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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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17/24

番外一 トルナド①――卒業したら

 卒業式から帰ったあと、俺はろくに夕食を食べられなかった。食欲がなかった。


 当たり前だろう?

 半年も付き合っていたアプフェルには、卒業までのつもりだったと言われた。マロンとやり直そうとしたら、もう別の男と婚約していた。

 しかもルドランだ!

 同じ男子部だったから、俺ももちろん知っているさ。順位表の上の方にいつも名前があった男だ。

 俺が知らないうちに、あいつがマロンの婚約者になっていたなんて!

 何でそんなことになったんだよ。少しくらい待っていてもよかったんじゃないか? 俺は騙されていたんだから。

 アプフェルが最初から卒業までのつもりだったと分かっていれば、婚約なんか解消しなかった。

 ……いや。

 解消した時には本当にアプフェルが好きだったし、向こうも俺を好きだった。そこは間違っていない。

 ただ、卒業したら終わりだなんて思っていなかっただけだ!

 そんなことを考えていたら、夕食の肉はほとんど残してしまった。


「食べないの?」


 母上に聞かれた。


「いらない」

「具合でも悪いの?」

「別に……」


 父上は向かいで黙々と食べていた。

 卒業式で何があったかは、もう話した。

 俺からではない。学院から帰ってすぐ、父上に今日のことを聞かれたから、仕方なく話したのだ。


 ――アプフェルとは終わったし、マロンには別の婚約者がいた。


 それだけでいいと思ったのに、父上は細かく聞いてきた。


 ――アプフェルはいつから卒業までのつもりだったのか。

 ――手紙には何と書いてあったのか。

 ――俺はその手紙を読んだのか。

 ――マロンから何か言われなかったのか。


 全部話したら、父上はしばらく額を押さえていた。……何だよ。俺だって好きでこんなことになったわけじゃない。むしろ被害に遭った方だ。

 夕食を終えると、父上がナプキンを置いた。


「トルナド」

「何です?」

「明日、予定はあるか?」


 変なことを聞く。


「ありませんよ」


 学院は今日で卒業したから、明日から行く必要はない。


「では、午前中に書斎へ来なさい」

「何の話です?」

「卒業後のことだ」

「ああ」


 それなら急ぐ話でもないだろう。


「分かりました」


 答えると、父上がこちらを見た。


「十時だ」

「はいはい」

「返事は一度でいい」


 父上は機嫌が悪い。

 まだ婚約のことで怒っているのだろうか? もう終わった話なのに。

 俺は先に食堂を出た。


 *


 翌朝、目が覚めた時には十時を少し過ぎていた。

 卒業式で疲れていたのだから仕方ない。

 慌てて服を着替えて書斎へ行くと、父上はもう机に向かっていた。


「遅いぞ」

「……すみません」

「ともかく座れ」


 言われた通りに座ると、机の上には何枚か書類が置いてあった。

 また婚約の後始末かと思ったが、違うらしい。


「昨日言った通り、お前の今後についての話をする」

「はい」

「お前はこれからどうするつもりだ」

「……どうするって?」


 何の話だ? と父上を見たら、眉を寄せている。


「お前は昨日学院を卒業したんだ。これから何をするつもりだ?」

「それは……」


 ……言われてみると、考えていなかった。

 というより、考える必要がなかった。卒業したらマロンの家へ行く予定だったからだ。

 まず伯爵について領地へ行って、仕事を覚える――そういう話だった。

 何年かしたら結婚して、マロンが伯爵家を継いで、俺はその夫になる。

 ずっとそう決まっていたから。


「フライエ家へ行く予定だったので……」

「それはもうかなり前になくなっただろう」

「分かってますよ」

「では、その代わりをどうするつもりだ?」

「代わり?」

「仕事だ」


 ――仕事。


 改めて言われると妙な感じがした。


「……まだ卒業したばかりですよ」

「だから何だ?」

「少しくらい休んでもいいでしょう」

「休んだあと、何をする?」

「それはこれから考えます」


 父上は何も言わず、机を指で二度叩いた。


「何かあります?」

「何か、ではない」


 苛立っているらしい。


「お前は長男ではない」

「それは、知っています」

「この家を継ぐのはお前の兄だ」

「それも知っています」


 すると、まだわからんのか、という顔で、


「お前のためにわざわざ領地の役職を空けてあるわけではないんだ」


 そこまで言われて、少しむっとした。


「ちょっと待ってくださいよ、じゃあ俺を追い出すんですか?」

「誰がそんなことを言った?」

「今の言い方ならそう聞こえるでしょう」

「普通はそうは取らない」


 父上は即答した。


「家に置くことと、一生何もせず食わせることは別だ」

「一生なんて言ってませんよ……」

「では何をするつもりだ?」


 ……またそこへ戻った。


「だから、これから考えるって」

「そういうことは、学院にいる間に考えるものだ」

「俺は婿に行く予定だったんだから仕方ないでしょう!」


 声が大きくなってしまったが、父上は少しも驚かなかった。


「そうだな」


 あっさり言われた。


「だからフライエ伯爵は、お前が卒業したら自分のもとで領地経営を学ばせるつもりだった」

「知ってます」

「王都で必要なことも、領地で必要なことも、何年かかけて教える予定だった」

「だから知ってますって」

「その道を半年前にお前自身が断ち切ったんだ」

「断ち切ったっていうか――」

「婚約を解消すれば、当然その話もなくなると確認したはずだぞ」


 ……覚えている。

 あの日、マロンの家で伯爵に聞かれた。

 婿入りも、卒業後の予定もなくなる。そして後で話が違うと言われても困ると。

 だから、分かっていると答えた。その時の俺はアプフェルと一緒になると思っていたからだ。


「でも、事情が変わったんですよ」

「フライエ家の事情は変わっていない」

「俺の方がですよ」

「だから何だ?」

「俺は、騙されてたんです!」


 父上が椅子の背にもたれた。


「その話は昨日聞いた」

「だったら……!」

「だが、アプフェル嬢が、お前にフライエ嬢との婚約を解消しろと言ったのか?」


 ……言っていない。


「でも、普通は」

「言ったのかどうだ?」

「……言ってません」

「では、お前が決めたんだな」

「そうですけど……」

「なら、その結果もお前のものだ」


 何だよ、それ。


「父上までマロンと同じこと言うんですね」

「普通はそういうだろう」

「俺だって被害に遭ってるんですよ!」

「それと仕事がないことに何の関係がある」


 ひゅっと俺は息を吸い込んだ。


「アプフェル嬢に騙されたから、誰かがお前の就職先を用意しなければならんのか?」

「そういう意味じゃ……」

「では何だと言いたい?」


 父上は机の引き出しを開け、一通の封書を出した。


「昨日の夜、連絡を入れた」

「誰に?」

「私の知人だ。一人は北部に領地を持っている。もう一人は王都で役所勤めをしている」


 俺は封書を見た。


「仕事を探してくれたんですか?」

「話を聞いてくれるかもしれん、と頼んだだけだ」

「だったら……!」

「喜ぶのはまだ早い」


 父上は封書をこちらへ寄せた。


「北部の方は、領地管理の見習いを一人探している。ただし住み込みだ」

「住み込み?」

「ああ」

「屋敷に?」

「管理所だ」

「管理所って……」

「領都から馬車で半日ほど離れた場所だそうだ」


 それって…… 思っていたものと違う。


「そこに住むんですか?」

「採用されればな」

「使用人は?」

「知らん」

「部屋は?」

「知らん」

「給金は?」

「見習い相応だろう」


 父上は、俺を何でそんなところへ。


「役所の方は?」

「役人になりたいなら試験を受けろとのことだ」

「試験?」

「採用試験だ」

「学院を卒業したのに?」


 父上が俺を呆れたように見た。


「学院を卒業した者が受ける試験だ」


 そういう意味じゃない。


「……どっちも、すぐ決まるわけじゃないんですか」

「当たり前だ」

「父上から頼めば」

「頼んだから、話を聞いてもらえるんだ」


 そこで初めて気づいた。

 フライエ家との約束がそのままなら、こんなことはなかった。

 面接も、試験も、住む場所を探す必要もなく、卒業すれば、そのまま行けばよかった。

 伯爵家の屋敷に部屋もあっただろうし、マロンと結婚すれば、そこが自分の家になる。


「……他にはないんですか?」

「嫌なら、自分でも探せ」

「俺が?」

「お前の仕事だろう」


 父上はそう言って、机の端に置いてあった新聞を一部こちらへよこした。


「求人が出ている」

「新聞で探すんですか?」

「嫌なら知人に手紙を書け。学院の友人でもいい。教師に相談してもいい」


 ――何で俺がそこまで。


 そう言いかけて、やめた。父上の顔を見る限り、言っても無駄だ。


「とにかく、今日はその二つを考えろ。明日、どちらに返事をするか聞く」

「今日中に?」

「半年あっただろう」

「半年って」

「婚約を解消してからだ」


 いやいや、それは違う。俺はその半年はアプフェルと付き合っていたんだ。

 卒業したら二人でどうするか、それを考えていた。劇場へ行くとか、家へ会いに行くとか。

 だから仕事のことまで考える暇がなかったんだ。

 ……いや、暇はあった。でも、必要だと思っていなかった。


「話は以上だ」


 父上は書類へ目を戻す。

 俺は新聞と封書を持って立ち上がり、扉へ向かう途中で、もう一度振り返る。


「父上」

「何だ」

「少しくらい、休んでからでもいいですよね」

「採用されるまでに休める」


 それで終わりだった。


 *


 俺は部屋へ戻って、新聞を机に置いて求人欄を開いた。文字が細かい。

 官吏見習い――商会事務員――領地管理補佐――家庭教師――地方代官所書記。

 どれも、自分で申し込むらしい。

 当然なのだろうか? 今までそんなことをしたことがないぞ?

 机の脇には、昨日持ち帰った卒業証書がまだ筒に入ったまま置いてある。

 卒業したら、もっと自由になると思っていた。

 学院へ行かなくていいし、試験もない。アプフェルと好きな時に会える。

 ……そのはずだった。

 新聞を一度閉じ、少しして、また開いた。

 父上は明日聞くと言った。

 ……仕方ない、とりあえず、住み込みではない方からにしよう。


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