をわなわなと震わせて唾を飛ばしながら言い放った。
体から力が抜けて、気付いたら椅子にへたり込んでいた。
こんな男が私の父親だなんて。
そんな衝撃と共に、逆らえない悔しさが口の端に滲んだ。




