好きだから
あれから何日経っただろうか。
俺が告白をしようとして、する前に振られて。
紬にひどいことをして、傷つけて。
あの時は明らかに冷静じゃなかった。
いつもの俺とは別の何かだったんじゃないかと今でも思う。
突き放した時の紬の青くなった表情が今でも忘れられない。
きっと紬は他にも何か言いたそうだったのを聞かずに逃げてしまったんだ。
あれから、紬は学校に来ることはなかった。
悔やむ日が続き、気付いたら1週間という日々が過ぎていった。
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1週間前までは毎日一緒に登校していた道のりは今では色がすっかりと抜けたかのように白黒のようにしか見えなかった。
今日は文化祭当日。
あの日、紬と一緒に作った文化祭の看板が校門に飾られたくさんの生徒を出迎えていた。
「はぁ、なんであんたが暗い表情してんだよ」
「なんだ、結城か。一体何のようだ?あれから俺を避けてたようだけど」
「あんたが一番理由をわかってるんでしょ」
結城はあんた何言ってるの?と言う軽蔑した目で俺を見つめるとそのまま歩き出した。
「今日は文化祭でしょ。あのね。紬も楽しみにしてたんだから、あんたがそんな態度でいると本当にぶっ飛ばすからね。あと・・・いや何でもない」
紬も楽しみにしてた。
その言葉に何か引っ掛かりを感じながら俺たちはそのまま教室に入った。
クラスの出し物は焼きそばの屋台だ。
朝から大忙しで教室では机を合わせて、キッチンペーパーを引いて麺をほぐしていたり、野菜を切ったりと下準備をしていて俺は急いでその中に加わった。
焼きそばの屋台は大盛況で落ち着いた頃には午後4時になっていた。
「お疲れ様、ほらあんたにもあげるわよ」
「ありがと」
結城は一本の飲み物を差し出してきた。
「てか、何で俺だけアクエリなん。他の奴らは炭酸飲料とかジュースなのに。もしかして当て付けか?」
「は?人の好意にケチつける気?あんたやっぱ最低ね。どしてこんなやつに紬が・・・」
結城は後半につれて声が小さくなっていき上手く聞き取ることができなかった。
俺はこれまで疑問に思っていたことを口にした。
先生は紬が休んでる原因を体調不良と言っていたが、それにしては様子がおかしかった。
普通、休んだ分のプリントを誰かが届けるだとか、連絡を伝えに行くといったことが一切なかった。その時まではてっきり一番仲がいい結城が届けていると思っていたが毎日そんな素ぶりはなく、家にそのまま帰っていたり、芽衣先生は最近、部活に参加せず授業が終わるとすぐに学校を出ていると噂を聞いたりして疑問に思っていた。
それが紬に関係しているとしたら。
「ちょっといいか。聞きたいことがあって」
「は?なに?」
「紬のことなんだが、俺に隠していることないか?」
「なにも?隠してることないんだけど。てか、あんたに紬の事情なんて関係なくない?」
「いつものお前なら、紬が休んだ時、気が気がじゃないようだったじゃないか。だけどこの1週間はどこか落ち着いてる感じだ。それに———」
問い詰めるように言葉を吐き出していると結城は俺の言葉を遮るようにどこか苦しいような声色で叫んだ。
「紬の思いにも気づかないようじゃ、愚か者以外何でもない」
「どういう意味だよ」
「……紬、もう長くないんだよ」
その言葉で、頭の中が真っ白になった。
結城は言ってはいけない言葉を話したと言わんばかりに手で口を塞ぐとそのまま踵を翻してこの場を立ち去ろうとしていた。
紬の短い残された時間。
意味がわからない。
だけどその真意を知らないと俺は一生後悔する気がして結城の肩を力強く引き寄せた。
「痛っ。やめてよ。あんたに言うことなんて何もないんだからっ!」
「教えろ!紬に一体何があった?」
「うるさい。わかったから。とりあえずここに行けばわかるから」
「ありがと」
「はぁ、これ以上紬を傷つけたら本当っに承知しないから。覚悟してよね」
ピロンとスマホに通知が届いた。
そこにはこの町で一番大きい病院の名前と病室の場所が記されていた。
気づいたら走っていた。
紬のことばかり、浮かんでいた。
伝えよう。
・・・もう逃げない。
病室の扉を開くとそこには1週間前とは比べられないほど痩せ細った紬の姿があった。
紬は元々華奢だったが、もうその言葉では言い表せないほど痛々しかった。
「あれ、結衣・・・ちゃん。きて、くれ、たの・・・?きょ、うぶんか、さい・・・でしょ?」
信じられなかった現実が紬の声が脳に響きこれが現実なのだと理解させるには十分だった。
「紬、体調はどうだ?」
「えっ!?あお、いくん!?」
「うん。蒼だよ。有馬蒼」
「あ・・・あの、えっと。今、人前に、出れる・・・服装で、ごめん・・・ね」
「大丈夫。俺は気にしないから。そっちに行ってもいい?」
「・・・いい、よ。でも、わた・・・しは気に、なっちゃう、んだけど・・・ね」
「椅子、座ってもいいか?
「わた、しは。いい・・・よ?」
「ハハ、どうして疑問系なんだ?」
「ふふ。そ、のいすね・・・ゆ、いちゃ、んのだか、ら。・・・おこ、られちゃう、かも」
「なら気にしなくてもいいな」
ゆっくりと、ベッドの脇の椅子に腰掛けた。
あの日の俺とはもう違うんだ。
「ゲホゲホ・・・ごめ、んね。あお、いくんには。こんな、すが・・・た見せた、くなかった、なぁ」
「大丈夫か!?」
「・・・うん。しんぱ、いしてくれて。うれし・・・いな」
「それに・・・来るの、遅くなって悪い」
「ゲホ、ゲホ」
「おい、無理するなよ。喋らなくていいから。安静にしておいてくれ」
「・・・うんん、ずっと・・・あいた、かったよ」
「・・・紬」
紬には知っていて欲しくて、
気持ちをぶつけたくて、
どんな返答をもらえるか気になって。
その言葉を紡ごうとした時、紬の小くて優しい指が俺の唇を塞いだ。
「ダメだよ」、そう言言い聞かすように。
「ご、めん・・・ね?ゴホッゴホッッ。わた、し、は・・・たの、しかった。よ」
言わせてしまった。
紬はきっと————
ピロンと病室の中に通知音が鳴り響いた。
やばい、マナーモードにするのを忘れてた。
迷惑をかけたと思って紬を確認すると目をまん丸にしながらもおかしいのかふふ、と笑いながら俺のスマホを指差した。
そこには、紬から通知が届いていた。
「・・・よ、んで・・・」
「これ?」
紬は笑顔を浮かべながらゆっくりと頷いた。
『ごめんね。うまく喋れなくて。一緒にいた時間、全部楽しかったよ。ありがとう』
それは”答え”じゃんかよ。
俺は我慢してたのに。
抑えてた涙が一気に溢れ出した。
だけど親友の前では泣きたくなくて、
紬から顔を隠そうとそっぽを向くと、頬に弱くてそれでも温かい手が触れてそのまま紬に顔を見られてしまった。
紬にも涙が頬を伝っているのが見えた。
「俺も!紬と一緒にいる時間。登校している時間。楽しかったよ」
・・・言えなかった。
そして同時に毎日交わしてた言葉を———
「また、明日」
「ま、た・・・あし・・・た、ね・・・」
俺は紬とそう約束をして笑い合うとそのまま病室を後にした。
「聞いてたよ。いいじゃん、あんたにしてはよくできた方じゃない?」
「うるせ」
腕を組みながら廊下の壁に寄りかかる結城に相槌を打った。
「紬!遊びに来たよ。今日ね。って、めっちゃ笑顔じゃん。いいことあった?」
「ない、しょ、だよ・・・?」
「えー、ケチ」
そんな声を聞きながら病院を出て帰路についた。
また明日、そう約束をしたのに間もない時間がたった後、結城から訃報の連絡が届いた。
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俺は葬式の後、紬のお母さんから渡したいものがあると紬の部屋に上がった。
小さい頃に来た時とあまり変わっていなかった。
少し目をやるとそこには見覚えのある古びた棚がおいてあった。
昔の記憶がふと蘇ってきた。
「確か、下から2段目の棚だったけな」
下着が出てきたらどうしようという葛藤と共に半目で中を確認するとそこには記憶と同じカラクリ箱と芳香剤が入っていた。
これは、俺と紬のあの約束。
大人になったら開けようと約束した箱がそこにあった。
うろ覚えの中カラクリを解いて開けてみるとそこには一冊の本と一枚の紙切れが入っていた。
「懐かしいな。ずっと紬は覚えていてくれたんだな」
一枚の紙切れを手に取るとそこには大人になったらすぐに使えるようにと拙い文字で婚約書、ありま あおい、あさぎり つむぎと書かれていた。
「はは、二人とも字が汚すぎるだろ、ってこれはなんだ?」
婚約書と一緒に入っていた一冊の本を手に取って開くと日記のようで中には高校2年生になってからの出来事が綴られていた。
◼️月◼️日好きな人と同じクラスになって嬉しい。
◼️月◼️日一緒に登校できて幸せすぎるなぁ。
◼️月◼️日香水気づいてもらえた!
◼️月◼️日蒼君と映画とっても楽しかった。
◼️月◼️日まだ楽しい、日々を送っていたい。
◼️月◼️日右手に力入らなくなっちゃった。心配かけないようにしないと
◼️月◼️日文化祭まであと1週間、蒼君に振られてしまいました。
◼️月◼️日今日病室に蒼君が来てくれた。思いが通じ合ったようでとっても嬉しかったよ。代筆 結城結衣
お前、いつも元気そうに振る舞ってたじゃんかよ。
でも、気づかないふりをしてた。
他にも、もっと紬のやりたかったことを・・・
自分に怒りを覚えていると日記の間から一枚の手紙がひらひらと落ちてきた。
手紙を拾い上げて中を確認すると一枚の紙と写真が入っていた。
『蒼へ この手紙を読んでいるということはきっと私はもういなくなっちゃたってことなんだと思う。きっと蒼君、自分のこと責めてるでしょ。でもね、それだけはやめてほしい。私ね、約束のこと、ずっと覚えていたよ。叶えたかったな。高校2年生の時間。蒼君と一緒にいられて、本当に楽しかった。でも・・・私はやっぱり卑怯だから、この思いを伝えさせてください。 紬より』
「・・・これか?」
手紙と一緒に入っていた写真を一枚手に取るとそこには俺と紬が満面の笑みでピースをして、”スキー”をしている時の写真が入っていた。
「ハハ。最後まで、紬らしいな」
写真の裏には『迷惑じゃなかったら結衣ちゃんにたのんだ芳香剤を使ってください』と震えた文字で書かれていた。
その指示通りに芳香剤を開けるとそこからあの日と同じ匂いがした。
「・・・また明日」
思わず、口に出していた。




