第42話 初めての装備選び
リーヴェルの町に朝日が差し込み始めた頃、武具店『鉄火の槌』の煙突からは、すでに細い煙が立ち上っていた。
店の奥から聞こえる槌の音は、通りに並ぶほかの商店が開くよりも早く響き始めている。規則正しい金属音に混じって、炉へ空気を送り込む鞴の低い音が聞こえ、店先には温められた鉄と炭の匂いが漂っていた。
その店の前で、ユウキたちは足を止めた。
「……なんだか、今日は少し緊張するね」
ユウキが呟くと、隣のトーマが不思議そうに顔を覗き込んだ。
「どうして? ガルドさんの店には何度も来てるじゃん」
「そうなんだけど……今日は自分たちの武器を買うから」
そう答えながら、ユウキは腰に下げた鉄製ショートソードへ視線を落とした。
9級の片手剣。
ガルドから七日間の約束で借りた武器だ。
灰脈の迷宮では、この剣で初めて魔物を斬った。戦いの最中は握り方や刃の向きまで意識する余裕がなかったが、今思えば、使い慣れていない自分の手にもよく馴染んでいた。
「自分の武器って、なんかいいよね!」
トーマは嬉しそうに笑い、腰に差した二本の短剣へ手を添えた。
「俺、これと同じくらい軽いやつが欲しいな」
「軽さだけで選ぶなよ。刃の長さや重心も大事だ」
バルドが落ち着いた声で言うと、トーマは軽く肩をすくめた。
「わかってるって。ガルドさんにも聞くよ」
その後ろでは、ドランが小さな紙を開いていた。
昨夜のうちに整理した、四人の装備購入に使える金額と生活費の一覧だ。
彼は紙の端を親指で押さえ、もう一度数字を確認する。
「先に言っておくが、今日は欲しいものを全部買えるとは思うな」
「……やっぱり?」
トーマの声が少し小さくなる。
「当然だ。武器だけじゃない。防具、荷物を運ぶ道具、灯り、食料。それに宿代も残しておかねばならん」
ドランは四人へ目を向けた。
「買い物をする前に、今ある金を確認しておこう」
ユウキたちは店の脇に寄り、ドランの持ってきた紙を覗き込んだ。
【ネクシア共有資金】
所持金:銀貨42枚
【購入予定の支出上限】
装備購入費:銀貨30枚
【生活・活動予備費】
銀貨12枚を確保
銀貨42枚。
これは鉱山脱出後の手持ちや、これまでの仕事で得た報酬から生活費などを差し引き、四人で管理している資金だった。
ユウキは紙に書かれた数字を見ながら、静かに考えた。
四人で使うには決して多くない。
もし銀貨30枚をすべて使ったとしても、一人あたりにすると銀貨7枚と半分ほどだ。
武器と防具を揃えるには、慎重に選ぶ必要があるだろう。
「……まずは相談ですね」
ユウキが言うと、ドランは頷いた。
「ああ。使える金額が決まっていれば、ガルドもそれに合わせて提案できるはずだ」
四人は顔を見合わせ、店の扉を押し開いた。
◇◆◇
カラン、と小さな鐘が鳴った。
店の中には、壁一面にさまざまな武器が並んでいた。
長剣、短剣、槍、斧、鎚。
奥の棚には盾や胸当て、革製の腕防具なども置かれている。
新品らしく光を反射するものがある一方、細かな傷が残った中古品も少なくなかった。
「おう、来たか」
作業場から姿を現したガルドは、四人の顔を見ると手にしていた布で額の汗を拭った。
「今日は何の用だ? 借りた武器を返しに来たのか?」
「それも相談したいんですけど、今日は装備を買いに来ました」
ユウキが答えると、ガルドの口元がわずかに緩んだ。
「ほう。ようやく自分たちの装備を揃える気になったか」
「はい。でも、予算があまりなくて……」
「新人ならそんなもんだ」
ガルドは腕を組み、四人の装備を順番に見渡した。
「まず聞くが、予算はいくらだ?」
「銀貨30枚以内です」
ドランが答えた。
その金額を聞いたガルドは、しばらく考え込むように顎の髭を撫でた。
「四人分か?」
「ああ。武器と最低限の防具を揃えたい」
「……なるほど」
ガルドは店内を見渡し、奥の棚へ向かった。
「それなら、最初から高いものは諦めろ。新品の上等な武器を四人分揃えたら、防具に回す金がなくなる」
トーマが少し残念そうな顔をした。
「やっぱり高いんだ……」
「当たり前だ。武器は鉄の塊じゃねえ。材料を選び、鍛えて、研いで、使う奴の手に合わせて仕上げる。手間がかかってるんだよ」
そう言いながらガルドは棚から一本の剣を取り出し、作業台の上へ置いた。
「まずは、装備の等級について話しておくか」
ユウキたちは作業台の周りへ集まった。
◇◆◇
「武器や防具には等級がある。それは知ってるな?」
「10級から1級まであって、その上が特級……でしたよね?」
ユウキが答えると、ガルドは満足そうに頷いた。
「そうだ。10級が最も低く、数字が小さくなるほど基本的には品質が高くなる」
作業台の上へ、見た目の似た二本の短剣が置かれた。
一方は刃の表面に細かな傷があり、柄にも少し摩耗が見られる。
もう一方は刃が綺麗に磨かれ、握りの部分にも丁寧な加工が施されていた。
「こっちが10級。こっちは8級だ」
トーマは身を乗り出し、二本を見比べた。
「……見た目は、そんなに違わないね」
「だろうな。だが、使えばわかる」
ガルドはまず10級の短剣を手に取り、柄を握ってみせた。
「10級は、必要最低限の品質を満たした武器だ。普通に使えるが、材質や仕上げにばらつきがあるものも多い」
続いて8級の短剣を持ち上げる。
「8級になると、素材の選別や刃の仕上げ、重心の調整なんかにも、より手がかけられている」
ドランが短剣を受け取り、手の中で重さを確かめた。
「……確かに、こちらの方が重心が安定しているな」
「そういうことだ」
ガルドは頷いた。
「ただし、等級が高ければ誰にでも扱いやすいとは限らねえ。大きな剣を振り回せない奴が高級な大剣を持ったところで、強くなるわけじゃない」
その言葉に、ユウキは思わず自分の腕を見た。
今の身体能力で、重い剣を振り回すことは難しいだろう。
ジョブによって筋力が上昇したとはいえ、まだ剣士としての経験は浅い。
「だから今日は、値段よりも相性を優先して選ぶ」
ガルドはそう言うと、四人を見渡した。
「まずはユウキ、お前からだ」
◇◆◇
「剣を抜いてみろ」
ガルドに促され、ユウキは腰のショートソードを抜いた。
使い慣れ始めた重さが、右手へ伝わってくる。
「そのまま構えてみろ」
ユウキは足を肩幅ほどに開き、剣先を前へ向けた。
ガルドは正面から構えを確認すると、今度は横へ回り込んだ。
「……前よりはましになったな」
「本当ですか?」
「ああ。最初に来たときより、余計な力が抜けている」
そう言われると、ユウキは少し嬉しくなった。
しかし、ガルドはすぐに続ける。
「ただし、まだ肘が硬い。剣を振るときに腕だけで動かそうとしている」
ユウキは自分の肘へ視線を落とした。
「……どうすればいいですか?」
「足を使え。踏み込みと腰の動きに腕を合わせるんだ」
ガルドは木剣を手に取り、ゆっくりと斬撃の動作を見せた。
踏み込む足。
回転する腰。
それに遅れずついてくる肩と腕。
剣先は無駄に大きく動かず、目標へ向かって滑らかに伸びていった。
「剣術の技能があれば、基本的な動きは理解しやすくなる。だが、身体が勝手に完璧な剣士になるわけじゃない」
ガルドは木剣を戻した。
「武技だって同じだ。二段斬りを使えるからといって、間合いを間違えれば空振りするし、体勢を崩せば反撃を受ける」
ユウキは先日の戦闘を思い出した。
身体強化を使ったとき、思った以上に踏み込みが速くなり、危うく足元を崩しかけた。
技能があっても、それをどう扱うかは自分次第なのだ。
「……今の剣と同じくらいのものが、俺には合っているんでしょうか?」
「そうだな。少なくとも、今のお前には悪くない」
ガルドはしばらく考えたあと、作業台の下から別のショートソードを取り出した。
先ほどまでの剣と形は似ているが、柄の巻き直しがされており、刃には丁寧に研ぎ直された跡が残っている。
「こいつも9級だ。中古品だが、状態はいい」
ユウキは剣を受け取り、ゆっくりと構えてみた。
握りの太さは、借りている剣よりわずかに細い。
手の中で重心を確かめると、剣先が自然に前を向いた。
「……持ちやすい」
「お前の手には、そっちの方が合うだろうな」
ガルドは頷いた。
「今は剣術Lv.1だろう? 上手くなってくれば、同じ剣でもできることが増える」
「……武技も、ですか?」
「ああ。剣術のレベルが上がれば、新しい技を身につける機会も増える」
ユウキは顔を上げた。
「二段斬り以外にも、技があるんですね」
「当然だ。剣術Lv.1で使えるのが基本武技だけだからといって、剣士の技がそれだけで終わるわけじゃねえ」
ガルドは作業台に指を置き、ゆっくりと説明した。
「剣術Lv.2になれば、新しい武技を習得できる可能性がある。そこからさらに技能を磨けば、もっと複雑な動きや高度な技も扱えるようになる」
ユウキは自分の剣を見つめた。
まだ、二段斬りを覚えたばかりだ。
それでも、これから先には新しい技が待っている。
そう考えるだけで、胸の奥に小さな期待が生まれた。
「……この剣にします」
ユウキが答えると、ガルドは満足そうに笑った。
「よし。なら、鞘も合わせてやる」
【購入装備】
名称:鉄製ショートソード
分類:片手剣
等級:9級
状態:中古・整備済み
価格:銀貨4枚
続いて、防具を選ぶことになった。
ガルドが勧めたのは、厚手の革を用いた胸当てだった。
胸と腹部の一部を守る構造で、肩や腕の動きを大きく妨げないよう作られている。
「お前は前に出るが、仲間の治療にも動く必要があるんだろう?」
「はい」
「なら、今は重い鎧よりこっちだ」
ユウキは胸当てを身につけてみた。
身体を捻り、腕を前へ伸ばす。
完全に何も着ていないときと同じとはいかないが、思ったほど窮屈ではなかった。
「……これなら動けそうです」
「ただし、守れる場所は限られる。剣を受け止めるための防具じゃないからな。避けることも覚えろ」
ガルドの言葉に、ユウキは真剣に頷いた。
【購入装備】
名称:革製胸当て
分類:軽装防具
等級:10級
価格:銀貨2枚
ユウキの購入金額は、合計銀貨6枚となった。
◇◆◇
「次は俺!」
トーマが勢いよく手を上げた。
ガルドはその様子を見て、小さく笑う。
「お前は短剣だな」
「うん! 二本使いたい!」
「わかってる。だが、その前に聞くぞ」
ガルドはトーマの腰に下がる短剣を指さした。
「前の戦闘で、一番困ったのは何だ?」
トーマはすぐに答えようとしたが、途中で口を閉じた。
少し考え込み、先日のロックラットとの戦闘を思い出しているようだった。
「……近づきすぎたことかな」
「ほう」
「短剣を当てることばっかり考えて、攻撃したあとのことを考えてなかった」
ガルドは満足そうに頷いた。
「自分でわかってるなら、悪くない」
棚から二本の短剣を取り出し、作業台へ並べる。
一方は刃がやや長く、重心が前に寄っている。
もう一方は短めで、柄の近くに重心があった。
「同じ短剣でも、使い方によって向き不向きがある」
ガルドは長い方を手に取った。
「こっちは届く距離が少し長いが、振ったあとに戻すには多少力がいる」
続いて短い方を持ち上げる。
「こっちは間合いが短くなる代わりに、手元での操作がしやすい」
トーマは二本を順番に握った。
刃先をゆっくり前へ向け、手首を動かして重さを確かめる。
その様子を見ていたガルドが、床に描かれた線を指さした。
「そこに立ってみろ。今度は二本とも持って、左右に構えてみろ」
トーマは指示どおりに立ち、両手へ短剣を握った。
右手を前に出し、左手を少し引く。
そのまま小さく踏み込み、仮想の相手へ刺突する動作を見せた。
ガルドは何度か繰り返させたあと、顎に手を当てた。
「……お前には短い方が向いてそうだな」
「本当?」
「ああ。斥候は素早く位置を変える必要がある。今のお前なら、攻撃力を少し犠牲にしてでも操作しやすい方がいい」
トーマは短剣を見つめた。
軽い。
手の動きに刃が素直についてくる。
「……これがいい!」
満面の笑みを浮かべるトーマに、ガルドは二本の短剣を揃えて渡した。
【購入装備】
名称:鉄製短剣
分類:短剣
等級:10級
数量:2本
価格:銀貨3枚(2本セット)
防具は、軽量な革製の胴着と腕当てを選んだ。
動きやすさを優先した構造で、胸や脇腹の一部を守ることができる。
トーマは試着すると、店内の空いた場所で何度か身体を捻った。
「おお……! これ、動きやすい!」
「軽い分、防御力は控えめだ。攻撃を真正面から受けるなよ」
「わかった!」
トーマは軽く跳ねるように足を動かした。
その姿を見て、ユウキは思わず微笑んだ。
彼には、重い鎧よりもこうした身軽な装備が似合っているのだろう。
【購入装備】
名称:革製軽装胴着
分類:軽装防具
等級:10級
価格:銀貨2枚
トーマの購入金額は、合計銀貨5枚となった。
◇◆◇
「次は、わしだな」
バルドが前へ出た。
ガルドは彼の体格を確認し、まず盾の棚へ向かった。
「守護者だったな?」
「ああ。盾術Lv.1を習得している」
「なら、盾は大事だ」
ガルドは三種類の盾を取り出した。
一つは小型の丸盾。
一つは木と鉄で補強された中型の盾。
最後は、表面全体を鉄板で覆った重い盾だった。
「どれがいい?」
そう尋ねられ、バルドはしばらく盾を見比べた。
最初に小型の丸盾を持つ。
軽く、取り回しは良い。
しかし、守れる範囲は狭かった。
続いて重い鉄盾を持ち上げる。
頑丈そうではあるが、長時間構え続けるには負担が大きい。
「……これでは、わしには少し重すぎるな」
バルドは盾を戻した。
最後に、木鉄盾を手に取った。
借りていたものと同じ形式だ。
持ち上げた瞬間、腕の位置が自然に定まる。
バルドは盾を前へ構え、足の位置を調整した。
肩を少し落とし、盾の裏側にある握りを確かめる。
「……やはり、これが一番しっくり来る」
ガルドは頷いた。
「だろうな。守護者だからといって、最初から大きな盾を使う必要はない」
彼は盾の縁を指先で叩いた。
「堅守を使えば防御姿勢は安定する。だが、盾の重さがなくなるわけじゃねえ。技を使わないときでも、ちゃんと構えられることが大事だ」
バルドはその説明を聞きながら、先日の戦闘を思い返した。
ロックラットの突進。
盾へ伝わった衝撃。
堅守を発動したときと、通常の防御で受け止めたときの違い。
あの経験があるからこそ、今は装備の重要性がよくわかる。
「……これにしよう」
バルドは中型の木鉄盾を選んだ。
【購入装備】
名称:木鉄盾
分類:盾
等級:9級
価格:銀貨4枚
続いて、防具を選ぶ。
ガルドは厚手の革と鉄板を組み合わせた胸当てを取り出した。
肩から胸部にかけて補強が施され、前衛での防御を想定した作りになっている。
「こいつなら、盾を構えたときにも邪魔になりにくい」
バルドは胸当てを身につけ、盾を構えた。
肩を動かし、身体を左右へ捻る。
重量はそれなりにあるが、動きが極端に制限されるほどではなかった。
「……悪くないな」
「今のお前には十分だろう」
ガルドは頷いた。
「ただし、盾役は攻撃を受ける機会が多い。傷がついたら早めに手入れしろ」
「心得た」
【購入装備】
名称:鉄補強革胸当て
分類:中装防具
等級:9級
価格:銀貨5枚
バルドの購入金額は、合計銀貨9枚となった。
◇◆◇
「最後はドランだな」
ガルドが声をかけると、ドランは静かに前へ出た。
「片手鎚がいい」
「迷いがないな」
「長年、工具を扱ってきた。重量のある道具を使う感覚には慣れている」
ガルドは頷き、二本の片手鎚を取り出した。
一つは頭部が大きく、重さを活かした打撃に向いている。
もう一つは比較的小型で、柄の長さと重心の調整が丁寧に行われていた。
「鎚術を持っているなら、重打が使えるはずだ」
「ああ。Lv.1だ」
「なら、武技を使わないときでも、狙った位置へ正確に打てるものがいい」
ドランは小型の片手鎚を受け取った。
手の中で重さを確かめ、空いている場所へ移動する。
それから、壁際に置かれた木製の打撃用台へ向かって、ゆっくりと鎚を振り下ろした。
コンッ。
乾いた音が響く。
ドランは鎚を引き戻し、再び同じ位置を叩いた。
コンッ。
二度の打撃は、ほとんど同じ場所へ命中していた。
その様子を見て、ガルドが感心したように声を漏らす。
「……やるじゃねえか」
「工具の扱いと似ている部分もある」
ドランは淡々と答えた。
「だが、魔物は動く。実戦ではもっと難しいだろうな」
「そのとおりだ。だからこそ、まずは扱いやすいものを選べ」
ドランは鎚を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……これにしよう」
【購入装備】
名称:片手鎚
分類:鎚
等級:9級
価格:銀貨4枚
防具は、厚手の革製作業着に胸部の補強を加えたものを選んだ。
工具の扱いを妨げないよう、肩や肘の可動域が広く取られている。
ドランは試着すると、腕を前へ伸ばし、細かな作業をするように指を動かした。
「……問題ない」
「お前の場合は、戦闘だけじゃなく作業もするんだろう?」
「ああ。鉱石の加工や修理も必要になる」
「なら、腕を動かしにくい鎧じゃ困るからな」
ガルドは肩の留め具を少し調整した。
「これでどうだ?」
ドランはもう一度腕を動かし、満足そうに頷いた。
「ちょうどいい」
【購入装備】
名称:補強革作業着
分類:軽装防具
等級:10級
価格:銀貨2枚
ドランの購入金額は、合計銀貨6枚となった。
◇◆◇
四人の装備が決まると、ガルドは作業台の上へ購入品を並べた。
ユウキのショートソードと革製胸当て。
トーマの二本の短剣と軽装胴着。
バルドの木鉄盾と鉄補強革胸当て。
ドランの片手鎚と補強革作業着。
それぞれ形も重さも違う。
しかし、その違いには理由があった。
前へ出て戦う者。
素早く動き回る者。
仲間を守る者。
技術と道具を活かす者。
四人の役割が、そのまま装備に表れているようだった。
「さて、合計を確認するぞ」
ガルドは購入品を指さしながら金額を数えた。
【装備購入費】
ユウキ:銀貨6枚
トーマ:銀貨5枚
バルド:銀貨9枚
ドラン:銀貨6枚
合計:銀貨26枚
「……銀貨26枚」
ドランは持参した紙へ数字を書き込み、残りの予算を計算した。
当初の装備購入費は銀貨30枚。
四人分の武器と防具を揃えても、銀貨4枚の余裕がある。
「……まだ少し残るな」
ドランが呟く。
すると、ガルドが作業台の端に置いてあった革袋を指さした。
「なら、残りは道具に回した方がいい」
「道具ですか?」
ユウキが尋ねる。
「ああ。武器と防具があっても、探索にはそれ以外のものが必要だ」
ガルドは革袋から、いくつかの品物を取り出した。
予備の灯り。
簡単な応急手当用品。
道具を固定するための革紐。
そして、小型の研ぎ石。
「迷宮や採石道で困るのは、魔物だけじゃねえ。灯りが消えたり、荷物がほどけたり、刃が欠けたりすることもある」
バルドは納得したように頷いた。
「確かに、鉱山でも道具の不備が事故に繋がることは多かった」
ガルドは続けた。
「必要なものを全部揃えるには金が足りねえだろうが、最低限の補修用品くらいは持っておけ」
ドランは道具を見比べ、必要なものを選んでいった。
結果として、追加で購入したのは以下の品物だった。
【追加購入品】
簡易応急手当用品:銀貨1枚
携帯用研ぎ石:銀貨1枚
予備の灯り・消耗品一式:銀貨1枚
革紐・固定具:銀貨1枚
合計:銀貨4枚
これで購入費は、予定していた銀貨30枚に収まった。
【ネクシア資金状況】
購入前:銀貨42枚
装備購入:銀貨26枚
道具購入:銀貨4枚
支出合計:銀貨30枚
購入後残金:銀貨12枚
ドランは紙の数字を確認し、静かに息を吐いた。
「……予定どおりだな」
トーマは自分の短剣を見つめ、嬉しそうに笑った。
「これで、俺たちの武器になったんだね」
その言葉に、ユウキも自分の剣へ視線を落とした。
借り物ではない。
自分たちの力で働き、貯めた金で購入した武器。
まだ決して高級品ではない。
けれど、その重さは不思議と今までとは違って感じられた。
「……はい」
ユウキは剣の柄を握り、静かに微笑んだ。
「大切に使おうと思います」
ガルドはその様子を見ながら、満足そうに笑った。
「それでいい。武器は使い捨てじゃねえ。手入れして、使い込んで、自分の手に馴染ませるもんだ」
そして、少しだけ声を低くした。
「ただし、忘れるなよ」
四人が顔を上げる。
「武器を買ったからといって、急に強くなるわけじゃない。装備は、あくまでお前らの力を支える道具だ」
ユウキは真剣な表情で頷いた。
「……はい」
「それと、武技のレベルが上がって新しい技を覚えたら、その技に合わせて装備を見直す必要も出てくる」
ガルドはユウキの剣を指さした。
「例えば、今のお前にはこのショートソードが合っている。だが、剣術を磨いて戦い方が変われば、もっと長い剣が欲しくなるかもしれねえ」
続いて、トーマの短剣へ目を向ける。
「お前も同じだ。今は軽さを優先しているが、技が増えれば別の形の短剣が向く場合もある」
トーマは目を輝かせた。
「……なるほど!」
「だから、装備選びは一度きりじゃねえ。成長するたびに、自分に合うものを考えるんだ」
ガルドはそう言って、四人を見渡した。
「それが冒険者ってもんだろう」
◇◆◇
購入した装備を身につけた四人は、店の裏にある小さな訓練場へ移動した。
ガルドの提案で、実際に身体を動かし、装備に問題がないかを確認することになったのだ。
ユウキはショートソードを構え、ゆっくりと踏み込む。
右足を前へ出し、腰を回して剣を振り下ろす。
刃は空気を切り、身体の前を通り過ぎた。
今度は踏み込みを少し浅くし、剣を引き戻す。
胸当てが肩の動きをわずかに制限するが、慣れれば問題なさそうだった。
「……悪くないな」
ガルドが言った。
「ただし、戦闘前には必ず留め具を確認しろ。緩んだまま動けば、防具がずれて邪魔になる」
「はい!」
ユウキは胸当ての革紐を触り、固定状態を確かめた。
少し離れた場所では、トーマが二本の短剣を構えていた。
右へ踏み込み、左へ身体を捻る。
そのまま一歩後ろへ退き、すぐに反対方向へ動く。
足運びはまだ荒いが、以前よりも攻撃後の位置を意識していることがわかった。
「……よし!」
トーマは満足そうに笑った。
「これなら動ける!」
「調子に乗って転ぶなよ」
ガルドが声をかけると、トーマは苦笑しながら足元を見た。
バルドは木鉄盾を構え、ドランの軽い打撃を受けていた。
コンッ。
鎚の柄が盾へ当たり、乾いた音が響く。
バルドは足の位置を変えず、盾の角度だけを微妙に調整した。
「……今のは?」
ドランが尋ねる。
「問題ない。もう少し右から来ても受けられる」
そう答えるバルドの姿勢には、前回の戦闘で得た経験が表れていた。
彼は闇雲に盾を前へ押し出すのではなく、攻撃を受けたあとも動けるよう、足の位置と重心を意識している。
ガルドは四人の様子を見ながら、満足そうに腕を組んだ。
「……よし。大きな問題はなさそうだな」
ユウキたちは訓練を終え、作業台の前へ戻った。
「ありがとうございました、ガルドさん」
ユウキが深く頭を下げる。
「おう。これからも必要なことがあれば相談に来い」
ガルドはそう答えたあと、少しだけ表情を引き締めた。
「それと、次の依頼はどこへ行くんだ?」
「旧採石道です。魔物の生息調査と鉱石試料の採取をする予定で……」
「旧採石道か」
ガルドは顎に手を当てた。
「昔は石材の運搬に使われていた道だな。今は利用する者も少ないが、岩場が多くて足元が悪い場所もある」
その言葉を聞き、バルドが顔を上げた。
「崩れやすい場所もあるのか?」
「場所による。特に古い採石場の周辺は、放置された足場や割れた岩が残っていることがある」
ガルドは続けた。
「魔物ばかり気にして、足元を見落とすなよ」
「……わかった」
バルドは真剣な表情で頷いた。
ドランも依頼書に記された地図を取り出し、ガルドから聞いた注意点を書き加えていく。
ユウキはその様子を見ながら、自分たちが少しずつ冒険者らしくなっていることを感じていた。
ただ剣を持って出発するのではない。
地形を調べ、装備を選び、危険を想定する。
そうした準備の一つひとつが、次の冒険を支えてくれるのだろう。
◇◆◇
店を出ると、昼前のリーヴェルには多くの人が行き交っていた。
陽光を受けた石畳が白く輝き、通りの先では商人たちが荷車から商品を下ろしている。
ユウキは歩きながら、新しいショートソードの柄へそっと触れた。
まだ、完全に自分の手に馴染んだわけではない。
革製胸当ても、時折身体に触れる感覚が気になる。
けれど、その違和感さえも、これから経験を積んでいくうちに少しずつ変わっていくのだろう。
「……なんだか、嬉しいね」
ユウキが呟くと、トーマが顔を向けた。
「何が?」
「自分たちの装備を買えたこと」
その言葉に、トーマは満面の笑みを浮かべた。
「うん! 俺も!」
そして、腰の短剣を軽く持ち上げる。
「これから、もっと強くなりたいな」
「……俺も」
ユウキは静かに答えた。
バルドは二人の会話を聞きながら、穏やかに笑っていた。
「強くなるのは結構だが、まずは明日の依頼だな」
「そうだ」
ドランが続ける。
「旧採石道の調査と採取。必要な道具は揃ったが、道順と役割分担を確認しておく必要がある」
トーマは元気よく頷いた。
「じゃあ、宿に戻って作戦会議だね!」
ユウキも笑った。
「うん。ちゃんと準備しよう」
四人は並んで歩き始めた。
かつて灰の鉱山で、自由を奪われていた四人。
今は、自分たちで選んだ武器を身につけ、自分たちで受けた依頼へ向かおうとしている。
手に入れた装備は、どれも決して特別なものではない。
伝説の武具でもなければ、魔法の力が宿っているわけでもない。
それでも、彼らにとっては大きな意味があった。
自分たちの意思で選び、自分たちの未来のために手に入れたものだからだ。
ユウキは空を見上げた。
青く澄んだ空が、町の屋根の向こうまで広がっている。
その下には、まだ知らない道が無数に続いているのだろう。
これから先、どんな魔物と出会い、どんな困難が待っているのか。
今はまだ、何もわからない。
けれど、少しずつ前へ進んでいけば、きっと新しい景色を見ることができる。
ユウキは腰の剣を確かめるように握り直した。
明日は、旧採石道へ向かう。
ネクシアにとって、新たな冒険が始まろうとしていた。
――第42話 完。




