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第51話 霧の向こうに残したもの

 リーヴェルへ続く街道には、午後の陽光が降り注いでいた。


 木々の間を抜ける風は穏やかで、霧石の洞窟に漂っていた冷たく湿った空気が、遠いもののように感じられる。


 それでも、ユウキの意識は何度も背後の丘陵へ向かっていた。


 霧の奥で聞こえた、あの音。


 硬いものが岩を擦るような、短い響き。


 そして、新しく手に入れた霧中感知でも正体を捉えきれなかった気配。


 結局、あれが何だったのかはわからない。


 魔物だったのか、それとも地下水が岩の隙間を通り抜ける音だったのか。


 少なくとも、自分たちがその正体を確かめることはなかった。


「……ユウキ?」


 隣を歩くトーマが、顔を覗き込んできた。


「さっきから、後ろばっかり見てない?」


「……ああ、うん」


 ユウキは少し照れくさそうに笑った。


「洞窟の奥にいた、あの何かが気になって」


「ああ……」


 トーマの表情も、少しだけ引き締まる。


「結局、何だったんだろうね」


「わからない。でも、近づかなくてよかったと思う」


 その言葉に、前を歩いていたバルドが振り返った。


「わからない相手に、無理に近づく必要はない。まして今回は、調査と採取が目的だったからな」


 ドランも頷く。


「冒険者は何でも調べ尽くさなきゃならんわけじゃない。わからなかったことを、わからなかったと報告するのも仕事だ」


 ユウキはその言葉を聞き、少しだけ肩の力を抜いた。


 確かに、そうだ。


 鑑定できなかった相手を、勝手に強力な魔物だと決めつけることもできない。


 反対に、ただの物音だったと片づけるのも危険だろう。


 わからないことは、わからないまま記録する。


 それが、調査に必要な姿勢なのかもしれない。


「……帰ったら、ちゃんと伝えましょう」


「ああ」


 バルドは頷き、再び街道へ視線を戻した。


 その背中を見つめながら、ユウキは静かに歩き続けた。


 ◇◆◇


 リーヴェルの東門をくぐった頃には、太陽が西へ傾き始めていた。


 町の通りには行商人の声が響き、道端では子供たちが木の輪を転がして遊んでいる。


 焼きたてのパンの匂いが漂い、トーマの腹が小さく鳴った。


「……あ」


 トーマが思わず腹を押さえる。


 ドランが笑った。


「ずいぶん正直な腹だな」


「だって、洞窟であんなに動いたんだよ!」


「まあ、確かにな」


 バルドも笑みを浮かべた。


「ギルドで報告を済ませたら、何か食べよう」


「約束だよ!」


 トーマの声に、ユウキも笑った。


 こうして冗談を言い合える時間がある。


 それだけで、洞窟から無事に戻ってこられたことを実感できた。


 やがて、四人は冒険者ギルドへ到着した。


 大きな木製の扉を開けると、夕方特有の賑わいが広がっている。


 依頼を終えた冒険者たちが受付へ並び、素材買取の窓口では大きな革袋を担いだ男が職員と話していた。


 ユウキ達は受付の列へ並び、順番を待った。


 しばらくして、見慣れた声が聞こえてくる。


「次の方、どうぞ」


 セシリアだった。


 彼女は四人の姿を見ると、柔らかく微笑んだ。


「あら、ネクシアの皆さん。お帰りなさい」


「ただいま戻りました」


 ユウキが答える。


 セシリアは四人の様子を確認し、少し安心したように表情を緩めた。


「全員ご無事のようですね。霧石の洞窟はいかがでしたか?」


「依頼の素材は採れました。ただ、魔物との戦闘もありました」


 その言葉に、セシリアは記録用紙を取り出した。


「詳しく聞かせてください」


 四人は受付の前で、調査結果を順番に報告していった。


 ◇◆◇


「……霧穴トカゲが二匹、ですか」


 セシリアは羽根ペンを動かしながら、ユウキの話を聞いていた。


「はい。最初に確認した個体はレベル4で、もう一匹はレベル2でした」


「それぞれの行動に違いはありましたか?」


 ユウキは少し考えた。


「大きい方は、岩壁を使って積極的に攻撃してきました。小さい方は少し離れた場所から様子を見ていて、戦闘が始まってから動きました」


 トーマが続ける。


「どっちも壁を走れるみたいだったよ。普通の地面みたいに、横向きのまま移動してた」


 セシリアは驚いたように顔を上げた。


「壁面移動を確認したのですね」


「はい。それに、霧の中でもこちらの位置を把握しているようでした」


 ユウキが答える。


 セシリアは資料をめくり、霧穴トカゲの項目を確認した。


「なるほど。浅層での出現報告はありますが、詳細な行動記録は多くありません。参考になりそうです」


 ドランが地図を広げた。


「遭遇地点はここだ。入口から主通路を進んだ先の小さな広間で、壁には霧石が付着していた」


 セシリアは地図の位置を確認し、記録用紙へ印をつけた。


「ありがとうございます。ほかに気になることはありましたか?」


 その質問に、ユウキは少しだけ口を閉じた。


 思い出したのは、霧の向こうにいた正体不明の何か。


 鑑定が失敗したこと。


 そして、霧中感知でも輪郭を掴みきれなかった気配。


「……一つあります」


 ユウキは慎重に言葉を選んだ。


「霧石を採取している途中で、広間の奥から物音が聞こえました。何かが動いているようにも感じたんですけど、姿は確認できませんでした」


 セシリアの表情が少し引き締まる。


「どのような音でしたか?」


「硬いものが岩へ当たるような音です。ただ、洞窟の中は反響が強かったので、正確な方向まではわかりません」


「魔物だった可能性は?」


「あります。でも、確認できなかったので断言はできません」


 ユウキが答えると、セシリアは静かに頷いた。


「正確な報告をありがとうございます」


 彼女は記録用紙へ書き込みを続けた。


「未確認の物音として記録しておきます。浅層の調査担当にも共有しますね」


 バルドが口を開く。


「わしらは無理に近づかず、採取場所を変えました。依頼の範囲を越えて調べるべきではないと判断したので」


「適切な判断だと思います」


 セシリアは頷いた。


「Fランクの依頼では、危険を避けて情報を持ち帰ることも重要です。調査中に不明な存在を見つけたからといって、必ず接触する必要はありません」


 その言葉に、トーマがほっとしたように息を吐いた。


「……よかった」


 セシリアは微笑んだ。


「無事に帰還できたことが、何よりです」


 そして、最後に鉱石の確認へ移った。


「それでは、採取した霧石を見せていただけますか?」


 ドランが革袋を開き、布に包んだ結晶を三つ取り出す。


 淡い青白い色をした霧石は、ギルドの灯りを受けて静かに輝いていた。


「綺麗……」


 セシリアが思わず呟く。


 彼女はすぐに表情を整え、素材担当の職員を呼んだ。


 職員は三つの霧石を一つずつ確認していく。


 結晶の形。


 内部の濁り。


 表面の傷。


 そして、採取時の状態。


 しばらくして、職員は満足そうに頷いた。


「三つとも品質は中ですね。状態も問題ありません」


 その言葉に、トーマが小さく拳を握った。


「やった!」


 ユウキも自然と笑顔になる。


 これで、依頼の採取条件を満たした。


 魔物の生息調査も報告済み。


 あとは、正式な達成確認を待つだけだった。


 セシリアは書類へ確認印を押し、四人へ微笑んだ。


「霧石の洞窟・浅層調査、達成です。お疲れさまでした」


 そして、受付の奥から小さな革袋を取り出す。


「基本報酬は、銀貨四枚になります」


 チャリン。


 受付台へ並べられた銀貨が、小さな音を立てた。


 ユウキはその四枚を見つめた。


 洞窟での探索。


 二匹の霧穴トカゲとの戦闘。


 霧石の採取。


 そのすべてを終え、無事に帰ってきたことで得られた報酬。


 金額以上の達成感があった。


「ありがとうございます」


 ユウキが頭を下げると、セシリアは微笑んだ。


「こちらこそ、詳細な報告をありがとうございました」


 ドランは報酬を受け取り、共有資金の袋へ加えた。


 前回の旧採石道の依頼を終えた時点で、共有資金は銀貨十六枚と銅貨四枚。


 その後の宿代や食費、消耗品の補充によって、いくらか減っていた。


 今回の報酬を加えれば、ひとまず当面の生活費には余裕ができそうだった。


 ただし、四人分の宿代と食費は決して安くない。


 これからも定期的に依頼を受ける必要がある。


「……そういえば」


 セシリアが思い出したように口を開いた。


「前回の旧採石道の調査について、追加の確認結果が出ています」


 ユウキは顔を上げた。


「追加の確認結果?」


「はい。石喰いモグラの生息情報です」


 セシリアは別の書類を取り出した。


「報告内容が有用と判断され、追加報酬が認められました」


 その言葉に、トーマの顔が明るくなった。


「本当!?」


「はい。銀貨一枚です」


 セシリアはもう一枚、銀貨を取り出した。


「特に、複数個体の確認と、黄鉄鉱の採掘地点に関する情報が評価されたそうです」


 ドランが満足そうに頷いた。


「……なるほど。調査の成果が認められたわけだな」


 バルドも穏やかに微笑んだ。


「ありがたいことだ」


 ユウキは銀貨を受け取りながら、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


 討伐だけが冒険者の仕事ではない。


 調査し、記録し、情報を持ち帰る。


 それもまた、誰かの役に立つ。


 そのことを、改めて実感できた。


 ◇◆◇


 受付での手続きを終えた四人は、ギルドの奥にある素材買取窓口へ向かった。


 そこには、いつものようにグレンがいた。


 彼は大きな木箱を整理していたが、ユウキ達の姿を見ると顔を上げた。


「おう。ネクシアじゃないか」


「こんにちは」


 ユウキが挨拶すると、グレンは笑った。


「今日は何を持ってきた?」


 ドランが布に包んだ素材を取り出す。


「霧穴トカゲを二匹討伐した。解体まではできなかったから、使える部位だけ確認して持ち帰ったんだ」


 布の中には、霧穴トカゲの牙と、状態のよい鱗がいくつか入っていた。


 洞窟内で長く作業することは危険だったため、四人は必要最低限の部位だけを持ち帰っている。


 グレンは素材を一つずつ確認し、頷いた。


「なるほど。霧穴トカゲの牙と鱗か」


 彼は鱗を指先で持ち上げ、表面を確かめた。


「状態は悪くないな。ただ、量が少ないから高値にはならんぞ」


「それは承知している」


 ドランが答える。


 グレンは帳面を開き、素材の数を確認した。


「牙が四本。鱗が六枚。……まとめて銅貨八枚だな」


 トーマが少しだけ首を傾げた。


「森狼より安いんだね」


「持ち帰った量が違うからな。森狼のときは、ほとんど丸ごとだったろう?」


 グレンは笑った。


「今回は牙と鱗だけだ。それに、霧穴トカゲの素材はそれほど珍しくない」


「なるほど……」


 トーマは納得したように頷いた。


 ユウキもその説明を聞きながら、素材の価値について考えていた。


 魔物を倒せば、必ず高い報酬が得られるわけではない。


 どの部位を持ち帰るか。


 どの程度の状態で保存できるか。


 そして、どのような需要があるか。


 それらによって、素材の価値は変わる。


 グレンは代金を差し出しながら、四人へ目を向けた。


「それにしても、霧穴トカゲを二匹か。よく無事に帰ってきたな」


 バルドが頷いた。


「仲間との連携がうまくいったからな」


「そうか。それなら何よりだ」


 グレンは満足そうに笑った。


「ただし、今回うまくいったからといって、次も同じようにいくとは限らん。油断するなよ」


「はい」


 ユウキはしっかりと頷いた。


 それは、洞窟で感じたことでもあった。


 自分たちは確かに強くなっている。


 しかし、まだまだ知らないことが多い。


 だからこそ、慎重でなければならない。


 ◇◆◇


 ギルドを出た頃には、空が夕暮れの色へ変わっていた。


 四人は宿屋へ戻る前に、広場の端にある長椅子へ腰を下ろした。


 トーマは両腕を伸ばし、大きく息を吐く。


「……今日も疲れたぁ」


 ドランが笑った。


「洞窟探索の翌日みたいな顔をしているな」


「だって、本当に疲れたんだよ!」


 トーマは笑いながら答えた。


 その様子を見て、ユウキも笑みを浮かべる。


 バルドは腰の水袋を取り出し、ゆっくりと喉を潤した。


「……さて、これで依頼は無事に終わったな」


 ドランが頷く。


「ああ。報告も済んだし、素材も売れた」


 ユウキは少し考えたあと、口を開いた。


「……そういえば、レベルアップした後の能力って、まだちゃんと確認していませんでしたよね」


 トーマが顔を上げる。


「あっ! そうだった!」


 霧石の洞窟での戦闘後、ユウキ、トーマ、ドランの三人が人物レベルを上げていた。


 ユウキはレベル3から4へ。


 トーマもレベル3から4へ。


 そして、ドランはレベル5から6へ。


 しかし、そのときは洞窟内にいたため、詳しい能力値まで落ち着いて確認する余裕がなかった。


「……じゃあ、今のうちに確認してみましょう」


 ユウキが言うと、トーマは嬉しそうに冒険者カードを取り出した。


「よし!」


 彼はカードへ意識を集中する。


 すると、淡い文字が浮かび上がった。


【冒険者情報】


名前:トーマ

ジョブ:斥候

レベル:4


HP:41 / 41

MP:9 / 9


【能力値】

STR:8

VIT:8

AGI:13

MAG:2

MND:7

DEX:12


【主な技能】

気配遮断Lv.1

短剣術 Lv.1

足捌き Lv.1


「……おお!」


 トーマは目を輝かせた。


「前よりHPもMPも増えてる!」


 ユウキは笑った。


「よかったね!」


「うん! それに、敏捷も上がってる!」


 トーマは嬉しそうにカードを見つめた。


 斥候として重要な敏捷。


 それが成長したことが、何より嬉しいようだった。


 しかし、すぐに顔を上げる。


「……でも、もっと速く動けるようになりたいな」


 バルドは穏やかに笑った。


「なら、これからも鍛錬だな」


「うん!」


 続いて、ドランが冒険者カードを確認した。


【冒険者情報】


名前:ドラン

ジョブ:技工士

レベル:6


HP:61 / 61

MP:14 / 14


【能力値】

STR:10

VIT:12

AGI:6

MAG:8

MND:10

DEX:15


【主な技能】

修理 Lv.3

精密作業 Lv.3

魔導具知識 Lv.3

鎚術 Lv.1


 ドランは表示を見つめ、満足そうに頷いた。


「……なるほど。器用さも伸びているな」


 ユウキが頷く。


「ドランさんらしいですね」


「そうかもしれんな」


 ドランは笑った。


「技工士としては、器用さが伸びるのはありがたい」


 彼はカードをしまいながら続けた。


「ただ、技能のレベルは人物レベルとは別だ。修理の技能も、これから経験を積まなければ上がらんだろう」


 ユウキはその言葉に頷いた。


 人物レベルが上がれば、身体能力や魔力容量が成長する。


 しかし、技能そのものを使いこなすには、別の経験が必要になる。


 それぞれが独立しているからこそ、成長の仕方にも個性が生まれるのだろう。


 バルドは三人の様子を見ながら、静かに口を開いた。


「……わしも、次はレベルを上げたいものだな」


 トーマが顔を向ける。


「バルドさんなら、すぐ上がるよ!」


「はは。そう簡単にはいかんかもしれんぞ」


 バルドは笑った。


「わしは今、レベル7だ。お前たちよりも成長に必要な経験が多いだろうからな」


 ユウキは静かに頷いた。


 低レベルのうちは、比較的成長しやすい。


 しかし、レベルが上がるにつれて、必要な経験も増えていく。


 だからこそ、これから先は今以上に実戦経験が重要になるのだろう。


「……次の依頼でも、みんなで頑張りましょう」


 ユウキが言うと、三人は頷いた。


 夕暮れの広場に、穏やかな風が吹き抜けた。


 ◇◆◇


 その日の夜。


 宿屋の部屋へ戻ったユウキは、窓際の椅子へ腰を下ろしていた。


 机の上にはショートソードが置かれ、刃の汚れを落とすための布と、小さな研ぎ石が並んでいる。


 ユウキは剣の手入れを終えると、静かに目を閉じた。


 ――魂盤。


 意識の奥に、青白い文字が浮かび上がる。


【魂盤:STATUS】


名前:ユウキ・コバヤシ

種族:人間(異界者)

年齢:17


ジョブ:剣士

レベル:4


HP:43 / 43

MP:10 / 10


【能力値】

STR(筋力):11

VIT(耐久):9

AGI(敏捷):11

MAG(魔力):3

MND(精神):13

DEX(器用):13


【固有権能】

略奪 Lv.1


【技能】

剣術 Lv.2

身体強化 Lv.2

治癒魔法 Lv.3

鑑定 Lv.2

採掘 Lv.1

振動感知 Lv.1

掘削 Lv.2

嗅覚強化 Lv.2

聴覚強化 Lv.1

霧中感知 Lv.1


 ユウキは表示された内容を見つめた。


 人物レベル4。


 最大HPは43。


 最大MPは10。


 以前よりも、確かに成長している。


 しかし、目が止まったのは別の場所だった。


 霧中感知Lv.1。


 霧穴トカゲから略奪した、新しい技能。


 その文字を見つめた瞬間、胸の奥にわずかな冷たさが広がった。


 ――魂蝕。


 略奪を使うたびに進む、正体のわからない代償。


 今のところ、目に見える異常はない。


 しかし、それが安全であることを意味するわけではない。


 ユウキは静かに右手を握り締めた。


 力を得ることはできる。


 けれど、その力が何を奪っていくのかは、まだわからない。


 そして。


 ユウキはふと、以前ガルドの店で見た古い剣を思い出した。


 壊れた魔力回路。


 日本語で語りかけてきた、ヒカリという女性の声。


 あの剣には、まだ解き明かされていない秘密が眠っている。


 自分と同じ世界から来た誰か。


 その人物が、なぜエルディアに存在していたのか。


 何を伝えようとしていたのか。


 そして、あの言葉の意味。


 ――鍵と、五体の柱。


 ユウキは目を閉じ、記憶を辿った。


 断片的な言葉。


 途切れた声。


 その先にあるものは、まだ見えない。


 しかし、いつか確かめなければならない気がしていた。


 ユウキはゆっくりと息を吐いた。


 今は、焦る必要はない。


 まずは、仲間たちとともに強くなること。


 世界を知ること。


 そして、自分の力を正しく使えるようになること。


 その積み重ねが、いつか答えへ繋がるのかもしれない。


 ユウキは魂盤を閉じ、机の上の剣へ視線を向けた。


 新しい力を得ても、まだ知らないことは多い。


 だからこそ、前へ進む。


 その決意を胸に、ユウキは静かに灯りを消した。


 ◇◆◇


 翌朝。


 リーヴェルの空は、薄い雲に覆われていた。


 ユウキ達はいつものように冒険者ギルドを訪れ、掲示板の前に立っていた。


 新しい依頼を探すためだ。


 トーマは依頼書を一枚ずつ確認しながら、楽しそうに呟く。


「……次は、何がいいかな?」


 ドランは腕を組み、掲示板の下の方を見つめた。


「採取依頼も悪くないが、そろそろ少し違う仕事を経験してみてもいいかもしれんな」


 バルドが頷いた。


「ああ。ただし、無理のない範囲でな」


 ユウキは掲示板を見上げた。


 そこには、さまざまな依頼書が貼られている。


 街道の巡回。


 薬草採取。


 魔物の討伐。


 商隊の護衛。


 そして、ダンジョンに関する依頼。


 ユウキはその中の一枚へ目を止めた。


 見慣れた名前が書かれていたからだ。


 ――灰脈の迷宮。


 かつて、岩牙獣との戦闘を経験したダンジョン。


 そして、ギルドによって浅層の立ち入りが制限されていた場所。


 その名前が、再び掲示板へ戻っていた。


「……あれ?」


 ユウキが呟く。


 三人が顔を向けた。


「どうした?」


 バルドが尋ねる。


 ユウキは依頼書を指さした。


「……灰脈の迷宮の依頼が、出ています」


 その言葉に、三人の表情が変わった。


 トーマは少し驚いたように目を見開く。


「……あそこ?」


 ドランは依頼書へ近づき、内容を確認した。


「……なるほど」


 バルドも視線を向ける。


 そこには、こう書かれていた。


【依頼書】


依頼名:灰脈の迷宮・浅層再調査


依頼ランク:F


目的:

一時閉鎖されていた浅層区域の安全確認。

魔物の生息状況および、通路の状態を調査する。


備考:

一部区域の立ち入り制限が解除されたため、再調査を実施する。

異常が確認された場合は、速やかに撤退すること。


 ユウキは依頼書を見つめた。


 灰脈の迷宮。


 初めて冒険者として本格的な危険を経験した場所。


 あのときの岩牙獣との戦闘は、今でも鮮明に覚えている。


 強い魔物。


 仲間たちとの連携。


 そして、命の危険。


 あの頃の自分たちと、今の自分たち。


 どれだけ変わったのだろう。


 ユウキは腰の剣へ手を添えた。


 剣術Lv.2。


 新たな武技、斬り返し。


 そして、人物レベル4。


 少しずつ積み重ねてきたものがある。


 しかし、油断はできない。


 ダンジョンの危険は、これまで何度も思い知らされてきた。


「……どうしますか?」


 ユウキが尋ねると、バルドは少し考えたあと、静かに答えた。


「まずは、詳しい情報を聞いてみよう」


 ドランも頷いた。


「ああ。以前とは状況が変わっているかもしれん」


 トーマは依頼書を見つめ、少しだけ笑った。


「……今度は、前より上手くできるかな」


 ユウキも静かに頷いた。


「……うん。きっと」


 四人は依頼書を手に取り、受付へ向かった。


 かつて訪れた場所へ、再び向かう可能性がある。


 しかし、今度の自分たちは以前と同じではない。


 新しい装備。


 積み重ねてきた経験。


 成長した技能。


 そして、互いを支え合う仲間たち。


 それらを胸に、ユウキ達は次の一歩を踏み出そうとしていた。


――第51話 完。

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