あらがうもの(3)
なんとか年内に更新する事が出来ました。良いお年をお迎え下さい。
屋敷へと戻ったアナスタシアは部屋へ戻らず、温室へと向かった。
マノフ王国が借り受けている屋敷には温室があり、そこではマノフ王国周辺にしか存在していない植物が特別に栽培されていることに最近気づいたアナスタシアは、観察することを最近の日課にしていた。
「やっぱり突然変異してる。・・・レディデュウムにあるはずのない赤と黒の花・・・」
マノフ王国で一般的に育てられているレディデュウムは、雪深いマノフ王国を表すような青と白の花を咲かせる植物であったが、ここにあるレディデュウムは知らない者が見たら違う花だと思ってしまうくらい変貌した色の花を咲かせていた。
「赤と黒・・・まるであの2人みたい。」
アナスタシアは自らが先ほど見た事を考えたくなくて作業しに来たはずなのに、2人を連想する花を見てしまい。よくない考えに囚われていた。
(2人は何を話していたのかしら・・・)
ユージンの腕に親しげに添えられたエリザベスの手。そして、微笑みながらユージンの耳許に口を寄せて話す様子。それに応えるかのように体を傾けるユージンの姿。
いつも女生徒囲まれているユージンだが、体を触れさせるほど近くに寄らせている姿を見たことがなかったからこそ気になっているのかもしれないと、アナスタシアは寄り添うように咲いているレディデュウムを見ながら思った。
「心が通じ合ったと思っていたのに・・・急に知らない人のようだわ・・・ね、そう思わない?」
黒いレディデュウムを指で突きながら、ひとりごちた。急に胸が苦しくなって、目に涙が浮かんでくる。アナスタシアは、今まで感じたとこのない感情の渦に翻弄されているのだった。
そして、流れ落ちそうになった涙を拭おうと土に汚れた手で目を押さえようとした。
「顔に土がついてしまうよ。」
「・・・っ」
そう言って、腕を抑える人影にアナスタシアは驚いた。
「どうして?」
「今日こそ貴女に会いたくて、セルゲイ王子とエリザベスに協力してもらった。」
腕を抑えたのは、ここに本来いるはずのないユージンだった。先ほどまで思っていた相手が側にいるので、アナスタシアは白昼夢を見ているかのような混乱を覚えた。
そしてユージンがエリザベスの名前を出した事で、思わずビクッと反応してしまう。
様子のおかしいアナスタシアに気づいたユージンは、側にあるベンチへ手をとって移動した。
「目が赤いな。」
そう言って、ユージンはアナスタシアのあごを左手であげ、右手の親指の腹で涙を拭う。
「どうした?」
しかしアナスタシアは問いかけに応えず、手から逃れるように目を伏せて顔を逸らそうとした。
「俺のこと嫌いになったか?あれほど守ると言っておきながら、国王すらも説得出来なかった俺だからな。」
自嘲するユージンは名残おしそうにアナスタシアの頬を撫でた後、ベンチから立ち上がって温室からでようとした。
出て行こうとするユージンに気づいて慌てたアナスタシアはユージンの手を咄嗟に掴んだ。そして、涙を流しながらとぎれとぎれに話し始める。
「まって・・・違いますの。2人が・・・あまりにもお似合いで、仲が良くて、それがどうしようも無くて・・・私も自分の気持ちがわからないのですわ。」
その言葉を聞いたユージンは目を見開き、そして口元を綻ばせ、でも喜んでいいものかと思案する複雑な表情をしていた。
ユージンはアナスタシアと向き合い、手を優しく包み込んで目を見つめた。
「アナスタシア・・・さきほどエリザベスと居た時に逃げたのは嫉妬してくれたからなのだな。貴女が泣いているのは悲しいが、妬くほど好きでいてもらえて実は嬉しい。だから泣きやんで・・・」
そういって、再び右の親指の腹で優しく涙を拭った。そしてしばし見つめ合う。
「しっと・・・ですか。これがそうなんですのね。胸が気持ち悪くてとても嫌な自分がいて・・・。ユージンは本当に嬉しいのですか?」
そう言って、アナスタシアは潤んだ目でユージンを見つめあげた。
「・・・はぁ。俺の忍耐が試されている気がする。少し抱きしめてもいいか?」
アナスタシアは少し頭をかしげて、それからうなずいた。そうしてすぐに引寄せられて、ユージンの胸に耳を押しつけるような形で抱きしめられる。
ドクドクドクドク
早いテンポで刻む鼓動が耳だけでなく、ほおにも感じるほどの速さで感じられた。
「わかるか? 貴女を前にすると冷静な俺じゃなくなる。できるなら愛おしすぎてここから攫ってしまいたいくらいだ。」
そういってアナスタシアの頭頂部に軽くキスを落とす。さらに抱え込まれた状態になってユージンの体から香ってくる柑橘系の香りにアナスタシアは顔に熱がこもって、恥ずかしさのあまり涙が再び出そうだった。
抱き合ったままの状態でどのくらい時がたっただろうか、ユージンは名残惜しそうにアナスタシアから体を離した。
(これ以上触れていると理性がもたない・・・)
「大丈夫か?その・・・痛くなかったか。」
アナスタシアの細い柔らかい体はユージンにとってはとても壊れてしまいそうなほど繊細にみえた。
「大丈夫ですわ。その・・・まだ慣れなくて。でも心地よかったです・・・」
そういって頬を染めながら話すアナスタシアを見て、ユージンは口元を押さえながら顔をそむける。
「何か・・・」
「いや、そのアナスタシアが可愛くて。」
アナスタシアはその言葉に頬が熱くなり両手で顔を思わず隠した。
「痛っっ、どうやら時間切れのようだ。」
突然痛がったユージンに何事かと手を離して見ると、先ほどまで居なかったアケボシが現れ、彼の頭をつついていた。そしてアナスタシアが気づいたことに気づいたようで、アナスタシアの側に寄り甘えてくるのだった。
「アケボシも久しぶりね。会いたかったわ。」
「アケボシずるいぞ。俺はまだ足りない。」
膝におさまるアケボシに、子供のようにくってかかるユージンに先ほどまでのもやもやした気分は消えて、アナスタシアは笑っていた。それをみたユージンはほっとした様子をみせたのだ。
「さて、セルゲイ王子も待っているから行こうか。」
そう言って、アナスタシアの手を取って屋敷へと戻る。
「もう、良かったの?」
「アケボシをこちらに寄越しておいてよく言う。」
「主人のたがが外れそうな気配を感じたのかもしれないね。」
屋敷のテラスで紅茶を飲みながら待ち構えていたセルゲイがユージンに向かって笑顔で話しかけた。その側には、いまいましげな様子を隠しもしないターニャが控えていた。
アナスタシアをエスコートしてテーブルにつかせてから椅子に座ると、ターニャがお茶を用意した。
「殿下はお嬢様にお会いになれないほど忙しいと伺っております。お体が心配ですので、マノフ王国で昔より飲まれておりますハーブティーをご用意させていただきました。」
「ユージン「お嬢様、セルゲイ殿下のご許可はいただいております。」
「さぁ、どうぞ。僕も今回のことは腹に据えかねてるんだ、このくらいは我慢すべきだと思うんだけど。実際、体には本当にいいものだしね。」
「わかった。」
そう言って、ユージンは意を決したようにお茶を口にした。
「・・・・っ!!」
あまりの苦さと草臭さに、吐き出しそうになりながらユージンはなんとか飲み干した。
「お口直しにどうぞ。」
ターニャからフルーツの砂糖漬けをもらって口にしてやっと苦さから解放されたが、あまりの衝撃に彼らの怒りを体の中から知る事になったのだった。
「次はございませんよ。」
ターニャの言葉にユージンは真面目に深くうなずき、
「かならず。」
そう言って、アナスタシアの手に口付けを落とし王宮へと帰って行ったのだった。




