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第55話 奪った力の、その先へ

 剣を握る右手に、わずかな汗が滲んでいた。


 ユウキは呼吸を整え、目の前の木製標的を見つめる。


 朝の練習場には、まだ人が少ない。


 踏み固められた土の上を冷たい風が通り抜け、離れた場所では二人の冒険者が木剣を打ち合わせていた。


 昨日、ガレスから教わった言葉が頭に残っている。


 ――スキルは、覚えた時点で完成するものじゃない。


 ――使い方を考えろ。


 ユウキは木剣を構えた。


 剣術Lv.2。


 身体強化Lv.2。


 聴覚強化Lv.1。


 振動感知Lv.1。


 それぞれの技能を、これまで何度も使ってきた。


 けれど、使い方を理解しているかと聞かれれば、自信を持って頷くことはできない。


 特に、略奪によって得た技能についてはそうだった。


 技能を奪った瞬間から、使い方の一端を感覚として理解できることがある。


 しかし、それは使いこなせることとは違う。


 森狼から得た聴覚強化も、石喰いモグラとの戦闘で何度も役立った。


 それでも、霧石の洞窟では反響する音に惑わされた。


 振動感知についても同じだ。


 地面の揺れを感じ取ることはできる。


 けれど、そこから相手の行動を正確に読み取れるとは限らない。


「……まずは、ひとつずつ」


 ユウキは小さく呟き、標的へ向かって踏み込んだ。


 右足で地面を押し、剣を斜めに振り下ろす。


 カンッ!


 木剣が標的へ当たる。


 すぐに引き戻し、身体を半歩横へ移動させた。


 続けて、反対方向から二撃目。


 カンッ!


 以前なら、この時点で姿勢が大きく崩れていた。


 しかし、今は違う。


 攻撃後の足の位置を意識し、次の動作へ移れる姿勢を保つ。


 剣術がLv.2へ成長したことで、動きは少しずつ滑らかになっていた。


 ユウキは木剣を下ろし、静かに息を吐いた。


 けれど、まだ足りない。


 ガレスの木剣を受けたときの感覚を思い出す。


 彼は決して、力任せに攻撃していたわけではなかった。


 足を動かし、相手の反応を確かめ、こちらが意識を向けた瞬間に別の角度から攻撃してきた。


 自分は音と振動を感じ取ろうとしていた。


 だが、そのことばかりに集中し、目の前の相手を見るのを忘れてしまった。


 情報が増えても、それを判断できなければ意味がない。


 ユウキはもう一度、木剣を構えた。


 今度は、足元へ視線を落とさない。


 標的を見る。


 呼吸を整える。


 そして、自分の足が地面へ触れる音と、そこから伝わるわずかな振動を意識した。


 右足。


 左足。


 踏み込み。


 剣を振る。


 足を引く。


 自分が動くだけでも、音と振動が生まれる。


 それを意識すると、これまで無意識に行っていた動作が、少し違って感じられた。


「……なるほど」


 ユウキは小さく笑った。


 敵の動きを知る前に、自分がどんな音を立て、どんなふうに地面を踏んでいるのかを理解する。


 それも、技能を使いこなすための練習になるのかもしれない。


 ユウキは木剣を持ち直した。


 今日も、少しずつ積み重ねていこう。


 ◇◆◇


 しばらくして、練習場へトーマがやってきた。


「おはよう、ユウキ!」


 いつもどおり明るい声だった。


 しかし、ユウキはその姿を見る前に、微かな足音を聞き取っていた。


 石畳から土の地面へ移る音。


 靴底が砂を踏む、短い響き。


 ユウキが振り返ると、トーマは少し残念そうな顔をした。


「あれ、気づいてた?」


「うん。足音が聞こえたから」


「やっぱりかぁ」


 トーマは頭を掻いた。


「昨日、気配遮断と足捌きを一緒に使う練習をしただろ? だから、ちょっと試してみたんだけど」


 ユウキは笑った。


「俺も、聴覚強化の練習をしてたからね」


「なるほど。じゃあ、ちょうどいいや」


 トーマは目を輝かせた。


「ユウキ、少し付き合ってくれない?」


「何をするの?」


「俺が気配を消しながら近づくから、ユウキは気づいたら振り返る。それで、どのくらい静かに動けているか確かめたいんだ」


 ユウキは少し考えた。


 確かに、それならお互いの技能を練習できる。


「……いいよ。ただし、危ないことはなしで」


「もちろん!」


 二人は練習場の端へ移動した。


 そこには木箱や樽がいくつか並んでおり、遮蔽物を利用した訓練ができる。


 ユウキは背中を向け、目を閉じた。


「準備できたよ」


「じゃあ、始めるね」


 トーマの声が聞こえた。


 続いて、少しだけ砂が擦れる音。


 ユウキは聴覚強化へ意識を向けた。


 遠くの冒険者たちの声。


 木剣がぶつかる音。


 風に揺れる木の葉。


 その中から、トーマの足音を探す。


 ザッ。


 小さな音。


 右後方。


 ユウキは振り返った。


 すると、木箱の陰からトーマが顔を出した。


「……ああっ!」


 トーマが声を上げる。


「また見つかった!」


 ユウキは笑った。


「今、少し音がしたよ」


「そっか……」


 トーマは足元を確認した。


 そこには、小さな砂利が散らばっている。


「足を置く場所が悪かったのかな」


「たぶん。でも、最初に来たときよりはずっと静かだったよ」


 その言葉に、トーマは少し嬉しそうな顔をした。


「本当?」


「うん。近くに来るまで、ほとんど聞こえなかった」


「よし!」


 トーマは拳を握った。


「じゃあ、もう一回!」


 二人は位置を変えながら、何度も訓練を繰り返した。


 最初は、トーマが動くたびに足音が聞こえていた。


 しかし、回数を重ねるにつれて、足音が小さくなっていく。


 足捌きLv.1によって重心の移動を意識し、気配遮断Lv.1によって存在感を薄める。


 ただし、音が完全に消えるわけではない。


 それに、ユウキもただ耳を澄ませるだけではなかった。


 足音が聞こえた方向。


 地面から伝わる振動。


 遮蔽物の位置。


 それらを組み合わせ、トーマがどこへ移動したのかを考える。


 やがて、ユウキはあることに気づいた。


 音が小さいときでも、地面の振動がわずかに伝わることがある。


 反対に、振動がほとんど感じられなくても、衣服が擦れる音が聞こえることがある。


 その違いを意識すると、相手の位置を推測しやすくなった。


 しかし、次の試行では、トーマが木箱の向こうで立ち止まり、わざと小石を別の方向へ転がした。


 カラッ。


 乾いた音が響く。


 ユウキは反射的に顔を向けた。


 その瞬間、背後から声が聞こえた。


「……見つけた!」


「うわっ!」


 ユウキは驚いて振り返った。


 そこには、満面の笑みを浮かべたトーマが立っていた。


「……やった!」


 トーマは嬉しそうに笑った。


「今度は成功!」


 ユウキは少し驚いたあと、思わず笑ってしまった。


「……完全に引っかかった」


「へへっ。昨日ガレスさんが言ってたこと、覚えてたんだ」


 トーマは得意そうに胸を張る。


「感知する相手だって、騙されることがあるって」


 ユウキは頷いた。


 確かに、そのとおりだった。


 感知技能を持っているからといって、相手の動きをすべて把握できるわけではない。


 むしろ、技能へ頼りすぎれば、そこを利用される可能性がある。


「……トーマ、すごいね」


 ユウキが言うと、トーマは少し照れくさそうに笑った。


「ユウキが付き合ってくれたからだよ」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。


 そのとき、ユウキはふと思った。


 自分の技能を磨くことだけが、成長ではない。


 仲間の技能を理解し、互いに練習することでも、新しい発見が生まれる。


 それは、ひとりで剣を振っているだけでは得られない経験だった。


 ◇◆◇


 昼前。


 ユウキとトーマは、バルドとドランが待つ鍛冶屋へ向かった。


 ガルドの店。


 鉄火の槌。


 通りの奥にあるその店からは、いつものように金属を打つ音が響いていた。


 カンッ!


 カンッ!


 規則正しい音が、店の外まで聞こえてくる。


「……久しぶりだね」


 トーマが呟いた。


「うん」


 ユウキは頷いた。


 以前、ここで新しい装備を購入した。


 自分のショートソード。


 トーマの短剣。


 バルドの盾と胸当て。


 ドランの片手鎚。


 それらは、今も四人の戦いを支えている。


 そして。


 ユウキは店の奥へ視線を向けた。


 あの剣。


 壊れた魔力回路を持つ、八級の古い剣。


 そこには、ヒカリという女性の声が残されていた。


 日本語で語りかけてきた、遠い世界からの言葉。


 ――鍵。


 ――五体の柱。


 その意味は、まだわからない。


 けれど、あの剣がここにあると思うと、胸の奥がざわついた。


「……ユウキ?」


 トーマが声をかける。


「どうしたの?」


「……ううん。なんでもない」


 ユウキは小さく笑った。


 今は、バルドの新しい武器を探しに来たのだ。


 古い剣のことは、あとで考えればいい。


 二人は店の扉を開けた。


 中には、すでにバルドとドランがいた。


 そして、奥の作業台ではガルドが金属部品を磨いている。


「おう。来たか」


 ガルドが顔を上げた。


「こんにちは」


 ユウキが挨拶すると、ガルドは頷いた。


「今日は、バルドの武器を見に来たんだったな」


「ああ」


 バルドが答えた。


「片手斧を探している」


 ガルドは少しだけ眉を上げた。


「……ほう。盾だけじゃ足りなくなったか?」


 バルドは小さく笑った。


「いや。盾はこれからも使う。ただ、守るための手段を増やしたいと思ってな」


 その言葉に、ガルドは満足そうに頷いた。


「……いい考えだ」


 そして、店の奥へ向かった。


「なら、いくつか見せてやろう」


 ◇◆◇


 ガルドが持ってきたのは、三本の片手斧だった。


 一本目は、刃が大きく、柄も長いもの。


 二本目は、刃が比較的小さく、全体の重さを抑えたもの。


 三本目は、柄が短く、刃の厚みがあるものだった。


 ガルドはそれぞれを作業台へ並べた。


「どれも片手で扱える斧だが、性格は違う」


 バルドは興味深そうに見つめた。


 ガルドは一本目を持ち上げる。


「これは九級の片手斧だ。刃が大きい分、振り下ろす力は強い。ただし、先端が重いから、振ったあとに戻すのが少し難しい」


 次に、二本目。


「こっちは同じ九級だが、軽めに作ってある。威力は多少落ちるが、盾と組み合わせるなら扱いやすいだろう」


 最後に、三本目を持ち上げる。


「これは十級。古い型だが、刃の厚みがある。木材を割るような動作には向いているが、戦闘で使うには少し癖があるな」


 バルドは三本を順番に手に取った。


 重さ。


 握りやすさ。


 柄の長さ。


 そして、盾を構えたときの位置。


 どれも同じ片手斧でありながら、持った感覚は大きく違っていた。


 一本目は、確かに威力がありそうだった。


 しかし、盾と同時に構えると、右肩へ負担がかかる。


 三本目は握りやすいものの、刃の重さが独特で、振り下ろしたあとの動きが想像しにくい。


 そして、二本目。


 バルドはその斧を右手に握り、左腕の盾を構えた。


 軽い。


 といっても、頼りないわけではない。


 必要な重さはありながら、身体の動きを妨げにくい。


「……これが、よさそうだな」


 バルドが呟くと、ガルドは頷いた。


「俺も、お前にはそれが合っていると思う」


 ドランが近づき、斧の柄を確認した。


「……握りも悪くないな」


 ガルドは笑った。


「九級とはいえ、整備はきちんとしてある。刃も研ぎ直してあるから、すぐに使えるぞ」


 バルドは少し考えた。


 新しい武器。


 新しい戦い方。


 しかし、買うとなれば費用がかかる。


「……値段はいくらだ?」


 ガルドは答えた。


「銀貨三枚だ」


 バルドは小さく息を吐いた。


 安くはない。


 四人の共有資金には、宿代や食費、今後の装備修理の費用も必要になる。


 ここで銀貨三枚を使ってよいものか。


 バルドは仲間たちへ視線を向けた。


「……どう思う?」


 ドランは少し考えた。


「今後の戦闘で使うなら、必要な投資だと思う。ただ、残りの資金は確認しておきたいな」


 トーマも頷いた。


「俺は賛成! バルドさんがもっと戦いやすくなるなら、いいと思う!」


 ユウキは斧を見つめた。


 バルドはこれまで、何度も自分たちを守ってくれた。


 灰の鉱山でも。


 岩牙獣との戦闘でも。


 そして、岩甲獣との戦闘でも。


 そのバルドが、自分の戦い方を広げようとしている。


 ならば、応援したい。


「……俺も賛成です」


 ユウキが言うと、バルドは少し驚いたように顔を上げた。


「いいのか?」


「はい。バルドさんの武器は、俺たち全員の安全にも繋がると思います」


 その言葉に、バルドはしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……ありがとう」


 ドランは帳面を開き、現在の共有資金を確認した。


 前回の依頼報酬。


 霧穴トカゲの素材代。


 旧採石道の追加報酬。


 そこから宿代や食費、消耗品の補充に使った分を差し引いても、今回の購入費用は確保できそうだった。


 ただし、灰脈の迷宮の再調査報酬は、まだ審査中で受け取っていない。


 ドランはその点も確認し、頷いた。


「……銀貨三枚なら、今のところ問題ない」


 バルドはガルドへ向き直った。


「……では、これを頼む」


 ガルドは満足そうに頷いた。


「毎度あり」


 こうして、バルドは新たな武器を手に入れた。


 ◇◆◇


 買い物を終えたあと、ユウキは店の奥へ視線を向けた。


 そこには、いくつもの剣が並べられている。


 その中に、見覚えのある一本があった。


 古い鞘。


 傷の残る鍔。


 そして、どこか不思議な雰囲気を漂わせる刀身。


 八級の古い剣。


 あの剣だ。


 ユウキは思わず足を止めた。


「……ガルドさん」


 声をかけると、ガルドが振り返った。


「なんだ?」


「……あの剣、まだありますか?」


 ガルドはユウキの視線を追い、すぐに頷いた。


「ああ。例の古い剣か」


「はい」


「まだあるぞ。あれから完全な修理はしていないが、状態が悪くならないように保管してある」


 ユウキは静かに息を吐いた。


 あの剣は、まだここにある。


 それだけで、少し安心した。


「……見せてもらってもいいですか?」


 ガルドは少し考えたあと、頷いた。


「構わん。ただし、勝手に振り回すなよ」


「はい」


 ガルドは棚から剣を取り出し、作業台へ置いた。


 ユウキはゆっくりと近づく。


 剣の表面には、以前と変わらない傷が残っていた。


 壊れた魔力回路。


 そして、あの声。


 ユウキは静かに手を伸ばした。


 指先が、鞘の表面へ触れる。


 その瞬間。


 胸の奥に、わずかな冷たさが走った。


「……っ」


 ユウキは思わず手を止めた。


 以前、ヒカリの声を聞いたときとは少し違う。


 はっきりとした言葉ではない。


 ただ、遠くから何かが呼んでいるような、不思議な感覚だった。


 ユウキは息を止めた。


 そして、もう一度ゆっくりと鞘へ触れた。


 その瞬間。


 ――……きこ……え……。


 かすかな音。


 声。


 ユウキは目を見開いた。


 日本語だった。


 しかし、あまりにも途切れていて、意味を理解することができない。


 ――……まだ……。


 次の言葉が聞こえた。


 今度は、少しだけはっきりしている。


 ――……五つ……。


 ユウキの心臓が大きく跳ねた。


 五つ。


 以前、ヒカリが語っていた言葉。


 五体の柱。


 そして、鍵。


 その記憶が、頭の中を駆け巡る。


 ユウキは剣を見つめた。


 しかし、それ以上の声は聞こえなかった。


 まるで、途中で糸が切れたように。


 静寂が戻る。


「……ユウキ?」


 トーマの声が聞こえた。


 ユウキははっとして顔を上げた。


「……あ、うん」


「どうしたの? 急に黙っちゃって」


「……ちょっと、気になることがあって」


 ユウキはそう答えた。


 完全な嘘ではない。


 だが、本当のことを話すには、まだ自分自身が理解していないことが多すぎた。


 ガルドが剣を見つめながら言った。


「……それ、そんなに気になるのか?」


 ユウキは少し迷ったあと、頷いた。


「はい」


 ガルドは腕を組んだ。


「まあ、変わった剣だからな。古い魔力回路が残っているし、普通の八級の剣とも少し違う」


 ドランが近づいてきた。


「……回路の修理は、まだ難しそうか?」


「ああ。完全に直すには、もう少し詳しい知識が必要だ」


 ガルドは頷いた。


「お前が前に見ていた構造と同じだ。通常の魔導具とは少し違う」


 ドランは剣を見つめ、真剣な表情になった。


「……なるほど」


 ユウキは二人の会話を聞きながら、静かに考えていた。


 ヒカリ。


 自分と同じ世界から来た可能性のある女性。


 彼女は何を残そうとしたのか。


 そして、なぜ日本語の声が、この剣から聞こえるのか。


 わからない。


 けれど、確かなことが一つある。


 この剣には、まだ何かが残っている。


 ユウキは小さく息を吸った。


「……ガルドさん」


「なんだ?」


「この剣、しばらく預かっておいてもらえますか?」


 ガルドは少し驚いたように眉を上げた。


「買うつもりなのか?」


「……まだ、決めていません」


 ユウキは正直に答えた。


「でも、もう少し調べてみたいんです」


 ガルドはしばらく考えたあと、頷いた。


「わかった。ただし、いつまでも取り置けるわけじゃないぞ」


「はい。ありがとうございます」


 ユウキは深く頭を下げた。


 ガルドは剣を再び棚へ戻した。


 その姿を見つめながら、ユウキは胸の奥に残る違和感を確かめていた。


 ――……五つ……。


 あの声は、確かにそう聞こえた。


 それが何を意味するのか。


 今はまだ、わからなかった。


 ◇◆◇


 鍛冶屋を出た頃には、午後の陽光が通りを照らしていた。


 バルドは新しい片手斧を布に包み、腰へ固定している。


 その姿を見て、トーマが嬉しそうに笑った。


「……バルドさん、なんか強そう!」


 バルドは苦笑した。


「まだ、使いこなせるわけじゃないぞ」


「でも、盾と斧って格好いいじゃん!」


「……そうかもしれんな」


 バルドは少し照れくさそうに笑った。


 ドランは購入した斧の状態を思い返しながら、口を開いた。


「軽めの九級片手斧なら、今の盾とも相性は悪くなさそうだ。あとは実際に使って確かめる必要があるな」


 バルドは頷いた。


「ああ。しばらくは訓練だ」


 ユウキは三人の会話を聞きながら、少しだけ後ろを振り返った。


 鉄火の槌。


 その店の奥に、あの剣がある。


 ヒカリの声。


 五体の柱。


 鍵。


 そして、ゼルガ帝国が秘密裏に行っていた召喚儀式。


 それらは、どこかで繋がっているのだろうか。


 ユウキは考え込んだ。


 自分がこの世界へ来た理由。


 あの儀式によって犠牲になった人々。


 そして、灰の鉱山で見てきたもの。


 もし、ヒカリも同じように召喚されたのだとしたら。


 彼女は何を見て、何を知ったのだろう。


 その答えが、あの剣に残されているのかもしれない。


「……ユウキ?」


 バルドの声が聞こえた。


 ユウキは顔を上げた。


「……はい?」


「大丈夫か? 少し考え込んでいたようだが」


 ユウキは一瞬だけ迷った。


 そして、小さく笑った。


「……大丈夫です。ちょっと、昔のことを思い出していました」


 バルドはそれ以上聞かなかった。


 ただ、静かに頷いた。


「……そうか」


 その優しさが、ユウキにはありがたかった。


 今は、すべてを話せるわけではない。


 けれど、いつかは。


 自分が抱えている秘密について、仲間たちへ話す日が来るのかもしれない。


 そのとき、自分は何を伝えるべきなのだろう。


 ユウキはまだ、答えを出せなかった。


 ◇◆◇


 その日の夕方。


 四人は練習場へ戻っていた。


 バルドは新しい片手斧を使い、盾との連携を確認している。


 ドランはその動きを観察し、斧を振ったあとの戻し方について助言していた。


 トーマは少し離れた場所で、気配遮断と足捌きを組み合わせた移動を練習している。


 ユウキは、そんな仲間たちを見つめていた。


 それぞれが、自分の技能を磨いている。


 それぞれが、これまでの経験を活かそうとしている。


 そして、自分も。


 ユウキは木剣を握り直した。


 略奪によって得た力。


 自分自身の努力によって成長させた剣術。


 その両方が、今の自分を形作っている。


 けれど、まだ足りない。


 もっと強くなりたい。


 仲間を守れるようになりたい。


 そして、いつか自分がこの世界へ来た理由を知りたい。


 ユウキは目を閉じ、静かに息を吸った。


 聴覚強化。


 振動感知。


 二つの技能へ意識を向ける。


 遠くでバルドが斧を振る音が聞こえた。


 トーマの足音。


 ドランの声。


 それらが、少しずつ重なっていく。


 ユウキは目を開いた。


 そして、木製の標的へ向かって踏み込んだ。


 剣を振る。


 足を引く。


 もう一度、構える。


 その繰り返し。


 地味で、すぐに成果が見えるわけではない。


 それでも、確かに前へ進んでいる。


 ユウキは剣を振り続けた。


 いつか、あの声の意味を知る日が来る。


 いつか、自分が奪ってきた力の意味を理解する日が来る。


 そのとき、今の自分はどんな選択をするのだろう。


 わからない。


 けれど、一つだけ決めていることがある。


 もう、誰かの意思だけで自分の人生を決められたくない。


 そして、大切な人たちが傷つくのを、黙って見ていたくない。


 ユウキは木剣を握り締めた。


 奪う力を持つ自分が、何を守るのか。


 その答えを見つけるために。


 今日も、剣を振る。


 ユウキ達の冒険は、まだまだ続いていく。


――第55話 完。

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