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「婚約一つだろう?」と言って私を捨てた元婚約者が、卒業式で振られているようです。  作者: さんけい


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14/24

第十四話 卒業式

 そして、卒業式の日になりました。

 六年間通った学院の最後の日です。

 朝からお母様に式服の襟を直され、お父様には三度ほど「忘れ物はないな」と確認されました。


「卒業証書を忘れて帰ってくることはありませんよ」

「そういう問題ではない」

「では何を忘れると思っているのです?」

「分からんから聞いている」


 お父様自身がよく分かっていないようです。

 今日は学院から戻ったあと、我が家で卒業祝いがあります。

 フォームル家の方々も招いていますし、親族も何人か来る予定です。

 たぶん、お父様が落ち着かない理由の半分はそちらでしょう。


「あなたの卒業式ではないのよ」


 お母様にも言われていました。


「分かっている」


 たぶん分かっていません。

 それでも馬車へ乗る頃には、お父様もようやく屋敷に残りました。

 式そのものは、思っていたより長く感じました。

 先生方のお話――卒業生の名前――学院長からの言葉。

 六年間を振り返れば、いろいろあったはずなのですが、座っている間に思い出したのは試験前に寝不足になったことや、友人と中庭で昼食を取ったことや、女子部の教室でインクをこぼしたことでした。

 もっと立派なことを思い出した方がよかったのでしょうか。分かりません。

 式が終わると、今度は挨拶です。


「卒業しても会いましょうね」

「もちろん」

「王都へ来たら手紙をちょうだい」

「あなたもよ」


 友人たちと何度も同じような約束をしました。

 全部守れるかは分かりません。

 けれど、会いたいと思っているのは本当です。

 教室へ戻れば、自分の机の中はもう空でした。

 壁に掛けてあった名札も外されています。

 昨日まで自分の場所だったところが、急に次の人を待つ場所になっています。

 そこでようやく、少しだけ卒業らしい気分になりました。


「マロン」


 友人に呼ばれます。


「何です?」

「フォームル様が待ってるわよ」

「え?」


 廊下を見ると、共用区域へ続く扉の近くにルドラン様がいました。

 男子部の卒業式用制服です。こちらに気づくと軽く手を上げました。


「では、また」

「ええ。お祝い楽しんできて」

「ありがとうございます」


 友人たちと別れ、ルドラン様のところへ向かいます。


「お待たせしました?」

「それほどでも」

「男子部はもう終わったのですか?」

「こちらより少し早かったようです」


 ルドラン様の手にも、卒業証書の筒があります。

 私と同じものです。


「六年間、お疲れさまでした」

「ルドラン様も」


 何となく改まった挨拶になりました。二人とも少し笑います。


「このあと、フライエ家へ直接向かうのですよね」

「はい。馬車は別ですが」

「父上たちは先に向かっています」

「では、屋敷でまた会いますね」

「そうなります」


 卒業したばかりなのに、次に会う時刻まで決まっています。

 少し前なら不思議に思ったかもしれません。今はそれが自然でした。

 二人で正門へ向かいます。卒業生と迎えの家族で、学院前はかなり混雑していました。

 馬車が何台も並び、御者たちが少しずつ場所を詰めています。


「これは時間がかかりそうですね」


 ルドラン様が道を見ました。


「そうですね」

「伯爵がお待ちでしょうに」

「むしろ少し遅れた方がいいかもしれません」

「どうしてです?」

「全員が揃う前から、お父様が祝いを始めそうなので」

「さすがにそれはないでしょう」

「どうでしょう」


 今日は朝からあの調子でした。

 私はあまり信用していません。

 正門の脇で待っていると、少し離れた場所から声が聞こえました。

 最初は誰かが友人を呼んでいるのだと思いました。


「……話が違うだろう!」


 聞き覚えがある声です。ルドラン様はそちらを見ました。

 私もつられて顔を向けます。

 卒業生が三人いました。

 トルナド様とアプフェル様。

 そしてクライド様。

 半年の間に、何度も見た組み合わせです。

 ただし三人が一緒にいることは、それほど多くありませんでした。


「何の話よ」


 アプフェル様が首を傾げています。

 トルナド様は、すでにかなり困惑していました。


「君、今なんて言った?」

「だから、今日で終わりでしょう?」


 来ました!

 私は思わずルドラン様の隣で姿勢を直しました。

 何となくこうなるのではないかと思っていました。正確には、半年ほど前から知っていました。


「終わりって、学院がだろう?」

「学院もよ」


 アプフェル様は笑いました。


「私たちのお付き合いも」


 トルナド様の口が止まりました。周囲の卒業生も何人か気づき始めています。

 卒業式の日の正門前です。

 場所としては、かなり目立ちます。


「……何を言ってるんだ」

「何って?」

「付き合いを終わらせるって、どういう意味だ!」


 意味は、そのままだと思います。半年ぶりに同じことを思いました。


「在学中だけって言ったでしょう?」

「そんなの、最初だけの話だろう!」

「最初だけ?」

「だって半年も付き合ったんだぞ!」

「半年で卒業だったもの」


 そうですよね、と私は心の中でうなずきました。

 アプフェル様は最初から一度も話を変えていません。

 無論、それをよいことだとは思いません。

 婚約者がいる状態で別の男性と付き合ったことについては、クライド様の言う通り、やめた方がよかったのでしょう。

 ですが、


 ――学院にいる間だけ。

 ――卒業するまで。


 そこだけは、本当に最初から同じです。


「……ご存じだったのですか?」


 隣でルドラン様が小声で尋ねました。


「何をです?」

「終わるという話を」

「半年前から」


 ルドラン様がこちらを見ました。


「半年前?」

「手紙に書いてありました」

「手紙?」

「長くなります」

「では、あとで聞きます」


 話が早いです。そして向こうは、さらに話が長くなりそうでした。


「ちょっと、声が大きいわよ」

「大きくもなる!」


 トルナド様の声はもう周囲へかなり響いています。


「俺は君のために婚約まで解消したんだぞ!」


 周りの何人かが、はっきりこちらを見ました。

 私ではありません。トルナド様をです。

 ただ、事情を知っている人なら私のことも思い出すでしょう。

 少し居心地が悪いです。


「私、そんなこと頼んでないわよ?」


 アプフェル様が目を丸くしました。


「何だって?」

「婚約を解消してなんて、一度も言ってないでしょう?」

「でも君は俺を選んだじゃないか!」

「選んだって……」


 アプフェル様はそこでクライド様を見ました。

 クライド様は、いつものように眼鏡へ指を添えました。

 今日は式服です。眼鏡は新しくなったのでしょうか。少し形が違うような気がします。

 こんな時に気づくことではないかもしれません。


「クライドだって知ってたわよ?」


 アプフェル様が言いました。クライド様はくいっと眼鏡を押し上げました。


「知っています」

「ほら」

「ですから、やめた方がいいと思います、と申し上げました」


 以前、図書室でも聞きました。その前にも一度言ったそうです。

 少なくとも二度です。

 アプフェル様は少しだけ口を開けました。


「でも、あなた」

「知っていることと、賛成していることは別です」


 同じ言葉です。

 半年前から、クライド様の方も変わっていないようです。


「……長くなりそうですね」


 私が言うと、ルドラン様もうなずきました。


「そのようですね」


 馬車はまだ来ません。こういう時に限って遅いものです。


「場所を移動しますか?」

「いえ」


 一瞬考えましたが、やめました。


「今動くと、かえって目立ちそうです」

「それもそうですね」


 それに、ここまで来ると少し気になります。

 半年間、あれだけ互いに違う話をしてきた二人が、ようやく同じ話を始めました。


「じゃあ、本当に今日で終わりだっていうのか?」


 トルナド様がアプフェル様へ詰め寄りました。


「そうよ」

「俺とのことが?」

「そう」

「何でだよ!」

「何でって」


 アプフェル様が困ったように眉を寄せました。


「最初からそう言ってたでしょう?」

「そんなの本気だと思うわけないだろ!」

「どうして?」

「どうしてって……」


 トルナド様が言葉に詰まりました。

 半年間、その「どうして」を一度も確認しなかったのでしょう。

 アプフェル様も、確認する必要があると思わなかったと?

 どちらも、自分の意味が当然相手にも伝わっていると思っていました。

 ここまで来ると、少しだけ感心します。

 よく半年間、無事に続いたものです。


「俺は君と卒業後も」

「私はそんな話してないわよ」

「してただろ! 劇場へ行くとか、家へ行くとか!」

「あれ、卒業したら会うこともあるって話でしょう?」

「同じじゃないか!」

「同じじゃないわよ」


 ようやく、そこに気づいたようです。半年かかりました。

 ルドラン様が私の横で、ごく小さく息をつきました。


「……本当に長くなりそうですね」

「ええ」


 今度は私も迷わず答えました。

 正門前の馬車の列は、少しずつ進んでいます。

 我が家の馬車が見えるまで、もう少しかかりそうでした。

 そしてその間に、向こうの話はさらに大きくなりそうです。

 卒業式は終わりました。

 けれどトルナド様にとっては、どうやら今からが本番のようでした。



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