2.第二王子から見た隣国の王女
side 第二王子トーマス
兄の婚約者に声をかけられたのは、彼らの不仲と兄の不貞が噂されるようになった初夏の事だった。教室移動の途中。忘れ物に気付き、従者を向かわせてひとりになった私をめざとく見つけたようだ。
「第二王子殿下、わたくしに協力していただけないかしら?」
訳もわからず呼び止められ、彼女から聞かされたのは到底信じられないような話だった。
「貴方のお兄様は愛する方が他にいらっしゃるようなの。わたくしも彼に恋愛感情はありませんから、是非応援して差し上げたくて。でも、困った事にわたくしがこちらに来たのは国同士の取り決めでしょう?わたくしが蔑ろにされる事は、わたくし自身が良くても祖国が許しません。ですので、相応の落とし所が必要だと思いますの。ーそこで、貴方の出番なのです。」
王女は大きな身振りを交えながら、演劇のように話して私を見た。彼女のわざとらしい話し方に寒気を覚えながら先を促す。
「第二王子殿下、わたくしとこの国を乗っ取りませんか?」
その時の私は、まるで空の彼方の広さを知った猫のような顔をしていただろう。
人目がないとはいえ、白昼堂々、他国の王女が国の転覆を提案したのだ。しかも、その国の王子に向かって。
そのバk…アh…至らなさに、しかし私は真っ向から彼女を捕える事は踏みとどまった。
腹違いとはいえ、誰がなんと言おうと兄の家族として、誓って彼を害する気持ちは持ち合わせていない。しかし、この考えなしの隣国の王女が何を考え、もしくは誰に指示を受けて愚行を口にするのかを探り出そうと思った。
「そのお話、詳しくお聞きしても?」
そう言いながら私はわざと、令嬢が黄色い声を上げる微笑みを浮かべた。
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あれから数ヶ月が経った。彼女の指示に従って行動しながら、私には未だに計画の全容を知らされずにいた。
私が息巻いて馬鹿馬鹿しい誘いに乗ったにも関わらず、あの日王女は、
「それはまたの機会にお話します。放課後、お時間のある日に先触れを出します。都合が良ければこちらでお会いしましょう。それではごきげんよう!」
と早口で捲し立てると、淑女にあるまじき早足で去って行ってしまったのだ。呆気に取られた後に渾身の笑顔が流された事に気付き、羞恥と悔しさが襲った。
それから時間が合えば、放課後に彼女のいう"遊び"に付き合った。
ある日は
「本日はお茶会をしましょう。」
そう言うと、かなりの令嬢令息を集めた大規模なお茶会を開いて噂話に興じ、
ある日は
「本日は撮影会です。」
と言って、人目につかない雑木林の中の撮影に向かい、
またある日は
「本日はみんな憧れの騎士団ごっこはいかが?」
などとのたまって、階段から落ちる王女を受け止める練習をさせられた。
突拍子のない提案が多かったが、しばらく彼女の言いなりになるうちに、普通に図書室で本を読んだり、時間が被った時に昼食を共に取ったりもするようになった。
最初こそ兄を守ろうと躍起になっていた私だったが、その魂胆や黒幕を探ろうとすればする程、彼女の無邪気さに毒されてその意気込みが小さくなっていくのを感じた。
校舎の裏庭で魔道具片手に撮影会をした時、目立たない木陰の広場で身を寄せ合う兄と噂の令嬢の姿を見つけてからは、間者のように取り繕うのが一気にアホくさくなった。
私はその光景を魔道具に納め、王女にも兄にも何も言わずにそっとしまい込んだ。
「君はそんなに思慮深そうな顔をして、何故こんなに常識の斜め上の事ができるんだ?」
「そういう顔なだけで、考えるのは苦手ですの。」
こんなやり取りをよくするようになった。
私が王子である事や彼女が隣国の王女である事、私は第二王子で彼女は兄の婚約者である事は、この会話の上では重要ではなかった。
ーー彼女が私を、兄の不貞を暴き、彼女の汚名を晴らし、その上で自身の将来設計を保つために利用しようとしている事は早い段階で気付いた。
それでも、あの時言った国家転覆の全貌には決して触れられない。
兄の不義理を公表すれば繰り上がりで王太子となり、彼女と婚約する未来も十分あり得る。そうすれば、いずれは私と彼女がこの国の頂点に立つ。しかし、彼女の"乗っ取り"は、それを指すわけではないように感じた。
彼女は自然体で時に豪胆ですらあるのに、核心に触れさせない機転と直感を持っているかのようだった。
ある日。
彼女からの先触れに会えると返し、いつもの場所と化した渡り廊下に集合する。
いつも通り、見た目だけは悠然と歩いてきた彼女と向き合う。立ち止まると彼女は、
「貴方のお父様に会いたいわ。」
と。またとんでもない事を言い出した。
「私の父は、君の父上と同じで一国の国王なんだが?」
「ええ、知っているわ。」
「じゃあ、これも知ってる?一国の国王には、事前の調整無しに会う事が出来ないんだ。」
「わたくしのお父様は、わたくしが会いたいと言うと何を置いても会って下さるわ。」
「…白状しよう。私の父は、そういう子煩悩なタイプと真逆なんだ。」
「大丈夫よ。」
「何が大丈夫なんだ?大丈夫な要素が見当たらないんだが?」
「面会予約はとってあるから。」
ガクッと肩の力が抜ける。このようにいつも手のひらの上で遊ばれている気がする。
彼女をエスコートしながらも反対に導かれているように、彼女が手配した馬車に乗って王城へと向かう事になった。




