↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/24

番外八 クライド④――そしてそのあと

 そして一年後。


「これ、数字が違います」


 私は仕入れ票を一枚戻しました。


「どこです?」

「こちらです。樽が十二となっていますが、倉庫側は十です」

「あ」


 担当者が控えを確認します。


「すみません。二つは来週でした」

「では日付も分けてください。このままだと、全部入ったように見えます」

「直してきます」

「お願いします」


 書類が一枚減り、代わりに二枚来ました。

 卒業して一年。商会というところは、学院より提出物が減らないようです。

 違うのは、期限を過ぎると教師ではなく取引先が困ることでしょうか。


 その日の昼過ぎ、父上が私の机へ来ました。


「今夜、空いているか」

「空いています」

「会ってみないか」


 何を、とは聞きませんでした。最近こういう話が何度か来ています。


「どちらの方ですか」


 家名を聞きました。

 王都で織物を扱う家です。以前、仕事で名前を見たことがありました。


「娘さんは十九だ」

「そうですか」

「嫌なら断る」

「会う前から断る理由はありません」

「では七時だ」

「分かりました」


 父上が戻っていき、私は書類へ目を戻しました。

 そして少しして、眼鏡を直しました。

 今のは別に動揺したからではありません。

 本当にずれただけです。

 たぶん。


 *


 その女性とは、夕食を交えて一時間ほど話しました。


 ――学院を出てから何をしているのか。

 ――家では何を任されているのか。

 ――好きな本や王都の店について。


 父親同士が途中から布の値段の話を始めたので、そこから商会の話にもなりました。


「ステイン様」

「はい」

「もし今後こちらのお仕事に関わることになれば、私も商会のことを覚えておいた方がよいのでしょうか」


 少し考えました。


「覚えていただいた方がよいことはあります」

「全部ではなく?」

「全部覚えようとすると、私と同じ仕事になりますよ」


 相手が笑いました。


「それは困ります」

「私も困ります」

「では、何を?」

「暮らす家のことと、商会のことがどこでつながっているか。そのあたりからでしょうか」

「例えば?」

「来客。贈答。取引先との付き合い。あとは」


 少し考えます。


「私が三日帰らなくても、仕事だと分かっていただくことですね」

「三日も帰らないのですか?」

「港で問題が起きると、そのくらいは」

「それは先に教えてください」

「もちろんです」


 そこでまた笑われました。つられて私も少し笑いました。

 その後も話は普通に続きました。

 それで十分でした。少なくともこの日は。


 *


 帰りの馬車で、父上が聞きました。


「どうだった?」


 以前なら、こういう質問にも正しい答えを探したかもしれません。


 ――気に入ったのか。

 ――結婚したいのか。

 ――家に合うのか。


 一度会っただけで分かることは、それほど多くありません。

 だから、分かった範囲だけ答えることにしました。


「もう一度、お会いしてみようと思います」

「そうか」

「はい」


 窓の外を店の灯りが流れていきます。

 眼鏡が少し下がりましたので、指を掛け、くいっと元の位置へ戻します。

 今度は、それだけでした。


 *


 それから、さらに二年ほど経ちました。


 フライエ家の方々と再会したのは、ステイン商会の応接室です。

 フライエ領から王都へ運ぶ品の一部について、うちで扱えないかという話がありました。以前から小さな取引はありましたが、今回は量を増やしたいとのことです。

 担当者から先方の名前を聞いた時、少し懐かしく思いました。


 ――マロン・フライエ。


 今はもう、かつての同窓生のルドラン・フォームルと結婚していました。

 ルドラン君は結婚してフライエ家へ入ったのですから、もうフォームル家の人ではありません。ただ、学院時代の名前が頭に残っているので、私の中では今でも一度その名がよぎります。


「お久しぶりです」

「お久しぶりです」


 マロンさんも以前とあまり変わりませんでした。

 髪型と服は少し大人びましたが、机の上へ出した書類を最初に見るところは変わっていません。

 ルドラン君も一緒です。

 学院時代、男子部の順位表でよく名前を見ました。私と近いところに載ることも多かったので覚えています。

 その本人が今はフライエ家で財務を担当しているそうです。

 なるほど、確かに向いているでしょう。


「こちらが今年の予定量です」


 ルドラン君が一覧を出しました。


「昨年よりかなり増えていますね」

「倉庫を一つ増やしましたので」

「輸送は?」

「そこも相談したくて来ました」


 話は早く進みました。

 こちらが確認したいことを聞けば答えが返ってきて、向こうから質問があれば、こちらも必要な数字を出す。

 当たり前のことです。

 けれど学院を卒業した頃の私は、この当たり前についてずいぶん考えたものです。


「お茶をどうぞ」


 妻が茶を運んできました。

 本人が運ぶ必要はありませんが、ちょうど隣室にいたから、と言います。

 あのあと、二度目、三度目と会い、半年ほどして婚約し、その翌年に結婚しました。

 今では商会の仕事そのものには入りませんが、取引先を招く時や大きな催しの時にはかなり助けてもらっています。


「ありがとうございます」


 マロンさんが受け取りました。


「奥様とは初めてですね」

「はい。お話は聞いています」


 妻が答えます。


「どんな話でしょう」

「学院でとても成績がよかった、と」

「それは夫から?」

「ええ」


 私は眼鏡を直しました。


「他にも話したと思いますが」

「最初にそれを聞きました」

「そうでしたか」


 マロンさんが少し笑いました。ルドラン君も笑っています。

 何でしょう。


「何か?」

「いえ」


 マロンさんがカップを置きました。


「昔から、よく眼鏡を直していらしたなと思いまして」

「そうなのですか?」


 妻がこちらを見ます。


「学院の図書室で何度か」

「今もですよ」

「そうですか」


 二人で納得されました。

 どうも私の知らないところで、眼鏡が私の特徴になっているようです。

 少し不本意です。


 *


 商談が一段落すると、自然に学院の頃の話になりました。


「同級生とは、今もお会いになりますか」


 妻が尋ねました。


「何人かとは」


 マロンさんが答えます。


「王都へ来た時に会う方もいます。領地へ嫁いだ方とは手紙ですね」

「男子部も似たようなものです」


 ルドラン君が言いました。


「仕事が始まると、なかなか全員とは」

「そうですね」


 私も同意しました。

 卒業した直後は、皆それほど遠くへ行かないような気がしていましたが、実際には違います。

 王都に残る――領地へ戻る――役所へ入る――軍へ行く――商売を始める――結婚して別の家へ入る。

 三年も経てば、学院時代の友人と偶然会う方が珍しくなります。


「そういえば、クライン君の話を聞きましたよ」


 ルドラン君の言葉に、誰だったか一瞬考えましたが、すぐ思い出しました。


「トルナド君ですか」

「ええ」


 マロンさんも少し目を上げました。


「今も北部に?」

「いるそうです」

「まだ続いているのですね」


 少し意外そうです。私も同じでした。

 卒業式のあと、北部の領地へ管理見習いとして行ったことまでは聞いていますが、その後は知りませんでした。


「同じ男子部だった者が、仕事で向こうへ行ったそうで。そこで会ったと」

「どうしていました?」

「倉庫の管理をしていたそうです」

「倉庫」


 マロンさんは目を何度か瞬かせ、繰り返しました。なぜか少し考えています。


「何か?」

「いえ。学院にいた頃、女子部の勉強は簡単でいいとよく言われましたので」

「ああ」


 彼は知っているらしいですが、私は知りませんでした。


「倉庫管理は女子部でも扱うのですか」

「扱いますよ。保存、換気、鼠害なども」

「それは」


 ずいぶん具体的です。


「今なら役に立っているかもしれませんね」

「だといいのですが」


 マロンさんは普通にそう答えました。嫌味ではないようです。


「最近は見習いではなく、倉庫を一つ任されているそうですよ」

「それなら、きちんと働いているのでしょうね」

「たぶん」

「よかったではありませんか」


 それで終わりました。

 三年前なら、もう少し何か感じたかもしれませんが、今は、そうですか、と思うくらいです。


「もう一人は?」


 妻が聞きました。


「もう一人?」

「以前のお話に出てきた女性です」

「ああ」


 アプフェル。こちらはマロンさんの方が知っていました。


「王都にいらっしゃるそうです」

「結婚されたのですか」

「まだだと思います」


 卒業後、いくつか縁談があったものの、まとまらなかったらしいですね。

 一度は本人もかなり乗り気になった相手がいたそうですが、先方から断られたと。

 そこまで聞いて、私は少し思い当たりました。


「地方で葡萄園を持っている家では?」

「ご存じなのですか?」

「父上がどこかで聞いたような」


 商家には、妙なところから話が入ってきます。縁談を調べていたわけではありません。


「最近は、お母様と一緒に社交へ出ているそうです」

「では、またそのうち何かお話があるかもしれませんね」


 妻が言いました。


「そうかもしれません」


 マロンさんが答えます。


「本人は、『別に急いでいない』と言っているそうですが」


 そこでルドランが少し笑いました。


「本当に?」

「友人から聞いただけです」

「では、本当にそう思っているのかもしれません」

「そうですね」


 私もそれ以上は言いませんでした。

 アプフェルが今どう考えているのかは、本人にしか分かりません。昔もそうでした。

 ただ今度は、相手にも分かるように話しているとよいと思います。


「トルナド様とは、その後お会いしていないのでしょうか」


 妻が尋ねます。マロンさんとルドラン君が顔を見合わせました。


「少なくとも、そういう話は聞きませんね」

「北部と王都ですから」

「そうですか」


 妻は茶を一口飲みました。


「ずいぶん遠くへ行ったのですね。皆さん」


 場所の話でしょうか。それとも別の意味でしょうか。

 聞こうかと思いましたが、やめました。

 たぶん、どちらでも同じです。


「では」


 マロンさんが一覧をこちらへ戻しました。


「昔の話はこのくらいにして、輸送費の方を詰めましょうか」

「そうですね」


 まったくその通りです。

 ルドラン君が次の書類を開き、妻は空いたカップを下げながら、私の方を見ました。


「眼鏡」

「何です?」

「また下がっていますよ」


 指を掛けます。くいっと上げました。


「これでよろしいですか」

「ええ」


 では、続きを。

 今度は四人で、今年の荷馬車の数を数え始めました。



 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。