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第52話 守るための強さ

 冒険者ギルドの受付台に、一枚の依頼書が置かれた。


「灰脈の迷宮、浅層再調査ですね」


 セシリアは依頼書を確認すると、少しだけ表情を引き締めた。


 ユウキ達が最初に訪れたダンジョン。


 そこで遭遇した岩牙獣のことを、四人とも忘れてはいなかった。


 硬い皮膚を持つ大きな身体。


 岩を削る鋭い牙。


 そして、想定外の魔物と遭遇したときの恐怖。


 あのときの自分たちは、今よりずっと経験が浅かった。


 しかし、それは今回なら安全だという理由にはならない。


「立ち入り制限が解除されたと書いてありましたが、もう危険はないんですか?」


 ユウキが尋ねると、セシリアは首を横に振った。


「危険がなくなったわけではありません。調査隊が確認した範囲について、通常の浅層管理へ戻す準備が整ったという意味です」


 彼女は地図を広げ、入口付近の通路を指さした。


「以前、岩牙獣が確認された区域については、冒険者ギルドの調査隊が再確認を行いました。その後、危険度の高い魔物の痕跡は確認されていません」


「……あの岩牙獣は?」


 トーマが尋ねた。


「現在、浅層に留まっているという報告はありません。ただし、同じような魔物が再び現れない保証もありません」


 バルドは静かに頷いた。


「だから、再調査が必要なんだな」


「はい。今回は複数の冒険者パーティーに分担していただき、通路の状態と魔物の分布を確認します」


 セシリアは地図の一角を指で囲んだ。


 入口から主通路を進み、右側へ分かれる採掘跡。


 以前、導魔晶石を採取した場所よりも手前にある区域だった。


「ネクシアの皆さんにお願いしたいのは、この東側通路の確認です。通路の損傷と、魔物の生息状況を調べてください」


 ドランが地図を覗き込む。


「採取はあるのか?」


「今回は必須ではありません。通路の安全確認が主な目的です。危険な状況があれば、無理に調査を続けず戻ってください」


「報酬は?」


「基本報酬は銀貨五枚です。異常の発見や、危険箇所の正確な報告には追加査定があります」


 トーマが目を輝かせた。


「銀貨五枚!」


「トーマ」


 バルドが名前を呼ぶ。


 それだけで、トーマは口を閉じた。


「……わかってる。報酬だけで決めないよ」


 その答えに、バルドは小さく笑った。


 ユウキは地図を見つめた。


 以前、灰脈の迷宮では力不足を痛感した。


 だが、今の自分たちは違う。


 剣術Lv.2。


 新たな武技、斬り返し。


 トーマの足捌きLv.1。


 ドランの魔導具知識Lv.3。


 そして、バルドが積み重ねてきた盾の訓練。


 少しずつではあるが、確かな変化がある。


「……みんなは、どう思いますか?」


 ユウキが尋ねると、ドランはしばらく地図を確認してから答えた。


「わしは賛成だ。以前の経験もあるし、通路の調査なら採掘の知識も活かせる」


「俺も行きたい」


 トーマが続ける。


「でも、前みたいに危ない魔物が出てきたら、すぐ逃げる」


 最後に、バルドが口を開いた。


「わしも賛成だ。ただし、一つ条件がある」


「条件?」


 ユウキが聞き返す。


 バルドは四人の顔を順番に見た。


「誰かが撤退を提案したら、必ず一度立ち止まって状況を確認することだ。戦いに夢中になって、逃げる機会を失うのが一番危険だからな」


 ユウキは頷いた。


「……わかりました」


 トーマとドランも同意する。


 バルドは穏やかに笑った。


「なら、行こう」


 セシリアは四人の意思を確認し、依頼書へ受注印を押した。


 ◇◆◇


 翌朝。


 灰脈の迷宮へ続く道には、薄い雲が広がっていた。


 四人は必要な装備を整え、リーヴェルを出発していた。


 先頭を歩くトーマは、周囲の地面や木々の間へ視線を向けている。


 以前なら、前方に何かを見つけるとすぐに走り出していた。


 しかし、今は違う。


 足元の状態。


 退くための道。


 仲間との距離。


 そうしたものを確かめながら歩くようになっていた。


「……トーマ、少し変わったな」


 バルドが呟いた。


 ユウキも頷く。


「はい。前より落ち着いている気がします」


 その声が聞こえたのか、トーマが振り返った。


「何の話?」


「お前が成長したって話だ」


 バルドが答える。


 トーマは一瞬だけ目を丸くし、すぐに嬉しそうな笑顔になった。


「本当!?」


「ああ。ただし、褒められたからといって油断するなよ」


「わかってるって!」


 そのやり取りに、ドランが笑った。


 ユウキも自然と頬を緩めた。


 そんな会話を交わしながら歩いているうちに、見覚えのある岩山が近づいてくる。


 灰脈の迷宮。


 岩肌には古い採掘跡が残り、入口にはギルドの管理標識が設置されていた。


 かつて立ち入りを制限するために張られていた縄は、一部が取り外されている。


 ただし、奥へ続く危険区域については、今も赤い印が残されていた。


「……戻ってきたね」


 トーマが小さく呟いた。


 ユウキは静かに頷く。


「うん」


 以前とは違う装備。


 以前とは違う経験。


 けれど、入口から漂う冷たい空気は、あのときと変わっていなかった。


 バルドは盾の固定具を確かめ、三人へ向き直った。


「……行くぞ」


 四人は頷き、迷宮へ足を踏み入れた。


 ◇◆◇


 迷宮の内部は、ひんやりとしていた。


 岩壁には淡い鉱物の光が反射し、通路の先へ薄い影を落としている。


 霧石の洞窟とは違い、視界そのものは比較的良好だった。


 しかし、足元には砕けた岩が多く、場所によっては通路が狭くなっている。


 バルドは壁に残る古い採掘跡を見つめながら歩いていた。


 長年の採掘経験がある彼にとって、岩盤の状態を確認することは習慣のようなものだった。


「……この辺りは、前よりも崩れやすくなっているな」


 バルドが呟いた。


 ドランが近づき、岩壁を確かめる。


「確かに。表面に新しい亀裂がある」


 ユウキは壁を見つめた。


 以前訪れたときには気づかなかった細かな割れ目が、岩の表面へ走っている。


「……危険ですか?」


「今すぐ崩れるとは限らん。ただ、近くで大きな衝撃を与えるのは避けたい」


 バルドはそう答え、地図へ印をつけた。


 今回の依頼は、魔物の討伐だけではない。


 通路の状態を確認することも、重要な仕事だった。


 四人は慎重に進み、東側の採掘跡へ向かった。


 やがて、通路が少し広くなる場所へ到着した。


 そこには古い木製の支柱が残り、岩壁の一部には採掘用の道具が放置されている。


「……ここが調査区域か」


 ドランが呟いた。


 バルドは支柱へ近づき、表面を確認した。


 木材には長い年月による傷みがあり、一部は湿気によって変色している。


「……これは、あまり信用できんな」


 ユウキが顔を向ける。


「支柱ですか?」


「ああ。見た目は残っているが、中まで傷んでいる可能性がある」


 バルドは強く触れず、周囲の岩盤と合わせて状態を確認した。


 そして、地図へ危険箇所を記録する。


「……ここは報告しておこう」


 そのとき。


 ――ザリッ。


 通路の奥から、小石を踏むような音が聞こえた。


 ユウキは足を止めた。


 聴覚強化Lv.1。


 小さな音を拾い上げる。


 続けて、わずかな地面の振動。


 振動感知Lv.1も反応していた。


「……何か来ます」


 ユウキが声を潜める。


 バルドはすぐに盾を構えた。


「どの方向だ?」


「……正面。奥の通路からです」


 トーマは短剣を抜き、周囲の足場を確かめる。


 ドランも片手鎚を握った。


 四人は互いの位置を確認しながら、通路の奥へ視線を向けた。


 ◇◆◇


 暗がりから現れたのは、岩のような甲殻を持つ魔物だった。


 四本の太い脚で地面を踏み、低い姿勢で歩いている。


 背中には灰色の硬い板が重なり、頭部には短い角のような突起があった。


 その姿は、以前遭遇した岩牙獣とは異なっていた。


 しかし、硬い身体を持つ魔物という点では似ている。


「……あれは?」


 トーマが呟いた。


 ユウキは鑑定Lv.2を発動する。


【鑑定結果】


名称:岩甲獣

種族:魔獣族・岩甲型


魔物ランク:1

レベル:6


HP:52 / 52

MP:5 / 5


【能力値】

STR(筋力):16

VIT(耐久):18

AGI(敏捷):5

MAG(魔力):2

MND(精神):6

DEX(器用):8


【習得技能】

硬皮 Lv.2

突進 Lv.1

踏ん張り Lv.1


【状態】

警戒


 ユウキは表示された情報を確認した。


 レベル6。


 今の自分より二つ高い。


 筋力と耐久が高く、硬皮Lv.2を持っている。


 しかし、敏捷は低い。


「……岩甲獣です。レベル6。力と耐久が高いけど、動きは速くないみたいです」


 ユウキが伝えると、バルドは静かに頷いた。


「なるほど」


 ドランが岩壁へ視線を向ける。


「この通路は狭い。あいつが突進してきたら、逃げる場所が少ないな」


 バルドも周囲を確認した。


 正面には岩甲獣。


 右側には傷んだ支柱。


 左側には、少しだけ広くなった岩の窪みがある。


 そこなら、全員が一時的に身を寄せることができそうだった。


「……左へ下がるぞ」


 バルドが言った。


 四人はゆっくりと移動を始めた。


 しかし、その瞬間。


 岩甲獣が頭を低くした。


 太い前脚が地面を掻き、小石を押し分ける。


 ユウキは息を呑んだ。


「……来る!」


 次の瞬間、岩甲獣が突進してきた。


 ドドドッ!


 重い足音が通路へ響く。


 岩のような身体が、まっすぐこちらへ迫った。


「全員、左へ!」


 バルドが叫ぶ。


 トーマが素早く窪みへ飛び込み、ドランも続く。


 ユウキは最後に移動しようとした。


 しかし、足元の小石が滑った。


「……っ!」


 身体がわずかに傾く。


 その瞬間、岩甲獣の巨体が目の前へ迫った。


「ユウキ!」


 バルドの声が響いた。


 次の瞬間、彼がユウキの前へ踏み出した。


 盾を構える。


 左足を後ろへ引き、身体の重心を低くする。


「……堅守!」


 魔力が盾を支える腕と姿勢へ巡った。


 盾術Lv.1の武技。


 消費MPは二。


 そして。


 ドンッ!!


 岩甲獣の巨体が盾へ激突した。


 衝撃が、バルドの全身へ伝わる。


 足元の小石が飛び散り、靴底が地面を削った。


 ユウキは息を呑んだ。


 以前のバルドなら、この衝撃を真正面から受け止めようとしていたかもしれない。


 しかし、今は違う。


 バルドは盾をわずかに斜めへ傾け、衝撃を横へ流そうとしていた。


 何度も繰り返してきた、重心移動の訓練。


 盾を動かすだけではなく、足も一緒に動かす。


 その成果が、今の防御へ繋がっていた。


「……ぐっ!」


 バルドは歯を食いしばった。


 衝撃は強い。


 それでも、完全には押し負けなかった。


 岩甲獣の身体が、盾の表面を滑るように横へ逸れていく。


 そして、通路の壁へ肩をぶつけた。


 ゴンッ!


 鈍い音が響いた。


 岩甲獣は一瞬だけ動きを止めた。


「……今だ!」


 バルドが叫ぶ。


 ユウキはすぐに体勢を立て直し、剣を構えた。


「……二段斬り!」


 魔力が腕へ巡る。


 一撃目。


 硬い甲殻へ刃が当たり、甲高い音が響いた。


 続く二撃目。


 ユウキは甲殻の隙間を狙い、剣を振り抜いた。


 ザシュッ!


 刃が岩甲獣の肩口へ入り込む。


「グルァッ!」


 魔物が低く唸った。


 しかし、まだ倒れない。


 岩甲獣は身体を捻り、ユウキへ向き直ろうとした。


 その動きを見たトーマが、素早く側面へ回り込む。


 足捌きLv.1。


 小石の多い地面でも、重心を崩さずに移動する。


「……こっちだ!」


 トーマは短剣を構え、魔物の注意を引いた。


 岩甲獣の顔が、トーマへ向く。


 その隙に、ドランが反対側へ回った。


「……重打!」


 片手鎚へ魔力が巡る。


 ドランは甲殻の隙間ではなく、太い前脚の関節付近へ狙いを定めた。


 ゴンッ!


 重い一撃が命中する。


 岩甲獣の身体が、わずかに傾いた。


「……効いた!」


 トーマが叫ぶ。


 しかし、岩甲獣はすぐに前脚を踏ん張り、体勢を立て直した。


 踏ん張りLv.1。


 その技能によって、簡単には倒れないのだろう。


 ユウキは剣を構え直した。


 しかし、次の瞬間。


 岩甲獣が突然、身体を大きく回転させた。


 背中の硬い甲殻が、トーマの方へ向けられる。


「……っ!」


 トーマは後退しようとした。


 だが、足元には壁から崩れ落ちた小石が散らばっている。


 完全に避けきるには、少し距離が足りなかった。


 そのとき。


「……トーマ、しゃがめ!」


 バルドの声が響いた。


 トーマは反射的に身体を低くする。


 次の瞬間、バルドが盾を構えて前へ出た。


 岩甲獣の甲殻が、盾へぶつかる。


 ガンッ!


 衝撃が腕へ伝わる。


 しかし、今度のバルドは足を止めなかった。


 盾を傾け、身体を半歩横へ移動する。


 相手の力を真正面から受け止めず、外側へ流す。


 何度も繰り返してきた訓練。


 その動きが、自然と身体に染みついていた。


「……よし!」


 バルドは小さく息を吐いた。


 岩甲獣の攻撃が、盾の表面を滑る。


 そして、トーマの頭上を通り過ぎた。


 トーマはすぐに立ち上がり、短剣を構え直した。


「……ありがとう!」


「礼はあとだ!」


 バルドが叫ぶ。


 岩甲獣は再び身体を低くし、突進の姿勢を取っていた。


 しかし、今度は違う。


 バルドは周囲の地形を確認していた。


 右側の傷んだ支柱。


 左側の岩の窪み。


 そして、魔物の進路。


 真正面から受け止め続ければ、いつか押し負ける。


 ならば、相手の力そのものを利用するしかない。


「……ユウキ!」


 バルドが叫んだ。


「次の突進は、わしが横へ逸らす! お前はその隙に、甲殻の隙間を狙え!」


 ユウキは頷いた。


「わかりました!」


 ドランがすぐに口を挟んだ。


「右の支柱へぶつけるなよ! 崩れる可能性がある!」


「わかっておる!」


 バルドは盾を構え、左側の岩壁へ視線を向けた。


 そこは比較的安定した岩盤が露出している。


 傷んだ支柱からも離れていた。


 岩甲獣が頭を低くする。


 前脚が地面を掻く。


 そして、再び突進した。


 ドドドッ!


 重い足音が響く。


 バルドは動かなかった。


 ぎりぎりまで引きつける。


 相手の進路を見極める。


 そして、衝突の直前。


「……今だ!」


 バルドは盾を斜めに構え、身体を横へ動かした。


 岩甲獣の頭部が盾へ触れる。


 その力を、左側の岩盤へ向けて流す。


 ゴンッ!!


 岩甲獣の身体が、安定した岩壁へぶつかった。


 大きな衝撃が通路へ響く。


 しかし、今回は支柱へ衝突していない。


 壁の表面から小石が落ちたものの、大きな崩落は起こらなかった。


 岩甲獣は衝撃によって、わずかに動きを止める。


 その隙に、ユウキが踏み込んだ。


 剣を構える。


 狙いは、先ほど傷をつけた肩口。


 甲殻の隙間。


「……斬り返し!」


 ユウキは魔物が反射的に振り上げた前脚を剣で外側へ受け流し、その動きから反撃へ繋げた。


 ザシュッ!


 刃が傷口へ食い込む。


 岩甲獣が大きく身体を震わせた。


 しかし、まだ倒れない。


 ユウキはすぐに剣を引き戻し、距離を取った。


 その動きを見て、バルドが叫ぶ。


「……トーマ! ドラン!」


「うん!」


「任せろ!」


 二人が同時に動いた。


 トーマは足捌きを活かして側面へ回り込み、岩甲獣の注意を引く。


 ドランは片手鎚を構え、傷ついた前脚の関節へ狙いを定めた。


 ゴンッ!


 打撃が命中する。


 岩甲獣の身体が大きく傾いた。


 踏ん張ろうとする。


 しかし、前脚が傷ついているため、十分に力が入らない。


 そして。


 ドサッ!


 岩甲獣が、地面へ崩れ落ちた。


 それでも、まだ四肢を動かしている。


 バルドは盾を構え直した。


「……ユウキ!」


 その声に、ユウキが頷いた。


 剣を握り直し、慎重に近づく。


 岩甲獣は頭を持ち上げようとしたが、すでに力が残っていなかった。


 ユウキは一度だけ深く息を吸った。


 そして、甲殻の隙間へ剣を突き込んだ。


 魔物の身体が大きく震える。


 やがて、その動きが止まった。


 通路へ、静寂が戻った。


 ◇◆◇


 四人はしばらく動かなかった。


 岩甲獣の巨体が、通路の中央に横たわっている。


 ユウキは呼吸を整えながら、剣を引き戻した。


 トーマは短剣を下ろし、周囲へ視線を向ける。


 ドランは片手鎚を握ったまま、傷んだ支柱の方を確認していた。


 そして、バルド。


 彼は盾を構えたまま、静かに息を吐いていた。


 左腕には、何度も衝撃を受けた感覚が残っている。


 それでも、以前のように腕全体が痺れるほどではなかった。


 盾の角度。


 足の位置。


 重心の移動。


 それらを意識することで、衝撃を逃がせるようになっていた。


「……バルドさん!」


 ユウキが近づく。


「大丈夫ですか?」


「ああ。問題ない」


 バルドは穏やかに笑った。


「少し腕が重いが、怪我はしておらん」


 トーマも駆け寄った。


「さっき、ありがとう! 本当に助かったよ!」


「気にするな。わしの役目だからな」


 バルドはそう答えた。


 しかし、その直後。


 彼の視界に、淡い文字が浮かび上がった。


【技能成長を確認】


盾術 Lv.1 → Lv.2


 バルドは思わず目を見開いた。


「……おお?」


 ユウキが顔を向ける。


「どうしました?」


「……盾術が、Lv.2になった」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「ええっ!?」


 トーマが大きな声を上げた。


「本当!?」


「ああ。どうやら、そうらしい」


 バルドは驚いたように自分の盾を見つめた。


 何度も繰り返してきた鍛錬。


 盾の構え方。


 受け流し。


 足の運び方。


 そして、今日の実戦。


 そのすべてが、技能の成長へ繋がったのだろう。


 すると、さらに新たな文字が浮かび上がった。


【盾術 Lv.2】


新たな武技の使用が可能になりました。


習得武技:流盾


消費MP:3


効果:

盾を用いて敵の攻撃を受け流し、衝撃を軽減するとともに、相手の体勢を崩しやすくする。


 バルドは表示を確認し、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「……なるほど」


 流盾。


 まさに、今の自分が練習してきた動きに近い武技だった。


 ユウキも嬉しそうに笑う。


「おめでとうございます!」


 ドランが頷いた。


「やっと成果が形になったな」


 トーマも満面の笑みを浮かべる。


「すごいよ、バルドさん!」


 バルドは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「……はは。ありがとう」


 その瞬間。


 もう一つ、表示が浮かび上がった。


【人物レベル上昇】


バルド


Lv.7 → Lv.8


 バルドはしばらく文字を見つめた。


 そして、思わず笑ってしまった。


「……どうやら、こっちも上がったようだ」


「……え?」


 ユウキが聞き返す。


「人物レベルも、8になった」


 その言葉に、三人は顔を見合わせた。


 そして、同時に笑顔になった。


「やった!」


 トーマが嬉しそうに叫ぶ。


 ユウキも頷いた。


「バルドさん、おめでとうございます!」


 ドランは穏やかに笑った。


「……今日は、お前が一番活躍したからな」


 バルドは首を横に振った。


「いや、わし一人じゃ何もできなかった」


 彼は三人を見渡した。


「ユウキが攻撃し、トーマが注意を引き、ドランが足を止めてくれた。みんながいたから、あの魔物を倒せたんだ」


 その言葉に、ユウキは静かに頷いた。


 確かに、そうだった。


 バルドが防御してくれなければ、最初の突進で大きな怪我を負っていたかもしれない。


 しかし、バルド一人で岩甲獣を倒せたわけでもない。


 それぞれの役割が噛み合ったことで、強い魔物へ立ち向かえたのだ。


「……俺たち、少しずつ強くなってますね」


 ユウキが呟くと、バルドは穏やかに笑った。


「ああ。そうだな」


 そして、静かに続ける。


「……まだまだ、これからだ」


 ◇◆◇


 戦闘を終えた四人は、周囲の安全を確認しながら、岩甲獣の状態を調べた。


 ユウキは鑑定Lv.2で、魔物の死亡を確認する。


 そして、周囲の岩壁へ視線を向けた。


 先ほどの戦闘で、通路には小さな岩片が散らばっている。


 しかし、支柱に大きな損傷はなく、通路が塞がれるような崩落も起きていなかった。


 ドランは地図を取り出し、戦闘地点へ印をつけた。


「……ここも報告が必要だな」


 バルドが頷く。


「ああ。岩甲獣の生息確認と、支柱の劣化。どちらも重要な情報だ」


 トーマは通路の奥へ視線を向けた。


「……まだ進む?」


 その質問に、ユウキは少し考えた。


 依頼の目的は、浅層の安全確認。


 しかし、すでに魔物との戦闘があり、危険な支柱も見つかっている。


 これ以上進めば、さらに別の魔物と遭遇する可能性がある。


 バルドは三人の顔を見渡した。


「……わしは、ここで戻った方がいいと思う」


 ユウキは顔を上げた。


「理由は?」


「この先の安全が確認できていないうえに、戦闘で魔力も消耗した。しかも、通路には傷んだ支柱がある」


 バルドは地図を指さした。


「今わかっている情報だけでも、十分に報告する価値がある。無理に奥へ進む必要はない」


 ドランも頷いた。


「わしも賛成だ。ここで引き返した方がいい」


 トーマは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


「……うん。そうだね」


 ユウキも静かに頷いた。


「……戻りましょう」


 四人は岩甲獣から採取できそうな素材を確認し、無理のない範囲で小さな甲殻片を回収した。


 そして、来た道を引き返し始めた。


 バルドは盾を構え、最後尾を守りながら歩いている。


 以前と同じように。


 しかし、今は少し違う。


 盾術Lv.2。


 新たな武技、流盾。


 人物レベル8。


 積み重ねてきた経験が、確かな力となっている。


 ユウキはその背中を見つめた。


 バルドは、いつも仲間を守ってくれる。


 灰の鉱山でも。


 迷宮でも。


 そして、今日も。


 けれど、守るということは、ただ敵の前に立つことではない。


 仲間の動きを見て、危険を判断し、必要なら撤退を選ぶ。


 そのすべてが、守るための強さなのだろう。


 ユウキは静かに息を吐いた。


 自分も、いつか。


 仲間を守れるだけの力を身につけたい。


 ただ剣を振るだけではなく、状況を判断し、誰かを救えるようになりたい。


 そう思いながら、ユウキは歩き続けた。


 灰脈の迷宮の入口から、外の光が差し込んでいる。


 四人はその光へ向かって進んだ。


 新たな経験を胸に。


 そして、確かな成長を手にして。


 ユウキ達の冒険は、また一歩前へ進んでいた。


――第52話 完。

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