第57話 御神域
前も見えない大雨が今は幸いだった。
道路には他に一台の車も走っていなくて、ギュウギュウ詰めの三人乗りは誰にも見つからずに櫻井神社の前までたどり着くことができた。
鳥居の前に軽トラを止めると、じーちゃんは「鍵を取ってくるわ」と運転席を降りて、俺と三琴も続いて助手席から降りた。
まるで滝壺の中に降りたかのように雨が降り続いていたけど、もう傘を差す気にもならなかった。
ずぶ濡れに雨に濡れながら神社の入り口の鳥居を潜ると、玉砂利の敷かれた境内は一面の水たまりだった。
一歩踏み出すたびに水が靴の中に入ってくる。
けど俺たちはそんなことには構わずに本殿に向かうと、社務所の方からじーちゃんが鍵を持って駆け寄ってきた。
割拝殿の間を抜けて幣殿の中に入ると、あの日、咲を寝かせていた台座がそのまま置かれていた。
その台座の横を通り抜けて、俺たちはその向こうの本殿に一礼をすると、じーちゃんはガチャリと御神殿への鍵を開けた。
扉の向こうには御神殿に向かう石畳があって、俺は入ってもいいのかな?なんて不意に畏怖を感じて軽く会釈をする。
じーちゃんと三琴も作法に則って深く頭を下げると、三人一緒になって御神域へと足を踏み入れた。
「ここにそんな大岩があるの?」
そんな三琴の不安そうな声にじーちゃんは無言で頷くと。
「こっちや。」と石畳から外れて御神殿の裏手へと俺たちを導いた。
「これちゃうか?」
じーちゃんの後に続いて御神殿の角を曲がるとそこに大きな岩があった。
人の背丈ほどある大岩。
それは確かにあの夢の中に出てきたあの大岩だった。
「これだ……」
鮮明に夢の中の出来事が蘇る。
あの時、泉とともに銅鐸を封じたあの大岩。
確かに間違いないあの大岩だ。
「この岩の下に銅鐸を埋めたんだ。」
「動かせるか?」
じーちゃんが大岩に手のひらを当てて力を込める。
俺と三琴もじーちゃんに倣って大岩を押してみたけど、ビクともしない。
「マジかよ。」
今度は岩に肩を当て、歯を食いしばって、目一杯、力一杯、全身の力を込めてみても大岩はビクともしない。
動け!動け!動けよ!!
咲を呼び出すための銅鐸は間違いなく目の前にある。あの大岩の下にある。
なのに、どうやってこんな大岩を動かせば良いんだよ。
どんなに力を込めても岩はビクとも動かない。
それは咲の重い意思のようだった。
「こんなん人の力じゃよう動かせん。
……軽トラで引くか。」
じーちゃんはザッと周りを見渡して一本の木を指さすと「あの枝にロープを掛けたら塀の外からでも引けるやろ。」と言い出した。
けど、全然出来そうな気がしない。
そんな長いロープがあるのか。仮にロープが届いてもあの大岩を動かせる気がしない。多分木の方が折れてしまいそうだ。
多分じーちゃんだって本気で出来るなんて思っていない。ただの思いつきだ。
でも、もうそんな思いつきにすがって試してみるしか手がなかった。
ちくしょう!
「咲!聞けよ!聞かせてくれよ!
お前、この雨は本当にお前が降らしているのかよ!」
動かないなんてわかり切っていた。
けど、それでも、ジッとしてられなくて、蹴飛ばした、平手で打ちたたいた。
「どうしてこんな事をするんだよ!
お前は何がしたいんだよ!
なぁ!いい加減にしろよ!!」
怒りに任せて頭突きをすると、岩の角に血が付いてた。
額がジンジン痛む。
それでも怒りは収まらず、拳を握り振りかぶったとき、「翔!なにやってんのよ!」と三琴が後ろから羽交い締めにしてきた。
目の前には雨に濡れた大岩があった。
人の力では動かせない。まるで神の意志のような大岩が、銅鐸を封じていた、俺と咲との再会を邪魔していた。
どうして、どうしてこんな邪魔をするんだよ……。
と、そのとき、ピタリと雨が止んだ。
えっ!っと空を見上げたとき、大岩が一瞬青白く光ったかと思うとバーンと耳をつんざく爆音と共に雷が大岩に落ちて、そして大岩が割れていた。
「咲?」
口からこぼれた言葉は誰の耳にも届くことはなく、じゃーちゃんは隣で「こんなことがあるんか……」と驚愕の声を漏らした。
大きく割れて、バランスを崩した大岩はゴロンと向きを変えて転がり、その下からはあの夢で見た木の箱が姿を現した。
これだ。
俺は木の箱に手を入れて引っ張り出そうと力を込めると、その蓋が開いて中には古くなった布に包まれた銅鐸が入っていた。
「あった。」
そこには黄土色の青銅に輝く銅鐸があった。
どうして錆が生えていないのか。そんな疑問なんて少しも湧いてこなかった。
これは正真正銘、神のカネなんだから。
俺がその銅鐸を木箱から取り出すと、三琴もそれに手を添えて持ってくれた。
そしてじーちゃんはその銅鐸に向かって大きく深く二度頭を下げた。
今度こそ、今度こそ、咲を呼び出すんだ。
俺たちはうんと頷いて、そしてじーちゃんは大きく腕を振り柏手を打つと「ぉお~ぉお~お~」と降神の声を上げた。
それに合わせて俺と三琴が一緒に銅鐸を持ち上げる。
二人で銅鐸の頭を掴んで大きく前に後ろにブランコのように揺り動かすと銅鐸の中の舌が内側を叩いてカーンカーンと音を立てた。
そうだ。この音だ。この音を聞いて、夢の中の俺たちは慌てふためいて里に降りたんだ。
どうだ?咲、聞こえているか?聞こえていたら返事をしてくれ。
雨が止んで、雲が薄くなってきた。
うっすらと日の光が強くなってきて、木の葉から滴り落ちる雨の雫がキラキラと宝石のように輝いている。
まるで神の世界にいるようだ。
と、そのとき、また、バーンという轟音と共に稲光が視界を真っ白に覆い、眩んだ目が慣れてきた頃、目の前に咲の……いや咲橘姫の姿があった。




