第70話 新たな装備
リーヴェルの朝は、鍛冶場から響く金属音とともに始まる。
石畳の通りにはまだ夜の冷たさが残っていたが、職人街へ近づくにつれて空気は次第に暖かくなり、炉で燃やされる木炭の匂いが風に混じり始めた。
ユウキたちネクシアの4人は、冒険者ギルドへ向かう前に『鉄火の槌』を訪れていた。
目的は、新しい装備の価格を確認すること。
先日の護衛依頼で黒褐色の巨大な魔物と遭遇した際、ユウキの鉄ショートソードとバルドの木鉄盾は大きく損傷していた。
ガルドは修理することも可能だと説明したが、今後も冒険者として活動するなら、新しい装備へ買い替えた方がよいと助言していた。
その言葉は、4人の心に残っている。
特にユウキは、森での戦闘を思い返すたびに、自分たちの装備と実力がまだ十分ではないことを痛感していた。
黒い巨体が迫り、赤い光が背中を走った瞬間。
剣を振り抜いても、硬い毛と筋肉に弾かれた感触。
バルドが盾を構え、全身で衝撃を受け止めていた姿。
あの魔物と再び遭遇したとしても、今のままでは同じ結果になる保証さえない。
「……着いたよ」
トーマの声に、ユウキは顔を上げた。
店の扉は半分ほど開いており、奥からは槌を振り下ろす規則正しい音が聞こえている。
中へ入ると、炉の前でガルドが鉄製の金具を加工していた。
厚手の革の前掛けを身につけ、額には汗が滲んでいる。赤く熱せられた金属へ槌を振り下ろすたびに火花が飛び、作業台の周囲へ小さな光が散った。
ガルドは最後の一打を加えると、金具を水槽へ沈めた。
ジュウッという音とともに白い蒸気が立ち上る。
「……おう。来たか」
こちらへ気づいたガルドが、布で額の汗を拭った。
「昨日見せた装備の件だな?」
「はい。値段を聞いておこうと思って」
ユウキが答えると、ガルドは頷いた。
「ちょうどいい。候補はまだ置いてある」
ガルドは4人を店の奥へ案内した。
棚には、先日紹介された武具が並べられている。
ユウキのために選ばれた8級の軽量片手剣。
トーマの戦い方に合わせた8級の双短剣と9級の軽量革装。
バルドに適した8級の軽量複合盾。
そして、ドラン向けの8級技工鎚と携帯補修道具一式。
どれも、4人が現在使っている装備より一段上の性能を持つものだった。
「……やっぱり、いいなぁ」
トーマが双短剣を見つめ、嬉しそうに呟く。
その横で、ドランは技工鎚を手に取り、柄の太さと重心を確かめていた。
バルドは軽量複合盾の裏側にある革帯を確認し、ユウキは細身の片手剣へ視線を向けていた。
ガルドはその様子を見渡し、作業台へ帳面を置いた。
「さて、値段を説明するぞ」
◇◆◇
ガルドが最初に示したのは、バルドの軽量複合盾だった。
「8級の軽量複合盾。銀貨4枚だ」
「……銀貨4枚か」
バルドは腕を組んだ。
「以前の木鉄盾より高いが、作りはかなり違うぞ」
ガルドは盾を裏返し、金属の補強部分を指で叩いた。
「こいつは外周だけを固めてるわけじゃねえ。中央の木材にも厚みを持たせてあるし、衝撃を受けたときに力が一か所へ集中しにくいよう作ってある」
盾の正面はわずかに膨らみ、金属製の縁が滑らかな曲線を描いている。
裏側には腕を固定する革帯と取っ手があり、長時間構えても手首だけへ負担がかからない構造になっていた。
「お前はただ受け止めるだけじゃなく、盾の角度を変えて攻撃を逸らす戦い方をしてる。だから、こいつが合う」
バルドは慎重に左腕へ通し、身体の前へ構えた。
肩の負傷は大きく回復しているが、無理をしないよう動きを抑えながら角度を変えていく。
「……なるほど。以前の盾より取り回しやすい」
「だろうな。ただし、これでもあの巨大な魔物の突進を真正面から受け止められるとは思うなよ」
ガルドは真剣な表情で言った。
「盾が壊れなくても、使ってる人間の身体が耐えられなきゃ意味がねえ」
バルドは静かに頷いた。
「……そのとおりだな」
続いて、ガルドはユウキの軽量片手剣を作業台へ置いた。
「こっちは銀貨3枚だ」
ユウキは鞘を手に取り、ゆっくりと刃を引き抜いた。
現在使っている鉄ショートソードより少し長い。
しかし、握ってみると重さの違いは予想していたほど大きくなかった。
剣の重心が握りに近く、切っ先の向きを変えても手首へ余計な負担がかかりにくい。
「……これなら、今までより間合いを広く取れそうです」
「そうだ。ただし、刃が長くなった分、狭い場所での扱いには注意しろ」
ガルドはユウキの構えを見ながら続けた。
「お前は素早い斬撃や切り返しを使うんだろ? なら、剣先ばかり重い武器より、こっちの方が合ってる」
ユウキは頷いた。
あの森では、黒震狼の前脚へ剣を届かせようとして、一歩深く踏み込みすぎたことがあった。
相手の攻撃範囲へ入り込みすぎれば、回避する余裕がなくなる。
わずかな間合いの違いが、生死を分けることもあるのだ。
軽量片手剣を鞘へ収めると、ガルドはトーマの方へ向き直った。
「8級の双短剣は、2本組で銀貨4枚。9級の軽量革装は銀貨2枚だ」
「……合わせて銀貨6枚!?」
トーマが目を丸くする。
「そりゃそうだ。双短剣は左右の重さと重心を揃えてある。手間がかかってるんだよ」
ガルドは2本の短剣を並べた。
どちらも刃の長さは同じだが、単に同じ形をしているだけではない。柄の内部にある金属の配分まで調整されており、左右の手で振った際に感覚の違いが出にくいよう作られていた。
トーマは慎重に握り、刃先を下へ向けたまま左右の手首を動かしてみる。
「……すごい。やっぱり動かしやすい」
「お前みたいに両手で攻撃する奴には、武器の重さが揃ってる方がいい。片方だけ重いと、連続攻撃の途中で動きが乱れるからな」
続いて、ガルドは軽量革装を持ち上げた。
「こっちは胸と肩を中心に補強してあるが、腰回りは柔らかく作ってある。走ったり、身体を捻ったりする動きの邪魔になりにくい」
トーマは防具を身体へ当てた。
胸元を覆う革には十分な厚みがあるが、肩の付け根には動かしやすいよう余裕が残されている。
現在の軽装より、明らかに防御面で安心感があった。
「……これもいいなぁ」
トーマは名残惜しそうに呟いた。
最後に、ガルドはドランの技工鎚と携帯補修道具一式を示した。
「8級の技工鎚は銀貨3枚。補修道具一式は銀貨1枚だ」
ドランは技工鎚を握り、何度か持ち替えた。
片側は平らな打撃面となっており、反対側は細かな作業にも使いやすい形状をしている。
握りの部分には適度な凹凸があり、手袋を着けた状態でも滑りにくい。
「……確かに、わしには扱いやすそうだ」
「お前は力任せに振り回すより、狙った場所へ正確に当てる方が向いてるだろうからな」
ガルドは頷いた。
「それに、技工士なら道具の扱いも慣れてるだろう。戦闘だけじゃなく、細かい作業にも使える方が便利なはずだ」
ドランは満足そうに頷いた。
こうして、全員の装備の価格が明らかになった。
だが、合計金額を考えると、4人の表情は自然と険しくなっていった。
◇◆◇
店の隅にある小さなテーブルへ移動すると、ドランが帳面を開いた。
これまでの依頼で得た収入と、食費や宿代などの出費。
さらに、ネクシアの共同資金についても記録されている。
「……今回の護衛依頼で受け取った銀貨8枚のうち、銀貨2枚は共同資金として残してある」
ドランが説明した。
「残りの銀貨6枚は4人で分けた。つまり、1人あたり銀貨1枚と半枚分だ」
トーマが頷く。
「うん」
「だが、今回の装備を全部揃えるとなると、それだけでは到底足りん」
ドランは必要な金額を書き出した。
ユウキの軽量片手剣が銀貨3枚。
トーマの双短剣と軽量革装が銀貨6枚。
バルドの軽量複合盾が銀貨4枚。
ドランの技工鎚と補修道具一式が銀貨4枚。
合計は銀貨17枚。
4人は帳面を見つめた。
「……結構するね」
トーマが呟く。
バルドは腕を組み、少し考え込んだ。
「わしの盾は、最優先だな」
「そうですね」
ユウキも頷いた。
以前の木鉄盾は内部まで損傷しており、ガルドからも次の戦闘で使うことは勧められないと言われている。
盾がなければ、ネクシアの防御力は大きく下がってしまう。
「……共同資金から銀貨1枚を使って、残りはバルドさんが負担する形ではどうでしょう?」
ユウキが提案した。
バルドは頷いた。
「それなら問題ない。以前の依頼で得た金も少し残っておる」
ドランも頷く。
「共同資金に銀貨1枚を残せるなら、悪くない案だ」
続いて、ドランは携帯補修道具一式の購入を希望した。
銀貨1枚。
それはドラン自身の手持ちから支払うことになった。
しかし、それ以外の装備となると話は変わってくる。
ユウキは自分の財布を見下ろした。
銀貨3枚を支払えば、生活費まで圧迫しかねない。
トーマも同じように困った表情をしている。
ドランも技工鎚の購入については、少し慎重になっていた。
「……やっぱり、全部は無理だね」
トーマが小さく笑った。
「そうだな」
ドランが頷く。
「まずは盾と補修道具だけ購入して、残りは次の依頼で稼いでから考えよう」
ユウキも頷いた。
無理な買い物をするべきではない。
いくら装備を整えたくても、生活できなくなってしまえば意味がないのだから。
「……じゃあ、今回はそれで」
ユウキが口を開いた、そのときだった。
「……待て」
作業台の向こうから、低い声がした。
ガルドだった。
いつの間にか作業を止め、4人の話を聞いていたらしい。
その表情は、先ほどまでとは違っていた。
「……ガルドさん?」
ユウキが尋ねる。
ガルドはしばらく何も言わず、4人を見渡した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……お前ら、あの森で戦った魔物のことを、もう一度詳しく話してくれ」
◇◆◇
ガルドの問いに、ユウキたちは顔を見合わせた。
先日の護衛依頼で遭遇した巨大な魔物。
その存在について、ガルドには装備が壊れた理由を説明していたが、戦闘の詳細までは話していなかった。
ユウキは少し考えたあと、当時の出来事を説明し始めた。
黒褐色の巨大な四足獣が森から現れたこと。
赤い光を身体へ纏い、通常では考えられない速度で加速したこと。
前脚へ灰色の光を集め、地面へ強い衝撃を伝えてきたこと。
そして、こちらの動きを観察し、攻撃方法を変えてきたこと。
ガルドは腕を組んだまま、黙って聞いていた。
トーマも会話へ加わる。
「本当にすごい速さだったんだよ。僕が横へ避けても、すぐに方向を変えて追いかけてきてさ」
バルドも頷いた。
「わしの盾も、あの突進を何度も受け流したせいで壊れた。正面から受け止めていたら、腕ごと持っていかれていたかもしれん」
ドランは続けた。
「最後は倒木を利用して、どうにか右後脚へ傷を負わせた。だが、討伐できたわけではない。魔物はそのまま森へ撤退したんだ」
ガルドは何も言わなかった。
ただ、話が進むにつれて眉間の皺が深くなっていく。
ユウキはその変化に気づいた。
「……何か、気になることがあるんですか?」
ガルドはすぐには答えなかった。
やがて、作業台へ手をつき、低い声で呟いた。
「……嫌な予感がする」
その言葉に、4人は黙り込んだ。
「……嫌な予感?」
トーマが聞き返した。
ガルドは頷いた。
「ああ。根拠があるってほどじゃねえ。だが、長年こういう仕事をしてると、妙に気になる話ってのがある」
ガルドは棚に並ぶ武器へ視線を向けた。
「冒険者が持ち込む武器を見てりゃ、どんな相手と戦ってきたのか、ある程度はわかる。刃の欠け方、盾の歪み方、防具に残った傷。そういうもんには、戦いの痕跡が残るんだ」
ユウキは腰の剣へ視線を落とした。
黒震狼の硬い身体へ当てたときに生じた傷。
刃の中央には、細かな欠けが残っている。
ガルドは続けた。
「お前らが持ってきた盾と剣の傷は、普通の魔物相手にできるもんじゃなかった。しかも、聞けば相手は複数の技能を使い分けていたっていうじゃねえか」
バルドが頷く。
「……ああ」
「そんな相手が、まだ森にいる」
ガルドは低い声で言った。
「そのうえ、最近は森の周辺で魔物の目撃が増えてると聞く。偶然かもしれねえが、俺にはどうにも引っかかる」
トーマが少し不安そうな顔をした。
「……また、あの魔物が出てくるってこと?」
「わからん」
ガルドは首を横に振った。
「だが、何か起きてから準備したんじゃ遅いこともある」
店内に、炉の薪が弾ける音が響いた。
ユウキは静かにガルドを見つめた。
普段のガルドは、武器の扱いについては厳しいものの、必要以上に冒険者へ口を出すことはない。
買うかどうかは自分で決めろ。
それが、いつもの言葉だった。
しかし、今は違う。
ガルドは明らかに、何かを心配していた。
「……お前ら」
ガルドはゆっくりと口を開いた。
「さっきの話だがな」
そう言って、作業台に並ぶ武具を指差した。
「足りない分は、後で払え」
ユウキは目を見開いた。
「……え?」
ガルドは腕を組み直した。
「装備は先に持っていけ。今すぐ全額払えないなら、後で稼いで返せばいい」
トーマが驚いた声を上げる。
「……本当に!?」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「ただし、勘違いするなよ。タダでくれてやるわけじゃねえぞ」
その言葉に、ドランが眉を寄せた。
「……信用してくれるのか?」
ガルドは鼻で笑った。
「何度も顔を見せて、武器の手入れも頼みに来てる。少なくとも、金を踏み倒して逃げるような連中には見えねえな」
そして、少しだけ表情を和らげた。
「それに、お前らがここまで生き残ってきたことも知ってる。今度の依頼で無理をするつもりなら止めるが、準備を整えようってんなら、俺も少しくらい手を貸してやる」
ユウキは言葉を失った。
装備の代金を後払いにする。
それは、ガルドにとっても決して小さな負担ではないはずだ。
店を経営するためには、材料費も必要になる。
それでも、彼は自分たちへ武具を渡そうとしている。
「……でも、そんなことをしてもらっていいんですか?」
ユウキが尋ねた。
ガルドは少しだけ眉を上げた。
「お前らが死んじまったら、金を返してもらうこともできねえだろ」
その言葉に、トーマが一瞬固まった。
しかし、ガルドはすぐに笑った。
「だから、生きて帰ってこい。借りた金は、それから返せばいい」
ユウキは胸の奥が熱くなるのを感じた。
エルナから治癒魔法を受け継いだとき。
そして、仲間たちと初めてパーティーを組んだとき。
自分は、この世界にも誰かを思いやる人がいることを知った。
今、目の前にいるガルドも同じだった。
不器用な言葉で、厳しい表情をしながら。
それでも、自分たちの無事を願ってくれている。
「……ありがとうございます」
ユウキは深く頭を下げた。
ガルドは少しだけ顔を背けた。
「……礼はいい。代金をきっちり払ってからにしろ」
トーマが笑った。
「絶対に返すよ!」
「当たり前だ!」
そのやり取りに、店内の緊張が少し和らいだ。
◇◆◇
それから、4人は改めて装備を確認することになった。
ガルドは帳面を開き、それぞれが購入する武具と支払う金額を書き込んでいく。
バルドの軽量複合盾については、当初の予定どおり共同資金から銀貨1枚、バルドの手持ちから銀貨3枚を支払うことになった。
ドランの携帯補修道具一式も、銀貨1枚をその場で支払う。
そのうえで、ユウキの軽量片手剣、トーマの双短剣と軽量革装、ドランの技工鎚については、代金を後払いとすることが決まった。
ガルドは帳面へそれぞれの名前と金額を書き込み、顔を上げた。
「代金は、次の依頼で稼いだからって無理に一度で返す必要はねえ。ただ、返せるときに少しずつ持ってこい」
ドランが頷く。
「……わかった。帳面には、わしの方でも記録しておこう」
「そうしてくれ」
ガルドは頷いた。
続いて、バルドの軽量複合盾の調整が始まった。
ガルドは盾を裏返し、革帯の金具を緩める。
バルドの前腕に合わせて長さを調整し、握りの位置を確かめながら固定具を締め直していった。
「……腕を通してみろ」
バルドは左腕へ盾を通した。
足を肩幅に開き、身体の左前方へ構える。
盾の上端は肩の少し下。
下端は腰の横へかかる位置。
顔と胸を守りながら、右手の片手斧を動かせる空間も確保されていた。
ガルドは正面へ立った。
「少し押すぞ」
バルドが頷く。
ガルドは盾の上部へ手を当て、ゆっくりと力を加えた。
バルドは腕だけで受け止めず、左足を半歩引き、身体全体で圧力を受ける。
盾がわずかに傾いたものの、姿勢は大きく崩れなかった。
「……いいな」
ガルドが頷いた。
「その感覚を忘れるな。盾は腕だけで使うもんじゃねえ。足腰と一緒に動かすんだ」
バルドは静かに頷いた。
「……覚えておこう」
続いて、ユウキの軽量片手剣の調整が始まった。
ガルドは柄の太さを確認し、ユウキの手の大きさに合わせて握りの巻き革を調整する。
さらに、鞘から剣を抜き差しする動作を何度か確認させた。
「……どうだ?」
「はい。今までの剣より少し長いですけど、扱いやすいです」
「重心が手元に寄ってるからな。ただし、剣の長さに慣れるまでは、間合いを間違えるなよ」
ユウキは頷いた。
軽量片手剣は、現在のショートソードより刃が長い。
その分、攻撃できる距離は広がるが、狭い場所では取り回しが難しくなることもある。
新しい武器を手に入れたからといって、すぐに使いこなせるわけではない。
そのことを理解しながら、ユウキは剣を鞘へ収めた。
トーマの双短剣については、左右の握りやすさを再確認した。
2本の柄をそれぞれの手へ握り、足を前後に開いた状態でゆっくりと腕を動かす。
左右の重さが揃っているため、交互に動かしても姿勢が崩れにくい。
「……すごい。やっぱり、これいい!」
トーマが嬉しそうに言った。
ガルドは苦笑した。
「調子に乗って振り回すなよ。実際に使う前に、何度か動きを確かめろ」
「わかってるって!」
さらに、軽量革装の肩と腰回りを調整する。
トーマは防具を身につけ、身体を捻ったり、軽く膝を曲げたりして動きやすさを確認した。
「……これなら走りやすそう」
「お前は素早さが武器だ。重い防具を着て、その長所を潰す必要はねえ」
ガルドは頷いた。
最後に、ドランが技工鎚を手に取った。
柄を握り、重心を確かめる。
今までの片手鎚よりも、握り直したときの感覚が安定している。
細かな作業に使うときにも、打撃武器として構えるときにも、手元での扱いやすさが感じられた。
「……いい鎚だ」
ドランが呟いた。
ガルドは少しだけ口元を緩めた。
「そう言ってもらえるなら、作った甲斐がある」
ドランは続いて、携帯補修道具一式を腰へ下げた。
歩くときに邪魔にならない位置へ調整し、必要な工具をすぐ取り出せるかを確認する。
その様子を見て、トーマが笑った。
「ドランさん、すごく嬉しそう」
「道具は使い方次第で、いくらでも役に立つからな」
ドランは穏やかに答えた。
こうして、ネクシアの4人は新たな装備を手に入れた。
全員が、今までより優れた武具を持つことになった。
しかし、それは強くなったことを意味するわけではない。
新しい武器の性能を引き出すためには、相応の技術と経験が必要だった。
◇◆◇
店を出ようとしたとき、ガルドがユウキを呼び止めた。
「……おい、ユウキ」
ユウキは振り返った。
「はい?」
ガルドは店の奥へ視線を向けた。
そこには、以前から気になっていた古剣が置かれている。
8級の古剣。
魔力回路が破損しており、本来の性能を発揮できないと説明された武器だった。
だが、ユウキが気にしている理由は、それだけではない。
以前、あの剣へ触れたとき。
頭の奥へ、かすかな日本語の声が響いた。
まだ。
五つ。
鍵。
その意味は、今もわからない。
「……あの剣のことか?」
ガルドが尋ねた。
ユウキは少しだけ驚いた。
「……わかりますか?」
「何度も見てるからな」
ガルドは腕を組んだ。
「だが、あれはまだ使える状態じゃねえ。今回みたいに実戦で役立つ武器が必要なら、今渡した剣を使え」
ユウキは頷いた。
「……はい」
「あの古剣については、焦って決める必要はねえ」
ガルドは続けた。
「銀貨3枚で、まだ取り置きしてある。どうしても欲しいなら、金を貯めてから考えろ」
「……ありがとうございます」
ユウキは頭を下げた。
ガルドは少しだけ笑った。
「それより、まずは新しい剣を使いこなせるようになれ」
「はい!」
ユウキは力強く頷いた。
店の外へ出ると、職人街には朝より多くの人が行き交っていた。
荷車を押す職人。
木材を運ぶ若者。
金属製の部品を抱えて歩く商人。
そんな人々の間を、ユウキたちは新しい装備を身につけて歩いていく。
トーマは双短剣の柄へ何度も手を添え、嬉しそうに笑っていた。
バルドは新しい盾の重さを確かめるように歩き、ドランは腰の工具袋の位置を調整している。
ユウキは、腰へ下げた軽量片手剣へ視線を向けた。
ガルドから託された装備。
そして、後払いという約束。
それは、単なる買い物ではなかった。
自分たちが生きて帰ってくることを、信じてもらえた証でもある。
「……絶対に、返さないとね」
ユウキが呟くと、トーマが頷いた。
「うん! それに、また元気に顔を見せないと!」
バルドも笑った。
「そうだな。あの頑固な鍛冶屋に、心配をかけるわけにはいかん」
ドランも静かに頷いた。
「まずは、次の依頼を無事に終えることだ」
ユウキは3人を見渡した。
そして、笑顔で頷いた。
「……うん!」
◇◆◇
その後、4人は冒険者ギルドへ向かった。
昨日紹介された西側の村への依頼について、正式に返答するためだった。
受付へ到着すると、女性職員がユウキたちに気づいて顔を上げた。
「ネクシアの皆さん。昨日の依頼の件でしょうか?」
「はい」
ユウキは頷いた。
「もう一度、内容を確認したくて」
「もちろんです」
職員は依頼書を取り出し、受付台へ広げた。
目的地はリーヴェルの西側に位置する小さな村。
依頼内容は、生活物資を積んだ荷車の護衛と、村周辺の安全確認。
基本報酬は銀貨6枚。
周辺の安全確認まで完了した場合は、追加で銀貨2枚が支払われる。
「……出発はいつですか?」
ユウキが尋ねた。
「明後日の朝を予定しています」
「荷車は何台ですか?」
「1台です。村へ戻る商人の方が同行されます」
ドランが口を開いた。
「村周辺で目撃された魔物について、もう少し情報はありますか?」
職員は別の報告書を確認した。
「小型の魔物が畑の近くへ現れたという報告が複数あります。ただし、今のところ人への被害は確認されていません」
「……種類は?」
「正確には確認できていません。村の方々は、夜間に畑を荒らす影を見たと話しています」
その説明を聞き、バルドが眉を寄せた。
「……夜間か」
「はい。ただし、すべての目撃が夜だったわけではないようです」
ユウキは少し考えた。
小型魔物。
畑の被害。
そして、物資運搬。
仕事内容としては、今のネクシアでも対応できそうに思える。
しかし、今回の東部街道での経験がある。
危険性が低いとされる依頼でも、予想外の魔物と遭遇する可能性はある。
「……もし、僕たちでは対処できない魔物がいた場合は?」
ユウキが尋ねた。
女性職員は頷いた。
「その場合は、無理に戦闘を行わず、状況を確認してギルドへ報告してください。今回の依頼は、危険な魔物の討伐を強制するものではありません」
ユウキは安堵した。
自分たちの役割は、村の安全確認と物資の護衛だ。
強敵を倒すことではない。
「……わかりました」
ユウキは仲間たちへ視線を向けた。
トーマが頷く。
バルドも静かに頷いた。
ドランは依頼書の内容をもう一度確認し、問題ないことを示した。
ユウキは受付へ向き直った。
「……この依頼、受けます」
職員は微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、正式に受注手続きを進めますね」
こうして、ネクシアの次の依頼が決まった。
西側の村への物資運搬と安全確認。
黒震狼との遭遇以来、初めて受ける新たな依頼だった。
◇◆◇
その日の夕方。
リーヴェルの冒険者ギルドでは、セドリック・ハルトがギルド長室の扉を叩いていた。
「……失礼します」
室内から返事が聞こえる。
セドリックは扉を開け、手に持っていた古い記録書と調査報告書を机へ置いた。
「東部街道の大型魔物について、確認していただきたい資料があります」
ギルド長は書類へ視線を向けた。
「……例の変異個体か?」
「はい。古い記録から、非常によく似た魔物が確認されました」
セドリックは記録書を開いた。
そこには、黒褐色の巨大な狼に似た魔物の絵が描かれていた。
その下には、名称と特徴が記されている。
『黒震狼』
魔獣種。
ランク3、上位魔物。
そして、赤い光を伴う加速能力と、地面へ衝撃を伝える能力。
ギルド長は眉を寄せた。
「……特徴が一致しているな」
「はい。ただし、正式な鑑定が成功していないため、同一種と断定することはできません」
セドリックは頷いた。
「ですが、問題はそこだけではありません」
そう言って、記録書の次のページを開く。
そこには、黒震狼についての古い警告が記されていた。
『この魔物の真に恐るべき性質は、単純な膂力や特殊技能ではない。極めて速い成長速度にある』
ギルド長の目が細くなった。
セドリックは続けた。
「記録によれば、黒震狼は戦闘や生存経験を通じて急速に能力を高める可能性があるそうです」
「……成長速度が速い、か」
「はい。さらに、短期間で存在進化へ至る可能性も指摘されています」
ギルド長はゆっくりと椅子へ背を預けた。
「ランク3から、さらに上へ進化する可能性があるということか」
「そのとおりです」
セドリックは頷いた。
「存在進化については、現在も複数の学説があります。レベルの上昇によって起こるという説と、魔石を一定量摂取することで起こるという説が有力です」
「……どちらが正しい?」
「まだ解明されていません。両方が関係している可能性も否定されていません」
セドリックは記録書の一節を指差した。
「また、同じ魔物であっても、必ずしも同じ上位種へ進化するとは限らないと考えられています」
ギルド長は黙って聞いていた。
「つまり、仮に今回の個体が黒震狼だったとしても、次にどのような魔物へ進化するかは予測できません」
室内に沈黙が落ちた。
しばらくして、ギルド長が口を開いた。
「……厄介だな」
「はい」
セドリックは静かに答えた。
「もし成長速度に関する記録が正しければ、時間が経つほど討伐は困難になる可能性があります」
ギルド長は机の上へ広げられた地図を見つめた。
東部街道。
その周辺の森。
そして、黒震狼が確認された場所。
「……調査隊は、すでに一度交戦しているな」
「はい。Cランクの冒険者5人で対応しましたが、負傷者を出し、撤退しています」
「その報告は確認した」
ギルド長は腕を組んだ。
「通常の討伐依頼として扱うべきではなさそうだ」
セドリックは頷いた。
「私も同意見です」
ギルド長はしばらく考えた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……まずは、近隣のギルドへ情報を共有しろ。それと、対応可能な冒険者の確認を進めておけ」
「承知しました」
「ただし、まだ討伐を命じるな。相手の正確な能力と行動範囲がわかっていない」
セドリックは深く頭を下げた。
「……わかりました」
報告を終え、部屋を出ようとしたときだった。
「セドリック」
ギルド長が呼び止めた。
「はい」
「……あの調査隊が最後に報告した、森の奥の異変については?」
セドリックの表情が引き締まった。
黒震狼が突然、人間への追撃をやめた理由。
森の奥へ視線を向け、何かを警戒していたという話。
「……まだ、確認できていません」
「そうか」
ギルド長は静かに息を吐いた。
「なら、それも含めて調べる必要があるな」
セドリックは頷いた。
そして、ギルド長室をあとにした。
廊下へ出ると、窓の外には夕暮れの街が広がっていた。
人々は普段どおりに生活している。
商人たちは店を閉め、冒険者たちは酒場へ向かい、子供たちは家路を急いでいた。
しかし、その平穏な光景とは裏腹に、東の森では危険な存在が今も生きている。
そして、その危険がどこまで広がるのか。
まだ、誰にもわからなかった。
◇◆◇
その夜。
ユウキは宿の寝台へ腰を下ろし、新しい軽量片手剣を膝の上へ置いていた。
鞘からゆっくりと刃を引き抜く。
ランプの光が、磨かれた金属の表面へ細く映り込んだ。
今までの鉄ショートソードより、少しだけ長い刃。
しかし、握りやすさは確かに向上している。
ユウキは剣を眺めながら、ガルドの言葉を思い出していた。
『足りない分は、後で払え』
『生きて帰ってこい。借りた金は、それから返せばいい』
その言葉が、胸の奥へ静かに響いていた。
自分たちは、まだ未熟な冒険者だ。
装備も、技能も、経験も足りない。
それでも、信じてくれる人がいる。
ガルド。
そして、ネクシアの仲間たち。
ユウキは剣を鞘へ収めた。
「……絶対に、無事に帰ろう」
小さく呟く。
隣では、トーマが新しい双短剣を嬉しそうに眺めていた。
バルドは軽量複合盾の革帯を確認し、ドランは技工鎚と補修道具を丁寧に整理している。
ユウキはその光景を見渡した。
今までより優れた装備を手に入れた。
だが、その力を本当に活かせるかどうかは、自分たち次第だ。
次の依頼は、西側の村への物資運搬と安全確認。
危険性は比較的低いとされているものの、油断はできない。
ユウキは静かに息を吐いた。
明日、装備の扱いを少しだけ確認しよう。
そして、明後日には新しい依頼へ出発する。
焦らず、しかし確実に。
少しずつ成長していけばいい。
ユウキは窓の外へ目を向けた。
リーヴェルの空には、いくつもの星が輝いている。
その向こうには、自分の知らない広い世界が続いていた。
まだ救えていない人がいる。
まだ越えられない壁がある。
そして、まだ知らない強者たちがいる。
ユウキは静かに目を閉じた。
新しい剣の重さを、手のひらへ確かめるように。
ネクシアの新たな冒険は、もうすぐ始まろうとしていた。
――第70話 完。




