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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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8/24

第八話 ルドラン・フォームル

 それから十日ほどして、お父様から最初の名前を聞きました。


「ルドラン・フォームル君はどうだ」


 夕食のあと、食堂から居間へ移ったところでした。

 私は出されたばかりのお茶へ手を伸ばしかけ、途中で止めます。


「フォームル様?」

「知っているのか?」

「お名前だけなら」


 つい先日の順位表で見た名前です。

 男子部の上位に、クライド・ステイン様と並んで載っていました。

 それ以前にも何度か見ていますから、成績のよい方なのだろうとは思っていました。

 ただ、それだけです。


「お話ししたことはありません」

「向こうも、お前の名前は知っているそうだ」

「順位表で?」

「たぶんな」


 それでしたら、お互い様です。

 お父様は卓上に置いていた書類を一枚持ち上げました。


「年は同じ。兄がいるので家を継ぐ予定はない。卒業後についても、まだ特定の職には決まっていないらしい」

「婿入りについては?」

「構わないそうだ」


 そこは大事です。

 前回のことがありますので。


「本当に?」

「本人にも確認したそうだ」

「そうですか」

「疑うなあ」

「確認です」


 お父様が少し笑いました。

 どうも最近、私が何か尋ねると、すぐに以前の婚約の話へ結びつけられる気がします。

 無理もないのでしょうけれど。


「いきなり家同士で話を進めるつもりはない」


 お母様がお茶を飲みながら言いました。


「まず学院で一度、お話ししてみたら?」

「学院で?」

「共用談話室なら、不自然でもないでしょう」


 なるほど。

 家へ招いて両親までそろえてしまえば、それだけでずいぶん話が大きくなります。

 まだ候補の一人なのです。


「分かりました」

「嫌なら断っていいんだぞ」

「まだ会ってもいません」

「だから、会って嫌なら」

「お父様」

「何だ」

「先に断る話をしないでください」

「そうか」


 お父様は書類を下ろしました。本当に心配性になっています。

 婚約を解消したのは私ですが、お父様まで何かに振られたようです。

 少しばかり、おかしくなりました。

 もちろん、本人の前では言いません。


 *


 ルドラン・フォームル様と初めてきちんと話したのは、その三日後でした。

 放課後の共用談話室です。

 以前、トルナド様から婚約解消を申し出られた場所でもあります。

 それを思い出した時には少し嫌な感じがしましたが、場所に罪はありません。

 窓際の席では男子生徒が二人、何やら資料を広げています。少し離れた卓には女子部の生徒たちがいて、刺繍図案を見ながら話していました。

 いつも通りの談話室です。

 私は指定された時刻より少し早く着き、教本を一冊出して待っていました。


「フライエ嬢でしょうか」


 声をかけられて顔を上げます。


「はい」

「ルドラン・フォームルです」

「マロン・フライエです。どうぞ」


 向かいの椅子を勧めると、ルドラン様は一礼して座りました。

 思っていたより普通の方でした。

 いえ、何を思っていたのでしょう。

 順位表の上位にいつも名前があるからといって、額に『成績優秀』と書いてあるわけではありません。

 濃い茶色の髪に、学院の制服。

 背はトルナド様より少し高いでしょうか。

 それくらいです。


「父上から、事情は聞いています」


 ルドラン様が先に言いました。


「どの程度でしょう」

「フライエ家が婿を探していて、父上が私の名前を出した、と」

「婚約を解消したばかりだということは?」

「それも聞きました」


 少し身構えました。

 何か尋ねられるかと思ったからです。

 ところがルドラン様は、それ以上その話を続けませんでした。


「ですので、今日はまず話をしてみるだけだと聞いています」

「はい。私も同じです」

「よかった」


 それだけです。

 なぜ解消したのか――相手は誰なのか――まだ傷ついているのか。

 そういうことは聞かれませんでしたので、少し拍子抜けしました。


「何か?」

「いえ」


 見ていたのが分かったようです。


「もう少し質問されるかと思いました」

「何についてです?」

「前の婚約について」

「ああ」


 ルドラン様は納得したようにうなずきました。


「必要なら、いずれ聞くこともあるかもしれません。ただ、今日は私たちが話をする日なのでしょう?」

「そうですね」

「でしたら、前の婚約者の話をして終わるのも変ではありませんか」


 もっともです。

 あまりにもっともなので、返事が一拍遅れました。


「……そうですね」

「違いました?」

「いいえ。合っています」


 どうして確認されるのでしょう。

 いえ。

 私の返事が遅かったせいでしょう。

 そのあと、何を話しましょうかということになりました。

 候補同士の初対面なのですから、趣味でも聞けばよいのでしょうか。

 ところが私もルドラン様も、そのあたりはあまり得意ではなかったらしく、最初に出たのは学院の話でした。


「もうすぐまた試験ですね」

「ええ。女子部は来月です」

「男子部も同じ週です」

「そうなのですね」

「範囲は違うでしょうけれど」


 そこで少しだけ気になりました。


「ルドラン様は、男子部ではかなり上位ですよね」

「順位表をご覧になったのですか」

「共通掲示ですから」

「フライエ嬢も上位でしたね」

「女子部では、です」

「ええ」


 ルドラン様は普通にうなずき、私は次の言葉を待ちました。

 何も続きません。


「……それだけですか?」

「何がでしょう」

「いえ。その、女子部ですので」

「はい」

「男子部とは試験が違います」

「そうですね」


 また普通に返されました。

 少し困りました。

 ルドラン様の方も、私が何を言いたいのか分からないらしく、こちらを見ています。


「順位を比べたりはしないのですか?」

「男子部と女子部で?」

「はい」

「試験内容が違うでしょう」


 あら。

 普通。

 本当に、それだけでした。


「共通科目なら点数を比べることはできるかもしれませんが、総合順位を並べてもあまり意味がないと思います」

「そうですよね」

「そうですね」


 話が終わりました。

 あまりに簡単です。

 私は一体、これまで何を説明するためにあれほど言葉を使っていたのでしょう。


「どうされました?」

「少し驚いています」

「私、何か変なことを言いましたか」

「逆です」

「逆?」


 どう説明すればよいでしょう。


「普通でしたので」


 言ってから、さすがに失礼だったかと思いました。

 ルドラン様も少し黙ります。


「普通……」

「すみません」

「いえ。初対面の相手から言われたのは初めてです」


 そうでしょうね。

 私も初対面の相手へ言ったのは初めてです。


「褒めたつもりでした」

「それなら、ありがとうございます」


 ルドラン様は少し笑いました。どうやら怒ってはいないようです。

 その後は、お互いに学院で何を学んでいるのかを話しました。

 男子部では法や財政の授業が多いこと。

 女子部では領地経営の中でも家政や使用人管理まで扱うこと。

 同じ名前の科目でも、中身が少し違うこと。


「女子部では、収穫後の保管についてもかなり細かく習います」

「男子部だと流通に入ってからの方が多いですね」

「では、倉庫管理は?」

「基礎だけです。そちらでは?」

「穀物庫の湿気まで出ます」

「そこまで?」

「虫の話もありますよ」

「それは少し聞いてみたいですね」


 妙なところで食いつかれました。

 けれど、話していて楽でした。

 私が女子部のことを話しても、簡単だとは言われません。

 逆に男子部の話を聞いても、こちらが知らないことは普通にあります。

 ただ違うことを学んでいる。

 それで話が済みます。

 しばらくして、談話室の時計が鳴りました。


「もうこんな時間ですね」

「本当ですね」


 教本を片づけます。

 今日は顔合わせだけの予定です。


「次も、お会いして構いませんか」


 ルドラン様に尋ねられました。

 私は少し考えました。

 嫌ではありません。

 むしろ、もう少し話してみたいと思いました。


「はい」

「では、父上にもそう伝えます」

「私もお父様へ話します」


 二人で席を立ちます。

 扉のところまで来た時、ルドラン様がふと思い出したように言いました。


「そういえば」

「はい?」

「先ほどの『普通』ですが」


 まだ覚えていたようです。


「はい」

「次に褒める時は、もう少し分かりやすい言葉にしていただけると助かります」

「考えておきます」

「お願いします」


 そこで別れました。

 帰りの馬車の中で、私は今日の会話を思い返しました。

 特別に胸が高鳴ったわけではありません。

 運命の相手だと思ったわけでもありません。

 ただ。

 こちらが一つ説明すると、一つ分だけ返事が返ってきました。

 勝手に二つ先まで意味を足されることもなく、言っていないことを言ったことにもされませんでした。

 書斎でお父様に求めた条件を思い出します。

 話が通じる方。

 まさか、一人目でそこを確認できるとは思いませんでした。

 屋敷へ戻ると、お父様が居間で待っていました。


「どうだった」

「普通でした」

「……それは、いいのか?」

「とても」


 お父様はしばらく考えていました。

 やはり褒め言葉としては、少し分かりにくいようです。



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