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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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20/24

番外四 アプフェル②――どうして向こうから?

 卒業して最初のひと月は、悪くなかったわ。

 朝早く起きなくていいし、授業も、試験もない。教本を抱えて歩く必要もない。

 クライドとの婚約がなくなったことは腹が立ったけれど、それだって、しばらくすれば何とかなると思っていたの。

 お父様も言っていたじゃないの、しばらく縁談はない、と。

 しばらく…… つまり、そのうちあるってことよね。

 だから最初のうちは、それほど気にしていなかったのよ。


「今日、買い物へ行ってくるわ」


 朝食の席で言うと、お母様が顔を上げた。


「誰と?」

「一人よ」

「侍女を連れていきなさい」

「どうして?」

「どうしても何も、ないでしょう」

「今まで一人で行ってたわよ」

「学院に通っていた頃でしょう」

「だから何?」

「あなたもう、卒業したのよ?」


 またそれだ。

 私は卒業したから自由になるのだと思っていた。

 なのにお母様の中では、卒業したから今までより気をつけろということらしい。


「じゃあ侍女を連れていくわ。それでいい?」

「馬車で行きなさい」

「歩いて行けるわよ」

「馬車で!」

「どうして!」

「アプフェル!」

「分かったわよ!」


 ああ、面倒くさい。もうこんなことばかりだわ。


 *


 その日は結局、馬車で王都の店へ行くことになった。侍女も一緒。

 それで買いたかったリボンを三本選び、手袋を一組買おうとしたら、侍女が言った。


「……あの、お嬢様、今月のお小遣いですと、どちらかにされた方が」

「まだあるでしょう?」

「あとはこちらです」


 財布を見せられた。


「え、これだけ?」

「はい」

「どうして?」


 前より少ないじゃない!


 *


 屋敷へ戻ってお母様に聞くと、あっさり答えられた。


「ええ、減らしたわよ」

「何で勝手に?!」

「だってあなた、しばらく社交の予定も少ないでしょう?」

「だからって!」

「必要なものは家で用意します。それで充分だわ」

「そういう話じゃないでしょう!」


 私は、好きに使えるお金の話をしているのよ。


「今までと同じだけ必要って言うの?」

「必要よ!」

「じゃあそれ、何に?」

「何って……」


 服とか、菓子とか、友人と出かけた時とか……

 そう言うと、お母様は首を傾げた。


「友人と出かける予定が決まったら、その時に考えましょう」


 また! 何なのよ!


 *


 二か月目には、学院の友人から招待状が来た。結婚祝いの茶会だった。


「え、もう結婚するの?」


 つい声が出た。

 婚約者がいることは知っていたし、卒業したら式を挙げるとも聞いていた。

 でも、本当にこんなにすぐだとは思わなかった。


 茶会には、学院の友人が何人も来ていた。


「来月から領地へ行くの」

「私は式の日が決まったわ」

「衣装合わせが大変で」


 皆、口々にそんな話ばかりしていた。そして私にも聞いてくる。


「アプフェルは?」

「何が?」

「これからのことよ」

「ああ」


 ……何と答えればいいの。


「まだ決まってないわ」

「そうなの?」

「少しのんびりするつもりなの」


 ともかく、そう言った。

 別にのんびりすると決めたわけではないわ。でも、他に言いようがなかったし。


「いいわねえ。私なんて卒業してからずっと準備ばかりよ」

「でしょう?」


 だから笑った。

 ……そうよ、別に急ぐことないじゃない。私は自由なのだから。


 *


 ところが帰りの馬車で、お母様が言った。


「あまり『のんびりするつもり』とは言わない方がいいわね」

「何で?」

「あなたの場合、こちらが望んで婚約を遅らせているわけではないもの」

「同じでしょう?」

「違うわよ」

「何が違うのよ」


 お母様からははあ、とため息をつき、首を横に振る。またそれ。最近そんなことばかり!


 *


 それから三か月経ち――四か月経っても、縁談は一つとして来なかった。

 さすがに私もお父様に聞きに行った。


「お父様」

「何だ?」

「私の縁談って、どうなってるの?」

「特に何も」

「誰からも?」

「ああ」

「探してないの?」

「話はしている」

「だったらどうして来ないのよ!」


 お父様が新聞を畳んだ。


「先方にも選ぶ権利があるからだ」

「……何よ、それ」


 選ぶ権利? 私は避けられてるってこと?


「そのままだ」

「……私の何が悪いのよ」

「お前、本気で聞いてるのか?」


 お父様は顔をしかめた。


「お前は婚約中に別の男と半年付き合い、その相手に本気ではなかったと公言し、その結果、元の婚約者からも解消された娘だ」

「だから学院にいる間だけだったのよ!」

「それを説明しても、先方の反応はあまり変わらん」

「どうしてよ?!」

「……では、お前なら、どう説明するつもりだ?」

「卒業したらしないって言うわよ」

「それを信じる理由は?」

「するって言ってるでしょう!」

「相手がお前のその話を信じる理由だ」

「もう!」


 苛々する。何で皆、そこばっかりなのよ。


「お父様は、私が悪いっていうの?」

「悪いかどうかの話ではない」

「じゃあ何!」

「結婚相手としてお前をどう判断するのか、だ」


 またそれ!? クライドも同じことを言っていた。


 ――信用できない。

 ――結婚したあとも同じことをしないと信じられない。


 しないって言ってるのに!


 *


 半年を過ぎた頃、ようやく縁談が一件だけ来た。


「本当に?」


 さすがにその時は、お母様から聞いた時、思わず椅子から立ちあがったわ。


「どこの方?」

「バルハ伯爵家のご親戚」

「伯爵家?」

「伯爵の妹君の息子さんよ」

「爵位は?」

「ないわ」


 何だ、と私はがっくりと座り直した。


「父方は地方の地主ですよ」

「どこ?」


 お母様は地名を言うけど、知らない。


「どこ? それって」

「王都から馬車で三日ほどのところかしら」

「三日!」

「大きな葡萄園と醸造所を持っているそうよ」

「葡萄なんてどうでもいいわよ!」

「どうでもよくはないでしょう。家業なのだから」

「じゃ、その人は王都に住んでないの?」

「ええ」

「舞踏会は?」

「王都に来れば出ることもあるでしょうね」

「どのくらい来るの?」

「年に何度か」

「え、それだけ?」


 それっきり? 冗談でしょう!


「ねえお母様、他の話は?」

「今はこれだけよ」

「これだけ?」

「会うのが嫌なら断って構わないわよ」

「え、じゃあ次は……?」

「さあ、来るかどうか、分からないわね」

「また半年とか?」

「一年かもしれないし、もっとかもしれないわよ」

「そんな!」


 お母様は静かにこちらを見ている。


「会うだけでもいいのよ」

「……会ったら断れないとかない?」

「ありません」

「本当に?」

「本当です」

「じゃあ」


 嫌だけど。本当に嫌だけど。


「会うだけ」

「ええ」

「会うだけだからね」


 *


 相手は思っていたより普通だった。

 名はエルマー、二十五歳。背はクライドより少し低い。

 髪は黒っぽいし、服も地味。

 ただ、話してみると案外、変な人ではなかった。


「王都は久しぶりです。ずいぶん変わりましたね」

「そうなのですか」

「三年ぶりです」

「三年!」

「仕事がありますので」

「劇場とか行かないのですか?」

「領都にも小さいものならありますから」

「小さいの?」

「王都ほどではありませんね」


 ……嫌だ。


「冬は雪が多いです」

「雪?」

「葡萄畑は休みになりますが、醸造所の仕事があります」


 ……もっと嫌だ、と思った。

 でも、話は続けた。そして私が学院で何を学んでいたかも聞かれた。

 王都で何が好きなのか、どんな音楽を聴くのか、葡萄酒は飲むのか。


「お酒はあまり」

「では飲まなくても構いません」

「葡萄園なのに?」

「作る者が全員好きとは限りませんから」


 そう言って彼は少し笑う。私も笑った。


 *


 顔合わせのあと、お母様に聞かれた。


「どうだった?」

「地味ね」

「他には?」

「やっぱり遠いわよ」

「他には?」

「葡萄ばっかり」

「他には?」

「……普通ね」

「嫌だった?」


 そこは、少し考えた。


「最初に思ったほどじゃないわ」

「では、もう一度会う?」

「向こうが会いたいならね」


 そうよ、向こうが会いたいなら。だからそう答えた。するとお母様がこちらを見る。


「何?」

「いいえ」

「別に気に入ったってわけじゃないから!」

「分かっています」


 本当に。

 ただ、まあ、三日もかかるのは本当に嫌だけど。

 王都にあまり来ないのも嫌だけど。

 話していて腹が立つ人ではなかったし、クライドほど頭が堅そうでもない。

 次にもっといい縁談が来るか分からないなら、もう一度くらい話してもいい。

 その程度だ。


 *


 二度目に会った時、エルマーから聞かれた。


「一つ、伺ってもよろしいですか」

「何?」

「以前のご婚約のことです」


 やっぱり。でも、お父様から話は聞いているはずよね。


「いいわ」

「婚約中に、別の方とお付き合いされていたと」

「ええ」


 エルマーが少し待った。


「それは、ご結婚を考えてのお付き合いだったのでしょうか」

「違うわ」

「では」

「学院にいる間だけ、でした」


 私は説明した。


「卒業したら終わりって、最初から言ってましたから」

「最初から?」

「手紙にも、そう書きました」

「では、お相手もご存じだったのですね? そういうことだと」

「そうよ。なのに勝手に本気にしちゃったんですのよ」


 すると彼は少しだけ黙り、やがて探るような視線で問いかけた。


「元の婚約者の方は? ご存じでしたか?」

「知ってたいたわ」

「……ご存じだったのですか」


 微かに首を振る。何となく、お母様のそれに似てる。


「何度も言われたもの。やめた方がいいって」

「それでも続けられたんですね?」

「だって遊びだもの」


 これなら分かるでしょう。


「卒業したらちゃんとするつもりだったし」

「ちゃんとする、というのは」

「婚約者と結婚するつもりだったわ」

「……なるほど」


 エルマーはそれ以上聞かなかった。


「何?」

「いえ。分かりました」


 やっぱり分かる人は分かるのよ。クライドが大げさだっただけだわ。


「あなたは気にする?」

「今日伺った話も含めて、家族と相談します」

「そう」


 ……真面目なのね。

 まあいいわ、こっちだって考える時間は欲しいもの。


 *


 帰宅してから、お母様に聞かれた。


「今日は?」

「前の婚約のこと聞かれたわよ」

「何と答えたの?」

「そのままよ」

「そのまま?!」


 え、どうしたの、そんな大声。


「遊びだったって」


 するとお母様が固まった。


「お母様?」

「……それで? エルマー様は?」

「分かりました、って」

「そう」

「だから、もう一回くらいなら会ってもいいかな」


 今度は自分から言った。


「まあ、地方だけど」


 王都から三日、それはまだ嫌だ。

 でも領都には劇場もあるらしいし。

 冬は雪、それも一度くらいなら面白いかもしれない。

 葡萄園だって、毎日私が働くわけではないでしょう。


「この人なら、まあ」


 言ってから、自分でも少し驚いた。

 でも、そこまで嫌じゃなかった。


 *


 そして返事は四日後に来た。お父様が部屋に来い、と言ってきた。


「何?」


 入るなり聞く。たぶんエルマーの話だろう。


「先方から返事があった」

「でしょう?」


 椅子に座った。


「次、いつだって?」


 お父様がこちらを見た。


「……いや」

「何?」

「今回は、ここまでにしたいそうだ」

「……え?何が?」

「縁談を」


 え? 意味が分からない。


「誰が?」

「エルマー君が」

「何で?」

「本人からだ」

「何でよ!」


 立ち上がった。


「私、もう一回会ってもいいって言ったわよ!」

「先方が、もう会わないと言っている」

「だから何で!」

「手紙がある。お前も読みなさい」


 お父様は封書を出したので、受け取って読む。

 長くはないわ。

 会って話ができたことへのお礼が書いてある。私が明るく、話していて楽しい人だった、ってことも。

 ……それから。


 ――しかし、婚姻についてのお考えは、私とは大きく異なるように思いました。


「……何これ」


 続きを読む。


 ――今後のお話は、ここで辞退させていただきたく存じます。


「ちょっと! 何なのよ!」


 手紙を机へ叩き付けた。


「考えが違う、って何なの!」

「だから、エルマー君本人がそう判断したのだろう」

「お父様が何か言ったんじゃないの?」

「言っていない」

「ステイン家から何か聞いたんでしょう!」

「先方は最初から経緯を知っていた」

「だったら何で会ったのよ!」

「お前本人と話してから判断したかったそうだ」


 え、と私は止まった。


「……私と?」

「ああ」

「私と話して、断ったの?」

「そういうことだ」

「何でよ……」


 またそれしか出ない。


「だって、ちゃんと説明したのよ?」

「聞いた」

「遊びだったって。卒業したら終わりだったって」

「その説明を聞いた上での返事だ」

「そんなのおかしいでしょう!」

「何がおかしいっていうんだ?」

「だって私、この人ならいいって思ったのよ!」


 お父様が何とも言えない顔をした。


「アプフェル」

「何!」

「向こうにも選ぶ権利というものがあるんだ」


 は? 言っている意味がわからない。


「お前が『この人ならいい』と思っても、相手がお前を選ぶとは限らん」

「でも」


 だって、向こうから来た縁談でしょう?

 わざわざ王都まで来て、二回も会って、ちゃんと話したのよ。

 私だって、三日もかかる地方でも、この人ならいいかもしれないって思った。

 それなのに。


「……お父様、じゃ、他の縁談は?」

「今はない」

「いつ来るの?」

「分からん」

「また半年?」

「分からん」

「一年?」

「それも分からん」

「そんな……」


 力が抜けて、椅子へ座った。

 机の上にはエルマーの手紙がある。

 丁寧な字だわ。悪口なんて一つも書いていないのよね。

 だから余計に腹が立つのよ!


「……みんなみんなよってたかって、何なのよ!」


 私、ちゃんと会ったのに。

 今度は誰とも遊んでないわ、何もしてないのよ! この人ならいいと思ったのに。

 なのに――

 どうして向こうから断るのよ。


「何だっていうのよ!」


 お父様はもう、返事をしてくれない。

 机の上で、エルマーからの手紙だけがきれいに畳まれていた。



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