第71話 西の村へ
リーヴェルの西門を出ると、街の喧騒は少しずつ遠ざかり、代わりに荷車の車輪が地面を踏む音と、馬の蹄が鳴らす規則正しい足音が聞こえるようになった。
街道の両脇には収穫を終えた畑が広がり、ところどころに積み上げられた藁束が朝日に照らされている。遠くには緩やかな丘陵地帯が続き、その先には深い緑色の森が見えていた。
東部街道とは違い、この道は比較的見通しが良い。しかし、村へ近づくにつれて街道は細くなり、左右の畑も次第に雑木林へ変わっていく。木々の間から魔物が飛び出してきた場合、すぐに対応できるとは限らなかった。
ユウキは腰の剣へ軽く手を添えながら、前方へ視線を向けた。
8級の軽量片手剣。
ガルドが後払いで渡してくれた、新しい武器だった。
昨日は宿の裏手にある空き地で、身体に負担をかけない範囲で剣の扱いを確かめていた。
以前の鉄ショートソードより少し長い刃は、攻撃できる間合いを広げてくれる一方、狭い場所で不用意に振れば周囲の木や仲間へ当たる危険もある。
まだ完全に慣れたわけではない。
それでも、握りの感覚は確かに手へ馴染み始めていた。
「ユウキ、少しいいか?」
後方からドランの声が聞こえた。
ユウキは歩く速度を緩める。
「はい、どうしました?」
「荷車の右側へ少し寄ってくれ。前方に道幅が狭くなる場所がある」
ドランが指差した先では、街道脇の土が雨によって削られ、浅い溝ができていた。
左側には高さのある土手が続き、右側には木々が生え、枝が道の上へ張り出している。
荷車が通過するとき、馬が溝を避けて左へ寄れば、車輪が土手へ近づきすぎる可能性があった。
「わかりました」
ユウキは荷車の右前方へ移動した。
その後ろでは、バルドが新しい軽量複合盾を左腕に装着し、片手斧を腰へ下げて歩いている。
トーマは荷車の左側を担当し、ときおり雑木林へ視線を向けながら周囲の様子を確かめていた。
今回の隊列は、以前の護衛依頼での反省を踏まえて決めたものだった。
ユウキが前方を警戒し、トーマが左側を確認する。バルドは荷車の右後方で防御を担当し、ドランは車輪や積荷の状態を確認しながら荷車の近くを歩く。
それぞれが離れすぎず、何かが起きた場合には互いの姿を確認できる距離を保っていた。
荷車を操るのは、村へ生活物資を届ける商人の男性だった。
年齢は50歳前後。日に焼けた顔には深い皺が刻まれているが、馬を扱う手つきには慣れが感じられた。
「この先は少し揺れますよ」
商人が手綱を軽く引きながら声をかけた。
「はい。右側は確認しておきます」
ユウキが答えると、荷車はゆっくりと溝へ近づいた。
馬が歩幅を小さくし、前脚を慎重に置く。
車輪が溝の横を通過するとき、荷車がわずかに右へ傾いた。
ドランは積荷を固定している縄を確かめながら、商人へ声をかける。
「問題ない。そのまま進んでくれ」
荷車が無事に通過すると、商人は安堵したように息を吐いた。
「助かりました。最近は雨が多くて、道が傷みやすいんですよ」
「村まで、こういう場所が多いんですか?」
ユウキが尋ねる。
「いえ、ここを過ぎればしばらくは平坦です。ただ、村の近くには森があるので、落ち葉や枝が道へ積もることもありますね」
商人は前方へ視線を向けた。
「それに、最近は村の周りで妙なことが起きているようで」
「妙なこと?」
「畑を荒らす魔物が出るという話は聞いているでしょう?」
「はい」
「それだけじゃないんです。夜になると、村の西側の森から獣の鳴き声が聞こえるそうでしてね」
トーマが耳を傾けた。
「獣の鳴き声?」
「ええ。ただ、村の人間でも聞いたことのない声だそうです」
ユウキは眉を寄せた。
森に魔物がいること自体は珍しくない。しかし、普段とは違う鳴き声が続いているというのは気になる話だった。
「それは、いつ頃からですか?」
「詳しいことはわかりませんが、ここ数日だと聞いています。もっとも、私も直接聞いたわけではありません。村へ着いたら、村長に聞いてみるといいでしょう」
「ありがとうございます」
ユウキは頷いた。
◇◆◇
昼前になると、街道の周囲に生えている木々が少しずつ増え始めた。
左右には細い雑木林が広がり、道の先では緩やかな坂が続いている。
日差しは十分に届いていたが、木々の根元には背の高い草が生え、場所によっては奥の様子が見えにくかった。
トーマは歩きながら、左側の茂みへ視線を向けた。
「ねえ、ユウキ」
「どうしたの?」
「なんか、さっきから音がするんだよね」
ユウキは足を止めた。
「音?」
「うん。風で葉っぱが揺れるのとは違う感じ。何かが草を踏んでるみたいなんだ」
トーマは左手を腰の短剣へ添えた。
ユウキも歩みを止め、周囲へ意識を集中した。
森から漂う土と植物の匂い。
その奥に混じる、かすかな獣臭。
嗅覚強化によって匂いを確かめると、左側の茂みから生き物の気配が漂ってくることがわかった。
「確かに、何かいる」
ユウキは小声で答えた。
ドランが荷車の近くから顔を上げる。
「どうした?」
「左側の茂みに、何かいるみたいです」
その言葉を聞き、バルドはすぐに荷車と茂みの間へ移動した。
「商人殿、少し止まってくれ」
「わ、わかりました」
商人は手綱を引き、馬を落ち着かせた。
荷車が停止すると、周囲は急に静かになった。
車輪の音が消えたことで、雑木林の奥から聞こえる小さな物音がはっきりと感じられるようになる。
草を踏む音が、断続的に聞こえた。
ユウキは左側の茂みへ視線を向けた。
街道からおよそ8メートル先。
背の高い草が密集している場所だった。
「トーマ、見える?」
「まだ。でも、いるのは間違いないと思う」
トーマは腰を落とし、双短剣の柄へ手を添えた。
バルドは荷車の前方へ立ち、軽量複合盾を構える。ドランは商人の横へ移動し、逃げる必要が生じた場合に備えて馬の周囲を確認していた。
ユウキが剣の柄を握った、そのときだった。
茂みが大きく揺れ、緑色の皮膚を持つ小柄な魔物が姿を現した。
「小鬼だ!」
トーマが声を上げた。
魔物は人間の子供ほどの背丈で、細い手足と大きな耳を持っている。右手には粗末な木製の棍棒を握り、黄ばんだ歯を剥き出しにして威嚇していた。
その後ろから、さらに2体が現れる。
1体は先頭の個体よりわずかに大きく、手には欠けた石刃を握っていた。もう1体は背が低いものの肩幅が広く、太い木の棒を引きずるようにして歩いている。
合計3体。
ユウキは剣を抜こうとして、手を止めた。
今の自分には、戦う前に確かめられることがある。
――鑑定。
ユウキは先頭の小鬼へ意識を集中した。
視界の中へ、淡い文字が浮かび上がる。
【鑑定結果】
名称:小鬼
種族:小鬼族
魔物ランク:1(下級魔物)
レベル:3
HP:30
MP:2
STR:10
VIT:6
AGI:9
MAG:1
MND:4
DEX:7
習得技能:
繁殖 Lv.2
棍棒術 Lv.1
ユウキは素早く情報を確認した。
棍棒術を持つ個体。
大きく力が突出しているわけではないが、武器を扱う技能を持っている以上、単純な獣よりも攻撃の軌道へ注意する必要がある。
それに、繁殖という技能が表示されていた。
戦闘に直接関係する技能には見えないが、小鬼族の生態に関わるものなのかもしれない。
今は詳しく考えている余裕がない。
続いて、石刃を持つ2体目へ視線を向けた。
【鑑定結果】
名称:小鬼
種族:小鬼族
魔物ランク:1(下級魔物)
レベル:4
HP:36
MP:3
STR:9
VIT:7
AGI:12
MAG:1
MND:5
DEX:11
習得技能:
繁殖 Lv.3
短剣術 Lv.1
足捌き Lv.1
ユウキの目がわずかに細くなった。
2体目は、最初の小鬼より敏捷性と器用さが高い。
しかも、短剣術と足捌きを習得している。
手にしているのは粗末な石刃だが、動きの速さを活かして接近してくる可能性がある。
そして、こちらにも繁殖の技能があった。
ただし、先頭の個体とはレベルが異なっている。
最後に、太い木の棒を持った3体目を鑑定した。
【鑑定結果】
名称:小鬼
種族:小鬼族
魔物ランク:1(下級魔物)
レベル:2
HP:27
MP:1
STR:12
VIT:8
AGI:6
MAG:1
MND:3
DEX:5
習得技能:
繁殖 Lv.1
打撃強化 Lv.1
こちらはレベルこそ低いものの、3体の中で筋力が最も高い。
敏捷性は低いが、打撃強化を持っているため、棍棒による一撃には注意が必要だった。
そして、この個体も繁殖の技能を持っている。
3体すべてに共通する技能。
しかし、その技能レベルは異なっていた。
ユウキはわずかな疑問を覚えた。
小鬼族は、すべての個体が繁殖を持っているのだろうか。
だとすれば、それはほかの魔物にはない、種族としての特徴なのかもしれない。
ただ、今はそのことを考える時間ではなかった。
ユウキは鑑定結果を頭の中で整理した。
同じ小鬼族。
同じランク1。
それでも、レベルも能力も技能も異なっている。
同じ種族だからといって、同じ戦い方をするわけではないのだ。
「みんな、聞いて!」
ユウキは仲間たちへ声をかけた。
「鑑定できた。3体ともランク1の小鬼だけど、それぞれ能力が違う!」
トーマが顔を向ける。
「どんな感じ?」
「先頭の棍棒持ちはレベル3で、棍棒術を持ってる。石刃を持ってるやつはレベル4。足捌きがあるから、動きが速いと思う!」
「そいつは僕が相手する!」
トーマは短く答え、双短剣を抜いた。
「最後の大きな棒を持っているやつはレベル2。でも、筋力が高くて打撃強化を持ってる。バルドさん、気をつけてください!」
「承知した。正面から強引には受けん」
バルドは盾を構え直した。
ドランも頷く。
「わしは荷車と商人殿を守る。魔物が抜けてきたら対応するから、無理に追いかけるな」
「はい!」
ユウキは剣を抜いた。
新しい8級の軽量片手剣。
鞘から滑り出した刃が、木々の間から差し込む日差しを受けて白く輝いた。
先頭の小鬼が棍棒を振り上げる。
「ギィッ!」
その声を合図に、3体が動き始めた。
◇◆◇
最初に街道へ飛び出したのは、棍棒を持ったレベル3の小鬼だった。
ユウキとの距離は、およそ7メートル。
短い脚で地面を蹴りながら接近し、右腕を大きく振りかぶる。
ユウキは相手の肩と肘の動きを見ていた。
棍棒が振り下ろされる直前、右肩が大きく持ち上がった。
狙いは自分の頭から右肩にかけて。
ユウキは左足を半歩後ろへ引き、身体を斜めにして攻撃の軌道から外れた。
棍棒が肩の横を通り過ぎ、乾いた地面へ叩きつけられる。
土が小さく跳ね上がった。
その隙に、ユウキは右足を踏み込んだ。
新しい軽量片手剣を下から斜めへ振り上げる。
刃は小鬼の胴体を捉え、緑色の皮膚を裂いた。
「ギャッ!」
小鬼が甲高い声を上げ、数歩後方へよろめく。
しかし、まだ倒れない。
棍棒を握り直し、今度は身体を捻るようにして横薙ぎの攻撃を繰り出そうとした。
ユウキはその動きを見て、一歩だけ後退した。
ここで無理に踏み込めば、棍棒の間合いに入る。
逆に、距離を取りすぎれば反撃の機会を逃す。
ユウキは剣先を相手へ向けたまま、小鬼が攻撃を始める瞬間を待った。
棍棒が横へ振り抜かれる。
ユウキは身体を後方へ逃がし、棍棒の先端をわずかな距離で避けた。
そして、相手が腕を振り切った瞬間に踏み込む。
右手の剣を引き寄せ、今度は上から斜めへ振り下ろした。
小鬼の肩口へ刃が入り、そのまま胸元を深く切り裂く。
魔物は棍棒を落とし、膝から地面へ崩れ落ちた。
ユウキは剣を引き戻し、すぐに周囲へ視線を向けた。
1体目を倒した。
だが、まだ2体残っている。
少し離れた左側では、トーマが石刃を持ったレベル4の小鬼と向かい合っていた。
こちらの小鬼は、先頭の個体とは明らかに動き方が違った。
上体を低く保ち、足を細かく動かしながらトーマの周囲を回っている。
右手の石刃を突き出すと見せかけ、すぐに引き戻す。
相手の反応を探っているのだ。
「なるほどね」
トーマは双短剣を構えた。
左右の手へ伝わる重さはほぼ同じ。
以前より、武器を持ち替えるような感覚が少なかった。
小鬼が左側へ踏み込んだ。
トーマはそれに合わせて身体を向ける。
しかし、相手はすぐに足を止め、右側へ回り込んできた。
「……っ!」
石刃が腹部へ向かって突き出される。
トーマは咄嗟に右足を引き、身体を半身にして攻撃を避けた。
石刃の先端が革装の表面をかすめる。
だが、深くは入らなかった。
トーマは左手の短剣を相手の右腕へ当て、石刃を外側へ押し流した。
そのまま右手の短剣を前へ突き出す。
狙いは脇腹。
しかし、小鬼は足捌きを活かして半歩後退し、刃の先端を避けた。
「速い!」
トーマは思わず呟いた。
鑑定で敏捷性が高いことはわかっていた。
それでも、実際に向かい合うと、攻撃の間合いへ入る難しさがよくわかる。
小鬼は再び前へ出た。
右手の石刃を低く構え、トーマの左脇腹を狙って踏み込んでくる。
トーマは今度、すぐには後退しなかった。
相手が距離を詰めてきた瞬間、左足を軸に身体を右へ回し、石刃の軌道から外れる。
同時に、左手の短剣で相手の腕を押さえ、右手の短剣を脇腹へ突き出した。
刃が小鬼の身体へ入り込む。
「ギィッ!」
魔物が叫び、左手でトーマの腕を掴もうとした。
しかし、トーマは短剣を引き抜くと同時に後方へ跳び、掴みかかる手を避けた。
そのまま足を止めず、相手の左側へ回り込む。
小鬼が身体を向け直そうとする。
だが、傷ついた脇腹を庇ったことで、その動きがわずかに遅れた。
トーマはその隙を見逃さなかった。
左手の短剣で石刃を持つ腕を外側へ払い、右手の短剣を低い位置から振り上げる。
刃が小鬼の首元を捉えた。
魔物は短い声を漏らし、地面へ倒れ込んだ。
トーマはすぐに距離を取り、周囲を確認する。
「よし!」
新しい双短剣は、確かに扱いやすい。
しかし、相手の足捌きも予想以上だった。
もし鑑定で技能を確認していなければ、最初の踏み込みを不用意に追いかけ、反撃を受けていたかもしれない。
トーマは短剣を構え直し、荷車の方向へ目を向けた。
3体目の小鬼は、ユウキとトーマが戦っている間に荷車へ向かっていた。
レベル2。
3体の中では最もレベルが低い。
しかし、筋力は最も高く、打撃強化の技能を持っている。
ユウキからその情報を聞いていたバルドは、小鬼が近づくより先に荷車の前へ立っていた。
「ここは通さん!」
バルドは新しい軽量複合盾を左前方へ構える。
小鬼は太い木の棒を両手で握り、頭上へ大きく振り上げた。
その腕に、わずかな力の高まりが見えた。
打撃強化。
技能の効果によって、次の一撃は通常より重くなる可能性がある。
バルドは盾を真正面へ向けて固定するのではなく、上端をわずかに右へ傾けた。
小鬼が踏み込む。
太い木の棒が、勢いよく振り下ろされた。
ガンッ!
重い音とともに、木の棒が盾の上部へ当たった。
衝撃が左腕から肩へ伝わる。
しかし、バルドは腕だけで受け止めようとはしなかった。
左足を半歩後ろへ引き、腰を落とす。
同時に盾の角度を変え、打撃の力を右下へ滑らせた。
木の棒が盾の表面を擦り、そのまま横へ逸れていく。
攻撃を振り切った小鬼の身体が、前方へ流れた。
バルドはその瞬間、盾を少し押し出した。
盾の縁が小鬼の肩へ当たり、相手の姿勢が大きく崩れる。
小鬼は後退しようとしたが、すでに片足へ重心が偏っていた。
バルドは右足を踏み込み、腰の片手斧を横から振り抜いた。
刃が小鬼の胴体へ食い込む。
魔物は木の棒を落とし、地面へ倒れ込んだ。
バルドは追撃せず、盾を構え直して周囲を確認した。
3体とも、すでに動かなくなっている。
「終わったか」
低く呟く。
ユウキも剣を構えたまま、雑木林の奥を確認した。
ほかに動く影は見えない。
トーマも少し離れた場所から周囲を警戒している。
しばらくして、ドランが口を開いた。
「今のところ、ほかに魔物はいなさそうだ」
ユウキは頷いた。
それでも、すぐには剣を収めなかった。
黒震狼との戦いで学んだことがある。
目の前の敵を倒したからといって、危険がすべて去ったとは限らない。
周囲を確認し、安全を確かめてから、ようやく戦闘は終わるのだ。
ユウキは雑木林へもう一度視線を向けた。
風が吹き、背の高い草が静かに揺れている。
新たな魔物の姿はなかった。
「大丈夫そうだね」
トーマが言った。
ユウキは頷いた。
「うん。荷車に戻ろう」
4人はそれぞれの位置へ戻り、商人の無事を確認した。
◇◆◇
「助かりました」
商人は深く頭を下げた。
「まさか、こんなところで小鬼が出るとは思いませんでした」
「怪我はありませんか?」
ユウキが尋ねる。
「ええ。皆さんのおかげで」
商人は安堵したように息を吐いた。
ドランは荷車の周囲を確認した。
馬は少し興奮しているものの、怪我はない。
積荷を固定している縄も緩んでおらず、車輪にも異常は見られなかった。
「荷車も問題ないな」
ドランが言った。
バルドは盾を外し、革帯を確かめた。
先ほど打撃強化を受け止めた部分には小さな擦り傷があるだけで、補強金具が歪んだ様子はない。
「いい盾だ」
バルドが感心したように呟いた。
「以前の盾より、ずっと扱いやすい」
トーマも双短剣を見つめていた。
「僕も、新しい短剣の方が動きやすかった!」
ユウキは笑った。
「うん。僕も剣の違いを感じたよ」
そして、少し考えてから続けた。
「でも、鑑定しておいてよかった」
トーマが頷いた。
「うん。あの石刃を持ってた小鬼、思ったより素早かったからね。先に足捌きがあるって聞いてなかったら、もっと慌ててたと思う」
バルドも頷く。
「わしもだ。打撃強化を持っているとわかっていたから、正面から力比べをせずに済んだ」
ドランは腕を組んだ。
「情報は立派な武器になる。特に相手の能力を事前に確認できるというのは、戦術を考えるうえで大きい」
ユウキは自分の手を見下ろした。
鑑定Lv.2。
帝国の貴族、エルヴィン・クロードから略奪した技能。
その力が、今では仲間たちを守る助けになっている。
だが、黒震狼を鑑定しようとしたときには失敗した。
つまり、この技能にも限界がある。
それでも、使える場面で使わない理由はなかった。
「これからも、戦う前にはできるだけ鑑定してみるよ」
ユウキが言うと、ドランが頷いた。
「そうだな。ただし、鑑定に気を取られて攻撃を受けるようなことは避けろ。情報を得ることより、生き残ることが優先だ」
「はい」
ユウキは真剣に頷いた。
今回の戦闘では、鑑定で得た情報と、新しい装備の性能がうまく噛み合った。
だが、それだけで満足してはいけない。
魔物の能力を知ること。
仲間へ伝えること。
そして、実際の動きに合わせて判断すること。
そのすべてが重要なのだ。
4人は魔物の死骸が街道の通行を妨げないよう端へ移し、安全を確認したうえで魔石を回収した。
回収した魔石はドランが袋へ収め、後でギルドへ報告することになった。
それから、荷車は再び西へ向かって進み始めた。
◇◆◇
午後になると、街道の先に小さな村が見えてきた。
木製の柵に囲まれた集落。
その周囲には畑が広がり、少し離れた場所には低い丘が続いている。
村の背後には森があり、木々の間から細い道が奥へ伸びていた。
ユウキは村を見つめながら、少しだけ首を傾げた。
村の入口付近には、数人の男性が集まっている。
手には農具や木製の棒を持っており、何かを警戒しているようだった。
「あれ?」
トーマも気づいたらしい。
「なんか、様子がおかしくない?」
バルドが目を細めた。
「村の者たちが、入口を見張っているようだな」
商人はその光景を見て、少し顔を曇らせた。
「やはり、まだ騒ぎが続いているようですね」
荷車が村の入口へ近づくと、見張りをしていた男性の1人が駆け寄ってきた。
「おお、戻ってきたか!」
商人は手綱を緩め、馬を止めた。
「ただいま戻りました。頼まれていた物資も積んであります」
「助かった。村長も待っている」
男性はそう言うと、ユウキたちへ視線を向けた。
「そちらの方々は?」
「リーヴェルから来てくれた冒険者の皆さんです。荷車の護衛と、村周辺の安全確認をお願いしています」
男性の表情が少し明るくなった。
「そうか。冒険者が来てくれたのか」
しかし、その顔には疲労の色が濃く残っていた。
ユウキは気になって尋ねた。
「何かあったんですか?」
男性は一瞬だけ迷ったあと、村の奥へ視線を向けた。
「昨夜も、畑が荒らされたんだ」
「またですか?」
商人が尋ねる。
「ああ。今度は西側の畑だ。柵が壊されて、作物がかなり駄目になった」
男性は悔しそうに拳を握った。
「それだけじゃない。夜中に見張りをしていた若い者が、森の方で何かを見たと言っている」
ユウキは顔を上げた。
「何を見たんですか?」
「大きな影だ」
その言葉に、4人は顔を見合わせた。
「小型の魔物じゃないんですか?」
ユウキが尋ねる。
「わからん。ただ、見張りの話じゃ、背丈は人間の腰くらいあったらしい」
男性は続けた。
「しかも、1体じゃなかったそうだ」
トーマが眉を寄せた。
「複数?」
「ああ。森の中に、いくつも影が見えたらしい」
ユウキは村の背後に広がる森へ視線を向けた。
木々の間は薄暗く、奥の様子は見えない。
ただ、風に揺れる枝葉の向こうには、何かが潜んでいても不思議ではない深さがあった。
「村長に、詳しく話を聞かせてもらえますか?」
ユウキが尋ねる。
男性は頷いた。
「もちろんだ。案内しよう」
荷車は村の中へ進み始めた。
◇◆◇
村の中央には、小さな広場があった。
周囲には木造の家が並び、その一角には井戸が設けられている。広場の端では数人の女性が水を汲み、子供たちが家の前で遊んでいたが、どこか落ち着かない様子だった。
村の奥へ進むと、少し大きな木造の建物が見えてきた。
その前には、白髪の老人が立っている。
村長だった。
老人は荷車が近づくのを見ると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「よく来てくださった」
深く頭を下げる。
「私は、この村の村長を務めている者です」
ユウキも頭を下げた。
「リーヴェルの冒険者ギルドから来ました。ネクシアのユウキです」
続いて、トーマ、バルド、ドランも挨拶をした。
村長は4人の姿を見渡し、少し安堵したように頷いた。
「冒険者の方々が来てくださって、本当に助かります」
その言葉には、切実な響きがあった。
ユウキは静かに尋ねた。
「村の周りで、魔物が出ていると聞きました」
村長の表情が曇った。
「はい。最初は畑の作物が少し荒らされる程度でした。しかし、ここ数日で被害が大きくなっています」
老人は村の西側を指差した。
「あちらの畑では、柵が壊され、作物が踏み荒らされました。夜間に見張りを立てていますが、魔物の姿をはっきり確認できた者はほとんどおりません」
「複数いるんですか?」
トーマが尋ねる。
「そのようです」
村長は頷いた。
「昨夜、見張りをしていた若者が、森の縁に何体もの影を見たと話しています」
バルドが腕を組んだ。
「どのくらいの大きさだった?」
「大きいもので、人間の腰ほどの高さだと聞いています。ただ、暗かったため、正確ではありません」
ドランが口を開いた。
「柵の壊れ方を見れば、ある程度はわかるかもしれんな」
村長は顔を上げた。
「調べていただけますか?」
「はい」
ユウキは頷いた。
「まずは被害のあった畑を見せてください。それから、夜間の警戒について考えましょう」
村長は安堵したように息を吐いた。
「ありがとうございます」
ユウキは仲間たちへ視線を向けた。
トーマは双短剣の柄へ手を添え、バルドは軽量複合盾を背負い直している。
ドランも工具袋を確かめ、村長の案内を待っていた。
4人は互いに頷き合った。
そして、村の西側へ向かって歩き始めた。
まだ、この村で何が起きているのかはわからない。
畑を荒らす魔物が何なのか。
なぜ最近になって数が増えたのか。
その答えを探すために、ネクシアは新たな調査へ踏み出した。
――第71話 完。




