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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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19/24

番外三 アプフェル①――何だっていうのよ!

 卒業式の日くらい、もっと気分よく帰れると思っていたわ。

 六年間通った学院を卒業したのよ?

 普通なら家へ帰って、お祝いをして、好きなものを食べて、友人たちとまた会いましょうねって話をして。

 そういう日じゃないの?

 なのに私は、帰りの馬車へ乗った時からずっと腹が立っていた。


「何なのよ、もう!」


 思わず言うと、向かいに座っていた侍女がびくっとした。


「お嬢様」

「分かってるわよ。あなたに怒ってるんじゃないの」

「はい」


 でも腹が立つものは腹が立つ。

 トルナド様は勝手に怒鳴るし、クライドは勝手に婚約を解消するって言うし、最後にはマロン様までこっちがおかしいみたいに言う。

 何なのよ。学院にいる間だけって、ちゃんと書いたじゃない。

 卒業したら終わり。それだけでしょう?

 トルナド様だって半年楽しそうだったし、私も楽しかった。じゃあそれでいいじゃない。

 それなのに、俺は本気だっただの、婚約まで解消しただの。そんなの私に言われても知らないわよ、頼んでないもの。

 クライドだって知ってたじゃない、最初から全部! だったら今さら何で怒るの?


 *


 馬車が屋敷へ着くと、玄関にはお父様とお母様がいた。

 卒業式の日だから迎えに出てくれたのだとその時の私は思った。


「ただいま」

「アプフェル」


 え、お母様の顔が怖い。嫌な予感がする。


「何?」

「まず中へ入りなさい」

「疲れてるの。着替えたいんだけど」

「その前に話があります」


 お父様まで硬い顔をしている。


「何よ」

「応接室へ」


 何なのよ、本当に。

 仕方なくついていくと、応接室には、お兄様までいた。


「どうしてお兄様までいるの?」

「座れ」


 お父様に言われたので、ともかく座る。けど、誰もお茶を出してくれない。


「ねえ、喉乾いたんだけど」

「あとで」

「卒業式だったのよ?」

「知っている」

「だったら少しくらい」

「アプフェル」


 お母様が低い声で呼んだので、仕方なく黙る。すると、お父様が机の上の封書を指した。


「ステイン家からだ」

「クライドの?」

「ああ」


 嫌な予感がした。卒業式のこと!? あいつ、本当に家へまで言ったの?


「婚約解消について、正式な申し入れが来た」

「……何、それ……」

「聞いていないのか?」

「聞いたけど……」


 お父様の眉が動く。


「聞いたのか?」

「ええ、卒業式のあと、クライドが言ったのよ。解消するって」

「それで?」

「それでって……」

「お前は何と答えたんだ?」


 思い出すだけで腹が立つ。


「やめる必要ないって言ったわよ!」

「何を」

「婚約を――」

「それでクライド君は?」

「嫌だって」

「そうか」


 お父様が一度目を閉じた。


「なぜ嫌だと言われたんだ?」

「知らないわよ」

「アプフェル!」

「だって本当に知らないもの!」


 声が大きくなった。


「学院にいる間だけよ? 卒業したら終わりだって最初から言ってたの。クライドも知ってたのよ」


 お兄様がこちらを見た。


「知っていた?」

「そうよ」

「お前が他の男と付き合っていることを?」

「だから、そう言ってるじゃない」

「それで何も言わなかったのか」

「言ってきたわよ。やめた方がいいって」

「言われたのか!?」

「二回くらい」


 お母様がああ、と額を押さえた。何よ。


「でも、本気じゃなかったのよ」

「誰が?」

「私がよ!」


 そんなことも分からないの?


「トルナドとは学院にいる間だけ。卒業したらクライドと結婚するつもりだったの。だから別に何も問題ないでしょう?」


 誰も返事をしない。


「……何よ…… 私に、何を言いたいの?」


 お父様はふう、と大きくため息をつくと、ゆっくり言った。


「お前はそれを、クライド君にも言ったのか」

「言ったわよ」

「今日?」

「そうよ」

「本人の前で?」

「だって――本当だもの」


 また三人とも黙った。だから何なのよ、その顔。


「私、ちゃんと卒業したら終わりにしたのよ?」

「つまり今日だな」

「そうよ」

「それまでは、半年付き合っていたと」

「だから何だっていうのよ!」


 我慢できなくなった。


「半年よ? たった半年! しかも学院の中だけ。家に連れ込んだわけでもないし、駆け落ちしたわけでもないし、結婚したわけでもないでしょう!」

「だがお前は婚約はしていた」


 お父様が言う。


「クライド君と」

「分かってるわよ!」

「では、その婚約をしている間に、別の男と付き合っていたんだな」

「だから、それは」

「違うのか」

「違わないけど!」


 何でそんな言い方するのよ。


「遊びだったの!」


 私はもうずばっと言い切った。これなら分かるでしょう。

 ……ところが、お母様が両手で顔を覆った。


「もう…… どうしてこんな子に……」

「何よ、お母様まで」

「ねえ本当に、あなたそれを言ったの?」

「だから今日言ったって」

「クライド君の前で?」

「何度聞くのよ!」


 お兄様はひどく顔をゆがめ、椅子の背へもたれた。


「ああもう、お前本当に最悪だな」

「何ですって?」

「いや、だからお前が」

「は!? お兄様に言われたくないわよ!」

「俺は婚約者がいる時に別の女と半年遊んだことはない!」

「男と女は違うでしょう!」


 言った瞬間、お父様が机を叩いた。


「そこではない!」


 ……びっくりした。お父様が怒鳴るのは珍しい。


「何よ……」

「何度言えば分かる。お前が軽く考えていたかどうかなど関係ない」

「関係あるわ! 私のことよ!」

「ない」

「あるわよ!」

「相手が嫌だと言っているんだ!」


 止まった。


「もう、それでは婚約は続けられない」

「でも家同士で決めた婚約でしょう?」

「だから家同士で解消するんだ」

「そんな」

「もう話は始まっている」


 お父様が封書をこちらへ寄せた。


「ステイン家から申し入れが来た。こちらも受ける」

「え、ちょっと、待ってよ」

「待てない」

「私、嫌なんだけど」

「クライド君は嫌だと言っている」

「で、でも私とは違うでしょう?」

「何が違うというんだ?」


 お父様に答えようとしたけど、上手く言葉が出なかった。


 ――何がって。


 だって私はクライドと結婚するつもりだったのよ。ずっとそう思っていたの。

 学院を卒業したら、少し落ち着いてから、クライドの家へ嫁いで、商会の奥様になる。

 そういうものだと思っていた。


「だって…… クライドは私の婚約者でしょう?」

「今日まではな」

「じゃあ、戻せばいいじゃない!」


 お兄様が更に妙な顔をした。


「お前は…… 何でそんな簡単に言えるんだ? 俺はそんな尻軽女を妹に持った覚えはないぞ」

「だって簡単なことじゃない!? 私、トルナドとはもう終わったもの」

「そこじゃないだろ」

「じゃあどこなのよ」


 お兄様は何か言いかけたけど、お父様が手で止めた。


「アプフェル」

「何?」

「クライド君は、お前がトルナド君と付き合ったことだけでなく、その後の説明も含めて、結婚相手として信用できないと判断したそうだ」

「え? 信用?」

「そうだ」

「何それ?」

「そのままだ。お前は言葉の意味もわからないのか」


 クライドと同じ言い方だわ、腹が立つ。


「私、嘘なんてついてないわよ」

「嘘の話ではない」

「じゃあ何だっていうのよ!」

「お前は婚約者がいても、楽しいと思えば他の男と付き合う女だ、っていうことだ」

「学院にいる間だけよ!」

「その『だけ』を、相手が信用できないと言っている」

「卒業したらしないわよ!」

「なぜだ? どうしてそう言い切れる?」


 またそれ。ああ、クライドにも聞かれたっけ。


「大人になるからよ!」

「今日まで子供だったのか」

「そういう意味じゃない!」

「ではどういう意味だ」


 何で皆、同じことばかり聞くの? 説明なんかしなくても分かるでしょう。

 学院にいる時と、卒業したあとでは違うし、遊ぶ時と、結婚したあとは違うの! 違うものは違うのよ!


「もういい!」


 立ち上がった。


「部屋へ戻るわ」

「待ちなさい」

「嫌よ!」

「まだ話は終わっていない」

「私は終わったのよ!」

「お前自身の話じゃない」


 扉へ向かいかけた足が止まった。


「何よ」

「これからの話だ」

「これから?」

「お前にはこの先、婚約者がいなくなる」

「だから?」


 また三人がこちらを見る。


「……だから、何なのって言ってるじゃない。みんなよってたかってそんな目で」


 するとお母様はため息をついて、こう続けた。


「あなた、卒業したらどうするつもりだったの?」

「どうするって」

「クライドさんと結婚するまで」

「家にいるつもりだったわよ」

「それから?」

「結婚でしょ?」

「そう、でもその結婚がなくなったのよ?」


 分かってる。分かってるけど。


「……じゃあ次を探せばいいでしょう?」


 お母様の手が止まった。


「何?」

「そんなすぐには無理よ」

「どうして?」

「どうしてって……」

「私だって子爵家の娘でしょう?」

「ええ」

「だったら縁談くらいあるじゃない」

「今回のことはすぐに広まるわ」

「何で!」


 思わず叫んだ。


「言わなきゃいいでしょう!」

「お前な、卒業式の正門前で騒ぎにしたんだぞ? あれだけ人が集まっている中でやったことを、どう隠すっていうんだ?」


 お兄様が言った。

 あ。それは。


「で、でも学院の全員が知った訳じゃないわ?」

「だが、少なくとも、ステイン家との婚約が解消されたことは分かる」


 お父様が続けた。


「理由を尋ねられれば、こちらも嘘はつけない」

「私を悪く言うつもり?!」

「縁談相手に隠す方がまずい」

「じゃあ、ちょっと言い方を変えればいいじゃない」

「どう変える」

「だから、その……」


 ――少し遊んだだけ。


 そう言おうとして――やめた。それを言うと、また皆同じ顔をする。


「ともかく」


 お父様が封書を畳んだ。


「しばらく縁談は来ないと思え」

「え…… しばらくってどのくらい?」

「分からん」

「一か月?」

「分からん」

「三か月?」

「分からんと言っている」

「半年?」

「アプフェル!」

「だって困るじゃない!」


 何で誰も分かってくれないのよ。

 私は卒業したの。これから家にいて、そのうち嫁いで――そうなるはずだった。


「別に明日結婚したいわけじゃないわよ。でも、ずっと家にいるわけにもいかないでしょう?」

「だからこそ、少し考えなさい」

「何を?」

「自分が何をしたのかだ」


 またそれ?! もう聞き飽きたわ。


「ちょっと遊んだだけでしょう!」


 言ってから、椅子を押し戻した。


「もういい!」


 今度こそ部屋へ戻って扉を閉める。すると侍女が後ろからついてきていた。


「着替えるわよ!」

「はい」


 卒業式の服を脱ぐ。こんな重い服、もう着たくない。


「お茶!」

「すぐに」

「甘いものも!」

「はい」


 鏡の前に座って髪をほどいてもらっていたら、また腹が立ってきた。

 クライド――トルナド――お父様――お母様――お兄様。

 皆して大げさなのよ。

 卒業したのよ! だからもう学院生活は終わったの。トルナドとも終わったのよ!

 だったらそれで全部元通りでいいじゃない!

 頭の中で同じことをぐるくる繰り返していたら、侍女が髪飾りを外した。


「お嬢様」

「何?」

「こちらはしまってよろしいですか」


 卒業式用の髪飾りだった。


「いいわよ」

「はい」


 箱の蓋が閉じる。

 そう、学院生活は今日で終わったの。私はちゃんと終わらせたのよ。

 なのに。

 どうして卒業したあとまで、こんな面倒なことがついてくるのよ。



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