第十三話 もうすぐ卒業
卒業式まで、あと十日になりました。学院の中でも、その数字を聞くことが増えています。
授業はまだありますし、提出物も残っています。それでも試験はほぼ終わり、先生方からも「これは卒業後に必要になりますから」と言われることが多くなりました。
女子部の教室では、卒業式に着る式服の話をしている者もいます。
王都に残る者、領地へ戻る者、結婚準備に入る者、しばらく家で勉強を続ける者。
六年間同じ学院へ通っていても、この先はずいぶん違うようです。
「マロンは、卒業したらすぐ領地へ?」
昼食のあと、友人に聞かれました。
「しばらくは王都と行き来すると思います。お父様の予定次第ですね」
「フォームル様は?」
「最初の一年くらいは、ご実家の仕事を覚えるそうです」
「じゃあ離れるのね」
「ずっとではありません」
「寂しくない?」
そう聞かれると、少し考えます。
「会う回数は減るでしょうね」
「それを寂しいって言うのよ」
「そうなのですか」
「あなた、本当にそこから?」
笑われました。ですが、まだ婚約してそれほど経っていません。
卒業後すぐ結婚するわけでもありませんし、ルドラン様にも学ぶことがあります。私にもあります。
お互い必要なことを済ませてからでいいと思っています。
「でも手紙くらい書くでしょう?」
「それは書きます」
「ほら」
何が「ほら」なのか分かりませんが、友人は満足したようでした。
たぶん、私は恋愛の話をする相手としては少し物足りないのでしょう。
午後の授業へ向かうため、友人たちと廊下へ出ました。
この時期になると、廊下にも荷物が増えています。教室に置いていた私物を少しずつ持ち帰る生徒がいるためです。
壁際に積まれた画板、名前札を外された道具箱、持ち主を待っている本の束。
学院が少しずつ空になっていくようで、見るたび妙な気分になります。
六年間いた場所なのです。卒業式の日になれば、もう少し寂しくなるのかもしれません。
そんなことを考えながら共用廊下を通った時でした。
前方にトルナド様とアプフェル様がいました。
二人とも窓際に立っています。もう珍しくもありません。
私はそのまま友人と歩きました。
「もうすぐ終わりね」
アプフェル様の声が聞こえました。
卒業のことでしょう。
「そうだな」
トルナド様が答えます。
「学院はな」
私は少しだけ歩みを緩めました。
隣の友人は気づかず、先ほどの話を続けています。
「卒業式のあと、うちは親戚まで来るっていうのよ。大げさじゃない?」
「お祝いなのでしょう」
「分かってるけど、叔母様までよ?」
返事をしながらも、後ろの二人の声が耳に入ります。
「寂しくなるわねえ」
アプフェル様が言いました。
「そんなに変わらないだろ」
「変わるわよ。毎日会えなくなるもの」
「だから、卒業したあとも会えばいいって」
「社交の場ならね」
「それだけじゃなくて」
そこから先は、私たちが離れたため聞こえませんでした。
友人と階段を上がります。
「どうしたの?」
「何がです?」
「さっきから少し後ろ見てたでしょう」
「トルナド様たちがいましたので」
「ああ」
友人も今さら振り返りました。
「まだ仲いいのね」
「そうですね」
「卒業後はどうするんでしょう」
「……どうでしょうね」
私は本当にそうとしか答えられませんでした。
アプフェル様は、卒業したら終わると言っていました。
トルナド様は、卒業したあとも会うつもりでいます。
ただ、その会話を聞く限りでは、どちらも相手がおかしなことを言っていると思っていないようです。
またです。
同じ言葉を使いながら、違う話をしています。
半年前に読んだ手紙を思い出しました。
――学院にいる間だけ。
――卒業するまで、楽しく過ごせたら嬉しいです。
あれ以上はっきり書くのも難しいと思います。
それでもトルナド様は、照れてそう書いただけだと言いました。
あれから半年。
二人の間で改めて話したのなら、私には分かりません。
ですが、今の会話を聞く限りでは。
「マロン?」
「はい?」
「教室、こっち」
「あ」
階段を一つ通り過ぎるところでした。
「珍しいわね」
「少し考え事をしていました」
「フォームル様のこと?」
「違います」
本当に違います。
むしろルドラン様のことなら、ここまで考え込む必要はありません。
*
その日の放課後、ルドラン様と卒業後の予定を確認しました。
場所はいつもの共用談話室です。
ここへ来るのも、あと何回でしょう。
ルドラン様は小さな手帳を持ってきていました。
「父上から、春の予定を聞いてきました」
「もう分かったのですか?」
「だいたいです。卒業後は一度領地へ戻ります。王都へ来るのはひと月後くらいですね」
「その頃なら、私もまだ王都にいると思います」
「では一度会えそうですね」
ルドラン様は手帳へ印をつけました。
ずいぶん実務的です。
「そのあとは?」
「夏まで領地です。フライエ嬢は?」
「私も同じ頃から領地へ行く予定です」
「場所は離れていますね」
「馬車で二日くらいでしょうか」
「気軽に寄る距離ではありませんね」
「そうですね」
そこで二人とも少し考えました。
「手紙を書きます」
私が言うと、ルドラン様が顔を上げました。
「私もそのつもりでした」
「週に一度くらい?」
「そんなに書けます?」
「分かりません」
「では、書ける時にしましょう」
「その方がいいですね」
決まりました。簡単です。
「秋には王都へ戻る予定です」
ルドラン様が手帳を見ながら続けます。
「私も一度戻ります。領地の収穫が落ち着いてからですが」
「その頃、フォームル家からフライエ家へ正式に訪問する話も出ています」
「お父様から聞きました」
「では、そこも同じですね」
卒業後の予定が、少しずつ埋まっていきます。
ずっと一緒にいるわけではありません。
離れる時期もあります。
けれど、次にいつ会うか、どちらがどこへ行くか。
分からないところは、分からないまま。
決まっているところだけ話せば、それで済みました。
「そういえば」
ルドラン様が手帳を閉じました。
「卒業祝いは、フライエ家でなさるのですよね」
「はい。お父様がかなり前から張り切っています」
「私も伺ってよいのでしょうか」
「もちろんです」
「婚約者ですから?」
「たぶん」
「たぶん?」
「お父様なら、婚約者でなくても呼んだかもしれません」
「なぜです?」
「卒業祝いを大きくしたがっているので」
ルドラン様が笑いました。
「では、私は人数を増やす役ですね」
「そうかもしれません」
お父様には言えません。
ですが、本当に少しその気があります。
帰る時刻になり、二人で談話室を出ました。
外はまだ明るく、廊下の窓から西日が入っています。
「あと十日ですね」
私が言うと、ルドラン様も窓の外を見ました。
「早いですね」
「六年もいたのに」
「終わる時はそんなものなのでしょう」
「そうですね」
その言葉で、昼間の会話を思い出しました。
――もうすぐ終わり。
同じ言葉です。
けれど、こちらの「終わる」は学院生活のことだけでした。
婚約は続きますし、次に会う予定もあります。
手紙を書く話もしました。秋の話までしています。
「何か?」
ルドラン様がこちらを見ました。
「いえ」
少し考えてから言いました。
「話しておくのは大事なのだなと思いまして」
「卒業後の予定を?」
「それもです」
「他にも?」
「いろいろです」
ルドラン様は少し不思議そうでしたが、それ以上は聞きませんでした。
正門近くで別れます。
私は迎えの馬車へ向かいました。
卒業まで、あと十日。
アプフェル様は、その日で一つのお付き合いが終わると思っています。
トルナド様は、学院だけが終わると思っている。
どちらが正しいのかは、私が決めることではありません。
ただ。
あの桃色の手紙に何と書いてあったかだけは、今でもよく覚えています。




