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第83話 迷宮への第一歩

 翌朝、リーヴェルの街には薄い雲が広がっていた。


 宿の窓から差し込む光は昨日よりも弱く、遠くの山々は朝靄に包まれている。それでも大通りには早くから荷車が行き交い、露店を開く商人たちの威勢のよい声が響いていた。


 ユウキが一階へ下りると、すでに食堂の一角でトーマが朝食を取っていた。


「おっ、ユウキ! おはよう!」


「おはよう。今日は早いね」


「そりゃそうだろ。今日は迷宮の準備をする日なんだからさ!」


 トーマはそう言いながら、皿に残っていたパンを口へ運んだ。


 どうやら昨日の訓練で得た手応えが、よほど嬉しかったらしい。


 新しく取得した影刃士の技能は、まだ十分に使いこなせていない。それでも、以前より身体が軽くなった感覚は確かなものであり、本人もそれを実感しているのだろう。


「急いで準備するのはいいけど、昨日みたいに荷車へ飛び出さないでね」


「うっ……あれは、もう大丈夫だって」


「本当に?」


「……たぶん」


 自信なさげな返事に、ユウキは思わず笑った。


 ほどなくして、バルドとドランも食堂へ姿を現した。


 バルドは左肩を慎重に動かしていたが、昨日よりも表情は明るい。ドランも足を引きずる様子はほとんどなくなっており、少なくとも日常生活に支障が出るほどの痛みは残っていないようだった。


「二人とも、身体の具合はどう?」


「だいぶましになった。だが、まだ完全じゃねえな」


 バルドは肩を軽く回しながら答えた。


「俺も同じだ。歩く分には問題ないが、長時間の探索となると少し気になる」


 ドランは椅子へ腰を下ろすと、昨夜まとめていたらしい紙をテーブルへ広げた。


「だからこそ、今日は準備を優先したい。迷宮に潜るなら、足りない物を先に揃えておかないとな」


「おっ、買い物の一覧か?」


 トーマが身を乗り出す。


「ああ。昨日、セシリアさんからもらった案内を参考にしてみた」


 紙には細かな文字が並んでいた。


 携帯食料、飲料水、予備の灯り、包帯、ロープ、火起こし道具。そして、地図の記録に使う紙と筆記具。


「結構あるんだね」


 ユウキが呟くと、ドランは頷いた。


「以前のように浅い区域を少し歩くだけなら、ここまで必要ないだろう。だが、今回はもう少し奥を調べるつもりなんだろ?」


「うん。ただ、最初から深く進むつもりはないよ」


「それでいい。帰れるうちに帰る判断も、冒険者には必要だからな」


 バルドの言葉に、ユウキは頷いた。


 黒震狼との戦いで思い知らされたことがある。


 自分たちの実力を超える相手に出会ったとき、勇気だけではどうにもならない。


 戦うべきか、退くべきか。


 その判断を誤れば、仲間全員の命が危険にさらされる。


 今度の探索では、決して同じ過ちを繰り返したくなかった。


     ◇


 朝食を終えた四人は、まず冒険者向けの道具を扱う商店へ向かった。


 店の軒先には大小さまざまな革袋が吊り下げられ、入り口付近にはロープや水筒、折り畳み式の小さな道具が所狭しと並べられている。


 店内へ入ると、乾いた革の匂いと、油を染み込ませた布の独特な香りが鼻をくすぐった。


「いらっしゃい! 迷宮用の道具を探してるのかい?」


 奥から声をかけてきたのは、腹の出た中年の店主だった。


「はい。少し奥まで探索する予定なので、必要な物を揃えたくて」


 ユウキが答えると、店主は四人の装備を眺めて頷いた。


「なるほどな。だったら、まず灯りと水の確保だ。剣がどれだけ立派でも、暗闇で道を見失えば役には立たんからな」


 そう言いながら、店主は棚から小さな金属製のランタンを取り出した。


 四角い枠に透明な板がはめ込まれ、上部には持ち運び用の輪が取り付けられている。


「こいつは丈夫だぞ。多少ぶつけたくらいじゃ壊れん」


「でも、結構重そうだな」


 トーマが手に取ると、思ったより重量があったらしく、少しだけ眉を上げた。


「そりゃ金属製だからな。軽いのがいいなら、こっちもある」


 店主は別の棚から、革の持ち手が付いた小型のランタンを取り出した。


 こちらは先ほどの物より一回り小さく、携帯性に優れているようだった。


「ただし、丈夫さでは最初のやつに劣る。どっちを優先するかだな」


「迷宮じゃ、壊れにくい方がよさそうだね」


 ユウキの言葉に、バルドが頷く。


「ああ。特に帰り道で灯りを失うのは厄介だ」


「でも、それを一つだけ持ってても、壊れたら終わりだろ?」


 トーマが口を挟んだ。


「予備も必要じゃないか?」


 思いがけず的確な指摘に、ドランが感心したように笑った。


「そのとおりだ。今回はトーマの意見を採用しよう」


「今回は、って何だよ!」


「普段からそういうことを考えてくれれば、もっと助かるんだがな」


「俺だってちゃんと考えてるって!」


 店主が笑いながら二種類のランタンを並べた。


 結局、四人は丈夫な物を主な灯りとし、軽量な物を予備として購入することにした。


 続いて、水筒とロープ、携帯食料を入れるための袋を選ぶ。


 ドランはロープの編み込み方や金具の強度を確かめ、バルドは荷物を背負った際の負担を考えて、必要以上に大きな袋を避けるよう助言した。


 その一方で、トーマは棚の奥に置かれていた奇妙な道具を見つけ、興味津々といった様子で持ち上げていた。


「なあ、これ何だ?」


 細い金属棒の先に、小さな鈴がいくつも取り付けられている。


「それは簡易警戒具だな」


 店主が答える。


「紐と組み合わせて通路に張っておけば、何かが触れたときに音が鳴る。野営するときなんかに使うんだ」


「へえ! 便利そうじゃん!」


「ただ、相手が音を立てずに通り抜けたり、紐を避けたりすれば意味はないぞ」


 バルドが付け加える。


「道具を置いたからって、見張りを怠っていいわけじゃねえ」


「分かってるって!」


 その返事を聞いた三人が、ほぼ同時に顔を見合わせた。


「……また言ったな」


「何が!?」


 店内に笑い声が広がった。


 必要な物を揃えた後、ドランは購入した道具を一つずつ確認し、荷物の重さが偏らないよう四人へ分配した。


 誰か一人だけが重い荷物を持っていては、長時間の探索で疲労が蓄積する。


 とりわけ今回は、バルドとドランに戦いの傷が残っている。


 無理をしないことも、立派な準備の一つだった。


     ◇


 買い出しを終えた頃には、太陽が街の中央に差しかかっていた。


 四人は通り沿いの小さな食堂で昼食を済ませ、そのままガルドの鍛冶屋へ向かった。


 店へ近づくと、昨日と同じように鉄を打つ音が響いていたが、扉の前にはすでに何人かの客が並んでいた。


「……結構忙しそうだな」


 トーマが呟く。


「そりゃあ、冒険者の装備を扱ってるんだ。暇な方がおかしいだろう」


 バルドが答えた。


 順番を待って店内へ入ると、ガルドは四人の姿を見るなり顔をしかめた。


「……お前ら、また来たのか」


「昨日、装備を預けたばかりですから」


 ユウキが苦笑しながら答える。


「急かしに来たわけじゃないんです。修理の様子を聞きたくて」


「ああ、そういうことか」


 ガルドは作業台の奥へ歩き、布をかけていた武器を取り出した。


「剣と短剣、それから鎚は一通り見直した。盾はまだ最終確認が残ってるがな」


「本当ですか!」


 ユウキが目を輝かせる。


 ガルドはまず、ユウキの剣を差し出した。


 刃には昨日まであった小さな欠けが見当たらず、光にかざすと滑らかな輝きを返した。


「刃を整え、歪みも直した。ただし、何度も同じような無茶をすりゃ、今度こそ折れるかもしれんぞ」


「……気をつけます」


「その言葉、覚えとくからな」


 続いてトーマの短剣とドランの鎚も戻される。


 トーマは刃の状態を確かめ、ドランは柄の固定具を指で押して、納得したように頷いた。


「さすがだな。緩みがきれいに消えてる」


「当然だ。誰が直したと思ってやがる」


 ガルドは得意げに鼻を鳴らした。


 だが、バルドの盾だけは、まだ作業台の奥に置かれていた。


「すまねえな。こいつはもう少し時間をくれ」


「そんなにひどかったのか?」


「ああ。縁の金具だけじゃなく、裏の補強にも歪みが出てた。このまま戻したら、次に強い攻撃を受けたとき危ねえ」


 ガルドは盾の裏側を見せながら説明した。


 金属の接合部分には、すでに新しい補強が施されている。


 しかし、それを固定し、実際に衝撃を受けても問題がないか確認する必要があるという。


「明日の朝には仕上げるつもりだ。迷宮に潜るなら、その後にしろ」


「分かった。無理に急がせるつもりはねえ」


 バルドは静かに頷いた。


 その姿を見て、ユウキも安心する。


 盾が完全に直らないまま迷宮へ入るつもりはない。


 たとえ一日遅れたとしても、仲間の安全を優先するべきだった。


「それから、ドラン」


 ガルドが声をかけた。


「お前、魔導具の知識があるんだったな?」


「ああ。多少はな」


「だったら、迷宮で妙な道具を見つけても、いきなり魔力を流すんじゃねえぞ」


 ドランが眉を上げる。


「どういうことだ?」


「壊れてるように見えて、内部に魔力が残ってる物もある。下手に触れば、何が起こるか分からん」


「……なるほどな」


 ドランは真剣な表情で頷いた。


「覚えておこう」


 ガルドは四人を見渡すと、少しだけ声を低くした。


「迷宮は、敵を倒せりゃ何とかなる場所じゃねえ。拾った物一つで命を落とす奴だっているんだ。余計な欲をかくなよ」


 ユウキはその言葉を胸に刻んだ。


 新しい力を手に入れたからこそ、油断してはいけない。


 そのことを、何度も思い出す必要があるのだろう。


     ◇


 翌朝。


 空には昨日よりも明るい青空が広がり、リーヴェルの街には爽やかな風が吹いていた。


 朝食を終えた四人は、約束どおりガルドの鍛冶屋を訪れた。


「おう、来たな」


 ガルドはカウンターの奥から、布で包んだ大きな盾を取り出した。


 バルドが布を外すと、そこには修理を終えた盾が姿を現した。


 傷ついていた縁の金具は整えられ、裏側の補強部分も新しく固定されている。


 ただし、表面には黒震狼との戦いで刻まれた浅い傷がいくつか残っていた。


「全部消さなかったんだ?」


 ユウキが尋ねると、ガルドは頷いた。


「強度に関係ねえ部分まで削り直す必要はない。使ってりゃ傷は付くもんだ」


 バルドは盾を腕に装着し、ゆっくりと構えてみた。


 昨日まで気になっていた軋みは消え、握りの感触も安定している。


「……いい仕事だ」


「当然だろ」


 ガルドは短く答えた。


 バルドは何度か盾の角度を変えた後、満足そうに頷いた。


「これなら問題ねえ。助かったぜ」


「礼なら、無事に帰ってきてから言え」


 その言葉に、四人は自然と顔を見合わせた。


 ガルドらしい、不器用な気遣いだった。


「行ってきます」


 ユウキが頭を下げる。


「ああ。余計な傷を増やして戻ってくるんじゃねえぞ」


「それ、武器のこと? それとも俺たちのこと?」


 トーマが尋ねる。


 ガルドは鼻を鳴らした。


「両方に決まってんだろうが」


 店を出た四人の背中に、再び金属を打つ音が響き始めた。


     ◇


 迷宮へ向かう前に、四人は冒険者ギルドへ立ち寄った。


 受付には、いつものようにセシリアが立っていた。


「あら、皆さん。今日は装備が揃っているんですね」


「はい。ガルドさんに修理してもらいました」


 ユウキが答えると、セシリアは四人の荷物へ目を向けた。


「……ということは、いよいよ迷宮へ?」


「はい。今日は以前に探索した区域を確認しながら、少し先まで進んでみようと思っています」


 セシリアは小さく頷いた。


「分かりました。それでしたら、こちらを確認していただけますか?」


 彼女が差し出したのは、迷宮の入口付近を記した簡易地図だった。


 以前にも目にしたことのある通路が描かれている。


 ただし、その先には未記入の部分があり、さらに奥へ続く道については詳細な情報が載っていなかった。


「迷宮の地図は、探索が進んでいる区域ほど正確です。ですが、奥へ進むにつれて情報が少なくなります」


「つまり、全部信用して進むわけにはいかないってことか」


 バルドが尋ねると、セシリアは頷いた。


「はい。特に分岐路では、ご自身でも通った道を記録してください」


 ドランが地図を覗き込む。


「持ってきた紙が役に立ちそうだな」


「それと、帰還予定についても確認させてください」


 セシリアは帳簿を開いた。


「今日は日帰りの予定でよろしいですか?」


「はい。無理はせず、夕方までには戻るつもりです」


「分かりました。では、そのように記録しておきます」


 帳簿へ記入したセシリアは、最後にユウキたちを見渡した。


「皆さん、以前よりずっと頼もしくなられましたね」


 思いがけない言葉に、ユウキは目を瞬かせた。


「そうでしょうか?」


「ええ。最初にお会いした頃と比べれば、随分と落ち着いて行動されるようになったと思います」


「俺も?」


 トーマが嬉しそうに尋ねる。


 セシリアは少し考えるような仕草を見せた。


「……トーマさんは、もう少し慎重さが必要でしょうか」


「ええっ!?」


 その反応に、バルドとドランが吹き出した。


「ですが」


 セシリアは柔らかな笑みを浮かべる。


「仲間を大切にされているところは、皆さん変わりませんね」


 ユウキは静かに頷いた。


 ネクシア。


 この四人で結成したパーティーは、決して強者ばかりが集まった集団ではない。


 それでも、互いに支え合いながら、少しずつ前へ進んできた。


「……ありがとうございます」


 ユウキは微笑んだ。


「必ず、全員で戻ってきます」


「はい。お帰りをお待ちしています」


     ◇


 リーヴェルの迷宮は、街から少し離れた岩山の麓に口を開けている。


 周囲には背の低い草木が生え、露出した岩肌には雨風によって削られた細い溝がいくつも走っていた。


 入口の前には簡素な詰所があり、数人の冒険者が装備を整えながら順番を待っている。


 ユウキたちは受付で入場手続きを済ませ、最後の確認を行った。


「灯りは?」


「主灯と予備、両方ある」


 ドランが答える。


「水と食料は?」


「問題ねえ」


 バルドが背負い袋を軽く持ち上げた。


「地図と記録用の紙は?」


「ここだ」


 ドランが腰の袋を叩く。


「短剣は?」


 トーマが得意げに二本の短剣を抜きかけたところで、バルドがその手を押さえた。


「抜くな。確認するだけでいい」


「……はい」


 ユウキは苦笑しながら、自分の剣の柄に触れた。


 ガルドに整えてもらった剣。


 新しいジョブ。


 そして、仲間たち。


 準備は整った。


「……行こう」


 ユウキが一歩踏み出す。


 四人は並んで、迷宮の入口へ向かった。


 外から見れば、それは岩山に開いた大きな洞窟のようだった。


 しかし、一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


 外の暖かな風は途絶え、冷たく湿った空気が肌を撫でた。


 岩壁からは水滴が落ち、暗闇の奥で小さな音を響かせている。


 足元には細かな砂利が散らばり、一歩進むたびに靴底が乾いた音を立てた。


「……やっぱり、雰囲気が違うな」


 トーマが呟く。


「ああ。気を抜くなよ」


 バルドは盾を構え直した。


 ドランがランタンに火を灯すと、橙色の光が周囲の岩壁を照らし出す。


 炎が揺れるたび、壁の凹凸が長い影となって伸び縮みした。


 ユウキは周囲へ意識を向ける。


 振動感知。


 聴覚強化。


 嗅覚強化。


 これまでの探索で身につけた技能を使い、足元や周囲の空気の変化を探った。


 今のところ、大きな異常は感じられない。


「まずは前に通った道を進もう」


 ユウキの言葉に、三人が頷いた。


     ◇


 しばらく進むと、通路は緩やかな下り坂へ変わった。


 地面には湿った土が混じり、ところどころに細い亀裂が走っている。壁面には淡い色の鉱物が筋状に露出し、ランタンの光を受けて鈍く輝いていた。


「……綺麗だな」


 ユウキが呟く。


「おっ、あれ何だ?」


 トーマが壁の一部を指差した。


 そこには、薄青い光を帯びた小さな結晶が埋まっていた。


 大きさは親指の先ほど。


 その表面には細かな筋が走り、周囲の岩とは明らかに異なる光沢を放っている。


「少し見せてくれ」


 ドランが近づいた。


 ランタンを壁へ寄せ、慎重に結晶を観察する。


「……魔力を帯びた鉱物かもしれんな」


「分かるの?」


「素材鑑別を試してみる」


 ドランは結晶に手を近づけ、意識を集中させた。


「……素材鑑別」


 数秒後、その表情がわずかに変わった。


「どうだった?」


 ユウキが尋ねる。


「……妙だな」


「妙?」


「情報が、はっきり出ない」


 ドランは眉を寄せた。


「魔力反応があることは分かるが、材質の詳しい情報が読み取れん。俺の技能レベルが足りないのかもしれない」


 ユウキは結晶を見つめた。


 淡い青色の光。


 それはランタンの炎とは異なり、揺らぐことなく静かに輝いている。


「僕も鑑定してみようか?」


「ああ、頼む」


 ユウキは結晶へ視線を向けた。


「……鑑定」


 視界に文字が浮かび上がる。


【鑑定結果】


名称:未識別の鉱物


分類:魔力を帯びた鉱物


詳細:鑑定不能


「……あれ?」


 ユウキは目を細めた。


 名称が分からないだけでなく、詳しい性質まで読み取れない。


 鑑定 Lv.3でも、すべてを見通せるわけではないことは理解している。


 だが、これまでの浅い区域では、こうした反応を見る機会は少なかった。


「……詳しいことは分からないみたい」


「やっぱりか」


 ドランは興味深そうに結晶を見つめた。


「採取して調べたいところだが……」


「ちょっと待って」


 ユウキが声をかける。


 その瞬間だった。


 足元から、微かな振動が伝わってきた。


 最初は、誰かが遠くを歩いているような小さな揺れだった。


 だが、それはすぐに違うものだと分かった。


 規則的ではない。


 地面の奥を、何かが擦りながら移動しているような感覚。


「……何かいる」


 ユウキの声に、三人の表情が変わった。


「どこだ?」


 バルドが盾を構える。


「……下。たぶん、地面の中」


 ユウキは身を低くし、振動の方向を探った。


 右の壁際。


 そこから足元へ向かって、細かな揺れが近づいてくる。


「トーマ、下がって!」


「分かった!」


 トーマが素早く後退した、その直後。


 ガリッ――!


 硬いものが岩を削る音が響いた。


 右側の壁に細い亀裂が走り、その隙間から砂と小石がぱらぱらと落ち始める。


「……来るぞ!」


 バルドが声を張り上げた。


 次の瞬間、壁の一部が内側から押し破られた。


 砕けた岩片が通路へ飛び散り、舞い上がった土埃がランタンの光を遮る。


「くっ……!」


 ユウキは腕で顔を庇いながら、一歩後ろへ跳んだ。


 土煙の向こうで、何かが動いている。


 地面を擦る、硬い音。


 低く響く、不気味な唸り。


 その存在は、明らかにこちらへ向かっていた。


「ユウキ!」


 トーマの声が響く。


 ユウキは剣を抜き、足元の状態を確かめながら構えを取った。


 視界の向こうには、まだ魔物の全貌が見えていない。


 それでも、確かなことが一つあった。


 今回の迷宮探索は、ただの下見では終わりそうにない。


 土煙の中で、再び岩を砕く音が響いた。


 そして――暗がりの奥から、硬い外殻に覆われた何かが姿を現し始めた。


――第83話 完。

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