1.大衆から見た第一王子とその婚約を巡る騒動
「アドルフ・チエルノフ第一王子殿下。貴方との婚約を破棄する事を、ここに宣伝致します。」
それは、王立学園の卒業パーティーでの出来事であった。最低限の線引きはありつつも、最後の無礼講の場として盛り上がっていた場内はまず、ひとりの卒業生の登場で静まり返っていた。
夜を思わせる濃紺色のドレスはしかし地味ではなく、表面に纏わせた細かい粒子がシャンデリアの光を浴びて星のように光っている。そのドレスに地続きのような、この王国では珍しい黒髪を靡かせ、金色の瞳で一点を見つめながら、彼女は歩みを進めた。
彼女の一歩後ろには、まるで従者のように付き従う第二王子の姿があった。
彼女は、ルナリアント・マラーナ。このチエルノフ王国第一王子の婚約者である。隣接するマラーナ王国の第五子であり、婚姻の足場作りの為、婚約後にこの王立学園に入学した。異国の姫、それも未来の国母に周囲は当初慎重であった。しかし、彼女の分け隔てない性格とこの国に馴染もうと努力する姿に好感を持つ者は多く、自然と人が集まるようになった。
不穏な噂が流れ始めたのは、最終学年に上がり、王子が平民出の男爵家令嬢を傍らに置くようになった頃だ。
『王子と婚約者は不仲である』
『王子の寵愛は男爵令嬢に注がれている』
『王子と婚約者が言い争う姿を見た』
『王子の婚約は破綻寸前である』
『婚約者は男爵令嬢を虐めているらしい』
『婚約者は第二王子とただならぬ仲である』
根も葉もない囁きではあったが、それが本当の事ではないと証明するには多大な労力が必要だった。
しかし、彼女はやり切った。証言を集め、証拠を揃えて、噂の打破どころかその先まで。この国の国王と祖国の王である父との交渉を終える。
彼女が決戦に選んだ場が、この卒業パーティーだった。
隣り合う第一王子と男爵令嬢を見据え、婚約破棄を突き付けた王女は言葉を続ける。
「ありもしないデマを広め、裏では倫理にもとる関係を続ける貴方達が、わたくしの名誉を著しく傷付けた証拠は、ここに全て揃っています。」
言い終わると同時に、彼女の後ろに控えていた第二王子が進み出る。彼は手のひらに収まる大きさの、光沢のある丸い石を持っていた。
「皆様。王家の恥となる事を承知で、ここにその証拠を示します。」
第二王子はそう言うと、石に手をかざし呪文を唱える。石から魔力が溢れ、集まる全ての人が見える位置に画となって現れた。
その石は、記録・投影ができる魔道具。上空に広がったのは、第一王子と男爵令嬢が寄り添い、手を繋ぎ、腕を組み、抱擁する姿。
いつもは動かない表情を緩めた第一王子と、白い頬を上気させた男爵令嬢の姿は正に恋人同士のそれであった。
「貴方達がわたくしの悪評を広めた事の証左もできますが、そちらもここで開示してよろしいかしら?まあもっとも、全てわたくしと貴方、どちらの両親にももう知られている事ですけれど。」
王女がそう言うと、苦々しい顔をした第一王子は首を横に振った。
「あら、そう?…何の申し開きもないのかしら?でしたらこの事態を、わたくし個人のみならず、わたくしの背負うマラーナ王国に対する明らかな侮辱と捉えます。わたくし達の婚約は、国交の安定を図る為の国と国との約束だった筈です。この失態を、こちらの国ではどう償われるおつもりかしら?」
第一王子は、王女を見つめたまま何も答えない。と、今まで静まり返っていた会場に、他の声が響く。
「我が国は、今回の一件を第一王子の有責とみなし、第一王子の廃嫡と賠償金の支払いを行わせてもらおう。」
声のした方に視線が集まると、そこには憔悴した様子の国王の姿があった。観衆の間でどよめきが広がる。
今まで第一王子であり正妃の子であるアドルフは、公言されていないだけで王太子になると思われていた。その場にいる人々は、それを前提に立ち振る舞ってきたのである。動揺が広がるのは当然だった。
「騎士団、この者らを国の財産を損なった者らとして処罰する。捕えよ。」
騎士団の数名が第一王子と男爵令嬢を捕え、連行していく。第一王子と男爵令嬢は、最初から最後まで、弁明らしい弁明をせず、喚かず、ただ粛々と指示に従った。人々はその光景から、次代の王が彼ではないという現実を強制的に受け入れさせられた。
退場して行くふたりを尻目に、王女の前に第二王子が跪く。
「ルナリアント王女。我が兄の愚行をお詫び致します。そして、貴女様に伝えたい事がある。共に不貞の証拠を集める中で、貴女の聡明さ、行動力、そして何よりも高潔な精神を知りました。私たちが貴女にした無礼は決して許されるものではありません。それでも、私は貴女を愛してしまった。どうかもう一度、我が国と私に機会を頂けませんか?」
王女が、先ほどまでの毅然とした表情を崩し、第二王子を見つめた。
「トーマス王子殿下。色々ありましたけれど、最後までわたくしを信じ、助けて下さった貴方とならこの先も乗り越えて行けると思います。」
第二王子は王女の手を取り、口を寄せる。
「必ず幸せにすると誓います。二度と貴女にあのような屈辱と悲しみを感じさせはしません。」
観衆から歓声が上がる。
楽団が演奏を始め、ふたりは手に手を取って踊り出す。
気付けば、国王は会場を去っていた。
彼らは今起こった出来事に対して思い思いに話し出し、パーティーの喧騒が戻って行った。




