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第64話 生きて帰るために

 森の中に、奇妙な静けさが広がっていた。


 先ほどまで聞こえていた鳥の鳴き声は消え、木々の葉を揺らす風の音だけが、枝の間を細く流れている。


 湿った土には深い爪痕が刻まれ、ところどころで木の根が剥き出しになっていた。折れた枝や砕けた石が散乱する地面は、巨大な魔物がどれほどの力で暴れ回ったのかを物語っている。


 その中心に、黒褐色の獣が立っていた。


 肩から背中にかけて逆立った硬い毛。


 地面を抉る太い前脚。


 口の両側から伸びる湾曲した牙。


 猪を思わせる体格でありながら、四肢の関節は柔軟で、獲物が逃げようとする方向へ素早く身体を向けられる。


 魔物はすぐには動かなかった。


 鼻先をわずかに持ち上げ、周囲の匂いを確かめるように息を吸っている。時折、尖った耳が別々の方向へ動き、離れて立つユウキ達の足音を聞き分けようとしていた。


 ユウキは剣を握り直した。


 右腕を動かすたび、肩から肘にかけて鈍い痛みが走る。先ほど魔物の肩に弾き飛ばされ、木の根へ背中を打ちつけた影響だった。


 左肩も痛む。


 息を深く吸うと、背中の奥が引きつるように感じられた。


 それでも、剣は握れる。


 走ることも、まだできる。


 しかし、あと何度あの突進を避けられるかと聞かれれば、自信はなかった。


 少し離れた場所では、バルドが盾を構えている。


 左腕は小刻みに震え、右肩の鉄補強革胸当てには大きな爪痕が残っていた。


 盾の表面も傷だらけだ。


 それでもバルドは、ユウキとトーマの位置を確かめながら、魔物へ正面を向け続けていた。


 トーマは木の陰に身を寄せ、両手に短剣を構えている。


 呼吸は荒いが、足取りにはまだ余裕がある。


 3人とも疲弊していた。


 だが、魔物の動きには大きな衰えが見られない。


 ユウキは喉の奥へこみ上げてくる恐怖を、ゆっくりと飲み込んだ。


 正面から戦っても勝てない。


 鑑定が失敗したことからも、能力差が大きいのは確かだ。


 しかも、相手は力任せに暴れるだけの魔物ではない。


 加速するために赤い光を身体へ巡らせ、地面を揺らすときには前脚へ灰色の光を集める。


 岩場へ逃げれば尻尾で岩を砕き、盾で突進を受け流されれば別の方向から攻撃する。


 こちらが考え、対応するたびに、その先を読もうとしてくる。


 だからこそ、戦い続けてはいけない。


 必要なのは、倒すことではなく逃げるための隙だった。


「……トーマ」


 ユウキは獣から目を離さず、隣へ声をかけた。


「僕が左へ動いたら、少し遅れて右へ回ってほしい」


「うん。でも、あいつ、僕たちが何かしようとするとすぐ気づくよ」


「わかってる。だから、簡単な合図で動こう」


 ユウキは視線だけで、少し先にある大木を示した。


 太い根が地面から大きく盛り上がり、その下には雨水に削られてできた空洞がある。土の表面には細い根が張り巡らされているが、ところどころ不自然に沈んでいた。


 根を支えている土が、見た目ほど丈夫ではないのかもしれない。


 ただ、あの巨体が乗っただけで崩れるかどうかはわからない。


 ユウキはバルドへ向き直った。


「バルドさん。あの木の根の左側に、立てそうな場所がありますよね」


「ああ。太い根が地面から出ているところか」


「はい。そこにいてください。ただし、突進を真正面から受ける必要はありません」


 バルドは木の根を見た。


 次に、魔物へ視線を戻す。


「……進路を変えさせるのか」


「そうです。足場が崩れれば、一瞬だけでも動きを止められるかもしれません」


「だが、あの獣は賢い。危険な場所だと気づくかもしれんぞ」


「……はい」


 ユウキは頷いた。


「だから、僕たちが逃げようとしていると思わせます」


 トーマが顔を上げた。


「じゃあ、僕が反対側から動くのは?」


「相手の注意を引くため。でも、無理に近づかなくていい。逃げ道を塞ぐように動いてくれれば十分だよ」


 トーマは少し考え、それから頷いた。


「わかった」


 バルドも盾を握り直した。


「……やってみよう」


 ユウキは小さく息を吸った。


 失敗すれば、逃げる時間さえなくなるかもしれない。


 それでも、何もしないまま追い詰められるわけにはいかなかった。


     ◇◆◇


 最初に動いたのはユウキだった。


 魔物へ背を向けないよう注意しながら、左側へ数歩移動する。


 足元の落ち葉が擦れ、乾いた音を立てた。


 魔物の耳が動く。


 黒い瞳がユウキを追った。


 だが、それだけだった。


 獣は前脚を少し広げ、こちらの動きを観察している。


 簡単には飛びかかってこない。


 ユウキは焦りを抑えながら、さらに距離を取った。


 すると、右側でトーマが動いた。


 木の陰から飛び出し、魔物の横を大きく回り込む。


「こっちだ!」


 トーマは声を上げた。


 獣の耳が向く。


 視線も一瞬だけ移動した。


 しかし、魔物は動かなかった。


 左右に分かれた2人を見比べ、どちらが先に危険な動きをするのか確かめているようだった。


 ユウキは唇を噛んだ。


 思った以上に慎重だ。


 このままでは、こちらの狙いを見抜かれるかもしれない。


 そのとき、魔物の背中に赤い光が走った。


 硬い毛の間を淡い光が伝わり、肩から前脚へ広がっていく。


 ユウキは身構えた。


 来る。


 しかし、獣が狙ったのはユウキではなかった。


 トーマだ。


 ドンッ!


 巨大な前脚が地面を蹴った瞬間、獣の身体が一気に加速した。


 黒褐色の巨体が低く沈み、地面を滑るように迫る。


「……っ!」


 トーマは咄嗟に右へ走った。


 しかし、魔物はその動きを見て進路を修正した。


 肩がわずかに傾き、突進の軌道がトーマの逃げる方向へ変わる。


 トーマの顔が強張った。


 このまま走っても追いつかれる。


 そう判断すると、目の前の木へ左手を伸ばした。


 幹を掴み、腕を支点に身体を回す。


 足元の土が滑ったものの、何とか木の反対側へ回り込んだ。


 直後。


 バキバキッ!


 獣の肩が低い枝へぶつかり、木片が四方へ飛び散った。


 トーマはその場で立ち止まらず、幹から手を離して斜め前へ駆け出す。


 しかし、魔物は突進した勢いのまま通り過ぎなかった。


 太い前脚を地面へ突き立て、急停止する。


 爪が土を深く抉り、身体が大きく捻られた。


 その動きに合わせて、尻尾が横へ振り抜かれる。


「……危なっ!」


 トーマは反射的に身を伏せた。


 ゴォッ!


 頭上を尻尾が通り過ぎ、背後の木へ激突した。


 乾いた音とともに樹皮が弾け、小さな木片がトーマの背中へ降り注ぐ。


 トーマは両腕で頭を庇いながら転がり、木の根元から距離を取った。


 魔物は追撃しようとしたが、途中で動きを止めた。


 そして、ゆっくりとユウキへ顔を向ける。


 再び、観察するような目だった。


 ユウキは気づいた。


 ただ挑発するだけでは駄目だ。


 この魔物は、逃げる相手を無闇に追い続けない。


 捕まえられると判断した瞬間だけ、スキルを使って距離を詰める。


 その判断の速さこそが、厄介だった。


     ◇◆◇


「……ユウキ!」


 トーマが木の陰から声を上げた。


「こいつ、簡単には引っかからないよ!」


「うん!」


 ユウキは答えながら、周囲の地形を見直した。


 大木までは十数歩。


 根の周囲には、雨で削られた斜面が広がっている。


 太い根は木を支えているが、その下の土はところどころ失われ、深い窪みを作っていた。


 あそこへ魔物の前脚が入り込めば、巨体を支える重心が崩れる可能性がある。


 ただし、獣が空洞の存在を見抜いていれば、避けられてしまうだろう。


 ユウキは少し考えた。


 自分たちがあの場所へ誘導しようとしていることを、相手に悟らせてはいけない。


 ならば、もっと自然に見せる必要がある。


 ユウキは剣を握り直し、魔物へ向かって走った。


 正面からではない。


 右側へ大きく弧を描くように接近する。


 獣の鼻先が動いた。


 ユウキは間合いへ踏み込む直前、剣を斜めに振り下ろした。


 狙いは顔ではない。


 前脚の外側だ。


 ザッ!


 刃が硬い毛の表面を擦った。


 手応えは浅い。


 皮膚へ届いたかどうかもわからなかった。


 しかし、獣はすぐに反応した。


 頭を横へ向け、湾曲した牙をユウキの胴へ振り抜く。


「……っ!」


 ユウキは後ろへ跳んだ。


 牙の先端が胸の前を通り過ぎる。


 あと少し遅ければ、革胸当てごと身体を裂かれていただろう。


 ユウキは着地すると、そのまま背を向けて走り出した。


 肩の痛みが強くなる。


 呼吸が乱れる。


 それでも、速度を落とさない。


 背後で獣が唸った。


 グルルル……。


 重い足音が響く。


 来た。


 ユウキは木の根へ向かって走った。


 だが、獣はすぐには加速しなかった。


 距離を保ちながら追いかけてくる。


 その様子を見て、ユウキは考えを改めた。


 こちらが弱っていることを知っているからこそ、相手は焦っていない。


 走らせて疲れさせればいいと考えているのかもしれない。


 ユウキは奥歯を噛みしめた。


 このままでは、先に自分の体力が尽きる。


 しかし、木の根まではあと少しだった。


 ユウキはわざと足をもつれさせた。


 左足を滑らせ、身体を大きく傾ける。


 咄嗟に右手を地面へつき、転倒を防いだ。


 剣先が土を擦る。


 その動きは、傍から見れば疲労による失敗に見えただろう。


 実際、ユウキの身体は限界に近づいていた。


 魔物の目が細くなる。


 鼻先が低く下がった。


 そして、背中に赤い光が走る。


 ユウキは息を呑んだ。


 今だ。


 次の瞬間。


 ドンッ!


 獣が地面を蹴った。


 加速した巨体が、一直線に迫ってくる。


 ユウキは立ち上がり、木の根へ向かって走り出した。


 背後から響く足音が、急速に近づいてくる。


 木の根までは、あと数歩。


 しかし、魔物の方が速い。


 このままでは追いつかれる。


 ユウキは右足を強く踏み込み、左側へ方向転換した。


 太い根を跨ぎ、木の幹へ手を伸ばす。


 だが、獣はその動きを読んでいた。


 突進の途中で肩を傾け、ユウキが逃げる方向へ身体を向けたのだ。


「……っ!」


 ユウキの背筋が冷たくなる。


 また読まれた。


 このままでは、根の窪みを避けられてしまう。


 しかし、その瞬間。


「こっちだ!」


 トーマの声が響いた。


 右側の茂みから飛び出し、獣の横を素早く駆け抜ける。


 魔物の耳が動いた。


 視線が一瞬だけトーマへ向く。


 しかし、すぐにユウキへ戻った。


 目の前の弱った相手を優先したのだろう。


 だが、その一瞬が重要だった。


 トーマの動きに反応して、獣の肩がわずかに右へ傾いた。


 そこへ。


「……今だ!」


 ユウキが叫んだ。


 大木の左側から、バルドが姿を現した。


 盾を身体の前へ構え、獣の進路へ斜めに入る。


 真正面から突進を受けるわけではない。


 あくまで、進む方向を制限するためだ。


 獣の目がバルドを捉えた。


 そして、盾へ視線が移る。


 これまで何度も、あの盾によって攻撃を逸らされてきた。


 だからこそ、獣はバルドの正面を避けようとした。


 わずかに右へ。


 盾の届かない方向へ。


 その瞬間、前脚が木の根の上へ乗った。


 ズズッ……。


 嫌な音が響いた。


 湿った土が崩れ、根の下に隠れていた空洞が広がっていく。


 獣の右前脚が沈み込んだ。


「グオッ!?」


 巨体が大きく傾く。


 左前脚で踏ん張ろうとするが、加速した勢いが止まらない。


 右肩が下がり、頭が地面へ近づいた。


 ユウキは思わず息を呑んだ。


 成功した。


 そう思った瞬間だった。


     ◇◆◇


 獣の前脚に、灰色の光が集まった。


「……え?」


 ユウキは目を見開いた。


 あの光。


 地面を揺らすときに見せたものと同じだった。


 魔物は沈み込んだ右前脚を無理に引き抜こうとはしなかった。


 代わりに、左前脚を大きく持ち上げる。


 その爪が灰色の光を帯び、筋肉が膨れ上がった。


「……まずい!」


 ユウキが叫んだ。


 直後。


 ドゴンッ!


 魔物の左前脚が地面へ叩きつけられた。


 衝撃が土を伝わり、周囲の地面が大きく揺れる。


 ユウキは足を取られ、膝をついた。


 トーマも身体を傾け、近くの木へ手をつく。


 バルドは盾を地面へ押し当て、何とか姿勢を保った。


 だが、魔物の狙いは単に3人を転ばせることではなかった。


 衝撃によって、根の周囲の土がさらに崩れたのだ。


 大木の根が露わになり、地面に深い亀裂が走る。


 その反動を利用して、獣が右前脚を引き抜いた。


 ズボッ!


 湿った土が跳ね上がる。


 魔物は身体を大きく捻り、空洞から脱出した。


「……そんな」


 ユウキの喉から声が漏れた。


 せっかく足を取ったのに。


 あれほど危険を冒して作った隙が、簡単に破られてしまった。


 しかも、魔物はただ力任せに抜け出したわけではない。


 地面へ衝撃を伝える能力を使い、足場そのものを崩すことで拘束を解いたのだ。


 ユウキは歯を食いしばった。


 この魔物は、こちらの狙いを理解している。


 そして、自分の技能を使って対処してくる。


 どうすればいい。


 どうすれば、あの獣から逃げられる。


 そのとき。


 バキッ。


 頭上から、何かが軋む音が聞こえた。


 ユウキは顔を上げた。


 大木の幹が、わずかに傾いている。


 魔物が地面へ衝撃を与えたことで、根を支えていた土が失われていた。


 幹の根元には亀裂が走り、枝葉が大きく揺れている。


 ユウキは息を呑んだ。


「……バルドさん!」


 声を張り上げる。


「木が倒れます!」


 バルドはすぐに上を見た。


 その瞬間、大木がさらに傾いた。


 ミシミシッ!


 太い根が地面から持ち上がる。


 土が崩れ、根の間から小石が転がり落ちた。


 そして。


 バキバキバキッ!


 大木が倒れ始めた。


 獣はすぐに反応した。


 頭を上げ、落ちてくる幹を確認する。


 しかし、その位置は悪かった。


 右前脚を引き抜いた直後で、身体の重心がまだ安定していなかったのだ。


 さらに、周囲の土は崩れ、踏ん張れる場所が限られている。


 魔物は後ろへ下がろうとした。


 だが、太い後脚が崩れた地面へ沈み込む。


 その瞬間。


 ドゴォンッ!


 大木が地面へ倒れ込んだ。


 太い幹が、魔物の背中から後脚付近へ叩きつけられる。


「グオオオオッ!」


 獣が苦しげな咆哮を上げた。


 枝が折れ、土埃が舞い上がる。


 ユウキは腕で顔を覆いながら後退した。


 大木の幹は獣の身体へ斜めに乗り、片側の後脚を押さえ込んでいた。


 完全に動けなくなったわけではない。


 しかし、少なくともすぐに突進することは難しそうだった。


 ユウキは荒い息を吐いた。


「……今なら」


 逃げられる。


 そう考えた瞬間、魔物が頭を持ち上げた。


 黒い目がユウキを捉える。


 その瞳には、怒りとも違う鋭い光が宿っていた。


 次の瞬間、背中へ赤い光が走る。


「……っ!」


 魔物は前脚へ力を込め、幹を押し返そうとした。


 太い筋肉が膨れ上がる。


 木が軋む。


 ミシッ。


 ユウキは背筋を冷たくした。


 まだ動ける。


 しかも、加速に使っていた能力を、今度は身体を押し出すために利用しているようだった。


 バルドが叫ぶ。


「ユウキ! 今のうちに離れるぞ!」


「……はい!」


 ユウキは頷いた。


 倒すことは考えない。


 今が、逃げるための隙なのだ。


     ◇◆◇


 3人は一斉に走り出した。


 ユウキは左肩の痛みを堪えながら、細い獣道を駆け抜ける。


 トーマが少し前を走り、バルドは最後尾から周囲を警戒していた。


 背後では、魔物が幹を押し返そうとする音が響いている。


 ミシミシッ。


 バキッ!


 木が折れる音。


 地面を抉る爪の音。


 そして、低い唸り声。


 ユウキは振り返りたい衝動を抑えた。


 今は、前へ進むしかない。


 しかし、森の中は足場が悪い。


 木の根が露出し、湿った落ち葉が地面を覆っている。


 トーマは身軽に障害物を越えていくが、バルドは重い盾を持っている。


 しかも、右肩を負傷していた。


 ユウキは速度を落とし、バルドへ視線を向けた。


「……大丈夫ですか?」


「ああ。まだ走れる」


 バルドは答えた。


 しかし、その呼吸は荒い。


 額から汗が流れ、顔色もよくなかった。


 ユウキは唇を噛んだ。


 このまま全力で走り続ければ、バルドが先に限界を迎えるかもしれない。


 だからといって、止まれば魔物が追いついてくる。


 どうする。


 そのとき、トーマが前方を指差した。


「……見えた!」


 木々の間から、明るい光が差し込んでいる。


 街道だ。


 ユウキは胸の奥に安堵が広がるのを感じた。


 あと少し。


 あそこへ出られれば、荷馬車の場所へ戻れる。


 しかし、背後から低い咆哮が響いた。


「グオオオオッ!」


 ユウキの身体が強張った。


 振り返る。


 木々の奥で、黒褐色の巨体が動いていた。


 倒木を押し退けたのだろう。


 背中には枝の破片が絡まり、硬い毛の一部が乱れている。


 しかし、まだ追ってくる。


 その目は、3人の姿をしっかりと捉えていた。


「……しつこい!」


 トーマが叫んだ。


 ユウキは歯を食いしばった。


 このまま街道へ戻れば、魔物まで連れていってしまう。


 荷馬車へ近づけてはいけない。


 だからといって、再び森の奥へ逃げる余裕もなかった。


 ユウキは足を止めた。


「……待って!」


 トーマが振り返る。


「ユウキ!?」


 バルドも足を止めた。


「どうした!」


 ユウキは魔物を見つめた。


 巨体はまだ木々の間を進んでいる。


 しかし、先ほどより速度が落ちていた。


 右後脚を地面へつくたびに、身体がわずかに傾く。


 倒木に押さえ込まれた際、脚を痛めたのかもしれない。


 それでも、追跡をやめる様子はない。


 ユウキは静かに息を吸った。


 あと少しだけ、時間を稼ぐ必要がある。


「……トーマ、街道へ戻って、ドランさんに知らせて」


「えっ?」


「魔物がまだ追ってきてる。このまま荷馬車へ戻ると危ない」


 トーマは首を横に振った。


「でも、またユウキを置いていくの!?」


「違う」


 ユウキは即座に答えた。


「僕たちも戻る。でも、その前に荷馬車を動かしてもらいたいんだ」


 バルドが頷いた。


「……なるほど」


 ユウキは続けた。


「この魔物は、音や匂いで僕たちを追ってる可能性がある。だから、荷馬車が近くにいると気づかれたら危険だと思う」


 トーマは少し迷った。


 しかし、ユウキの目を見て、頷いた。


「……わかった。絶対に戻ってきてよ」


「うん。約束する」


 トーマは短剣を握り直し、街道へ向かって走り出した。


 ユウキはその背中を見送った。


 そして、バルドへ向き直る。


「……すみません。また危険な役割をお願いすることになります」


 バルドは首を横に振った。


「謝るな。わしも、自分でここに残ると決めた」


 その言葉に、ユウキは小さく頷いた。


 2人は森の出口から少し離れた場所に立ち、魔物の動きを見守った。


     ◇◆◇


 巨大な獣は、ゆっくりと木々の間から姿を現した。


 背中には折れた枝が絡まり、右後脚を動かすたびに身体がわずかに揺れている。


 それでも、その目に衰えはない。


 魔物はユウキとバルドを交互に見つめ、低く唸った。


 グルルル……。


 ユウキは剣を構え直した。


 相手の動きをよく見る。


 今の魔物は負傷している。


 しかし、身体強化のような能力を使えば、再び急加速できるかもしれない。


 地面を揺らす攻撃もある。


 尻尾による広範囲の打撃も。


 油断はできない。


 魔物はゆっくりと前脚を踏み込んだ。


 その瞬間、足元に灰色の光が集まり始める。


「……来る!」


 ユウキが叫んだ。


 バルドは盾を構え、身体を低くする。


 しかし、今回は正面から受けるつもりはなかった。


 ユウキも地面の状態を確認し、近くの木の根へ足をかけた。


 魔物が前脚を振り下ろす。


 ドゴンッ!


 衝撃が地面へ広がる。


 土が跳ね、細い枝が揺れた。


 ユウキは木の根を掴み、姿勢を保つ。


 バルドも盾を支えにして踏ん張った。


 だが、その直後、魔物が動いた。


 赤い光。


 加速。


 ユウキは息を呑んだ。


 今度の標的は、バルドだった。


 魔物は地面を蹴り、一直線に迫ってくる。


「……バルドさん!」


 ユウキが叫ぶ。


 バルドは盾を構えた。


 しかし、獣の進路へ真正面から入らない。


 右足を斜め後方へ引き、盾を少しだけ傾ける。


 巨大な肩が盾へぶつかる。


 ガァンッ!


 衝撃が腕へ伝わる。


 バルドの身体が横へ押し流された。


 靴底が土を削る。


 しかし、盾の角度によって獣の勢いがわずかに逸れた。


 魔物はそのまま数歩進み、木の幹へ肩を擦りつける。


 樹皮が剥がれ、木片が散った。


 バルドは膝をついた。


 左腕が大きく震えている。


 盾を握る指が、わずかに緩んだ。


「……くっ!」


 ユウキはすぐに駆け寄った。


「バルドさん!」


「……まだ、大丈夫だ」


 バルドは荒い息を吐きながら答えた。


 しかし、その声には疲労が滲んでいた。


 ユウキは胸の奥が締めつけられるのを感じた。


 これ以上、あの盾へ頼るわけにはいかない。


 次に同じ攻撃を受ければ、盾が壊れるかもしれない。


 いや、バルド自身が倒れてしまう可能性もある。


 ユウキは魔物へ視線を向けた。


 獣は木の幹から身体を離し、ゆっくりとこちらへ向き直っている。


 しかし、先ほどまでとは違う。


 右後脚を地面へついた瞬間、わずかに動きが止まった。


 その痛みを隠すように、前脚へ体重を移している。


 ユウキは目を細めた。


 魔物も無傷ではない。


 そして、傷ついた脚は、技能を使っても完全には補えないのかもしれない。


 ならば。


 ユウキは剣を握り直した。


 逃げるだけではなく、相手に追撃を諦めさせる必要がある。


 ただし、倒すためではない。


 自分たちが危険な獲物だと思わせる。


 それができれば、魔物は無理に追い続けないかもしれない。


 ユウキは静かに息を吸った。


     ◇◆◇


 獣が再び前脚を踏み込んだ。


 ユウキはその動きに合わせ、剣を構え直す。


 背中に赤い光が走る。


 加速するつもりだ。


 しかし、魔物はすぐには突進しなかった。


 負傷した右後脚を庇いながら、こちらの動きを観察している。


 ユウキは一歩前へ出た。


 あえて、自分の存在を強く示す。


 魔物の視線が向く。


 ユウキは剣を低く構えたまま、ゆっくりと距離を詰めた。


 相手の間合いに入る直前。


 右足を踏み込み、剣を斜めに振り上げる。


 だが、狙いは魔物の胴ではなかった。


 地面へついている左前脚。


 その外側だった。


 魔物はすぐに反応した。


 前脚を引き、剣の軌道から外す。


 ユウキは空振りすることを予想していた。


 剣を振り抜かず、途中で腕を引く。


 そして、足を踏み替えた。


 魔物の頭が動く。


 牙が横へ振り抜かれる。


 ユウキは身体を低くし、牙の下をくぐるように横へ移動した。


 風圧が髪を揺らす。


 しかし、今度は避けられた。


 ユウキはそのまま魔物の右側へ回り込んだ。


 負傷した後脚。


 そこが、今の魔物にとって最も守りたい場所のはずだ。


 ユウキは剣を構え直した。


 だが、ここで深追いすれば逆に危険だ。


 魔物は尻尾による攻撃もできる。


 ユウキは一歩だけ踏み込み、剣先で右後脚の外側を狙った。


 ザッ!


 刃が硬い毛を掠める。


 魔物が身体を捻る。


 太い尻尾が動き始めた。


 ユウキはすぐに後退した。


 ゴォッ!


 尻尾が目の前を通り過ぎる。


 その勢いで、魔物の右後脚へ体重がかかった。


「グルッ……!」


 獣の身体がわずかに傾く。


 痛みが走ったのだろう。


 その瞬間を、ユウキは見逃さなかった。


 剣を握る右手に力を込める。


 大きく踏み込み、身体の回転を利用して剣を振る。


「斬り返し!」


 最初の斬撃を短く放ち、その動きから刃を逆方向へ返す。


 魔力が身体の奥で消費され、腕へ力が伝わった。


 ザシュッ!


 刃が魔物の右後脚の外側へ命中した。


 深い傷ではない。


 だが、すでに負傷していた場所へ新たな痛みが走ったのか、獣が大きく吠えた。


「グオオオッ!」


 ユウキはすぐに後退した。


 魔物の尻尾が反射的に振り抜かれる。


 その先端が地面へ叩きつけられ、土が跳ねた。


 ユウキは距離を取ったまま、相手の動きを見守る。


 魔物は追ってこなかった。


 右後脚を庇いながら、低く唸っている。


 ユウキは荒い息を吐いた。


 勝ったわけではない。


 相手が本気で追ってくれば、まだ危険だ。


 しかし、少なくとも追撃をためらわせることはできた。


 そのとき、遠くから声が聞こえた。


「……ユウキ!」


 トーマの声だ。


 ユウキは振り返った。


 街道の方向から、トーマが走ってくる。


 その後ろには、ドランの姿もあった。


「……トーマ!」


 ユウキが叫ぶ。


 トーマは息を切らしながら近づいてきた。


「荷馬車は動かした! マルクさんたちが、街道の先で待ってる!」


「……よかった」


 ユウキは胸を撫で下ろした。


 ドランは片手鎚を握り、魔物を見つめた。


「……こいつが、あの獣か」


 その声には緊張が混ざっていた。


 実際に見るのは初めてなのだろう。


 魔物の巨大な身体を前にして、ドランも表情を強張らせている。


「……全員、下がろう」


 ユウキは言った。


「今なら、離れられると思う」


 バルドが頷いた。


「そうだな。これ以上戦う必要はない」


 4人は魔物から視線を外さず、ゆっくりと後退した。


 獣は低く唸り続けている。


 しかし、追ってこなかった。


 ユウキ達が数歩下がると、魔物も一歩だけ後退した。


 そして、右後脚を庇いながら森の奥へ向きを変えた。


 黒褐色の巨体が木々の間へ消えていく。


 しばらくして、重い足音も聞こえなくなった。


 ユウキはその場で大きく息を吐いた。


「……終わった」


 その言葉を口にした瞬間、膝から力が抜けそうになった。


 トーマが慌てて駆け寄る。


「ユウキ、大丈夫!?」


「……うん。ちょっと疲れただけ」


「ちょっとって顔じゃないよ!」


 トーマは眉を寄せた。


 ユウキは苦笑した。


 確かに、身体中が痛い。


 だが、立っていられる。


 そして、仲間たちも無事だった。


 それだけで、今は十分だった。


     ◇◆◇


 街道へ戻ると、2台の荷馬車が少し離れた見通しのよい場所で停まっていた。


 マルクと御者たちは、ユウキ達の姿を見つけると大きく手を振った。


「……戻ってきた!」


 マルクが駆け寄ってくる。


「無事だったか!」


「はい。全員、戻れました」


 ユウキが答えると、マルクは大きく息を吐いた。


「……本当によかった」


 その表情には、心からの安堵が浮かんでいた。


 ドランはすぐに荷馬車の状態を確認し始めた。


 車輪。


 車軸。


 荷台の固定具。


 すべてを確かめ、問題がないことを確認する。


 ユウキはその様子を見ながら、静かに息を吐いた。


 自分たちが森の中で戦っている間も、ドランは荷馬車を守り続けていた。


 そして、トーマが知らせに戻ったことで、安全な場所へ移動できた。


 誰かが欠けていれば、今回の危機を乗り越えることはできなかっただろう。


 マルクがユウキへ声をかけた。


「……あの魔物は?」


「森の奥へ戻りました」


「倒したのか?」


 ユウキは首を横に振った。


「いいえ。倒せませんでした」


 その言葉に、マルクの表情がわずかに強張る。


 しかし、ユウキは続けた。


「かなり強い魔物でした。無理に討伐を狙うより、荷馬車を守って離れる方がいいと判断しました」


 マルクはしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……それでいい」


 ユウキは少し驚いた。


 マルクは穏やかな表情で続けた。


「俺たちがお願いしたのは、魔物を倒すことじゃない。荷物を無事に届けることだ」


 その言葉に、ユウキは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……ありがとうございます」


 マルクは首を横に振った。


「礼を言うのはこっちだ。あんな相手から、俺たちを守ってくれたんだからな」


 ユウキは小さく頭を下げた。


 そして、仲間たちへ視線を向けた。


 トーマは疲れた表情をしていたが、いつものように笑っている。


 バルドは盾を背へ戻し、静かに息を整えていた。


 ドランは最後の点検を終え、工具を袋へしまっている。


 全員が、生きている。


 それだけで、十分だった。


     ◇◆◇


 補給隊は、慎重に帰路を進んだ。


 森の奥から再び魔物が現れることを警戒し、ユウキ達は周囲の確認を続けた。


 しかし、あの巨大な獣が再び姿を見せることはなかった。


 道中で数度休憩を取り、馬の状態と荷物の固定を確認する。


 ユウキとバルドの負傷も、無視できるほど軽くはなかった。


 ユウキは休憩中、仲間から少し離れた場所へ座り、自分の身体へ意識を向けた。


 治癒魔法。


 淡い光が手のひらへ集まり、痛む肩へゆっくりと広がっていく。


 傷ついた身体が少しずつ楽になる。


 しかし、すべての痛みが消えるわけではなかった。


 ユウキは慎重に腕を動かした。


 まだ重い。


 それでも、先ほどよりは動かしやすくなっている。


 続いて、バルドのもとへ向かった。


「……バルドさん、肩を見せてもらえますか?」


「お前の方こそ、無理をするな」


「大丈夫です。少しでも楽になればと思って」


 バルドはしばらくユウキを見つめたあと、静かに頷いた。


「……頼む」


 ユウキは傷の状態を確認し、治癒魔法を使用した。


 淡い光が肩へ広がる。


 バルドは小さく息を吐いた。


「……少し楽になった」


「よかったです」


 ユウキは笑った。


 ただし、魔力には限りがある。


 これ以上無理に使えば、再び戦闘になった際に対応できなくなる。


 ユウキは治癒をそこで止め、残りの道中に備えた。


     ◇◆◇


 日が傾き始めた頃、遠くにリーヴェルの外壁が見えてきた。


 トーマが最初に気づいた。


「……見えた!」


 その声に、全員が顔を上げた。


 街道の先。


 夕日に照らされた石造りの外壁が、緩やかな丘の向こうへ伸びている。


 門の前には行商人の荷馬車が並び、人々が街へ入るために順番を待っていた。


 ユウキはその景色を見つめながら、ようやく胸の奥の緊張が解けるのを感じた。


 帰ってきた。


 あの巨大な魔物から逃げ切り、荷馬車を守り、全員で戻ってくることができた。


「……やっとだね」


 トーマが笑った。


「そうだね」


 ユウキも笑う。


 バルドは静かに頷いた。


「……無事で何よりだ」


 ドランは荷馬車へ目を向けた。


「最後まで油断するなよ。門をくぐるまでは依頼の途中だ」


「わかってるって!」


 トーマが笑いながら答えた。


 そのやり取りに、ユウキも思わず口元を緩めた。


 門を通過し、補給隊は指定された倉庫へ向かった。


 マルクが受領担当者へ書類を渡し、荷物の確認が始まる。


 木箱の数。


 固定具の状態。


 荷台の損傷。


 すべて問題ないことが確認されると、マルクは大きく息を吐いた。


「……これで完了だ」


 ユウキはその言葉を聞き、静かに頷いた。


 依頼は、終わったのだ。


     ◇◆◇


 翌朝。


 ユウキ達は冒険者ギルドを訪れていた。


 受付には、いつもの職員が座っている。


「おかえりなさい、ネクシアの皆さん」


「ただいま戻りました」


 ユウキが答えると、受付職員は穏やかに微笑んだ。


「護衛依頼の報告ですね」


「はい」


 ユウキはマルクから受け取った完了証明を差し出した。


 受付職員は書類を確認し、依頼記録へ必要事項を記入していく。


 その間に、ユウキは道中で起きたことを説明した。


 往路では、3体の小鬼と遭遇したこと。


 復路では、正体不明の巨大な魔物が現れたこと。


 そして、その魔物は高い知能を持ち、複数の能力を使い分けていたこと。


 受付職員の表情が、少しずつ険しくなっていった。


「……鑑定が失敗したんですか?」


「はい。相手とのステータス差が大きかったようで、情報を確認できませんでした」


 職員は手を止めた。


「……それは、重要な情報ですね」


 ユウキは頷いた。


「討伐はできませんでした。ただ、右後脚に傷を負わせたあと、森の奥へ戻っていきました」


「わかりました。ギルド側で調査が必要かもしれません」


 職員は報告書へ内容を記録した。


 そして、依頼完了証明を改めて確認する。


「補給隊の人員と荷物は、すべて無事に帰還していますね」


「はい」


「では、今回の護衛依頼は正式に完了です」


 受付職員は小さな袋を取り出した。


「報酬は銀貨8枚です」


 ユウキは袋を受け取った。


 手のひらに、硬貨の重みが伝わる。


 銀貨8枚。


 3日間の護衛依頼。


 危険な戦闘もあった。


 だが、それだけの価値がある仕事だった。


 ユウキは袋を見つめた。


 これで、また少し前へ進める。


 装備を整えることもできる。


 生活を安定させることもできる。


 そして、いつかリナを助けるために必要な準備も。


「……ありがとうございます」


 ユウキは小さく頭を下げた。


 受付職員は微笑んだ。


「こちらこそ、お疲れさまでした」


 そして、少しだけ真剣な表情になる。


「ただし、今回のような危険な魔物に遭遇した場合、無理に戦わないでくださいね」


「……はい」


 ユウキは頷いた。


 その言葉は、今回の経験を通じて十分に理解していた。


 勝つことだけが、冒険者の仕事ではない。


 時には、逃げることも必要なのだ。


     ◇◆◇


 ギルドを出ると、街には朝の光が差し込んでいた。


 市場では商人たちが商品を並べ、通りでは子供たちが笑いながら走っている。


 いつものリーヴェル。


 穏やかな街の景色。


 ユウキはその光景を見つめながら、深く息を吸った。


「……帰ってきたんだね」


 トーマが隣で呟いた。


「うん」


 ユウキは頷いた。


 バルドは空を見上げ、静かに笑った。


「……ああ。帰ってきた」


 ドランは工具袋を持ち直した。


「さて、まずは装備の整備だな。あの盾も、剣も、確認しておいた方がいい」


「そうですね」


 ユウキは自分の剣へ視線を向けた。


 鞘の中には、何度も命を守ってくれた鉄の剣が収まっている。


 しかし、あの魔物を相手にしたとき、自分の力がどれほど足りないかを思い知らされた。


 剣の技術。


 身体の強さ。


 状況を判断する力。


 そして、仲間を守るための選択。


 どれも、まだ足りない。


 ユウキは拳を握った。


 もっと強くなりたい。


 ただ、敵を倒すためではない。


 守りたい人を守れるようになるために。


 その思いは、これまで以上に強くなっていた。


「……ユウキ」


 トーマが声をかけた。


「どうしたの?」


「……ううん」


 ユウキは笑った。


「次も、頑張ろうって思って」


 トーマは目を丸くした。


 そして、すぐに笑った。


「もちろん!」


 バルドも頷く。


「……だが、まずは休息だ」


 ドランが笑った。


「そうだな。全員、今日はしっかり休め」


 ユウキは仲間たちを見渡した。


 自分1人では、ここまで来られなかった。


 仲間がいたからこそ、何度も危険を乗り越えられた。


 だからこそ、これからも一緒に歩いていきたい。


 ユウキは静かに頷いた。


「……はい」


 そして、4人は並んで歩き始めた。


 リーヴェルの街に、朝の鐘が鳴り響く。


 その音を聞きながら、ユウキは空を見上げた。


 まだ、救いたい人がいる。


 まだ、知らなければならないことがある。


 そして、越えなければならない壁が、いくつも待っている。


 それでも。


 今日、自分たちは生きて帰ることができた。


 その事実を胸に、ユウキは新しい一歩を踏み出した。


――第64話 完。

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