12.第ニ王子から見た正念場
「ここにある証拠は真実だ。私の指揮監督の元、こちら側からも公正に調査を行った。」
宰相は奥歯を噛み締め、強く目を閉じた。
「トーマス王子殿下であれば、それがどういう意味を持つかお分かりだと思います。貴方がそれを望むのであれば、私共は何も言える事はございません。」
王女が畳み掛けるように話し始める。
「チエルノフ国王陛下。今回の一件で発動する条項についてですが第一項は王国主体のものではない為、該当になりません。しかし、第ニ項から第六項については全て適用される事になります。つまり、アドルフ王子殿下の廃嫡、チエルノフ国王陛下の生前退位、ローナリア男爵令嬢の身柄引き渡し、マラーナ王国介入しての次期国王の選定とその方とわたくしの婚姻、マラーナ王国に対する損害賠償の支払い。
チエルノフ国王陛下。今回の件、認めて取り決め通り処置して頂けますね?」
王女はひた、と国王を見つめる。
いつからか目を閉じていた国王は、こめかみに汗を浮かべながら…口角を上げた。
「はは…ははは…!今回も随分と上手くやったな、マラーナよ。だがな、そんな証拠など詐称しようと思えばできるであろう。第二王子が調査協力だと?だからどうした!兄を蹴落とし自分が国王になる事を夢見てこんな茶番を引き起こしているだけだ!
大体、第一王子の有責で婚約破棄というが、本当にあやつの有責だとどうして定義できる?隣国の王女よ、お主の平らな胸では魅力が足りなかったと、その仏頂面には愛着が湧かなかったとしたら今回の責任は果たして第一王子だけが取るべきものだと言えるのか!?
愛想のひとつも使えない女など欠陥品ではないか!
こちらが最初から不利になるように仕組まれた誓約など無効である!
我は断じてこの交渉に応じぬ!この国は、我のものだ!!!」
王女は、目を見開いて固まっていた。
私は今まで感じた以上の嫌悪と、ここまで不出来な人間だったのかと一種の憐れみさえ抱きつつ、口を開いた。
「私の行った調査に参加したのは私とその側近だけではありません。王立学園所属の王国騎士団も含まれます。更に、王族であれば監視と護衛の為に付けられている影たちも、今回の件を終始見ている筈です。嘘をつく事を禁じられている彼らの証言はかなり重視できるでしょう。
また、兄上の行動は、どんな理由があれ不貞行為に違いありません。
そして、これは非常に肝心な事なので貴方の心に刻み込んで頂きたいが、ルナリア王女殿下は見た目だけ取っても魅力的だし、こんなにお茶目で愛嬌のある女性はいないし、愛想よりも誠実さの方が大切なので、貴方の言う表面上の批判材料で彼女が侮辱される事は断じて僕が許さない。」
僕の言葉に続いて、氷が溶けたように王女が動き出した。
「…あまりにも愚かで言葉を失っていました。不倫した当事者がそのような言い訳をするのは想像できます。しかし、その親が地位を失いたくない一心でそのような発言をするなど、想像もできませんでした。
大体、今回"も"とはどういう事ですか?チエルノフ国王陛下は、未だに10年前の事件の首謀者がそちらの王族である事を否定しているのですか?では何故、あの時こちらの要求を飲んだのでしょう?何故、こちらの指示に従い私の留学に合わせて王妃殿下を幽閉なされたのですか?
公表を恐れたのは、こちらの揃えた証拠が客観的に見ても有力だったからでしょう?
今回の件も、誓約が無かったとしても、公表すれば客観的な評価を受ける証拠が揃っています。
また、わたくしの父…マラーナ国王へも、この件に関しては報告済みです。マラーナ王国代表として、彼の言葉をお伝えします。
『我が最愛の末娘を蔑ろにした貴様らに、これ以上容赦を掛けるつもりはない。貴様らが誓約に則らない場合、我々には10年前そちらに取らなかった強行な手段に出る覚悟と準備が揃っている。公表などという生ぬるいものでは済ましはしない。その事をゆめゆめ忘れるな。』との事です。」
『戦争さえ視野に入れている』遠回しにそう伝えられた国王の顔がみるみる青ざめていく。
ほぼ同じ国力だったマラーナ王国とチエルノフ王国は、ここ20年程でマラーナ王国がどんどん差を広げている。特に魔法工学と資源産業分野の伸び代が凄まじく、それを基盤とした魔法戦団の強さは大国にも負けるとも劣らない。
比較して、チエルノフ王国は最近衰退の一途を辿っている。
戦争など起きれば、どちらが勝つかは火を見るより明らかだ。
この男には、死んでもその役割を手放したくないなどという気概はないらしい。どこまで行っても中途半端な執着心に呆れてしまう。
「貴方がすべきは過ちを認め、謝罪し、その責任を取る事だった。決して巻き込まれた被害者であるマラーナ王国や彼女を非難する事ではない。そんな事をしても、状況は変わらないのだから。」
完全に項垂れた国王を見て、きっとこの人も分かっていた筈だったと思う。それでも受け入れがたい現実に、最後の抵抗をしたかったのだろう。マラーナ王国やルナリア王女に損害を与えたのは、恐らく王妃であり、不貞行為をした兄だ。この人は家族の犯した過ちに巻き込まれた立場とも言える。
それでも、この人は一番親しい妻や子といった家族の問題をただただ放置し続けた。私達が生まれる前から、全てを。それがかの王の唯一で最大の過ちだろう。
「わたくし達からの話は以上です。それでは、失礼致します。」
そう言うと、彼女は綺麗な所作で礼を行った。
それに続いて退室の挨拶をしようとした私の手に、彼女の細い指が重なる。
何事かと驚く暇もなく、彼女に手を引かれて部屋から退室させられ、そのまま城内を通り過ぎ、彼女の馬車まで一直線に戻って来た。
途中で静止しようにも、何故かそんな気分にもならず、導かれるままに馬車に乗り込む。
隣同士座ると、彼女はこちらの顔を覗き込み、手を伸ばして来た。
反射的に少し後ろに頭を引くが、お構いなしに彼女の手が私の頬に触れる。
「…何をしているんだ?」
「気付いていなかったのね。貴方、泣いているわ。」
そんな馬鹿な…。そう思いつつ、自分でも触ると確かに濡れた感触がする。
何故泣いているのか、何に泣いているのか、自分でも分からなかった。
「明日の放課後も、時間はあるかしら?」
指で私の涙を掬いながら、彼女が不意に尋ねた。
私が頷くと、馬車に出発の合図を出す。
片道10分程の筈なのに、学園に到着したのは私の涙が流れなくなってからだった。
次の日、いつもの場所で彼女と会う。
前日の自分の失態を思い出して羞恥心でいっぱいだったが、彼女はいつも通りの様子で歩き始めた。
…いつもと違うのは、彼女が私の手を引いている事だ。生徒達の視線が突き刺さる。
「な、何故手を…。」
「昨日は何も言わなかったではないですか。」
「あの時は、気が動転していただけだ。この状況は明らかにおかしい。せめて私が君をエスコートするなら分かる。交代だ。」
「…人が困っているのを見るのは中々楽しいと今気付きました。」
澄ました顔でなんて事を言うのか。
などと思っていたら、目的地に着いたらしい。
人気のない廊下の、空き教室の前で止まる。
せめてもと思い、扉を開けて先を促そうとした私の目に、教室の中にいる兄と不貞相手の姿が見えて固まった。
王女は気にする様子もなくそそと中に進み、私を促す。
何が何か分かっていない私に向かって、彼女は口を開いた。
「わたくしが、おふたりをそそのかしたのです。」
兄と少女に目配せして、こちらを向いてニコッと笑う彼女の様子に、私の困惑が増した。




