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好きだから。  作者: ゆくすな


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第三章

 「ここは・・・結依ちゃん。ずっといてくれたのかな。ありがとう」


 目を開けるといつもの天井というわけではないけど比較的見慣れた白いタイルで埋め尽くされた天井が広がっていた。

 ベッドの脇で寝息を立てている結依ちゃんの頭をゆっくりと右手で撫でるが頭の感触が手に伝わってくることはなかった。

 手をグーパーと動かそうとするけどかろうじて軽く握るとまでは行かないがかろうじて動かすことができた。


 「わかってたけど、そろそろ私の体も限界なのかな」


 心象に耽っていると小さな寝息を立てていた結依ちゃんが眠そうに目を擦ると体を起こしている私を見ると驚いたように声をあげた。


 「紬っ!大丈夫なの!?どこか痛いところない?ほら、体起こさないで横になっててよ!」


 「ちょっと待ってて!」と言い残すと私の担当医を探しに行ってしまった。

 先生が来る前に自分で体の状態を知るためにベッドから降りてスリッパに足を入れた。


 「体が重いなぁ。どれくらい寝てたんだろう」


 ベッドを支えに立ち上がると少しの体のだるさとまだ立てることへの安心感が一気に襲ってきて緊張してた筋肉が一気に緩んだ。

 窓辺に置いてある椅子に腰掛けると机に置いてある一冊の日記帳を開いて筆を取って自分の思いを紡いでいると病室の扉が勢いよく開けられた。

 そこには息を切らした結依ちゃんと医者、そして私の両親が立っていた。


 結依ちゃんに支えてもらいながら病室を出ると診断をする個室に案内された。

 重い空気の中、医者が口を開いた。


 「紬さんの余命は持って———」


 覚悟はしてるつもりだったけどこんなに早いとは思ってはいなかったな。

 ・・・でも分かってた。

 私がどうしてこんなにも冷静なのかは隣を見れば明らかだった。

 

 「紬・・・嫌だよ。離れたくないよ」


 結依ちゃんが嗚咽まじりの声で泣きながら私に抱きついてきていた。

 その声を聞いて、逆に落ち着いた。

 すんなり受け入れられたのは結依ちゃんのおかげだから感謝しないとね。


 「先生、私、体の限界が来るまでいつもと同じように過ごしたいです。あと、お母さんお願いなんだけどこれをお願いできる?」


 私は最後の時間で全てに区切りをつけると心に決めようとするがどうしても彼への気持ちが覚悟を揺らしてしまっていた。

 好きだって、言いたかった。

 でも———言えない。



————————————————



 気がつけば学校を休んでから早くも1週間が立っていた。

 けれど周りはあまり変わっていなくてクラスメイトたちは大丈夫?などと声をかけて心配してくれて心がとても救われた気がした。


 「学校これてよかったよ!あたし頭がどうにかなるかと思ったよ」

 「心配かけてごめんね、結依ちゃん。これからもよろしくお願いします」

 「任せて!私が最後まで支えるから」

 「1週間も休んで大丈夫だったか?」


 後ろから不意に大好きな人の声が聞こえてきて心臓が跳ねた。

 振り返るといつもと同じような無愛想な表情の中にどこか心配そうな顔をしていた。

 

 「なんだ、あんたか。ほら紬から離れなさいよ」

 「お前、毒親かよ。てか、俺は紬に話しかけてるんだよ」


 二人の言い合いが小型犬の痴話喧嘩に見えて少し微笑ましかった。

 ハルちゃんとチワワの喧嘩に似てるかも。


 「ふふ、二人ともやめて、犬の痴話喧嘩みたい」

 「誰が犬だ」「誰が犬よ」

 「二人ともハモってるよ」

 

 私はこうして大好きな二人で笑い合える日常が好きなんだ。

 文化祭まで1週間ということで学校全体が熱気に包まれていた。


 「紬!文化祭まであと1週間だよ。めっちゃ楽しみ。今回は全部の屋台を回るのが目標なんだ。焼きそばにたこ焼きでしょ?それからそれから・・・」

 「そんな食べたら太らないか?」

 「は?だからあんた、デリカシーないって言われてるのよ」

 「その噂流してる諜報人が何を言ってるんだが」

 「あたしはありのままの情報流してるだけだし」


 喧嘩するほど仲がいいっていうもんね。

 私がいなくなってもこの二人ならうまくやっていけそう。


 「ふふ、いやぁ二人とも仲良いね」

 「は!?何言ってんの紬。私がこんなやつと仲良いわけないじゃん」

 「幼馴染の俺から言わせてもらうけど絶対あり得ないからな。俺には・・・うんん。なんでもない」

 「何その、幼馴染アピール。あたしはね、出会ったのは遅かったかもしれないけど一緒にいた時間は明らかにあんたより長いんだから舐めんなよ」


 二人が仲良さそうに話しているのを眺めていると休み時間の終わりを告げるチャイムがなり強制的に結依ちゃんが自分の席に戻っていった。

 最後まで噛み付かんと言わんばかりに威嚇していたのがとても結依ちゃんらしい。

 座りながら先生を待っていると後ろからトントンと背中を叩かれて振り返ると蒼君が目を逸らしながら小さな声で呟いた。


 「今日の放課後暇か?」

 「うん。暇だけどどうかしたの?」

 「それだったらこれ、詳しくは聞くな。ここで待ってるからな」


 蒼君はそう言うと一枚の折りたたんである紙を差し出してきた。

 左手でゆっくりと開くとそこには屋上で待ってるという一言だけ書かれていた。

 なんで直接言ってくれないんだろう。

 蒼君に聞こうとするが結局、放課後まで顔を合わせてくれることはなかった。


 「紬!帰ろっ」

 「ごめんね。結依ちゃん。私、蒼君に呼び出されてるんだよね」

 「えー。その紙見せて。ってこれ明らか告白する上等文に見えるけど・・・一言だけしか書かれてないのはまぁ、あいつらしいかな」

 「告白・・・はないと思うだけどなぁ。きっと何か別の用事があるんじゃないかな?」

 

 そう口に出すものの心の奥では告白なのではないかと言う期待と恐怖が入り混じっていた。

 私は蒼君の隣を歩くことができないのだ。いくら願ってもこの運命は変わらない。

 だから、私は———


 「辛いなら、あんな奴の呼び出しなんて蹴りなよ。誰も紬のことを責めないよ。あいつが責めてきたら私がお天道様を見れないようにしてあげるんだから」

 「うん。もしかしたら本当にただの用事かもしれないし、告白だったとしても自分の気持ちとも蒼君ともきちんとお別れを告げてこないと」


 結依ちゃんは私の表情を確認すると背中を優しく叩いて押し出してくれた。


 「あたしは紬の判断を信じるよ。どんな結果になっても私はいつまでも味方だからね。行ってらっしゃい!」


 勇気づけられて私は屋上へと向かった。

 屋上にはいつも鍵がかかっているはずだが今日はその南京錠が外されており容易に入ることができた。 

 きっともう蒼君が待っているということなんだろう。

 屋上の扉を開けると強い風が吹いており、髪がたなびいた。

 ゆっくりと歩いていくと屋上の真ん中に見慣れた男の子の姿があった。

 蒼君は私に気づいたのかゆっくりと振り返ると緊張しているのか、いつもより強張った顔でこちらに向かって歩いてきた。


 「少し、話をしないか?」

 「・・・え、うんいいよ」


 初手から告白が来ると身構えていたけど実際に飛んできた言葉は話をしようという提案。動揺しながらも平然を装って返答した。


 「俺らって昔、よく遊んだよな」

 「うん。遊んだね」

 「覚えてるか?あの公園で俺たちが交わしたあの約束を」

 「うん・・・そうだね。覚えてるよ」


 公園で交わした約束。

 それはきっと・・・

 『将来、大人になったら僕たち結婚しない?』

 『うん!約束だよ!これで私たち、婚約者だね』

 私と蒼君の最後でとても大切な約束。

 この約束だけが私をここまで連れてきてくれた。

 だけど・・・


 「そうか!高校でクラスが同じになって、毎日一緒に登校してやっぱり俺は紬が大切なんだと思った。だから俺と———」

 

 蒼君は顔を真っ赤にしながら私に手を差し伸べようとした手を私は包み込むように手をかけて下ろした。

 ありがとう。

 私には蒼君が次に発する言葉は分からない・・・

 もしかしたら告白でもないのかもしれない。

 もしかしたら私の早とちりかもしれない。

 最後までその言葉を聞きたい。

 でもそれはきっと私の覚悟を揺るがしてしまうものだから。

 伝わるか分からない、でも蒼君が勇気を出して伝えようとしてくれたのなら私からも伝えなきゃいけない思いだから。

 

 「あのね、実は私ね。好きな人がいるんだ。その人はね。いつもはクールでだけど優しくて、そして———」


 私は目から溢れる涙を隠すように後ろを向きながら話す。

 蒼君のことを、話した。

 伝わるか分からない。

 これは、相談。

 ・・・卑怯なやり方だって、分かってた。

 これが、最後の思い。


 「だからね。私———」

 「やめとけ」


 蒼君とは思えない低い声が私の鼓膜を揺らした。

 驚いて振り向くとそこには先ほどは打って変わりとても冷たい表情で私を見ている蒼君の姿がそこにあった。

 なんで———なんで、そんな顔で私を見るの?

 もしかして私の早とちりだったのかな?

 蒼君は迷惑だったのかもしれない。


 「俺はそんな話をしに来たわけじゃない!」

 「ちょっと待って」


 蒼君は頭をかき乱すように頭を掻くとそのまま屋上の出口に向かって行く。

 そんな蒼君を私は引き止めようとするけど、手を振り払われてしまってバランスを崩して転んでしまった。

 行かないで・・・

 その声は蒼君には届かなくて、

 蒼君はそのまま屋上から立ち去っていった。

 何も、残らなかった。


 「紬!大丈夫!?」

 

 倒れたまま屋上で呆然としていると心配してきてくれたのか結依ちゃんが屋上まで来てくれていた。


 「うん。大丈夫だよ。少し、転んじゃった。てへ」

 「全然大丈夫じゃないでしょ。有馬になんかやられてない?あいつなんか嫌な雰囲気で屋上を出てきたからあたし心配で」

 「やられてないよ。普通に転んじゃっただけだよ」


 結依ちゃんは本当に心配そうな表情しながら、私を支えながら立たせてくれた。


 「もう、無理しないでよ。それで、これ踏み入っていいか分からないんだけど聞いていい?」

 「うん。いいよ」

 「この屋上で何があったの?」


 自分ではこの出来事はうまく消化できたつもりだった。あの時、気が動転していたし、結依ちゃんがきてくれた。その安心から深く考えずにいられた。

 だけど好きな人に拒絶された。

 その事実だけが私の心を締め付けるには十分で。

 これは実質振られたと同義で。

 

 「あ・・・あのね。私、蒼君に振られ———カヒュ」

 「ねぇ!どうしたの!?紬!目を開けてよ!」


 「振られた」心の中で思うのは大丈夫だった。

 だけど言葉に出すのはとても難しくて。

 振られたという言葉を紡ぎ出そうとした瞬間、胸が締め付けられると同時に私の体は自分の制御化を離れ喉が締め付けられたかのように息ができなくなった。

 息をしようとしてもできるのは呼吸ではなく、「カヒュ」と言う空気が漏れたかのような細い音だけ。


 「ねぇ、紬!大丈夫だからね。救急車呼ぶからあともう少し———」


 息ができないのは怖い、だけど結依ちゃんの悲しい顔をしないでほしい。

 できるだけ、笑顔を浮かべながら結依ちゃんの手のひらを握った。

 だけど私にはそれだけが限界だったようで静かに私の視界は真っ暗に染まっていった。

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