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あらがうもの(2)

夜、自室でジハネへ来てから習慣になった入浴を済ませ、ターニャに髪をといて貰いながら、ふと思い出して、鏡台の引出しからデザインの凝った瓶を取り出した。


それは今日見たばかりのサクラの香水の瓶と同じだが、中身が半分をきっている。アナスタシアはその瓶を鏡台の上に置いて指でつついて、悩ましい声を出した。


「この香水も、もうここまで使ったのね。使い切るまでにユージンに直接お礼を言う機会があるかしら・・・」


サクラの香水は前回の婚約者達の顔合わせの後、ユージンの手紙と共に送られたものである。手紙には今回の件についてのおおまかな説明と、


ー 桜の香りを感じる度に貴女の事を愛しく思う。側に貴女が居ないことがもどかしい。


と言った様な言葉が綴られていたことを思い出し、アナスタシアは頬を染めた。


「お嬢様、お湯にあてられましたか?」


「いいえ、そんなことないわっ。ちょっと熱くなった気がするのひょ。」


「ふふふっ、ユージン様の事を思い出してらしたのですね。お嬢様が、その様に感情を表に出される様になって嬉しいですが・・・(腹黒そうなあの王子が原因なのは妬けます。)」


「もうっ! ターニャったら。」


「お嬢様の言うことも確かですね。ユージン様には顔合わせ以来お会いしておりませんね。あれだけ熱烈でしたので、押しかけてくるかと思っておりましたが。」


「まさか、王太子ですもの。そんな風に気軽に個人では動けないと思うわよ。」


「私はお嬢様が寂しくされてる様子なので、ユージン様の株は下降気味でございます。」


「学園にもいらしてない様なのよ。私も遠くでいいから姿を見たいなんて思うとおもわなかった・・・」


「お嬢様、何か?」


アナスタシアの言葉は最後の方はそっとつぶやくようにささやいた為、ターニャにはよく聞こえなかった様である。


「お嬢様が良く眠れる様にミルクを入れて参ります。」


そう言ってターニャは部屋から下がった。残されたアナスタシアはふたたび瓶を持ち、蓋を開けて香りをかぐ。


「私も貴方と見た桜を思い出すわ・・・あの時はこんな気持ちになるなんて思ってなかったけど。・・・会いたい。」



翌日の学園は、朝からざわついていた。それは、ユージンが久しぶりに学園に来たからもあるかもしれないが、側に見事な赤毛の美女を連れていたからでもあった。


そしてアナスタシアは、こちらの様子を伺う様な視線に朝から晒されていたのだった。


(思い切って誰か聞いてくれたら答えますのに・・・)


そんな視線の余波を受けているモエも、もう少しで切れそうな顔をしていたが、こちらから敢えて説明をしてあげる気はないようだった。


アナスタシアはクラスの雰囲気の悪さに耐えかねて、自然科学専用の温室へ向かう事にした。誰も居ないかも知れないが、やれる事はあるだろうし気分も晴れるかもしれないと思ったからだった。


更衣室で用意した作業着(ターニャの抵抗にあって農業用というよりは乗馬用に近いデザインになった。)に着替えて廊下に出たところで、向こうからよく知った2人が歩いて来る姿が見えた。


当然のようにエリザベスをエスコートをするユージンとの2人の距離は近い。それに、とても楽しそうに笑いながら話をしていた。


そんな姿を見て思わず反対の方向へ踵をかえしてたアナスタシアは足早にその場を離れていく。


「アナ・・・」


自分を呼ぶ声が聞こえた気がするが、聞こえなかった振りをして歩を緩めることはなかった。


(きっと私だって気づいたのよね・・・不自然だったかしら。ただ聞こえなかったって思ってもらえるかしら。胸がキュッとする・・・なんなの・・・)


アナスタシアはすぐに庭へ降りて、森へと入った。迷子にならないように道をしっかりトレースしなければいけないのに、目の前が霞んでよく見えなかった。


「おいっ。どこに行く気だ?」


昨日も聞いた傍若無人な声に思わず後ろを振りかえった。


「何を泣いている、今日も迷子か?」


「まっ、迷子ではありません。ちょっと道を外れただけですわ。」


「来いっ」


そう言って、アナスタシアの手を取ってハシュは先を進む。アナスタシアはびっくりして涙が止まったが、自分の手を包むハシュの土仕事で荒れた手に既視感をなぜか覚えていた。


2分ほど歩くと昨日の温室に着いた。ハシュはアナスタシアを椅子に座らせ、自分の研究室へと戻っていく。


「みっともない顔をしてそうだわ・・・感じ悪いわよね。」


アナスタシアはハンカチを手に取って目に当てようとした瞬間、また腕を取られた。


「こすると赤くなるぞ。これを目に当てとけ。」


そういってハシュは、ハーブの香りのする目元を覆うサイズの水分を含んだ布を渡してきた。アナスタシアは不思議な顔をしてハシュを見つめる。


「毒ではないから安心しろ。シズから頼まれた試作品だから感想をレポートにしとけ。」


「は、はい。お手数を・・・いえっ・・・ありがとうございます。」


「試作品を試してもらうだけだ。製品にするには女性の意見は必要だからな。たのむぞ実験台。」


そう言って再び研究室にこもったのだった。


布を目元に当てるとヒンヤリとして熱っぽかった目元を優しく包んだ。そしてほのかに香るハーブの香りが心を落ちつかせて、なぜあそこまで取り乱してしまったのかと冷静になって考える事ができた。


(こんな気持ちになるなんて思わなかった。だって私はずっと会ってなかったのに・・・しかもあんなに近づいて歩かなくてもいいのに・・・はぁ・・・だめだわ。)


冷静になると、こんな嫌な事を考えたことが無かったから、気づいた自分が嫌になっていた。


「あっアナスタシアさん来てたんだね。あっそれ使ってるの?っとに先生は人使い荒いなぁ。」


シズの言葉に布を取ってポケットから出した鏡で目元を確認すると、短い時間にもかかわらず泣いていたことが分からない程度に目元の赤みが取れていた。


「疲れていた私に、先生が優しくしてくださったのよ。さっそく使い心地をまとめますわね。」


「あっあぁ・・・そうか、そうだったね。先生意外と優しいでしょ。」


「えぇ、生徒の要望に応えるところも。」


「これも次の収入減だよ。俺のコネでコスメを作って研究費にしてるんだ。森羅万象ってメーカー知らない?」


「ごめんなさい。香水持ってますが、メーカーまで覚えていませんでしたの・・・。」


「まだまだかぁ。外まで有名になったら研究費も困らなくなるけど、人手が・・・じゃっ俺することあるから、よろしく〜。」


そう言って、シズはあわただしげに先生の居る研究室へ入っていった。


アナスタシアは先ほどまでの考えを振り払って、2人に頼まれたレポートをまとめる為に感じた事を箇条書きにしていった。2人の大人な対応に心で感謝しながら。





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