第五話 順位表
学院の試験結果は、講堂前の掲示板に張り出されます。
男子部と女子部、それぞれ上位三十名。
同じ板の左右に並べて張られるので、一見すると全員を一緒に順位づけしているようにも見えますが、もちろん別です。試験内容が違うのですから、当たり前でした。
私はだいたい女子部の上位に入っています。
一番になったことはありません。なる必要も、特に感じていませんでした。
私はフライエ伯爵家を継ぎますから、領地経営、法、税、農産物や流通についてはきちんと学んでおきたいですし、社交や家政管理も避けて通れません。
逆に、あまり使わない分野まで一番を目指して時間を使うより、自分に必要なものを確実に覚える方がいいと思っています。
今回の試験では、女子部十二位でした。
「マロン、十二位!」
掲示板の前で友人が先に見つけました。
「本当ですね」
「前より上がったでしょう?」
「二つだけです」
「二つも、よ」
そう言われれば、悪い気はしません。
私は自分の名前の少し上と下も見ました。
仲のよい友人が二十三位に入っています。前回は三十位の外でしたから、あとでお祝いを言おうと思いました。
そのまま何となく右側へ目を移します。
男子部です。
上の方に、見覚えのある名前が二つありました。
クライド・ステイン。
それから、ルドラン・フォームル。
どちらも以前からよく載っている名前です。
クライド様については、アプフェル様の婚約者と知ったばかりでしたので、自然と目につきました。
「ステイン様、また上なのね」
「商会の跡取りでしょう? 数字に強いって聞いたわ」
「でも歴史も上らしいわよ」
後ろで女子たちが話しています。
なるほど。
商会を継ぐなら、勉強しておいて損はないでしょう。
もう一人のルドラン様については、名前しか知りませんでした。
男子部の上位にいる方だな、という程度です。
その頃の私は、半年後にその方と並んで卒業式を終えることになるなど、もちろん知りません。
そしてもう一つ、探そうと思っていた名前がありました。
「……あら」
「どうしたの?」
「いえ」
ありません。
私はもう一度、男子部の三十位まで見ました。
やはりありません。
トルナド様の名前です。
前回は二十七位だったと記憶しています。
どうして覚えているのかといえば、本人から聞かされたからです。
私の順位も同じ日に聞かれました。
十四位だと答えたところ、その日一日、妙に機嫌が悪かったことまで覚えています。
「男子部の方に誰かいるの?」
友人に尋ねられ、少し迷いました。
婚約解消の話は、まだ学院中に広めるようなことではありません。
「トルナド様の名前が見当たらなくて」
「ああ」
友人は掲示板を見上げました。
「本当ね」
「三十位より下だったのでしょう」
「そうみたいね」
それで話は終わりました。
普通はそうなのです。
私は十二位。
トルナド様は三十位より下。
ですが男子部と女子部なので、そこでどちらが上だ下だという話にはなりません。
少なくとも、私はそう思っていました。
「ずいぶん嬉しそうだな」
背後から声をかけられるまでは。
振り返ると、トルナド様がいました。
少し離れたところには男子生徒が何人かいます。どうやら一緒に掲示を見に来たようです。
「こんにちは」
「ああ」
トルナド様は私ではなく、女子部の順位表を見ました。
そしてすぐ、私の名前を見つけました。
「十二位か」
「はい」
「女子部で」
「そうですね」
また始まりました。
「ずいぶん上だな」
「今回は少し上がりました」
「でも女子部だろ」
「はい」
さきほどから、そのように申し上げています。
友人が私とトルナド様を交互に見ました。
「男子部とは試験が違いますものね」
彼女が何気なく言いました。
助け船というつもりすらなかったのでしょう。
事実を言っただけです。
ところがトルナド様は、少し眉を寄せました。
「知ってるよ」
「そうですか」
友人はそれ以上言わず、私に「先に教室へ行っていますね」と告げて離れました。
どうも最近、友人たちにこの役をさせている気がします。
「君、俺の名前を探してた?」
「探しました」
「やっぱり」
なぜか少し満足そうです。
「ありませんでしたね」
「……そこまで言うか?」
「聞かれたので」
「今回はちょっと失敗しただけだ」
「そうですか」
試験ですから、そういうこともあるでしょう。
私だって得意科目で思ったほど取れなかったことはあります。
「君はいいよな」
「何がです?」
「女子部は簡単で」
今度は、さすがに少し引っかかりました。
「男子部の試験を受けたことがありませんので、どちらが簡単かは分かりません」
「でも女子部だろ?」
「女子部ですね」
「男は将来、家や国を背負うんだ。求められるものが違う」
「私も家を継ぎますが」
トルナド様が止まりました。
これは別に言い返したかったわけではありません。
本当にそうなのです。
フライエ伯爵家を継ぐのは私です。
だからこそ、子爵家の次男であるトルナド様が婿候補になったのでした。
「そういう話じゃない」
「では、どういう話です?」
「君はいちいち……」
トルナド様が口をつぐみました。
どうやら私の返し方が気に入らないようです。
ですが、何と答えればよかったのでしょう。
女子部だから十二位でも大したことはない、と言えば満足したのでしょうか。
それも妙な話です。
「前から思ってたけど、君は俺の成績を馬鹿にしてるよな」
「していません」
「じゃあ何で毎回自分の方が上なんだよ」
質問の意味が分かるまで、少し時間がかかりました。
「自分の方が上、と言われましても」
私は左右の順位表を指しました。
「別々ですよ?」
「見れば分かる」
「では」
「君の名前は上の方にある。俺の名前は下にある」
「今回はありませんね」
「そういうことを言ってるんだ!」
声が大きくなりました。
近くにいた何人かがこちらを見ます。
トルナド様もそれに気づいたらしく、少し声を落としました。
「そういうところが嫌なんだよ」
私は返事をしませんでした。
その言葉は、思っていたより少し痛かったからです。
婚約を解消すると言われたあとでも、嫌だと言われれば傷つきます。
長く婚約者だった相手なのですから、そんなに早く何も感じなくなるわけではありません。
「……分かりました」
「何が」
「そういうところがお嫌だったのですね」
私は掲示板から離れました。
「待てよ。そういう意味じゃ」
「授業がありますので」
「マロン」
呼ばれましたが、次の授業に遅れるほどの話ではないでしょう。
それに、これ以上ここで何を言えばいいのか分かりませんでした。
廊下を歩きながら、少しだけ考えました。
トルナド様は、私の成績が嫌だったのでしょうか?
けれど、わざと点を下げるわけにもいきません。伯爵家を継ぐために学院へ通わせてもらっているのです。
お父様もお母様も、必要なことはしっかり学んでおいでと送り出してくれました。
婚約者の機嫌を取るために試験を間違えるなどと言えば、それこそお父様に叱られます。
そこで、ふと妙なことに気づきました。
トルナド様は、私の十二位をあれほど気にしていました。
なのに男子部上位にあるクライド様やルドラン様の名前については、何も言いませんでした。
同じ男子部なのですから、比べるならむしろそちらではないでしょうか?
少し考えましたが、答えは出ませんでした。
そして授業が始まれば、それどころではなくなりました。
私には私の試験があります。
他人の順位まで気にしている暇はありません。




