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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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9/24

第九話 話が通じる人

 ルドラン様とは、それから何度か話をしました。


 毎日のように会うわけではありません。

 男子部と女子部では授業が違いますし、お互い試験も近づいています。

 週に一度か二度、放課後の共用談話室や図書室で顔を合わせるくらいでした。

 そのくらいが、ちょうどよかったのだと思います。

 最初から婚約相手として毎日会えば、また「こういうものなのだろう」と何でも受け入れてしまったかもしれません。

 お母様に言われたことを、私は少し気にしていました。

 今度は、自分でも相手を見ること。

 ですから、ルドラン様と話したあとには、何となくその日の会話を思い返すようになりました。

 何を話したか――何を聞かれたか――何を勝手に決めつけられなかったか。

 最後の一つが入っているあたり、少し嫌な学び方をした気もします。


「今日は領地法ですか」


 図書室の共用区画で、ルドラン様が私の机に置いた教本を見ました。


「はい。来週、小試験があります」

「女子部でも扱うのですね」

「当然です。家を継ぎますので」

「なるほど」


 それで終わりました。

 私は少し待ちました。

 ルドラン様が教本を開きます。


「どうしました?」

「いえ」


 またです。

 最近、ときどきこのようなことがあります。

 私が何か説明すると、そのまま受け取られて話が終わる。

 それがまだ少し珍しいのです。


「何か続きが?」

「ありません」

「では、なぜこちらを見ているのです?」

「本当にそれで終わりなのだなと思いまして」

「何がです?」

「私が家を継ぐという話です」


 ルドラン様はしばらくこちらを見ました。


「知っていますよ」

「はい」

「だから婿入り候補として会っているのでしょう?」

「そうですね」

「では、他に何かありますか」


 ありません。

 本当にありません。


「すみません。少し確認したくなっただけです」

「何を?」

「気にされないのだな、と」

「婿入りをですか」

「はい」


 ルドラン様は教本の端を指で押さえました。


「最初からその話ですよね」

「そうですが」

「それを嫌がるなら、最初に断っています」


 たいへん分かりやすい答えでした。


「ですが、伯爵家へ入れば、ルドラン様ご自身の家名は」

「兄が継ぎます」

「それは分かっています」

「では問題ありません」


 そこまで言ってから、ルドラン様は少し考えました。


「もちろん、何も思わないわけではありませんよ」

「そうなのですか?」

「生まれてからずっとフォームル家の人間ですから。家を出るとなれば、寂しいとは思います」


 その答えには、少し安心しました。

 何も感じないと言われるより、その方が自然です。


「ただ、寂しいことと、嫌なことは同じではないでしょう」

「はい」

「それに、家を出るのは結婚すれば珍しい話でもありません。男女が逆なだけで」


 私は少しだけ笑ってしまいました。


「ずいぶん簡単におっしゃいますね」

「難しく考える必要がありますか」

「以前は、あるような気がしていました」

「そうなのですか」

「少しだけ」


 トルナド様は、婚約した時には婿入りを嫌がっていませんでした。

 少なくとも、そう聞いていました。

 けれど学院に入ってから、ときどき妙なことを言うようになったのです。


 ――男子だから。

 ――男は家を背負うから。


 私が家を継ぐと言えば、そういう話ではないと言う。

 あの頃は、それぞれ別の会話だと思っていました。

 今になると、少しつながっていたのかもしれません。

 ですが、それをルドラン様へ話す必要はないでしょう。


「それで、フライエ家では卒業後、何から覚える予定なのです?」

「まずは領地へ行くことになります。お父様について、実際の仕事を見ながら」

「一年くらい?」

「そのくらいでしょうか。王都へ戻る時期もあると思います」

「では、婿になる者も一緒ですか」

「たぶん」

「たぶん?」


 今度はルドラン様の方が引っかかりました。


「まだ相手が決まっていませんでしたので、細かくは決めていません」

「ああ、そういう意味ですか」

「そういう意味です」

「私は、婿は置いていかれるのかと思いました」

「どうしてです?」

「フライエ嬢が先に仕事を覚えて、そのあと私が合流する形なのかと」

「それでも構わないかもしれませんが」


 考えたことがありませんでした。

 これまで卒業後は、トルナド様と一緒に領地へ行くものだと思っていました。

 それが当然だと。

 ですが、考えてみれば、二人が同じ速度で同じことを覚える必要はないのかもしれません。


「ルドラン様は、何をなさりたいのです?」

「卒業後ですか」

「はい」

「今のところ、法務か財務の仕事に興味があります」

「では、領地経営にも使えますね」

「そうですね。ただ、フライエ家で必要かどうかは聞いてみないと」

「必要だと思います」

「では、そのあたりを多めに覚えればいい」


 また簡単です。


「私が領主になるのですよ?」

「その予定でしょう?」

「はい」

「なら、私は全部同じことをする必要はないでしょう。二人で同じ帳面を見ても仕方ありません」


 それはそうです。


「どちらかが外へ出て、どちらかが屋敷に残る日もあるでしょうし」

「はい」

「一人で全部やろうとしたら、先に倒れますよ」

「お父様も似たようなことを言っています」

「では、伯爵と気が合うかもしれません」

「それはどうでしょう」

「そこは否定するのですね」

「お父様は少し心配性ですので」

「娘の婚約が一度なくなった直後なら、仕方ないのでは?」


 私は教本から顔を上げました。

 ルドラン様が前の婚約について自分から触れたのは、これが初めてです。

 けれど、そこで止まりました。

 詳しく聞く気はないようです。


「気にならないのですか」

「何がです?」

「前の婚約のことです」

「気にはなります」


 意外でした。


「聞かないのに?」

「今すぐ聞く必要がないからです」

「そういうものですか」

「もし将来、本当に婚約することになったなら、知っておいた方がいいことはあると思います」

「はい」

「ですが今、誰が悪かったとか、どちらから解消したとか聞いても、私が判断できる材料がありません」


 私は少し考えました。


「本人から聞けば、材料になるのでは?」

「本人は、自分に都合よく話すでしょう」

「私も?」

「多少は」


 ずいぶんはっきり言われました。


「そこは否定してくださらないのですね」

「人間ですから」


 仕方ありません。

 確かに私だって、トルナド様とのことを話せば、自分の側から見た話になります。


「では、もし聞く時が来たら?」

「あなたから聞いて、そのあと家同士で必要なことだけ確認します」

「必要なこと?」

「婚約解消に問題が残っていないか、とか」

「ああ」


 なるほど。

 感情の話ではなく、自分が次の婚約者になるなら確認すべきところを見るのでしょう。


「分かりました」

「何がです?」

「ルドラン様は、聞きたいことと聞かなくてもいいことを分けるのですね」

「普通では?」


 また出ました。

 普通。


「たぶん、そうなのでしょうね」

「また何かありました?」

「いいえ」


 今回は説明しませんでした。

 ルドラン様も、それ以上追いませんでした。


 *


 その日、帰宅すると、お母様が居間にいました。


「今日はフォームル様と?」

「はい」

「どうだった?」

「普通でした」

「また?」

「はい」


 お母様が笑います。


「その方、ずいぶん普通なのね」

「かなり」

「褒めているのよね?」

「もちろんです」


 そこはもう説明できます。

 私はお茶を受け取りながら、今日話したことを少しだけ話しました。

 婿入りのこと――卒業後のこと――領地で何を覚えるか――前の婚約について、今は無理に聞かれなかったこと。

 お母様は途中で何度かうなずきました。


「それで、あなたはどう思ったの?」

「どう、とは?」

「条件ではなくて」


 困りました。

 条件なら説明できます。

 婿入りに抵抗がない――成績も十分――家を継ぐ私と張り合う様子もない。

 話も通じます。

 ですが、それを聞きたいのではないのでしょう。


「……話していて、疲れません」


 しばらく考えて、そう答えました。

 お母様が少し目を丸くします。


「それは大事ね」

「とても」


 そこは自信があります。


「では、また会いたい?」

「はい」


 これはすぐ答えられました。

 お母様が笑いました。


「なら、今日はそれで十分でしょう」


 その夜、机に向かって小試験の勉強をしました。

 領地法の教本を開き、昼間ルドラン様と話したところをもう一度読みます。

 しばらくして、ふと思いました。

 以前は、婚約者と話すというのは、もっと面倒なものだと思っていました。

 相手の機嫌を見て、言い方を考えて、どこまで言えば嫌がられるかを気にする。

 たぶん、それを普通だと思っていたのです。

 今は違います。

 分からなければ聞くし、違えば違うと言う。それで話が続く。

 ずいぶん簡単です。

 私は教本の余白へ試験範囲を書き込みました。

 次に会った時、男子部ではこの部分をどう習うのか聞いてみようと思いました。



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