↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/24

第十話 楽しいお付き合い

 トルナド様とアプフェル様は、それからはよく一緒にいました。


 婚約を解消した直後は、見かけるたびに少し胸がざわつきましたが、ひと月も経つ頃にはだいぶ慣れました。

 慣れたというより、学院で顔を合わせる回数が多すぎたのかもしれません。

 共用談話室――講堂前――図書室へ続く廊下。

 それから、男子部と女子部の境にある鉄柵の近く。

 二人で話しているところを見かけても、今では「あちらにいらっしゃいますね」と思うくらいです。

 楽しそうなのは本当です。

 アプフェル様はよく笑いますし、トルナド様も以前より機嫌がよさそうでした。

 私と婚約していた頃より、ずっと楽しそうなのではないでしょうか。

 そう考えると少しだけ複雑でしたが、仕方ありません。

 合う相手と話した方が楽しいのは当然です。

 私にも最近、それは少し分かるようになりました。


「フライエ嬢」


 放課後、共用談話室へ入るとルドラン様が先に来ていました。


「お待たせしました」

「いえ。私も今来たところです」


 机の上には教本が二冊あります。

 今日は試験前ですので、お互いに分からないところを話すことになっていました。

 もっとも、男子部と女子部では内容が違います。

 答えを教え合うというより、何を習っているのか比べる方が多くなります。


「この前おっしゃっていた倉庫管理ですが」

「はい」

「男子部でも少し出ました」

「湿気ですか?」

「鼠でした」

「鼠」

「穀物庫での被害についてです」

「ああ。それなら女子部でも出ました」


 話していると、少し離れたところから笑い声がしました。

 聞き覚えがあります。アプフェル様です。

 見るつもりはなかったのですが、自然とそちらへ目が向きました。

 窓際の卓に、トルナド様と二人で座っています。

 アプフェル様の前には小さな包みがありました。


「何でしょう」


 思わず言うと、ルドラン様もそちらを見ました。


「菓子では?」


 たぶんそうでしょう。

 アプフェル様が包みを開き、中から小さな焼き菓子を一つ取り出しました。


「これ、今日のお昼に出たの。美味しかったから一つ持ってきたのよ」

「俺に?」

「そう」


 声がこちらまで聞こえます。

 トルナド様がたいそう嬉しそうです。


「ありがとう」

「卒業したら、こういうのもなくなるわねえ」


 その言葉に、私は少しだけ手を止めました。

 ルドラン様は何も気づかず、教本を開いています。


「女子部では昼食に菓子まで出るのですか」

「毎日ではありません」

「いいですね」

「男子部にはないのです?」

「ありますが、たいていもっと簡単です」


 こちらはこちらで会話が続きます。

 けれど、耳の一部がどうしても隣の卓の方を拾いました。


「卒業しても、会えばいいだろう?」


 トルナド様が言いました。


「え?」

「今みたいに」


 アプフェル様は焼き菓子を半分に割りながら、少し首を傾げました。


「今みたいには無理でしょう?」

「そりゃ学院には来ないけど」

「でしょう?」

「でも会えるだろう」

「まあ、社交の場で顔を合わせることはあるかもね」


 そこでアプフェル様は笑いました。トルナド様も笑っています。

 会話としては成立しているように聞こえました。

 ですが、少しだけ引っかかりました。

 何に、とはまだ言えません。


「ここです」


 ルドラン様が教本をこちらへ向けました。


「鼠の被害が多い時期」

「あ、はい」


 私は自分の教本を開きます。


「女子部では、収穫直後より冬前の保管で注意するよう習いました」

「同じですね」

「ただ、こちらは猫を飼う場合の注意まであります」

「そこまで?」

「餌をやりすぎるな、と」

「働かなくなりますからね」

「そう書いてあります」


 妙に真面目な顔で話すので、少しおかしくなりました。


「何です?」

「いえ。猫の働き方まで試験に出るのだなと思いまして」

「大事でしょう」

「大事ですね」


 話しているうちに、隣の声は気にならなくなりました。


 *


 別の日。

 昼休みに女子部の友人と廊下を歩いていると、鉄柵の向こうにトルナド様がいました。

 アプフェル様もこちら側にいます。

 二人は柵を挟んで話していました。


「またいるわね」


 友人が小声で言いました。


「よくお会いしていますね」

「あなた、平気?」

「最近はかなり」

「ならいいけど」


 友人は少しだけトルナド様を見てから、すぐ前へ向き直りました。


「何か?」

「ううん。ただ、前よりずっと浮かれているなと思って」


 それは私も思います。

 トルナド様は、ずいぶん楽しそうでした。


「卒業したら、最初にどこへ行きたい?」


 柵越しに聞こえてきます。

 私たちは近くを通り過ぎるところでした。


「どこって?」

「二人で」

「卒業したら?」

「そう」


 アプフェル様は少し考えました。


「学院を卒業したら、しばらく家の用事があると思うわ」

「それが落ち着いてからでいい」

「そうねえ」

「王都なら劇場とか」

「劇場は好きよ」

「じゃあ決まりだな」

「何が?」

「卒業して最初に行くところ」


 アプフェル様は一瞬きょとんとして、それから笑いました。


「気が早いわね」

「半年なんてすぐだろ」

「そうかしら」

「すぐだよ」


 私は通り過ぎました。友人が横で小さく息を吐きます。


「仲いいわねえ」

「そうですね」

「あなた、本当に平気そう」

「毎回聞かないでください」

「だって気になるでしょう」

「もう慣れました」

「強いわね」

「そういうことではないと思います」


 強いから平気なのではありません。

 あの二人を見る時間より、自分のことで考えることの方が増えただけです。

 試験があります。

 家のことがあります。

 ルドラン様とも話しています。

 婚約を解消した直後は、トルナド様の言葉を何度も思い返しました。

 今では、思い出す日そのものが減ってきました。

 たぶん、そういうことなのでしょう。


 *


 さらに数日後。

 今度は図書室でした。

 私は返却する本を抱えて受付へ向かっていました。

 その途中、書架の向こうから声が聞こえます。


「卒業までにあと何回くらい会えるかしら」


 アプフェル様でした。

 足を止めるつもりはなかったのですが、ちょうど前を通るところです。


「何言ってるんだよ」


 トルナド様が笑いました。


「卒業したって会えるって」

「でも学院みたいには無理でしょう?」

「だから、家に行けばいい」

「うちに?」

「ああ」

「それは困るわ」

「何で?」

「だって家族がいるもの」

「いずれ会うんだから同じだろ」

「いずれ?」


 そこで少し間がありました。

 私は本を抱えたまま、歩く速度を落としてしまいました。


「何だよ」

「いえ」

「変なこと言った?」

「ううん」


 アプフェル様の声は軽いままです。


「トルナド様って、先のことまで考えるのね」

「普通だろ」

「そう?」

「半年も付き合ってるんだから」


 私はそこで書架を通り過ぎました。

 これ以上聞く理由もありません。

 ただ、少しだけ気になりました。

 アプフェル様の手紙には、はっきり書いてありました。


 ――学院にいる間だけ。

 ――卒業するまで。


 その言葉は、今も変わっていないのでしょうか。

 それとも半年の間に変わったのでしょうか。

 本人たちが話しているなら、私には分かりません。

 確認する気もありませんでした。

 元婚約者へわざわざ「卒業後のお付き合いはどうなっていますか」と尋ねる方が変でしょう。


「フライエ嬢」


 受付近くで呼ばれました。ルドラン様です。

 今日は会う約束を特にはしていません。


「珍しいですね」

「本を返しに来ました」

「私もです」


 ルドラン様が持っていたのは、領地法の参考書でした。


「試験用ですか?」

「はい。ですが、もう返します」

「覚えました?」

「たぶん」

「たぶん?」

「試験を見るまで分かりません」

「それはそうですね」


 二人で本を返します。受付の司書が帳面へ返却印を押しました。


「このあとお時間ありますか」

「少しなら」

「今度、父上がフライエ伯爵へ正式に挨拶したいそうです」

「正式に?」

「まだ婚約という意味ではありません」

「はい」


 そこは先に言ってくれました。


「ただ、何度か会っていますし、一度家同士でも話しておいた方がいいだろうと」

「分かりました。お父様へ伝えます」

「嫌なら断ってください」

「お父様と同じことを言いますね」

「そうなのですか?」

「最近、皆さんそればかりです」

「では、聞かなかったことに」

「それはそれで困ります」

「難しいですね」


 ルドラン様が少し笑いました。

 私はさきほど聞いた会話を思い出しました。

 卒業後――家――いずれ会う。

 トルナド様は、ずいぶん先のことまで考えているようです。

 こちらも今、少しずつ先の話をしています。

 ただし、ずいぶん違います。

 ルドラン様は、決まっていないことを決まったようには話しません。

 今は会っているだけ。

 次は家同士で挨拶。

 そのあと、どうするか考える。

 一つずつです。


「どうしました?」

「いえ」


 私は図書室の扉を開けました。


「今度は、家でお会いすることになるのですね」

「そうなりそうです」

「分かりました」


 廊下へ出ます。

 後ろの書架の方から、またアプフェル様の笑い声が聞こえました。

 楽しそうです。

 それは間違いありません。

 ただ、卒業したあとの話をしている時だけ。

 二人は同じ話をしているようで、少しずつ別のところを見ているような気がしました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。