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第54話 攻防一体

 朝日がリーヴェルの城壁を照らし始めた頃、バルドは宿屋の裏庭で一人、盾を構えていた。


 左腕には、使い慣れた九級の木鉄盾。


 右手には何も持っていない。


 冷たい朝の空気を吸い込みながら、バルドはゆっくりと膝を曲げた。


 左足を前へ出し、右足を少し後ろへ引く。


 重心を落とし、盾を身体の正面へ向ける。


 いつもと変わらない、防御の構え。


 だが、今日はそこから先が違った。


「……ふっ」


 短く息を吐き、右足で地面を押す。


 腰を前へ運び、その動きに合わせて盾を突き出した。


 昨日、ガレスから教わった盾打ち。


 相手の攻撃を防ぐだけではなく、こちらから盾を押し出して体勢を崩す技術だった。


 バルドは途中で動きを止めた。


 左腕が、想像していた位置よりも前へ出ている。


 盾を戻そうとすると、今度は肩が大きく引かれ、身体の右側が開いてしまった。


「……難しいものだな」


 小さく呟く。


 長年、鉱山では身体を使って働いてきた。


 岩盤に工具を打ち込み、重い鉱石を運び、不安定な足場で荷車を押す。


 その経験が、盾を支える足腰の強さに繋がっていることはわかっていた。


 しかし、今までの経験だけで、すべての動きを身につけられるわけではない。


 相手の攻撃を受け止めること。


 受け流すこと。


 自分から盾で押し返すこと。


 それぞれ似ているようで、力を加える方向も、そのあとの身体の動きも違う。


 バルドはもう一度、構え直した。


 盾を前へ押し出す。


 すぐに引き戻す。


 そして、足を元の位置へ戻す。


 今度は少しだけ、身体が安定した。


「……なるほど」


 バルドは小さく頷いた。


 そのとき、背後から声が聞こえた。


「朝から精が出るな」


 振り返ると、ドランが宿屋の裏口に立っていた。


 手には水袋を持ち、まだ少し眠そうな顔をしている。


「……起こしてしまったか?」


「いや、ちょうど目が覚めたところだ」


 ドランは近づき、バルドの盾へ目を向けた。


「昨日の練習か?」


「ああ。忘れないうちに、もう一度動きを確かめておこうと思ってな」


「なるほど」


 ドランはしばらくバルドの姿勢を観察していたが、やがて右手を指さした。


「……今日は斧を持たないのか?」


「まだ借り物の木斧しか使っておらんからな。それに、まずは盾の動きを覚えたい」


 ドランは頷いた。


「悪くない考えだと思うぞ。ただ、右手に武器があると重心も変わる。午後の練習では、その違いも確かめた方がいいかもしれん」


「……そうだな」


 バルドは右手を握った。


 昨日、木斧を持ったときの感覚が、まだ残っている。


 盾だけで戦ってきた自分にとって、右手に武器を持つことは思った以上に大きな変化だった。


 だが、不安ばかりではない。


 むしろ、新しいことを覚える楽しさの方が強かった。


「……今日は、少し面白い一日になりそうだ」


 バルドがそう言うと、ドランは小さく笑った。


「お前がそう言うのは珍しいな」


「そうかもしれん」


 二人は顔を見合わせ、静かに笑った。


 ◇◆◇


 朝食を終えた四人が練習場へ到着すると、すでにガレスが待っていた。


 肩には使い込まれた金属盾。


 腰には片手剣。


 そして、手元には練習用の木斧が二本置かれている。


「おう。来たな」


 ガレスは片手を上げた。


「おはようございます!」


 トーマが元気よく挨拶する。


 ユウキとドランも頭を下げ、最後にバルドが一歩前へ出た。


「今日もよろしく頼む」


「ああ。昨日の続きといこう」


 ガレスは頷くと、練習場の中央へ向かった。


 そこには木製の標的が三つ並べられていた。


 一つは固定された人型の標的。


 もう一つは、木の腕が左右へ動く仕組みになっている。


 最後の一つは、短い支柱の上に取りつけられ、押すと揺れて戻ってくる構造だった。


 ドランが興味深そうに近づく。


「……これは、なかなかよくできているな」


「訓練用の標的だ。俺が作ったわけじゃないが、動く相手を想定するには便利なんだ」


 ガレスは揺れる標的を軽く押した。


 木製の身体が後ろへ傾き、ゆっくりと元の位置へ戻ってくる。


「今日は、こいつを使う」


 バルドは盾を構え直した。


 ガレスは木斧を一本取り、バルドへ差し出す。


「まずは昨日の復習だ。盾と斧を持って構えてみろ」


 バルドは木斧を受け取った。


 右手に伝わる重さ。


 左腕の盾。


 両方を持つと、やはり身体の感覚が少し変わる。


 バルドは左足を前へ出し、盾を胸の高さへ構えた。


 木斧は右腰の近くへ。


 刃を模した部分を不用意に前へ出さず、盾の陰へ収める。


 ガレスはその姿勢を確認し、小さく頷いた。


「悪くない。だが、斧を握る右肩に力が入りすぎているな」


 バルドは少しだけ右肩を下げた。


「……こうか?」


「ああ。斧を持っているからといって、最初から振り下ろす必要はない」


 ガレスは自分の片手剣を抜き、盾と組み合わせた構えを見せた。


「敵が攻撃してくる。盾で防ぐ。そのあとに反撃できるなら、武器を使う」


 彼は木製の標的へ向かって一歩踏み込んだ。


 盾を斜めへ動かす。


 続けて、右手の剣を短く振る。


 そして、すぐに盾を身体の正面へ戻した。


 無駄な動作が、ほとんどない。


 剣を振った直後にも、盾の位置が大きく崩れていなかった。


「……速い」


 ユウキが思わず呟く。


 ガレスは振り返り、笑った。


「速さだけじゃない。次の攻撃を受けられる姿勢へ戻っていることが大事なんだ」


 彼はバルドへ視線を向けた。


「お前もやってみろ」


「ああ」


 バルドは頷き、標的の前へ立った。


 ◇◆◇


 最初の動きは、盾による受け流しだった。


 ガレスが木の腕を動かし、バルドの左肩へ向けて攻撃を繰り出す。


 バルドは盾を傾け、木の腕を外側へ流した。


 カンッ!


 硬い音が響く。


 続けて、右手の木斧を振り下ろした。


 しかし。


「……っ」


 斧が標的へ届いた瞬間、身体の重心が前へ流れた。


 盾を引き戻そうとしても、足の位置が悪く、すぐには戻せない。


 ガレスは木の腕をもう一度動かした。


 コツン。


 木の先端が、バルドの右肩へ軽く触れる。


「……そこまで」


 ガレスが言った。


 バルドは息を吐き、木斧を下ろした。


「……やはり、攻撃すると姿勢が崩れるな」


「ああ。だが、原因はわかりやすい」


 ガレスはバルドの足元を指さした。


「斧を振るとき、腕だけじゃなく身体まで前へ持っていかれている。しかも、盾を戻すことを考える前に攻撃している」


 バルドは頷いた。


「……確かに」


「盾で守る。斧で攻撃する。ここまでは考えられている」


 ガレスは少しだけ声を低くした。


「だが、そのあとは?」


「……盾を戻す」


「そうだ。だが、ただ戻すだけじゃ足りない」


 ガレスは自分の盾を構えた。


「身体の重心まで戻す必要がある。盾だけ元の位置へ戻しても、足元が崩れていたら意味がない」


 バルドは自分の姿勢を思い返した。


 斧を振り下ろしたとき、右肩が大きく前へ出ていた。


 その反動で左腕の盾も引っ張られ、身体全体が傾いていた。


 それでは、次の攻撃を防げない。


「……なるほど」


 ガレスは続けた。


「ところで、バルド。お前、防御姿勢のスキルを持っているな?」


 バルドは顔を上げた。


「ああ。Lv.1だ」


「なら、なぜ使わない?」


 その質問に、バルドは言葉を詰まらせた。


「……使っていない、とは?」


「防御姿勢を意識するのは、いつだ?」


 バルドは少し考えた。


「敵の攻撃を受けるときだな。盾を構え、身体を安定させるために使っている」


 ガレスは頷いた。


「それだけか?」


「……それだけだ」


 すると、ガレスは小さく笑った。


「そこだな」


 バルドは首を傾げた。


 ガレスは盾を構え、ゆっくりと足を動かし始めた。


「防御姿勢ってのは、ただ突っ立って盾を構えるためだけのスキルじゃない」


 彼は一歩前へ出た。


 盾を押し出す。


 そして、すぐに足を引き戻す。


「動いている最中でも、身体を安定させる考え方は同じだ」


 ガレスはさらに続けた。


「盾打ちのあと。斧を振ったあと。仲間を庇うために踏み込んだあと。そういう場面でも、防御姿勢を意識してみろ」


 バルドは息を呑んだ。


 防御姿勢。


 今までは、敵の攻撃を待ち受けるときに使うものだと思っていた。


 盾を構え、重心を低くし、身体を安定させる。


 それが、このスキルの役割だと考えていた。


 しかし、ガレスの言葉は違っていた。


「……動作の途中でも、使えるのか?」


「ああ。少なくとも、使い方を工夫する余地はある」


 ガレスは頷いた。


「もちろん、スキルの効果や限界には個人差があるし、何でもできるようになるわけじゃない」


 そして、バルドの目をまっすぐ見た。


「だが、スキルを持っているだけで満足するな。どの動きに使えるのか、自分で考えろ」


 その言葉は、練習場にいた四人全員の耳へ届いた。


「スキルは覚えた時点で完成するものじゃない。意識して使い、試して、失敗して、また工夫する。その積み重ねで、できる動きが増えていくんだ」


 バルドは静かに頷いた。


 そして、もう一度盾を構えた。


「……やってみよう」


 ◇◆◇


 バルドは、先ほどと同じ動作を繰り返した。


 盾で受け流す。


 木斧を振り下ろす。


 そして、身体を戻す。


 しかし、今度は最後の動作に意識を集中した。


 防御姿勢Lv.1。


 ただ敵の攻撃を待ち受けるためではない。


 斧を振ったあと、身体の中心を元の位置へ戻すために使う。


 バルドは右足の踏み込みを少し浅くした。


 木斧を振り下ろす。


 同時に、左腕の盾を不用意に前へ出さないよう意識する。


 そして、右足を引く。


 身体の重心を落とす。


 盾を構え直す。


 今度は、先ほどよりも安定していた。


「……どうだ?」


 バルドが尋ねると、ガレスは頷いた。


「よくなった」


 しかし、すぐに続ける。


「ただ、斧を引き戻すのが遅い」


「……なるほど」


「斧を振り下ろしたあと、そのまま止めてしまうと、右側が空く。盾を戻すだけじゃなく、右手の武器も次の動きに備えさせろ」


 バルドは木斧へ視線を落とした。


 確かに、斧の先端が下がったままだった。


 これでは、すぐに次の攻撃へ繋げられない。


「……もう一度、頼む」


「ああ」


 ガレスは笑った。


 その後も、バルドは同じ動作を繰り返した。


 盾で受け流す。


 斧を振る。


 盾を戻す。


 足を整える。


 斧を引き戻す。


 最初は、それぞれが別々の動きになっていた。


 盾を意識すれば、斧が遅れる。


 斧を意識すれば、足が崩れる。


 足を整えようとすれば、今度は盾の位置が下がってしまう。


 何度も失敗した。


 そのたびに、ガレスは動きを止め、原因を一つずつ指摘していった。


 バルドも、ただ言われたとおりに動くだけではなかった。


 なぜ失敗したのか。


 どこで重心が崩れたのか。


 次はどうすればいいのか。


 自分で考えながら、動きを修正していく。


 やがて。


 カンッ!


 盾が木の腕を受け流した。


 バルドは右足を踏み込み、木斧を短く振り下ろす。


 コッ!


 木斧が標的へ当たる。


 そして、すぐに右足を引いた。


 左腕の盾を身体の正面へ戻し、右手の木斧も腰の横へ引き戻す。


 その姿勢は、これまでよりも明らかに安定していた。


 ガレスはしばらくバルドを見つめたあと、小さく笑った。


「……今のは、なかなかよかったぞ」


 バルドは息を吐いた。


「……ようやく、少し感覚が掴めてきた」


「ああ。ただし、実戦では相手も動く。今の動きを、そのまま繰り返せばいいわけじゃない」


 バルドは頷いた。


「わかっている」


 それでも、胸の奥には確かな手応えがあった。


 盾を使って守ること。


 斧を使って攻撃すること。


 そして、そのあとに再び守る姿勢へ戻ること。


 それらは、別々の動きではない。


 一つの流れとして繋げられる。


 その可能性を、ようやく身体で理解し始めていた。


 ◇◆◇


 一方、少し離れた場所で見学していたトーマは、何やら考え込んでいた。


 ガレスの言葉が、頭から離れなかったのだ。


 ――スキルを持っているだけで満足するな。


 ――どの動きに使えるのか、自分で考えろ。


 トーマは自分の足元を見つめた。


 足捌きLv.1。


 気配遮断Lv.1。


 そして、短剣術Lv.1。


 どれも、自分が習得している技能だった。


 しかし、これまでの使い方を思い返すと、どこか決まりきったものになっていた気がする。


 足捌きは、素早く移動するとき。


 気配遮断は、物陰に隠れるとき。


 短剣術は、敵と戦うとき。


 それぞれを別々の場面で使っていた。


「……でも」


 トーマは小さく呟いた。


 もし、気配遮断を使いながら移動したら。


 もし、足捌きで重心を安定させながら、足音を抑えることができたら。


 物陰に隠れたまま動けるようになるかもしれない。


「……やってみようかな」


 トーマは練習場の端へ移動した。


 そこには木箱や樽がいくつか置かれている。


 遮蔽物として使うには十分な大きさだった。


 トーマは木箱の陰へ身を隠し、ゆっくりと息を整えた。


 気配遮断Lv.1。


 自分の存在を周囲に察知されにくくする技能。


 これまでは、身体を動かさずに隠れるときに意識していた。


 しかし、今日は違う。


 隠れた状態から、少しずつ移動してみる。


 右足を前へ。


 重心を移す。


 そして、左足を動かす。


 その瞬間。


 ザリッ。


 靴底が地面の小石を擦った。


「……あ」


 トーマは足を止めた。


 思ったより音が大きい。


 気配遮断を意識していても、足音そのものが消えるわけではないらしい。


 トーマは少し考えた。


 足捌きLv.1。


 これまでは、素早く動くために使っていた。


 しかし、速く動くだけが足捌きの役割ではない。


 重心を移し、姿勢を維持する。


 その補助を使えば、静かに足を運ぶこともできるのではないか。


「……そうか」


 トーマは小さく頷いた。


 今度は、速度を落とした。


 右足を持ち上げる。


 小石のない場所を選ぶ。


 足先から静かに地面へ触れ、ゆっくりと体重を移す。


 そして、左足を動かす。


 ザッ。


 先ほどよりも小さな音。


 トーマは思わず笑みを浮かべた。


「……できるかも」


 そのまま、木箱から次の樽へ移動する。


 気配遮断を意識しながら、足捌きで身体の重心を保つ。


 最初はぎこちなかった。


 しかし、何度か繰り返すうちに、少しずつ動きが滑らかになっていく。


 その様子を見ていたユウキが、首を傾げた。


「……トーマ、何してるの?」


「ちょっと、静かに移動する練習!」


 トーマは嬉しそうに答えた。


 しかし、その声が思ったより大きく響いてしまい、本人が慌てて口を押さえた。


 ユウキは思わず笑ってしまった。


「……それじゃ、気配が消えてないよ」


「……しまった」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 ◇◆◇


 ガレスはその様子に気づき、トーマへ声をかけた。


「おい、そこの斥候」


「……はい!」


 トーマが振り返る。


「今、何を試している?」


「気配遮断と足捌きを一緒に使えないかなって」


 ガレスは少しだけ目を細めた。


「……ほう」


 そして、近づいてきた。


「面白いことを考えたな」


 トーマは嬉しそうに笑った。


「本当ですか?」


「ああ。ただし、注意することもある」


 ガレスは木箱の横へ立ち、地面を指さした。


「静かに動くことばかり考えて、周囲を見るのを忘れるな」


 トーマは顔を上げた。


「……周囲?」


「そうだ。足音を消せても、敵の目の前へ出たら意味がない。気配を薄めることと、姿を見せないことは別だ」


 トーマは頷いた。


 確かに、足元ばかり見ていたら、周囲の状況を把握できない。


 気配遮断を使っていても、魔物の視線や感知技能によっては気づかれてしまうだろう。


 ガレスは続けた。


「それに、静かに動こうとするあまり、逃げる準備が遅れても困る」


 彼は木箱の後ろから一歩踏み出し、すぐに元の位置へ戻ってみせた。


「隠れる。動く。周囲を確認する。そして、必要ならすぐ逃げる」


 トーマは真剣な表情で聞いていた。


「……わかりました」


「よし。なら、もう一度やってみろ」


 トーマは頷き、木箱の陰へ戻った。


 気配遮断。


 足捌き。


 そして、周囲の確認。


 それらを意識しながら、ゆっくりと動き始めた。


 今度は、足元だけを見なかった。


 進む先の遮蔽物。


 周囲の人の位置。


 そして、退くための道。


 それらを確認しながら、静かに移動する。


 ガレスはしばらくその様子を見ていたが、やがて小さく頷いた。


「……いいぞ」


 トーマの顔が明るくなる。


「本当!?」


「ああ。まだ動きはぎこちないが、考え方は悪くない」


 ガレスは笑った。


「斥候は、速く動くだけが仕事じゃない。敵に気づかれず、情報を持ち帰ることも大切だ」


 トーマは大きく頷いた。


「……うん!」


 その笑顔には、先ほどまでとは違う自信が浮かんでいた。


 ◇◆◇


 その頃、ドランは練習用の標的を調べていた。


 木製の腕が動く仕組み。


 支柱の固定部分。


 衝撃を受けたときに揺れる構造。


 技工士としての好奇心が刺激されたのだろう。


 ドランは標的の裏側へ回り、細かな部品を確認していた。


「……なるほど。ここが支点になっているのか」


 小さく呟く。


 金属製の留め具。


 木材を繋ぐ軸。


 そして、動きを制限するための紐。


 構造そのものは複雑ではない。


 しかし、力が加わる方向によって、標的の動き方が変わるようになっていた。


「……面白いな」


 ドランは指先で留め具を軽く触れた。


 修理Lv.3。


 精密作業Lv.3。


 魔導具知識Lv.3。


 これまで、自分はこれらの技能を主に道具の修理や加工へ使ってきた。


 しかし、ガレスの言葉が頭に残っていた。


 ――スキルを持っているだけで満足するな。


 ――使い方を考えろ。


 ドランは標的の関節部分へ視線を向けた。


 もし、これが魔物の脚だったら。


 もし、動くために必要な部分を見極められたら。


 ただ力任せに鎚を振り下ろすよりも、効果的に攻撃できるかもしれない。


 もちろん、魔物の身体と人工物は違う。


 生き物の関節を、機械の部品とまったく同じように考えることはできない。


 それでも、力が伝わる仕組みを考えるという点では、共通する部分があるはずだ。


 ドランは片手鎚を握り、標的の前へ立った。


 木製の腕が左右へ動く。


 その動きを見ながら、支点となる部分へ意識を向ける。


 腕の先端を叩くのではなく、動きを支える部分へ狙いを定める。


 コンッ。


 鎚が木製の関節部分へ当たった。


 標的の腕が大きく揺れる。


 ドランは目を細めた。


「……なるほど」


 力を加える場所が違うだけで、動き方が変わる。


 それは、修理のときにも経験してきたことだった。


 固く締まった部品を無理に叩いても動かない。


 しかし、力のかかっている場所を見極めれば、少ない力で動かせることがある。


 戦闘でも、同じ考え方を応用できるのではないか。


 ドランはもう一度、標的の動きを確認した。


 今度は、鎚を振る前に足元の位置を調整する。


 そして、短く打ち込んだ。


 コンッ!


 木製の腕が、大きく動いた。


「……そういうことか」


 ドランは静かに笑った。


 技工士としての経験は、戦闘と無関係ではない。


 むしろ、武器を扱うときにも活かせる可能性がある。


 そのことに、ようやく気づき始めていた。


 ◇◆◇


 一方、ユウキは少し離れた場所で、木剣を握っていた。


 ガレスの言葉を思い返す。


 スキルは覚えた時点で完成するものではない。


 使い方を考えれば、できることが増える。


 ユウキは自分の技能を思い浮かべた。


 剣術Lv.2。


 身体強化Lv.2。


 聴覚強化Lv.1。


 振動感知Lv.1。


 嗅覚強化Lv.2。


 霧中感知Lv.1。


 そして、鑑定Lv.2。


 それらの多くは、略奪によって得た技能だった。


 しかし、今までの自分は、一つずつ使うことが多かった。


 敵の音を聞くときは聴覚強化。


 地面の揺れを確かめるときは振動感知。


 霧の中では霧中感知。


 それぞれを別々に意識していた。


 けれど。


「……一緒に使ったら、どうなるんだろう」


 ユウキは小さく呟いた。


 目を閉じ、耳を澄ませる。


 聴覚強化Lv.1。


 遠くで木剣がぶつかる音。


 トーマが地面を踏む音。


 ドランが鎚を振る音。


 それらが、普段より明確に聞こえてくる。


 続けて、振動感知Lv.1へ意識を向けた。


 足元から、微かな振動が伝わってくる。


 誰かが歩く。


 地面を踏み込む。


 そのたびに、小さな揺れが生まれている。


 ユウキは二つの感覚を重ねようとした。


 音。


 振動。


 同じ動きから生まれる、異なる情報。


 しかし、最初はうまくいかなかった。


 音へ集中すると、振動が曖昧になる。


 振動を確かめようとすると、今度は周囲の音が遠く感じられる。


「……難しい」


 ユウキは眉を寄せた。


 同時に意識することは、思っていた以上に難しい。


 けれど、完全にできないわけではない。


 何度か繰り返しているうちに、ふと気づいた。


 音と振動を、別々に探そうとしているから難しいのではないか。


 同じ動きを、二つの感覚で確かめればいい。


 ユウキは目を開き、練習場を見渡した。


 少し離れた場所で、トーマが歩いている。


 ユウキはその足元へ視線を向けた。


 右足が地面へ触れる。


 トンッ。


 小さな音。


 同時に、足元から微かな揺れが伝わる。


 左足が地面へ触れる。


 再び、小さな音。


 そして、振動。


 ユウキはゆっくりと頷いた。


「……そうか」


 音と振動を別々に探すのではない。


 同じ動きから生まれる情報として、重ね合わせる。


 そう考えると、少しだけ感覚が掴みやすくなった。


 ユウキはもう一度、耳を澄ませた。


 今度は、視線を少しだけ外す。


 トーマの足音が聞こえる。


 その直後、地面の振動が伝わる。


 完全に位置がわかるわけではない。


 けれど、音だけを頼りにするよりも、動きの方向を判断しやすくなった気がした。


「……なるほど」


 ユウキは小さく笑った。


 そのとき、ガレスが近づいてきた。


「何をしている?」


 ユウキは少し驚いたが、すぐに答えた。


「……感知技能を一緒に使えないか試していました」


「感知技能?」


「はい。音と地面の振動を、同時に確かめられないかなって」


 ガレスは興味深そうに頷いた。


「……なるほどな」


 そして、少し考えてから言った。


「悪くない。ただし、感覚が増えたからといって、必ず正確になるわけじゃないぞ」


 ユウキは顔を上げた。


「……どういうことですか?」


「例えば、音は岩壁で反響する。振動だって、地面の硬さによって伝わり方が変わる」


 ガレスは足元の土を軽く踏んだ。


「二つの情報が食い違ったとき、どちらを信じるか判断しなきゃならん」


 ユウキは静かに頷いた。


 霧石の洞窟では、まさに音の反響に悩まされた。


 聴覚強化があっても、聞こえた方向をそのまま信じるのは危険だった。


 ガレスは続ける。


「感知技能は、敵の位置を教えてくれる便利な道具だ。だが、最後に判断するのはお前自身だ」


 ユウキはその言葉を胸に刻んだ。


「……はい」


「それに、感覚を意識しすぎて身体が動かなくなったら意味がない」


 ガレスは木剣を指さした。


「お前は剣士だろう? 敵を察知したあと、どう動くかまで考えろ」


 ユウキは木剣を握り直した。


「……わかりました」


 ガレスは笑った。


「よし。なら、少し試してみるか」


 ◇◆◇


 ガレスは練習用の木剣を手に取り、ユウキの前へ立った。


「俺がゆっくり動く。お前は音と足元の変化を意識しながら、攻撃を避けてみろ」


 ユウキは頷いた。


 木剣を構え、呼吸を整える。


 聴覚強化。


 振動感知。


 二つの技能へ意識を向ける。


 ガレスが一歩踏み込んだ。


 靴底が地面へ触れる音。


 足元から伝わる小さな振動。


 その二つが、ほぼ同時に感じられた。


 ユウキはガレスの肩の動きを確認する。


 木剣が振り下ろされる。


 ユウキは身体を横へ動かした。


 木剣が、肩の横を通り過ぎる。


「……よし」


 ガレスが小さく頷いた。


「今のは悪くない」


 しかし、次の瞬間。


 ガレスは足元で小さく砂を蹴った。


 ザッ。


 音と振動が生まれる。


 ユウキは反射的にそちらへ意識を向けた。


 その隙に、ガレスの木剣が別の角度から動いた。


「……っ!」


 ユウキは慌てて剣を構え直したが、間に合わなかった。


 木剣の先端が、肩の手前で止まる。


「……ここまでだ」


 ガレスが言った。


 ユウキは息を吐いた。


「……完全に引っかかりました」


「だろうな」


 ガレスは笑った。


「感知技能があると、ついそれを信じたくなる。だが、相手だってそれを利用してくるかもしれん」


 ユウキは頷いた。


 音。


 振動。


 視覚。


 それぞれが、異なる情報を伝えてくる。


 どれか一つだけに頼るのではなく、組み合わせて判断する。


 それが大切なのだろう。


「……もう一度、お願いします」


 ユウキが言うと、ガレスは満足そうに頷いた。


「ああ。今度は少し速くするぞ」


 二人は再び構えた。


 ガレスが踏み込む。


 ユウキは音と振動を意識しながら、肩と腰の動きも確認する。


 木剣が振り下ろされる。


 ユウキは一歩横へ動いた。


 そして、今度は反撃の姿勢を取る。


 しかし、そこで動きを止めた。


 新たな考えが浮かんだのだ。


 身体強化Lv.2。


 もし、この技能を剣術の動作に合わせて使えたら。


 ただ身体能力を高めるだけではなく、踏み込みや反撃の瞬間に意識を集中できれば、もっと効率よく動けるのではないか。


 ユウキは小さく息を吸った。


 しかし、すぐには試さなかった。


 今は模擬戦の最中。


 技能の使用に必要なMPも、正確に把握しておく必要がある。


 無理に新しい使い方を試せば、動作が乱れるかもしれない。


 まずは、今できることを確実にする。


 ユウキは木剣を構え直し、ガレスへ視線を向けた。


「……続けてください」


 ガレスは少しだけ笑った。


「いい目になったな」


 そして、再び木剣を構えた。


 ◇◆◇


 午後の訓練も終盤へ差しかかった頃。


 バルドは再び、ガレスとの模擬戦へ挑んでいた。


 左腕には木盾。


 右手には木斧。


 ガレスも同じく木盾と木剣を持ち、少し離れた位置で構えている。


 周囲にはユウキ、トーマ、ドランが集まっていた。


 三人とも、それぞれの練習を終え、バルドの最後の模擬戦を見守っている。


「……準備はいいか?」


 ガレスが尋ねる。


 バルドは頷いた。


「ああ」


 ガレスはゆっくりと歩き始めた。


 左へ。


 右へ。


 バルドの周囲を回りながら、攻撃の機会を探っている。


 バルドは盾を構えたまま、相手の動きを目で追った。


 以前なら、正面からの攻撃へ備えることばかり考えていた。


 しかし、今は違う。


 相手がどこへ動くのか。


 どの方向へ攻撃してくるのか。


 そして、自分がどこへ移動すれば、仲間を守る位置を維持できるのか。


 それらを意識しながら足を動かす。


 ガレスが踏み込んだ。


 木剣が右側から振り下ろされる。


 バルドは盾を傾け、攻撃を受け流した。


 カンッ!


 木剣が盾の表面を滑る。


 その瞬間、バルドは右足を半歩前へ出した。


 盾を押し出す。


 ドンッ!


 木盾同士がぶつかった。


 ガレスは一歩後退した。


 しかし、すぐに身体を横へ動かし、反撃の姿勢を取る。


 バルドは木斧を振り下ろそうとした。


 だが、ここで無理に攻撃すれば、盾の位置が崩れる。


 そう判断し、斧を途中で止めた。


 そして、足を引き戻す。


 防御姿勢Lv.1。


 身体の重心を整える。


 盾を胸の高さへ戻す。


 ガレスの木剣が、再び振り下ろされた。


 カンッ!


 今度は、安定した姿勢で受け止めることができた。


「……ほう」


 ガレスが小さく呟く。


 バルドは盾を構えたまま、静かに息を吐いた。


 無理に攻撃しなかった。


 それは、逃げたわけではない。


 守るために、攻撃を選ばなかったのだ。


 ガレスは少しだけ笑った。


「……いい判断だ」


 そして、再び踏み込んだ。


 今度は左側からの攻撃。


 バルドは盾を動かし、木剣を受け流す。


 その反動を利用し、半歩だけ前へ出る。


 盾の面を押し出す。


 ガレスの身体がわずかに後ろへ傾いた。


 その瞬間。


 バルドは右手の木斧を短く振った。


 大きく振りかぶらない。


 必要な距離だけ動かす。


 木斧の先端が、ガレスの木盾へ軽く触れた。


 コンッ!


 そして、すぐに引き戻す。


 同時に、左腕の盾も身体の正面へ戻した。


 足を整える。


 重心を落とす。


 次の攻撃へ備える。


 その一連の動きが、初めて自然に繋がった。


「……っ!」


 バルドは息を呑んだ。


 身体が、思ったとおりに動いていた。


 盾で防ぐ。


 押し返す。


 斧で攻撃する。


 そして、守る姿勢へ戻る。


 それらが、別々の動作ではなく、一つの流れになっていた。


 その瞬間。


 視界の奥に、淡い青白い文字が浮かび上がった。


【技能成長を確認】


防御姿勢 Lv.1 → Lv.2


 バルドは目を見開いた。


 しかし、すぐに動きを止めなかった。


 目の前には、まだガレスがいる。


 模擬戦の最中に意識を逸らせば、隙が生まれる。


 バルドは盾を構え直し、相手の動きを見つめた。


 ガレスはそんな彼を見て、少しだけ笑った。


「……何かあったか?」


 バルドは短く答えた。


「……あとで話す」


「そうか」


 ガレスは頷いた。


 そして、再び木剣を構えた。


 次の攻撃。


 バルドは足を動かし、盾を傾けた。


 身体の重心が、以前よりも安定している。


 攻撃を受けたあと、戻る動作が滑らかになっていた。


 ただし、すべての動きが完璧になったわけではない。


 ガレスが角度を変えて攻撃すると、まだ対応が遅れる。


 木斧を振るタイミングも、時折迷ってしまう。


 それでも、確かな変化があった。


 しばらくして、ガレスは木剣を下ろした。


「……そこまでだ」


 バルドも盾を下ろし、大きく息を吐いた。


 ガレスは満足そうに頷いた。


「……よくなったな」


 その言葉に、バルドは静かに笑った。


「……ありがとう」


 そして、少し照れくさそうに続けた。


「どうやら、防御姿勢がLv.2になったようだ」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「ええっ!?」


 トーマが大きな声を上げた。


「またスキルが上がったの!?」


 ユウキも驚いたように目を見開いた。


「バルドさん、おめでとうございます!」


 ドランは満足そうに笑った。


「……なるほど。今日の訓練が、技能の成長へ繋がったわけだな」


 バルドは静かに頷いた。


「ああ。防御姿勢を、ただ構えるためだけに使うのではなく、動作の途中でも意識した。それがよかったのかもしれん」


 ガレスは腕を組み、笑った。


「いいじゃないか」


 そして、バルドの肩を軽く叩いた。


「だが、忘れるなよ。技能レベルが上がったからといって、それで完成したわけじゃない」


 バルドは頷いた。


「ああ。まだまだだ」


「そうだ。今できる動きを、もっと確実にしていけ」


 ガレスはそう言って、少しだけ笑った。


「それが、本当の意味で強くなるってことだ」


 ◇◆◇


 夕方。


 練習場の片づけを終えた四人は、ガレスとともに入口付近へ集まっていた。


 空は淡い橙色に染まり、遠くの建物には長い影が伸びている。


 トーマは今日の練習について、興奮した様子で話していた。


「気配遮断と足捌きを一緒に使うと、ちょっとだけ静かに動けるようになったんだ!」


 ガレスは頷いた。


「いい発想だ。あとは、実際の探索でどこまで使えるかを確かめることだな」


 ドランも続けた。


「わしは、精密作業の考え方を戦闘へ応用できないか試してみた。相手の動きを支える部分を見極めることができれば、鎚の攻撃も無駄が減るかもしれん」


 ガレスは興味深そうに頷いた。


「技工士らしい考え方だな。ただ、魔物の身体は道具とは違う。実戦では観察を怠るなよ」


「ああ。わかっている」


 ユウキも静かに口を開いた。


「俺は、聴覚強化と振動感知を一緒に使ってみました。まだ難しいですけど、少しだけ感覚が掴めた気がします」


 ガレスは頷いた。


「それもいい。だが、感知した情報をどう使うかまで考えろ」


「はい」


 ユウキはしっかりと頷いた。


 ガレスは四人の顔を順番に見た。


 そして、小さく笑った。


「……お前ら、面白いパーティーだな」


 トーマが首を傾げる。


「どういうこと?」


「同じ話を聞いて、それぞれ違うことを考えている」


 ガレスはそう言って、バルドへ視線を向けた。


「バルドは防御姿勢の使い方を広げた」


 次に、トーマを見る。


「お前は気配遮断と足捌きを組み合わせた」


 そして、ドラン。


「技工士は、道具の扱い方を戦闘へ応用しようとしている」


 最後に、ユウキへ視線を向けた。


「剣士は、感知技能を重ねて使おうとしている」


 ガレスは満足そうに頷いた。


「……いいことだ」


 そして、静かに続けた。


「強くなる方法は、一つじゃない。人物レベルを上げることも大切だが、それだけじゃない」


 四人は真剣な表情で聞いていた。


「覚えた技能をどう使うか。何が得意で、何が苦手なのか。それを理解して、自分なりの戦い方を見つけるんだ」


 その言葉は、四人の胸に深く残った。


 ガレスは最後に、バルドへ視線を向けた。


「それと、片手斧のことだが」


 バルドが顔を上げる。


「何だ?」


「本格的に使うなら、自分に合った一本を探した方がいい」


 バルドは静かに頷いた。


「ああ。そう思っている」


「片手斧といっても、重さも柄の長さも違う。盾と組み合わせるなら、振ったあとに戻しやすいものがいい」


 ガレスは少しだけ笑った。


「それに、お前の盾は木鉄盾だ。斧まで重すぎると、身体への負担が大きくなる」


 ドランが頷いた。


「……なるほど。装備の重さも考える必要があるな」


「ああ。ガルドの店なら、何本か見せてもらえるかもしれん」


 その言葉に、バルドは少し考えた。


 ガルド。


 以前、自分たちの装備を揃えた鍛冶師。


 あの店なら、片手斧についても相談できるだろう。


「……近いうちに、行ってみよう」


 バルドが呟くと、ガレスは頷いた。


「それがいい」


 そして、最後に四人へ向き直った。


「……今日の訓練はここまでだ。無理をせず、身体を休めろ」


「ありがとうございました!」


 ユウキ達は揃って頭を下げた。


 ガレスは少し照れくさそうに笑い、片手を上げた。


「またな」


 その背中を見送りながら、四人はしばらく立ち尽くしていた。


 ◇◆◇


 宿屋へ戻る道。


 夕暮れの街並みを歩きながら、バルドは自分の左腕へ視線を落とした。


 木鉄盾。


 長年の採掘経験。


 そして、守護者というジョブ。


 それらは、今までの自分を形作ってきたものだった。


 しかし、今日の訓練で新たな可能性が見えた。


 盾で守る。


 盾で押し返す。


 斧で攻撃する。


 そして、防御姿勢を活用して、再び仲間を守る位置へ戻る。


 その一連の動きが、少しずつ身体へ馴染み始めている。


 バルドは右手を握った。


 そこには、まだ木斧の感触が残っていた。


 いつか、自分の片手斧を持つ日が来るのだろう。


 そのとき、自分はどんな戦い方をしているだろうか。


 盾を構えるだけではなく、敵の攻撃を止め、仲間の反撃を助ける。


 必要なら、自ら斧を振る。


 しかし、決して守ることを忘れない。


 その姿を思い浮かべると、胸の奥が少しだけ熱くなった。


「……バルドさん」


 隣を歩くユウキが声をかけた。


「今日は、本当にすごかったです」


 バルドは少し笑った。


「……まだまだだよ」


「でも、防御姿勢もLv.2になりましたし、片手斧の扱い方も覚え始めました」


 ユウキはそう言って、嬉しそうに笑った。


「俺も、もっと頑張らないと」


 バルドはその言葉を聞き、静かに頷いた。


「……そうだな」


 そして、少しだけ声を低くした。


「わしも、お前たちに負けてはいられん」


 その言葉に、トーマが振り返った。


「えっ!? じゃあ、今度みんなで競争しようよ!」


 ドランが苦笑する。


「何の競争だ?」


「スキルをどれだけ上げられるか!」


 ユウキは思わず笑った。


「それ、みんな得意分野が違うから難しくない?」


「……あ、そっか」


 トーマは少し考え込んだ。


 その様子に、四人は笑い合った。


 夕暮れの街道には、穏やかな風が吹いている。


 それぞれが異なる技能を持ち、異なる経験を積んできた。


 けれど、目指すものは同じだった。


 仲間とともに生き残ること。


 誰かを守れる力を身につけること。


 そして、少しずつ前へ進むこと。


 バルドは仲間たちの背中を見つめながら、静かに笑った。


 守るための強さ。


 それは、ただ盾を構えることではなかった。


 必要なときに踏み込み、必要なときに退き、仲間を守るために最善の選択をすること。


 そのために、盾も斧も、これまで培ってきた経験も使っていく。


 今日学んだことを、明日からも繰り返そう。


 できることを、一つずつ増やしていこう。


 そう決意し、バルドは歩幅を少しだけ広げた。


 隣ではユウキが笑い、トーマが楽しそうに話し、ドランがその言葉へ静かに頷いている。


 四人の足音が、夕暮れの街道へ重なった。


 ユウキ達は、それぞれの新しい可能性を胸に、宿屋へ向かって歩いていった。


――第54話 完。

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