第58話 理由
日の光に輝く雨の雫は、まるで天から降り注ぐ宝石のようだった。
綺羅綺羅綺羅綺羅と音を立てて舞い落ちる雨の雫とともに何処からともなくフワリと咲橘姫が舞い降りた。
「……咲……」
まるで天女のような衣装を身に纏ってそっと地に舞い降りた咲橘姫は優しく微笑むと、そっと俺の額に手を触れた。
「全く、馬鹿なことをしおって。」
その咲の手の柔らかな温もりが額を覆うと、さっきまでズキズキと疼いていた傷の痛みが薄らと姿を消していった。
「咲?」
「全く、其方のそのような姿を見ては気掛かりで、去るに去られぬではないか。
此方は其方らにこの地より立ち去れと申したであろう。
それを難を受けるばかりかこのような馬鹿な真似までしでかしおって。」
咲の言葉はまるで優しさに満ちた母のようだった。けど、その口調はなぜか虚しく今にも消え去りそうだった。
待ってくれ!やっと会えたんだ。ようやく会えたんだ。
もっと姿を見せてくれ。もう消えないでくれ。
けど、目の前にいる咲は俺の知ってる咲ではなくて、とてもそんな俺の願いを聞き入れてくれそうになかった。
だから、ならせめてその理由だけでも教えてくれ。
「咲!俺の話を聞いてくれ!
お前の話を聞かせてくれ!!
どうしてお前はこんな事を……、いや、そもそもこの雨は本当にお前の仕業なのか?
そうだよ、何か、きっと何か理由があるんだろう?
じゃないと、咲がこんなことするはずがない。」
睨むような、縋るような、祈るような気持ちで咲を見つめていると、咲はフと目をそらして呟いた。
「此方は疲れたのじゃ。
最早この地に此方を知るものはおらぬ。
最早この地に此方を必要とするものもおらぬ。
この地はすっかりと変わり果て、此方が知るこの地は何かもなくなってしもうた。
ああ、唯一あの時のままであった大岩も今や真っ二つ。
本当に、この地は此方が知るこの地ではのぅなった。」
何を言っているんだ。
俺は咲が何を言いたいのか、何を伝えたいのか分からずに、ただ咲の言葉を眺めて待つしかなかった。
「もう良かろう?
此方がのぅなっても、其方らには何の問題もない。」
「何言ってんだよ!
なにがのぅなってもだ!!
俺がどんなに心配して、どれだけ探し回って、どれだけ会いたかったのか、分からないって言うのかよ!!」
けれど、俺が強く言えば言うほど咲の反応は冷たく冷えていくようだった。
「分かっておらぬのは其方の方じゃ、翔。
咲は此方であっても、此方は咲ではない。
咲のことなど早うに忘れる事じゃ。」
なぜだか咲の言葉を聞いていると嫌な予感がする。
まるでこの世の全てを諦観してような口調。
そんなはずないのに、そんなはずないのに、まるで咲の口調はこの世の未練を振り切った。そんな感じがする。
「翔、此方は姿を消す。
黄泉路へと赴き兄様の元へ往く。
それまでの間、あと暫くはこの雨は続くであろう。
じゃから、今度こそこの地を去り、その身を大事にしろ。」
「一体……どうゆうことだよ。」
「この地の守り神たる此方が、この地に災いをもたらす。
有り体に言えば、自らの手で自らの首を絞めるようなものじゃ。
この地より此方が姿を消すまで、おそらくは後三日。
それまでは皆に迷惑を掛けるが、それは神のわがままじゃと思うて諦めよ。
その後には、自然の摂理に従って雨も自然と止むじゃろう。」
「それって……。それって……。
……咲、なに馬鹿のこと言ってんだよ。
ほら、執事カフェに行くんだろう?ハーベストの丘にも連れて行くって約束したじゃないか。」
「……約束か。
最期の最期にちと耳に痛い言葉じゃの。
けれど、その約束ももう良かろ?
此方はもう充分に約束を果たした。」
「約束って……何だよ。
それがお前が消えるのと何か関係があるのか。
なぁ、教えてくれよ。
約束って何だよ。
どうしてお前が消えなきゃいけないんだよ。」
「そうか……」
咲は一つ深く瞼を閉じると、重く冷たい見据えた目で俺の事を睨み付けた。
「ならば語ってやろう。
この地で何があったのかを、其方らが一体何をしでかしたのかを。
そして其方らが犯した罪の重さを思い知るが良い。」




